その104 よく覚えていたな
「……よくもまあ、あの状況で生き残れたもんだ」
いつの間に近くに来ていたのか、箒に乗るマイが声を掛けてくる。戦いの緊張で疲れているのか、さっきまでの立ち乗りではなく、椅子に腰を掛けるような座り乗り……小説などの魔女が優雅に飛ぶ時のような乗り方だった。
「正直、あれには俺もびびったけどな。間一髪、牙が当たらなくて助かったんだ」
開いた大口を見てから閉じるまでの一瞬の間に、牙に当たらないだろう箇所を見極めて、口が閉じる寸前に身を少しでもひねっていたおかげもあるかもしれない。
もし牙が腕や頭などに突き刺さっていたら、本当に殺られていたかもな。マジで九死に一生もんだ。
「まあ、とはいえ、マイのこの箒がなかったら、どっちみち地面に落ちて死んでただろうけどな。あんがとさん」
「……ふん」
マイはぷいと顔を背けた。照れ隠しか、もしくは気に入らない俺に礼を言われて不機嫌になったか。
「……脳筋馬鹿でも礼を言う頭はあったんだな」
うん、絶対に後者だな。やっぱこいつ俺のこと邪険に思ってやがる。
俺との会話に嫌気でも差したんだろう、マイはそっぽを向いた無愛想に言ってくる。
「それじゃあ帰るとしようか。もし怪我してるんなら近くの救急病院まで送ってくぞ」
そんな『馬車乗り場まで送ってくぞ』みたいなノリで言うなよ。
「俺なら大丈夫だ。殴った時の反動で痛かったくらいだからな」
「……脳筋らしく頑丈な身体だな」
「脳筋は余計だ。マイの方こそ大丈夫なのか? あいつの炎で火傷とか」
「大丈夫だ。お前に心配されるほどやわじゃない」
やれやれ。
マイがちらりと視線を向けてくる。
「お互いに大した怪我をしていないなら、このまま地上に下ろして、さよならでいいよな?」
「そうだな。……あ」
そこで思い出す。
俺の声にマイも頭に疑問符を浮かべていたが、そんな彼女に俺は尋ねた。
「そういや、さっきなんて言おうとしてたんだ? ほら、コアトルと戦う前に、何か言おうとしてただろ?」
「…………あ」
コアトルとの戦いですっかり忘れていたのか、彼女は思い出したように声を漏らした。再びそっぽを向きながら。
「……よく覚えていたな。脳筋のくせに」
だから脳筋は余計だっての。
「で? 何を言うつもりだったんだ?」
「…………」
ここはいまだに空中で、当然ながら周りには他の人間などいるわけもなく。盗み聞きされる心配はないわけだ。
しかし、マイは口を固くして、一向に開こうとはしていない。
「……ま、やっぱり言いたくなくなったんなら、別にいいけどよ」