その103 お仕置きの時間だ
「避け……っ」
空中でどうやって避けろというのか? マイが最後まで言い切るより早く、バクンッ! 俺はコアトルの口の中へと閉じ込められた。
「……っ……ジーク……フニール……っ」
ボゴンッ! その瞬間、俺はコアトルの口内を思いきり殴り飛ばし、強制的に入口をこじ開ける。
「……っ⁉」
『……ッ⁉』
マイとコアトルが、同時に声にならない驚きを呈した。
「だから言ってんだろ。フルネームで呼ぶなって」
いや、口に出しては言ってなかったっけ? 心の中では思ってはいたけど。
「よっと」
殴った衝撃で奴の鋭い牙が何本か空中を舞い、また血も飛沫として飛んでいるそこへと、俺はコアトルの舌を少し蹴るようにして飛び出る。奴に振り返る手間を省く為に、奴の方を向いたまま、後ろ向きに空中に出る格好で。
「いまのはさすがにビビったぜ。マジで死ぬかと思った」
いままで鋭いナイフのように睨んでいたコアトルの瞳が、いまこの瞬間は信じられないといったように丸くなっていた。
「お前の敗因は、そうだな、俺を相手にしたことか? 純粋な力勝負なら、俺は誰にも負けねえ」
力、イズ、パワー。いままで筋トレしてきたこの身体で、俺はどんな困難も打破してきた。
「さあ、お仕置きの時間だ」
俺は拳を握りしめる。腕を少し引いて、真正面にいる奴へと構える。
こんな凶暴な魔物を街に放つわけにはいかない。倒す為とはいえ、眼下の住宅街に突き落とすわけにもいかない。
ならば、やることは一つ。
「メチャクチャ痛てーぜ。生き残れるかはお前次第だがな。生き残ったとしても二度とこの街に来るなよ、来てもまた俺が追い出すからな」
最後に忠告して……俺は全身全霊の拳を振り抜いた。
『……ッ⁉』
拳が奴に直撃する。奴が口から唾液を飛ばし、激痛に顔を歪ませながら、猛スピードで宵闇の空間を吹き飛んでいく。
確かこの街はかなりの広さがあったはずだ。たった一撃だけでは不充分かもしれない。俺は続けて何度か拳を振り抜いていき、拳圧による衝撃波をコアトルの巨体へとぶつけていく。
『…………ッッッッ』
声にならない声を漏らして、コアトルは確実に街の外に広がる夜空の彼方へと吹き飛んでいった。
「……オーバーキルだったか?」
額に手びさしを作って見やるが、もう既にコアトルの姿は見えない。やり過ぎたかとちょっと思ったが、奴も殺しに来てたわけだから不要な心配だったな。
そんなことを思っていると、身体が重力に引っ張られて、それまでの浮遊感から落下していく感覚に切り替わる。下を見ていない仰向けの体勢だが、だからこそ余計に恐怖感が湧き上がってくるのは仕方のないことだろう。
空気が下から上に流れていき、強烈な風が髪や服に打ち付けて生き物のようにばたばたと波打っていく。思わず叫びそうになるのをぐっと堪えた時、背中の方、身体の下に固い棒のようなものが三、四本ほどぶつかって落下していたのが急停止された。
「痛たっ……⁉」
ぶつけた痛みで声が出てしまったが、このぶつかったものの正体は見なくても予想がついた。果たして顔を少し横に向けて見ると、やはり身体の下にあるそれらは空飛ぶ箒……マイのスキルで生み出された箒に違いなかった。