その101 敵に値する存在
「……ほんっとーに滅茶苦茶な奴だな」
呆れたように近くにやってきたマイが言ってくる。
「バランスを取るのがやっとなら、いっそのこと空中に飛び上がった方が戦いやすいだろ?」
「それが滅茶苦茶だって言ってるんだ」
そうか? 合理的な判断だと思うけどな?
「だいたい、わたしの箒が間に合わなかったらどうするんだ。地面の上で潰れたトマトになってたぞ」
「それはほれ、お前なら間に合わせると思ってた」
「…………」
マイの目が鋭くなる。つーか睨んでくる。
「……脳筋馬鹿が……」
ぼそりとつぶやく。言われ慣れてはいるが、やっぱ脳筋馬鹿は酷くねえ?
彼女とそんなことを話していると、空中を吹き飛ばされていたコアトルは身体に力を込めて、その場に踏み留まるように静止する。
一緒に吹き飛ばされるのを防ぐ為に、既にマイのはたきの布の拘束は解かれていた。とはいえ、コアトルもやっとのことでその場で止まれたという感じだったが。
「脳筋馬鹿なんだから、ちゃんと仕留めろよ」
「あいつが頑丈過ぎるだけだろ」
かつては神獣といわれた魔物なんだから、たかが人間の俺のパンチ二発程度じゃあ、仕留めきるのは難しい。空中で踏ん張りが出来なくて、いつもより威力が落ちているだろうし。
『……ッ!』
奴が叫んだ。俺達はすぐさま耳を手で塞ぎ、距離が遠いこともあって、今度はマイもなんとか持ちこたえる。
「どうするんだ! 余計怒らせただけじゃないか!」
近くにいるとはいえ、手のひら越しなので、大声のはずのマイの声も聞こえにくい。
「どうするもこーするも! 戦うだけだ!」
じゃねえと街が大惨事になる。俺も大声で答えた直後、はらわたが煮えたぎった顔をしたコアトルが俺達へと猛スピードで迫ってきた。
長い身体についた六枚の羽を同時に動かしての、おそらくは奴自身最高速の飛行。数十メートルは離れていたはずなのに、ほんの数秒でその距離が縮まっていく。
「突撃してくるぞ! 避けろ!」
「分かってる!」
箒が高速で動き、左右に分かれた俺達の間をコアトルが突進していく。なんとか回避には成功したが、奴はすぐさま急ブレーキすると、即座にこちら側へと振り返った。
『……ッ!』
うなり声を上げながら、コアトルは俺に狙いを定めて再度突進してくる。いまのうなり声はさっきまでの『叫び』と違って耳を押さえたり怯むほどではないが……どうやら奴は俺を真っ先に片付けるべきだと判断したらしい。
「光栄なことだと言うべきか?」
先のパンチや衝撃波を受けたことで、俺は奴の敵に値する存在だと認められたようだ。元神獣の魔物にそう思われることは悪い気はしないが、いまは厄介なことになったといえなくもない。
いや、見方を変えれば、奴の攻撃を俺に引き付けられるということは、マイや眼下の街の被害を抑えられることにも繋がるか……。