その10 囮
ビッグブラッドバットは体長が人間の大人並みに大きく、通常のブラッドバットのランクがDからCなのに対して、A以上となっている。また通常種が基本的に夜行性なのに対して、巨大種は昼日中でも問題なく行動出来るとのこと。
その巨大種が出現したのは二日前。木の実やキノコを採取する為に森を散策していた二人組が襲われたらしい。
辛うじて逃げることには成功したが、一人は重傷、もう一人は意識不明の重体に陥ったらしい。その森は魔物の出現しない場所だったので、完全に油断していたようだ。
その後、その巨大種は森の奥へと戻っていき、現在までに新たな犠牲者の報告はない。あくまで報告されていないだけであり、あるいは人知れず犠牲者はいるのかもしれない。
「…………」
討伐対象のデータを確かめておくことは大切だ。知っているかどうかで対処の方法や難易度が変わってくるから。そうやってデータを見ていきながら歩いていき、やがて件の森へと到着する。
「さて、問題はどうやって見つけるかだが……」
討伐対象は人間を含めた他の動物を襲う。つまりは自身の食糧としている。ならば……もっとも有効な探索方法は動物を使うことだが……。
「まあ、流石に他の奴を囮に使うわけにはいかないよな。……使うなら俺自身か」
他人や他生物を囮に使うわけにはいかない。だが自分自身なら自己責任で出来る。ソロでの冒険者だからこそ出来る選択だろう。仲間がいたら止められるだろうから。
つまりはコウモリを探す為に森の中を歩き回っていれば、自然と相手もこちらへとやってくるということだ。まるで赤い糸で結ばれた運命の相手よろしく。
「嫌な運命ですなあ」
げんなりとしながら、そうやって森の中を歩いていくと、どこからか何かがぶつかるような音が聞こえてきた。まさか⁉ と思ってその方へと駆けていくと、そこには木に宙吊りにされた小さな猪とその木に体当たりしている猪がいた。
「これは……」
木に吊るされているのは子供の猪で、体当たりしているのは親の猪ということだろう。親猪は子猪を助けるのに夢中で、俺が来たことにも気付いていない。
そしてこの状況は、自然に発生することはない。明らかに人為的な状況だ。その目的は……。
「来た!」
「矢を構えろ!」
森の中から声が聞こえた。同時に、空中を大きな生物が飛ぶような翼の音も。俺が頭上を見上げると、高い木々の間を縫うようにして飛ぶ巨大なコウモリと、それを狙う幾本もの矢が目に映る。