第1話 せっかく貞操観念逆転世界に来たのに女になってるんだけど……
貞操観念逆転世界を舞台にした作品を読んだことがあるだろうか?
多くの場合男女比も偏っていて、男であるだけで物凄い価値があるみたいな。
そんな世界なら俺だって彼女の一人や二人くらい出来るかなーなんて思いながら読んでいた夢の様な世界に、なんと来ました!!来たんだけど……
鏡に写る姿を見て溜息をついた。そう、女だった。元の世界なら美少女と持て囃されてもおかしくない容姿の。
「普通は美少年に生まれ変わるもんじゃないの?」
鏡に向かって声を出すと、これまたハスキーないい声。鏡の中の俺をじっと見つめると、同じように鏡の中の美少女は見つめ返してくる。ただ重たい髪が印象を暗く見せてしまうのが残念だ。
「髪……切るか。床屋……いや美容院か。予約入れないと」
スマホで現在地を調べて近場の店にネットで予約を入れる。ついでにニュースを流し見していると、女性が男性に痴漢を働いて逮捕ーーとか、年々男性の出生率が低下しているーーみたいな記事を見かけて本当に貞操観念逆転世界に来てしまったのだと実感する。
そういえば家族とかどうなっているのだろうか?作品なら可愛い妹や頼れる姉が居たりするのだが……
期待と不安を胸に部屋を出ると、ここは2階の子供部屋のようだ。階段を降りていくと料理を作っている音が聞こえる。台所には40歳くらいの綺麗な女性がいた。
母親……なのだろうか、状況を考えると99%母親で合っていると思う。
「お、おはよう」
「おはよう零。休みの日なのに、もう起きたの?いつもは昼くらいまで寝てるのに」
この身体の主は零というらしい。偶然なのだろうか俺の前世も零という名前だった。前世の男だった記憶が戻ったのか、またはこの少女の身体に俺の意識が入ったのか。どちらなのだろうか?
「なんか目が覚めちゃってさ。そうだ、髪を切りに行きたいんだけどお金借りてもいい?バイトして返すから」
さっきまで料理から目を離さずに話してた母親が俺を見た。おお、なかなかの美人さんだ。
「貴方が自分からそう言ってくれるなんてママ感激だわ!返さなくていいからこれ持っていきなさい」
母親は、いや母さんは自分の財布から2万円を取り出し俺に渡した。随分多いな……
「余った分で服とか見てきなさい。これを気にオシャレにチャレンジよ!」
「ありがとう、母さん」
自室に戻り衣装ケースを開くと野暮ったい服が多く、この身体の持ち主はあまりオシャレに頓着しなかったようだ。だから母さんはオシャレにチャレンジとか言ってたのか……
さっきは気が付かなかったけど机の上に1枚の紙が置いてあった。なになに……
『 この手紙を私以外の人間が読んでいるということは私の儀式は成功したようですね。私はこの世界に嫌気が差しました。誠に勝手ながら人生を交換する儀式を行わせてもらいます。どこかの世界の誰かは分かりませんが本当にごめんなさい。ps.貴方の身体で私は好き放題男漁りをするので、貴方もこの身体は自由に使ってください!』
いや、ふざけんな。というか儀式って……一体何者なんだよ。しかも男漁りって男の俺の身体で?こいつも男と入れ替わるのは想定外だったのかもな……
とりあえず俺はこの身体で生きていかなければならないらしい。
ため息をつきながら美容院に行くための服を見繕う。俺自身もオシャレなんて勉強して来なかったため、あーでもない、こーでもないと服を当てがってマシに見える着合わせを模索して、1番まともな服に着替える。
散らかした服をしまおうとすると衣装ケースの底が二重構造になっていることに気がついた。
うすうす予想はついていたがこれはあれだな。エロ本とエロゲ。この世界仕様のため、男がアップで描かれている。うえ……見るんじゃなかった。
俺の居た向こうの世界に行ったこの子も、俺のお宝を見て同じ感想を抱いているだろうと苦笑する。この子には悪いが全て売り払うとしよう。
家を出て美容院まで15分ほど歩いたが男を全然見かけなかったな。あー。もし男だったら、国からの補助金とかで一生引き篭って暮らせてたかもしれないのに。
美容院では長くて重い印象だった髪をバッサリ切ってもらってミディアムボブにして貰い、だいぶ明るい雰囲気になったと思う。
髪は女の命なんて言葉があるが、この身体で俺が生きていかなければいけない以上、このくらいは許して欲しい。
母さんから貰ったお金がまだ余っていたので、言われた通りに服を買おうと思い、地図アプリを見ながら服屋に向かって進んで行くと、あまり人気のない道で1人の男が3人の女に囲まれているのが見えた。
ナンパか?やっぱ貞操観念逆転世界なだけあって平凡そうな男にもああやって女性が集まるんだな。ちくしょー……俺も男のままなら、あっち側になれたのに。
無性に腹が立ってきたのであのナンパされている男がハーレムを作るのを邪魔してやる事にした。
チャラい系美少女にナンパされるなんて羨ましいことは世間が許しても俺が許さん!
「お姉さん方、何してるの?」
「は?なんだお前。この男にはアタシたちが先に声掛けたんだから引っ込んでろよ」
凄まれたけど可愛すぎてまったく怖くなかったな。あー俺もこんな子にナンパされたい……いや、寧ろ俺がナンパすればいいのか!
「そっちのダンマリ決め込んでる男なんて放って置いてさ……俺と遊ばない?」
俺は精一杯のキメ顔で詰め寄るが、何だか美少女ちゃんの顔が引き攣ってらっしゃる。
「お前……まさか……そっち系……っすか?」
「そっち系?」
「いやー……女もいける系ですか……?」
俺を威嚇してきた子以外の2人も表情が引き攣っていく。というか女もいける系ってなんだ寧ろ……
「うーん。女しかいけない系かな」
俺の身体が女になったからって恋愛対象が男になるなんてありえないね。俺は女が好きだ。というと何か語弊があるかもしれないな、恋愛対象は女のままだ。
「「「すみませんでしたーー!!」」」
は?なんか女の子たちが一目散に逃げ出したんだが。俺のキメ顔そんなキモかったの……?
ショックで呆然としているとハーレム気取りの男が怯えたように睨んできた。
「あんたもナンパか?あいつらを追い払ってくれたのには感謝してるけど、近づかないでほしい」
「俺は……いや、私はあの子たちが可愛かったから声掛けただけ。じゃあね」
よっしゃあ!この男がハーレム作るのを阻止してやったぜ!強がっちゃって、追い払ってくれて感謝してるとか言ってるけど絶対内心では俺にキレてるね。
この時の俺は気づかなかった。この世界は男が少なく、肉食系の女で溢れているため本当にナンパを嫌がっていた事を。
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さっきの人は何だったんだろう。
最初はナンパしてきた奴らの仲間かと思ったけど、どうやら違ったらしい。
会話はよく聞こえなかったけど言葉だけで3人の女を追い払ってた。仲間じゃないなら獲物の横取りかと思ったけど、それも違った。
ただ僕を助けてくれただけらしい。女の子たちが可愛いかったからとか、よく分からないことを言っていたけど、多分僕に貸しを作ったと思わせないようにする配慮だと思う。
「見返りを求めずに助けてくれる女の人もいるんだなぁ……」
小さい頃から、隙あらば寄ってくる女性たちに嫌気が差していた僕にとって初めて会うタイプの人間だった。
だとしたら酷いこと言っちゃったな。次にもし会ったら謝らなきゃ、あと助けてくれたお礼も言おう。
「はやく帰らなきゃ」
せっかく助けてもらったのに、またナンパされたくないから駆け足で家に向かう。
家に着いてお風呂に浸かっても、ベッドに入っても、あの女の人の顔が頭から離れなかった。