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荒れ廃れたこの場所で  作者: SET
1章 偽悪
9/34

荒れ果てた土地で(8)



『なに呑気に眠ろうとしてんだよ……人を、殺しておいて』

「うるさい……」

『忘れたのか? 母親を殺した奴のことを。奴も同じこと言ってたなァ? 生きるためだ。許せって』

「うるさい……!」

『二人を守るため? どう違うんだ、アイツと、オマエ。アイツへの憎悪だけで生き残ってきたんじゃねェのかよ?』

 拓真は耳を塞いだ。しかし耳元で聞こえる声は鳴り止まない。

『知ってるか。あの二人、今までにも散々殺してきたらしいぜ。その二人を守るためだけに、ただ職務を全うしようとした奴を、オマエは五人も殺したんだ……』

「うるせぇっ!」

 声は耳鳴りのように響いてくる。

 拓真はベッドから飛び出し周囲を見回した。

 誰もいない。

『いるわけねェだろ。オマエはオレだ。分かってんだろ? 人を殺すなんて、日常だよ。苦しむこたァねェ。さっさと認めろ。殺人は日常だ。じゃねェとオマエ、頭イカれちまうぞ?』

 拓真は、壁に手を突き、思い切り頭を打ち付けた。しかし鈍痛が走っただけで、意味はなかった。

『あの女は認めないだろうな。アイツは根っからの偽善者だ。自分のことは棚に上げて、綺麗事言ってたオマエのことを説得しようとするだろうよ。どう答える? それでもまだ、人殺しはいけません、か?』

 壁に何度も頭を打ち付ける。

 鳴りやまない。

 小さな子供の声が意地悪く反響する。

 母を失ったとき歪んだ心が、再び牙を剥き始めた。

「わかってんだよ、んなこと……。殺しなんて、みんな、なんとも思ってねえんだよ……!」


 その時、ノックの音が部屋に響いた。

『……来たぞ。偽善者が。オマエの答え、楽しみにしておくからな』


 


***




 俊介が去った後、あおいはすぐにまた眠ってしまっていた。

 起きた時、病室は電気を点けなければ前後不覚なほどの深夜だったが、向かいの病室で休んでいるという拓真に直接理由を聞きに行った。

 目覚めたとはいえ、まだ体は本調子ではない。このわずかな動きだけでも今のあおいには重労働に思えた。点滴の器具を左手で押し歩き、ふらつく足を律して歩いた。血が足りないからなのか、虚脱症状の様なものがついて回り、気を抜けばめまいを起こして倒れてしまいそうだった。気合いだけで部屋の前に辿り着いた。

 軽く扉をノックして、返事が聞こえたので、まだ動く右手で扉をどうにか開いた。

 入口に来て電気を点けていた拓真は、あおいを見た。

「……動いても平気なのか?」

「平気なわけない」

 言ってから、倒れこむようにしてベッドに座った。情けないことに、息切れする寸前だった。

「……じゃあ、なんだよ」

「ちゃんと理由を話してくれないからでしょ。らしくないよ。そんな顔しちゃって」

「そんな顔?」

 少し首を傾げた拓真に、苛立ちが募った。

「何があったか知らないけど。私はね、仲間に自分のいないところでぐちゃぐちゃやられるのが嫌いなの」

 腹から声を張ると、深夜の病室に声が響いた。拓真は黙ってあおいとは反対のベッドまで歩き、座った。

 あおいはスリッパを脱ぎ、扉の方に向けていた体を拓真の方へ向け直した。点滴の器具も、どうにかベッドとベッドの間に通した。

「……うるせぇなぁ。俊介も、お前も」

 拓真がぽつりと、呟いた。

「そんなに聞きてえなら言ってやるよ。……敵を殺した。五人」

 あまりにあっさりと言うので、意味が理解できなかった。

「……何? もう一回」

「殺したんだよ。笠間の守備隊の奴らを、五人」

 面倒そうに、髪を掻き上げてから拓真が言った。

「満足か? 分かったら早く戻って寝ろよ」

 あおいは少しの間、黙った。

 ――なんで止めを刺す必要がある! もう動けねえだろ。いいじゃねえかよ。好きにさせろよ。

 何甘えたこと言ってんの? こいつの追跡能力がずば抜けてたら、邪魔になるだけだよ。殺せばリスクは0になる。

 ――それがおかしいって言ってんだよ。人間を殺すなんて、どうしようもねえクソ野郎のすることだ。

「……本……当に? 嘘だよね。あれだけ、殺しを嫌ってたのに……」

 声が震えた。

「簡単に死んだ。銃の引き金を引いただけで、ばたばた倒れた。物みたいに」

 拓真が自嘲気味笑った。

 瞬間的に手が出た。どうにか動かしていたはずの右手が、拓真の頬を張っていた。




***




 あおいの息が、何もしていないのに切れ始めた。

「なに……何、笑ってんの?」

 完全に切れている。目付きがいつも以上に悪い。 

「あんた、言ってたじゃない。あたしにあれだけ……あれだけ、言ってたじゃない。人を殺すのはクソ野郎のすることだ、母親を殺した奴らと同じにはならない。って。言ってたじゃない!」

「ああ……それが?」

 頬を擦ろうとすると、また、右手が頬を張った。耳鳴りが大きくなる。あおいを睨みつけた。

「痛ぇな。クソ女。何いきり立ってんだよ。お前だって今まで散々やってきたことだろうが」

 怒りを抑えて言ったつもりはない。当然、硬質な声になった。あおいが少し怯んだのが分かったが、気にせず続ける。

「俺のこと、聖人だとでも思ってんのか? 殺しはしなかった。けど、喧嘩の勢いで半殺しにならしたことある。そいつ、脊椎損傷して半身不随になったって言ってたっけなぁ」

 嘘だった。骨折させたのが限度だ。

 あおいをあしらう為、適当に言った。

「聖人だなんて思ってない! でも……殺すなっていつも諭してたのは、拓真でしょ……? 何でそんな顔してんの? ねえ、どうしたの?」

 小さくなっていく母の呼吸。それに止めを刺した男。奴隷として使おうと自分のことを引きずっていく、殺人者。

 同じに成り下がった。奴らと、同じに。

 だが、それがどうした。皆、やっていることだろう?

「お前らだって、散々人を殺してきた。違うか? 聞いたよ。俊介と浮浪者が話してんの。暗殺組織の実行部隊だったんだろ? 他人を殺し尽くして、平気で笑っていられる人間のクズ以下だよ。みんな、そうだ。現代人はみんなクズだ。殺しは日常だとしか思ってない。たった五人殺しただけの俺のことを慰める権利も、責める権利も、誰にだってない」

 ――それでいい。

 耳鳴りが満足げに、囁く。先程も部屋を訪れた俊介に、慰めの言葉をかけられた。でもそんなもの、何の役にも立たなかった。奴も殺人者だ。自分が殺人を犯した理由は分かっていた。この二人を守りたいと思った。そうだ。この二人、この殺人鬼たちの為に。

 その二人にもっともらしい言葉を連ねられると、事情を知らない奴に言われる言葉よりも遥かに苛立ち、遥かに聞き容れ難かった。

 激しい苛立ちが体を支配していく。

「あたしのことはいくらでも軽蔑していい。でも何で! ……何であれほど嫌ってたのに、殺したりしたの? それでどうして平気なふりするの? 母親を殺した人間のことを、憎んでいたんじゃないの?」

「知るか。殺したことに理由なんてない。ただ殺しただけだ。それにあんな母親、今はもうなんとも思ってねえよ。俺を置いて、勝手に死んだんだ」

「……何があったって、人を殺していい理由にはならない。そう言ってたのは拓真でしょ! あたし、それを信じようと思ったんだよ? どうしようもない奴だけど、拓真を信じて、この二ヶ月間、ほとんど殺さなかった。今まで日常的に殺してきた奴らを、たった一人殺しただけでも、どうしようもなく胸が痛んだの。それは、拓真のおかげなのに!」

「何言ってんだよ。思ってるはずねえ、んなこと。そんなに簡単に変われるかよ。今でも思ってんだろ? 襲ってくる奴は殺して、殺して、リスクを排除する対象だ、って。殺人を欲する機械のままだ。あおいも、俊介も……。そんな奴が……俺に口出しするな」

 あおいの体が、激しく震え始めた。また右手が飛んできたら、殴り返そうと身構えていたが、張り手はなかった。

「何で。何で。何で? 拓真、そんなこと言う奴じゃないよ。あたしのせいで口は悪くなったけど、優しい奴だよ。ねえ、ふざけてないでちゃんと話、しようよ」

「ふざけてなんかねえよ。大体、二ヶ月一緒に行動しただけで仲間面すんな。さっさと部屋に戻れ」

「仲間面って……拓真はもう、仲間だよ。どうしてそんなこと言うの?」

 ――痛い。何でこんなに痛いんだろう。胸が締め付けられる。過剰だ。過剰防衛だ。八つ当たりだ。殺したのはあおいのせいじゃない。自分が銃に頼らざるを得ないほど、弱かったからだ。守ろうとした対象に、ここまで言うのはやりすぎだ。

 先程まで本心だったものが、耳鳴りのように聞こえた。

「あいつらは敵だった。敵を排除しただけだ。それ以上でも以下でもない。殺した奴のことなんて、どうだっていい。お前だってそう思ってんだろ?」

「違う! 違うよ。どうしてそんなこと言うの? 悪ぶらないでよ。偽悪だよ、そんなの。拓真が感情もなく人が殺せるわけなんてない。そうに決まってる。本当に……なんとも思わないの? 人を殺したのに、なんとも思わないの? ねえ! 拓真、違うよ。拓真じゃないよ、そんなの。殺しは駄目だって、殺しは最低の奴のすることだって、いつもみたいに言い切ってよ!」

「ぐだぐだうるせぇなぁ! どうして日常的に殺してきた奴に、殺人はいけませんなんて諭されなきゃなんねえんだよ。ふざけやがって」

「そんな言い方……!」

「……そうだ、もう止めるか。もう止める。人を殺さないで生き抜くなんてバカな考えは捨てる。襲ってくる奴は殺す。そうだよ。迷うことねえよ」

「た……拓真? 何? 何言ってるの? 昔の、私みたいなこと、言わないでよ……。私、そんなに、気に障ること言った?」

 黙れ、偽善者。

 あおいの声を無視して、拓真は小銃と、荷物に手を伸ばした。

「……考えたら、追われるお前らと行動してんのもバカらしいな。殺して、安全を確保すれば、一人でも充分だ。もう、いい。もう、行動を一緒にすんのは止める。そこまで言われて、一緒に居る義理もねえよ。それに、殺人機械なんかと一緒に居たら、今以上におかしくなる」

 自分の知らない誰かであってほしい自分が、冷淡に吐き捨て、立ち上がった。

 ――嘘だ。本当はそうじゃない。リスクがあったって、一緒に過ごしたい。だって、あんなに……あんなに、楽しい二ヶ月は、今まで生きてきた中で体験することのできない、貴重なものだっただろう。切れかけた理性が、そう訴える。しかし足は止まらない。

 それでも最後に、扉に手をかける寸前、振り返った拓真はあおいの顔を見つめた。その顔は、拓真の想像していた怒りの表情ではなかった。涙が、溢れていた。

「何でそんなこと言うの? 一緒に居ようよ。三人で、これからも一緒に居ようよ……!」

 あおいがベッドの上から、縋り付くようにして拓真に近づこうとしたが、点滴用の器具が邪魔をして、床に倒れこんだ。

 見れたのは、そこまでだった。理性が再び負け、怒りに任せた自分が病室から体を外へと押し出した。




***




 あおいは、点滴用の器具を引っ張り上げ、どうにか拓真に追いつこうと、一歩踏み出した。扉は既に閉まっていた。しかし体に力が入らず、再び激しく横転した。病室に置いてあった花瓶が点滴器具のヘッドに当たって割れ、凄まじい音を立てる。

「拓真! お願いだから、止まって!」

 こんなことになるとは思わなかった。軽く……軽く理由を聞いて、慰めるつもりだった。自分たちに比べれば、まだ大丈夫だよ。五人なんて、物のうちにも入らないよ。しかし、言えなかった。無理だった。期待していたのだ。拓真に。自分と俊介を変えてくれるかもしれない一人の男に、期待していた。期待は、裏切られれば落胆、怒りへと変わる。手を上げたのは自分が先だ。拓真が短気だって言うのも分かってた。でもここまで……ここまで、拓真が揺れているなんて、分からなかった。

 立ち上がろうとすると、またひっくり返った。今度は壁に掛けてあった絵に当たり、後頭部にそれが落ちた。大した大きさではないが、額縁の角が辺り、床にまた顔を押し付ける羽目になった。涙が幾度も零れ、床を濡らした。手を扉に伸ばして立ち上がりながら、必死に叫んだ。

「戻ってきて! これでお別れなんて嫌だよ!」

 どうにか立ち上がって、扉を開くことが出た。しかし、そこで完全に力尽きた。支えを失った体が、廊下に勢いよく倒れこむ。

 悔しかった。たった二ヶ月一緒にいただけだと思われていたなんて。自分に見せたあの笑顔は。料理を教えてくれたあのときの優しさは。全部、偽りのものだったの。一度の仲違いで、簡単に消えてしまうものだったの?

「うっ……あ、……っく。あたし、……拓真の甘い考え、大好きなのに。拓真のこと、こんなに好きなのにっ! 何でわかってくれないの!」

 羞恥も何かも捨てて叫んだ。

 どうして、何も気付かないの。

「……っぐ……何で? どうして分かってくれないの?」

 床に、右手を叩きつけた。悔しい。悔しい。

 あんなに一方的に言われて、それで終わりなんて。

 このまま、行ってしまったらどうなるだろう。

 彼は、人殺しをなんとも思わない人間になっていってしまうのだろうか。

 それだけは嫌だ。何としても引き止めたかった。

「っ……このバカ拓真ぁぁぁ!! あたしがこれだけ言ってんだから、戻って来いよォっ!」

 あおいは腹の底から、病院中に響き渡るような、全身全霊の声で叫んだ。

 それから力なく、床に顔を押し付けた。




***




 廊下を歩いている間も、病室からはあおいの足掻き具合が伝わってきた。

 拓真の足は、速度を緩めていた。

 ――緩めんな。あんな二人組に付き合ってたら、いくつ命があっても足りねえよ。別の浮浪者の集団に紛れ込んだ方が合理的だ。早く病院を出ろ。

 耳鳴りが、非情な自分が、いつの間にか心中で網を張っていた。拓真は今更のようにそれに激しく抵抗し、後悔した。あおいの涙が、胸に深く刻み込まれていた。

「戻ってきて! これでお別れなんて嫌だよ!」

 楽しい思い出を作らせてくれた、一つ年上の女。しかし出会いは、ラーメン屋での殴り合いからだった。そんな、気の強さが取り柄の様なあおいが、泣きながら、自分を求めてくれている。普段なら考えられもしないことだった。

 がしゃがしゃと点滴用の器具が揺れる音が聞こえる。それでも網を張ったどす黒い何かが、拓真を押しのけ、体を病院の外へ運び出そうとする。

「うっ……あ、……っく。あたし、……拓真の甘い考え、大好きなのに。拓真のこと、こんなに好きなのにっ! 何でわかってくれないの!」

 思い出せ。この二ヶ月を。

 誰も教えてくれなかった言葉を、一から教えてくれたのは誰だ。自分の作った料理を見て感嘆の声を上げ、食べて絶賛してくれたのは誰だ。教えた料理がうまくいった時、飛び上がるように喜んでいたのは誰だ。笠間の守備隊に引き渡されそうになったとき、足を撃たれてまで助けて出してくれたのは誰だ。そして今、自分を必要としてくれているのは、一体誰だ!

 心が揺れた。怒りの塊に、亀裂が走った気がした。

「……っぐ……何で? どうして分かってくれないの?」

 拓真は玄関の扉を抜けようとしていた体を、止めた。

 ――何してんだよ。もう五人も殺したオマエが、のこのこ戻る気か? その穢れた手で、あいつらと傷でもなめ合うつもりかァ?

 怒りが、諦めが、まだ、自分を支配しようとする。



「っ……このバカ拓真ぁぁぁ!! あたしがこれだけ言ってんだから、戻って来いよォっ!」

 そこで、一際大きな声が鼓膜を震わせる。

 音を立てて、怒りの塊が崩れ去っていくのが分かった。

 幼いころ、あの場に置いて来てしまった歪みが霧散し、拓真は体を動かすことに成功した。


 笑い出してしまっていた。

 あおいらしい。あおいらしすぎて、笑いが止まらなかった。





 ひとしきり笑ったあと、廊下をゆっくり歩きながら戻り、床に倒れこんだまま顔を俯けているあおいに近寄った。それからゆっくりと時間をかけてしゃがむ。

 あおいのあまりの迫力に霧散してしまっていたが、先程までお互いにぶつけあっていた怒りは、本物だった。それを修復できる言葉は、何だろう。

「……何か、呼んだ?」

 どう声を掛けるか迷った挙句、普段の会話をするように軽く言った。ゆっくり顔を上げたあおいと目が合う。

「……女にあんなセリフ吐かせやがって」

 あおいが、ぐしゃぐしゃの顔で悪態をついた。

 しかし拓真には、その顔がとても愛しく思えた。

 人を殺した事実は変わらない。あの五人にも、家族はあっただろう。拓真以上の苦境を乗り越えてきた者もいただろう。そして、拓真のように人を殺めた者もいただろう。それぞれがそれぞれの人生を生きていた。

 罪悪感を麻痺させ、生きるためと称して人を日常的に殺すことの異常さは、それぞれの人生の否定に繋がる。人間は、考えることができる。生存競争を生き抜くために他者を殺すなんて、動物なんだから当然だ。でも、それでも人間は、考える力と、心を持っている。

 自分自身がこの三日間でいつの間にか見失っていた考え方。

 人を守るのに、人を殺して、何になるんだ。普段の拓真なら、当然のように吐き捨てられた言葉。

 それを彼女は持っていた。彼女は変わっていた。勇気を出して「人殺しはおかしい」と叫んでくれた。自分の、崩れかけた何かを、繋ぎ止めてくれた。

 拓真がこの二ヶ月間必死に諭してきたことをあおいは受け入れ、今までの考えを、排除しようと努力していた。

 無駄ではなかった。無駄のように思っていたけれど、彼女は口には出さないだけで、しっかりと変わっていたのだ。

 "たった二ヶ月"とは言えない、何かが、あおいとの間にはある気がした。

「ごめん。……ごめん。本当にごめん。俺……自分でも、わけわかんなくて、混乱してた。駄目だ。もう……嫌だ。……なんでもする。……なんでもするから……許して欲しい」

「……こっちこそ、ごめん。あたし達を……あたしを、守ろうとしてくれたんだよね。それで、守備隊のこと、殺しちゃったのに……。それなのに、最初から責めるみたいな言い方、しちゃって」

 謝罪の言葉に、どう立ち振る舞えばいいのか分からず、黙り込んだ。こちらの軽い掛け声に対し威勢のいい一言を返して力尽きたのか、あおいも黙り込んでいた。

 繋ぐ言葉が見つからない。ひとまず、床に伏したあおいの体と点滴器具を起こし、自らも立ち上がった。

 黙ってあおいが目を見つめてくる。気恥しくなって、拓真は扉を開けようと背を向けた。 

「ねえ」

 小さな声が発せられた。羞恥を押し殺し観念して振り返ると、拓真の体の正面にあおいが背中から寄り掛かってきた。はねた黒髪が顎の辺りをくすぐる。

「……聞こえた?」

「何が」

「好きだって言ったの」

「聞こえた」

「返事は」

「好きだけど」

「何それ」

「告白」

 淡々とやり取りをした後、拓真は彼女の首に厚く巻かれた包帯を撫でた。

「……自分じゃない自分が居た。耳元で、ずっと俺のことを責めるんだ。小さい頃の自分の声で。あおいのことも、責めるんだ。偽善者だって」

「間違ってないよ。今更、こんなこと言い始めるなんて、自分でも偽善者だって思うもん。……どうしても受け入れられなかったんだよ。他人を殺したことを。あたしも、最初はそうだった」

「あおいも?」

「……あとで、気が向いたら話してあげる」

 そう言うと、彼女は拓真から離れた。


「……よーしっ、寝るかぁ!」

 向かいの病室に向かって、大きな声で、あおいが叫んだ。

 沈んでいたこちらまで、また、明るくなるような声音だった。

「いい? 明日は拓真持ちで、露店でクレープ食べ歩きだから」

 すっかりいつもの調子を取り戻したあおいが、嬉しそうに振り返った。

 その様子が眩しくて、先程までの様々な心配や苦労、自責の念から解放された気がして、涙が出そうになった。慌てて我慢する。

「なら、銭湯代も、ラーメン代も奢るよ」

 我慢したが、既に鼻声になっていた。あおいは気づいていない。

「おー、いいねぇ。ま、あれだけ私のことを貶したんだから、当然だけどね」

「メンマでもバターでも、なんでも好きなのトッピングして、いくらでも替え玉頼んでいい。靴も、服も、何でも買ってやるから」

「本当に?」

 目を輝かせたあおいを、拓真は抱き締めた。

「……あおいが生きてるなら、もう、なんでもいーや、俺」

 泣いている自分を見られたくなくて、こちらを見上げようとしたあおいの頭も、抱え込んだ。

 生きていてくれて、ありがとう。

 自分にも、あおいにも似つかわしくない言葉は心の中に仕舞い込んで、ただひたすら、あおいのことを抱き締めていた。

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