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荒れ廃れたこの場所で  作者: SET
1章 偽悪
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荒れ果てた土地で(2)



「拓真!」

 先を走る俊介に怒鳴られ、拓真は意識をそちらへ向けた。あおいはやや遅れ始めていて、自分の後ろを走っていた。

「警備隊、バイクで来てる!」

「は?」

 ここは砂漠にも通ずる様な砂地だ。そんな場所をバイクなどで走ったらどうなるのだろう。

 半信半疑で振り返ると、確かに視界の奥の方にバイク三台を捉えることができた。 

「ここを走れるバイクも調達しようと思えばあるよ。高いけどね。さすが高給取り」

 拓真の疑問を打ち消すように、あおいが後ろで零した。

 前後左右どこを見ても延々と砂地が続いている場所で、隠れる場所は皆無だった。

 どうする、と聞くまでもなく、二人は立ち止まっていた。

「小銃、貸して」

「……何で?」

「見ててよ? いつか拓真もできるようになってくれないと困るんだから」

 質問には答えず、拓真の肩にショルダーで掛った小銃を奪い、代わりの拳銃を渡してから、あおいは地面に伏した。

 バイクは徐々に近づいてくるが、まだまだ射程範囲外。拓真はその間に背負った荷物から水を取り出し、口に含んだ。

「あおいも飲む?」

「一口」

 匍匐状態のまま、あおいが手だけを動かし水を催促した。ペットボトルを掴ませてやると、正面を警戒したままのあおいは五口以上飲んだ。

 それでも尚飲もうとしていたので、拓真は彼女の頭を軽く(はた)いてペットボトルを取り戻した。

「あーあーあー……お前、もうほとんどないじゃん」

「美味しいね、その水! 前の街で買ったの?」

「そう。けど高かった……それをさあ」

 残り少なくなった水を一気に飲み干した拓真は、ペットボトルをバックパックにしまい直した。掃除する者がいない場所でごみを出さないのは自分なりの礼儀だ。

「つ……次の街行ったらまた買えるよ」

「もうそんな金残ってないっつうの。次は水道水だよ。あの不味さはどこも共通……」

 言い掛けると、あおいが小銃の引き金に手を掛けていた。拓真も気を引き締め直して拳銃を構えた。


 バイク三台は待ち構える自分たちに気づくと、大きく左右に広がった。あおいが一番広がりが遅かったバイクを銃撃し、転倒させたが、拓真の下手な銃撃を左右に車体を振って避け続けた一台が、あおいに急速に接近してきたので、床に伏せた彼女の腕を引っ張り上げ、放った。避けられたと分かると彼はブレーキをかけ車体を止め、銃口を向けてくる。しかし背後から俊介の放った弾が肩に直撃し、彼は跨っていたバイクごと転倒した。拓真はその兵士の持っていた銃を奪い、右膝と右腕を撃った。敵兵の叫び声が上がるが気にせず、彼の持っていた小銃で最後の一台に狙いを定めた。最後の一台は撤退を始めようとしていたが、あおいと拓真の銃撃を受けすぐさまバイクから降りた。銃撃を受け続けたバイクは次の瞬間には爆発し、逃げ切れずに巻き込まれた兵士は地面を転がっていた。




 重傷を負った敵兵士たちに止めは刺さず、治療もせず、走行可能なバイク一台と売れそうな武器類を奪って、三人は次の街まで歩いた。

 さすがに三人は乗れないので、バイクは次の街で売るために俊介と拓真が交代で押して歩いていた。銃火器はあおいが一丁と、俊介と拓真が二丁ずつ。

「……一つ持ってくんない? バイク押しながら二丁担ぐの辛い」

 目を何度も瞬かせ拓真が言うが、拓真のバックパックを背負い小銃一丁と自分の荷物を肩に担いでいる彼女は、私も疲れてるの、と返すだけだ。額から零れてくる汗が目に入り、また目を瞬かせた。顔を拭く余裕がない。

「なら顔拭いてー」

 ふざけて言うと、タオルが顔に押し付けられた。それからゆっくり顔全体が拭かれる。……妙だ。

 タオルに覆われていた視界が開けると、不審に思った拓真は納得した。

 俊介が拭いてくれたようだ。それから彼は、肩にタオルを掛けてくれた。

「それで首を曲げれば、どうにか頬くらいなら拭けると思うよ」

 彼は優しく言うと、前を向いた。

 子供をあやす保護者の様な目だったが、いつものことなので気にしなかった。


「もう着いた」

 先程まで地図を見つめていたあおいの声に顔を上げると、街の入口が見えた。

 鉄柵の中心に据えられた正方形の小さなプレハブ小屋で、中に一人の兵士が詰めて大きなコンピューターのキーボードを叩いている。外には歩哨が立っていて、横にも縦にも長い鉄柵の端と端に一人ずつ。鉄柵は間断なく街の周囲を巡っているようだった。

 前の街では、鉄柵はあっても全ての出入り口を塞いでいるわけではなかったから、どうにか逃げ果せることができた。まだ若い街では、そういうことがよくあるのだ。街に入った者も完全に把握できていなかったところもあった。

 しかしこの街は無理だ。外から窺える建築物も、どれも威容を放っている。 

 しばらく口を開けて鉄柵を見上げていた拓真の隣で、あおいが笑った。

「な、なんだよ」

「だって大口開けて見上げてるんだもん」

「しょうがねーだろ。……でもさ、こんなでかい門初めて見た」

 入場口で俊介が国籍の証明手続きをしている間、拓真はずっと鉄柵を見上げていた。



 

 滞在できる期間は、一週間ということだった。今まで歩いてきた街とは違い、異様に長い。政情地盤が安定している強力な都市だからこそできるのだという。

 都市の内部は活気で溢れていた。そこかしこで人が楽しげに歓談していたり、露天商とやりとりしていたりしている。建造物は背の低いビルディングと、瓦屋根の民家とが入り混じり、なかなか面白みのある雑然さだった。路面は舗装されておらず、街の外と同じで砂っぽい。至る所に店を構える露天商は、白い外套に身を包み、目と鼻の辺りだけ顔を出していた。銃とバイクはそれぞれの専門店で売り、得た資金は三人で分配した。

「まずお風呂探そう、お風呂」

 早速入口近くの露天商で買ったうちわを使い、シャツを捲って下から風を吹き込んでいるあおいが言った。長く旅を続けてきたはずの彼女は意外と浪費家だ。恐らく俊介がやりくりしてきたのだろう。

「姉ちゃん、少し我慢して。夜になると寝る場所なくなっちゃうから先に予約しないと……」

「そんなの後でいいよ。私、もうやだ。三日も野宿してて一回も入れてないんだよ? 川で水浴びする程度も出来なかった。においだって気になるし……」

「大丈夫だろ、まだセーフ。……いや、アウトか?」

 後ろを歩いていた拓真が肩の辺りに鼻を近づけ言うと、あおいが驚いて振り返った。顔を赤くしたと同時に、拓真の腹に肘打ちを入れた。

「最っ低……! 信じらんない、このっ……拓真ぁっ!」

 あおいはさらに拓真の胸を突き飛ばした。

 それから、怒って一人で歩き去ってしまった。

 名前を馬鹿と同義語扱いされた拓真はゆっくり起き上がり、溜息を吐いた。

「今のは拓真がアウト」

「……戻ってきたらちゃんと謝るって。軽い冗談だろあんなの……」

「まあ、いいよ。僕らは宿を探そう。いい場所を確保できれば、姉ちゃんも機嫌直すはずだから」




***




 五十円を入れると、箱の施錠が外れて、シャンプーとリンス、ボディーソープが取り出せるようになった。この銭湯は備え付けが良い。

 シャンプーの頭を押して出てきた液体を手に取り髪に付け、あおいは手を動かし始めた。あまりにべたついていて、上手くシャンプーが広がってくれない。

 こんな生活を始めて、もう十一年。言葉遣いも残念ながら上品には育たなかったし、風呂だって二日や三日入らなくても平気になってきている。先程嫌がったのはそうしていないと自分が女だということも忘れてしまいそうだったからだ。それをあの男は。

 目の前の鏡に映った自分は、体だけ成長している。あの時と変ったところは何一つないというのに、時間だけが過ぎていく。肩にかかるか、かからないか程度の長さの髪を洗い流し、もう一度液体を出して手に取り、洗う。今度は普通に泡立ってくれた。

『逃げればどうにかなる』

 拓真の言葉に素直に従ったのは、まだ少し、躊躇いがあるのかもしれない。殺しをしたことがないという彼の前で、自分の罪を晒すことに対する、躊躇いが。そう、一緒に行動を取るようになった三ヶ月前から、殺しはしていない。

 "彼の前では"。

 

 髪を流して体を洗ってから、あおいは無人の浴槽に入り、入口を背にしてしばらく湯に浸かっていた。

「形のないものだから、いつも行方知れずの恋ー……」

 街で流れていて耳に残っていた音楽を口遊さみながら、あおいは天井を仰ぎ見る。

 何て言う曲だろう。サウンド的に九十年代かな。胸がどきどきする。俊介たちは石器時代の音楽なんて言うけれど、自分はあの時代の音楽が好きだ。今みたく規制を恐れて変にぼかしたりせず、素直に自分の気持ちを歌っている。

 気分よく歌を歌って気を抜いていると、いつの間にか後ろに男が立っていた。

 体を反転させたあおいは無粋な来訪者に対して冷徹な表情になり、相手を馬鹿にしたように目を細め、見上げた。

「ここ、女湯だけど」

「冬島あおいか?」

 相手が懐から大きな拳銃を取り出したのを見て、あおいは素早く浴槽から飛び出し、タイル張りの床を転がって避けた。反応を見て彼は問いかけが正解だったと感じたようで、銃弾はあおいの居た場所から逃げ出したところまで数弾発射されていた。タイルは削られているが、サイレンサー付きの銃らしく、音はほとんどなかった。今自分のいる所にも銃口を向けてきたので、床を蹴って仕切りへ飛び込んだ。普通の銭湯とは違って立ち姿も移せる鏡のため、背の高めのタイル張りのコンクリートの仕切りが男との間にはあった。銃弾は仕切りにめり込んだ。

 あおいはため息を吐いてからシャワーを掴むと、温度を最高まで上げ出力を最大にした。そして余裕を持って覗き込んで来た男の顔に当て、怯んだ隙に体当たりをして男を浴槽に突き落した。その際に銃を手から奪った。男の顔が歪むが気にせず、浴槽から這い上がろうとしている男の頭を、無表情で撃ち抜く。

 血が綺麗なマーブル模様を描く浴槽を一瞥してから、淡々と更衣室まで歩いた。



 普段は敵のまとう空気で判断するが、先程は完全に気を抜いていた。顔が割れていたら、問われもせず殺されていただろう。逆に言えば、顔をほとんど晒さなかったから、今の様なレベルの低い敵が来た場合はすぐに殺されず、問われる。昔、ある組織の使い走りの様な事をやっていた時があった。その時に商売敵に懸けられた冬島姉弟の賞金額が大層なもので、名前と微かな痕跡だけを頼りに、未だに追う者がいる。ただそれもそろそろ終わりが近づいていて、前に殺したのは一ヶ月前。襲ってくる者の質も低い。一時期は本当に死を覚悟したこともあるレベルの賞金稼ぎに狙われていた。街中で狙撃銃まで使ってきた男。あの時は執拗な攻撃を退けているうちに、別の標的に向かってくれた。賞金稼ぎに使う武器弾薬もタダではない。費用対効果が得られないと分かれば標的を変えることはよくある。

 更衣室といっても、衣類を入れるための木製で四角形の箱が、いくつか置いてあるだけだった。出入り口は機械化されていて、金を入れて取り出した鍵を差し込み回せば、誰でも入れる。銃を自分の衣類でひとまず隠し、途上で購入した格安のバスタオルを手に取った。ふと違和感を覚えて手を見れば、人差し指の爪が折れていた。爪の根元では、過去に殺してきた人々の血が剥がれ落ちずに残っている。あおいは胸が苦しくなってきて、視線を外した。

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