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荒れ廃れたこの場所で  作者: SET
終章 その笑顔が
27/34

その笑顔が(7)



 勝木は、建前上は同地位と言うことになっている幹部、岩崎の部屋へ足を運んでいた。部屋は質素で飾り気がなく、必要最低限の物しか置かれていない。人間味の薄いエペタムの連中にぴったりだなと、勝木は冷やかに部屋を観察した。岩崎の座っているデスクの両隣には、小銃を携行した男が立っている。

 岩崎のデスクに歩み出ると、彼はまだ吸い殻の少ない灰皿に煙草を押し付け、面倒そうにデスクを立ち上がった。灰皿は、三つあるうちの二つが吸い殻で埋まっている。窓を覆う粗めのバインダーから洩れた薄日を背にする岩崎は、いつも通りの見下すような目で視線を合わせてきた。

「相変わらず、よく吸いますね」

「世間話はいいですよ。要件に入ってください」

 一回り以上も年下の男に不遜な口調であしらわれ、勝木は内心で舌打ちをした。ここの所、高慢さに拍車がかかっている。顔には出さず、出来るだけ穏やかな表情を浮かべるように努める。

「では」

 前置きしたうえで、勝木は本題に入った。

「第二勢力であった(べに)が、政権運営に、代表の私一人しか携わることのできていないこの状態と言うのは、いささか不自然ではありませんか」

「話は聞いてますよ。しかし、エペタム以外の反乱軍には、代表のための一席ずつしか設けないという条件で既に承諾を得たはずですが。書類のコピーだってある」

 岩崎はデスクの引き出しを乱暴に開け、一通り探した後で、一枚の紙を机に叩きつけた。

「ええ。私も納得はしましたが……紅内部の強硬派が、ここへきて不満を噴出させまして」

 勝木は岩崎の手元を見て、言った。

「エペタムが今回の件で一番の功労者であった、それは否めません」

「はっ。否めませんときたか。能天気なもんで。火を見るより明らか、って言うんですよ。こういうのは。最大死傷者数を出したのもエペタム。一番多くの拠点を陥落・降伏させたのもエペタム。人数も規模も、第二勢力とは大きく水をあけている。だというのに、我々が旗頭になっていることにご不満が?」

「しかし、我らもそれなりの代償は払ったはずです。せめてあと数名分のポストを認めては頂けませんか」

「無理ですね。旧政府の有能な人材にはさほど欠損がない上、各ポストの人間には必要以上に人員入れ替えを行わないという前提で協力していただいています。それに、紅に限った優遇措置をとれば第三勢力以下も不満を爆発させるでしょう。きりがない」

 岩崎は自身が主導で行ってきた暗殺による人的被害を、欠損と表現した。

「用と言うのがそれだけなら、帰ってください。雑務が溜まっているので」

 それから彼の両隣りに控えていた男たちに追い立てられるようにして、勝木は部屋の外へ出た。




***




「成程……。伍代。資料は出来たか」

 村田は笑みを堪えて平静を装い、秘書として使っている部下の女を振り仰いだ。

「ここに」

 女は言葉少なに書類を手に取り、差し出した。ほとんどの生活がこの基地内に縛られている彼女の手は、夏だというのに、初見した連中が驚くほど白い。

「勝木次官。ここに岩崎の内偵資料がありまして……政敵にあたる人物の名前が数多く記されています」

 書類は、いつかは来るだろうと思い用意させていたものだ。権勢を誇るエペタムと反乱軍の第二勢力以下の関係はここのところ急速に冷え込んでいて、光信に代わり矢面に立つことの多い岩崎に反感を持つ人物は少なくない。目の前の勝木と言う男もその一人。反乱軍の黎明期より計画に加わり、岩崎と対等に渡り合えるうえに、岩崎を敵視していることが内外に知れている自分は、以前から相談を受けていた。

「……軽率では」

「大丈夫です。この部屋は部下に始終見張らせていますし、盗聴の心配はありません。御覧ください」

 彼はまだ何か言いたそうに村田を見つめていたが、恐る恐ると言った様子で書類を手に取った。

「書類はただの名簿として作ってありますから、どう参考にするかはあなたの自由です。ですが、この面々はあなたがたにとっていいパートナーになれると思いますよ。私も含めてね」




***




 髪を洗っている最中にドアを軽く叩く音がした。俊介は風呂場から顔だけ出し、ちょっと待って、と言った。シャンプーを洗い流してタオルを取り、体を拭いてジャージ素材の上下を着る。ドアを開ければ、佳乃がいた。

 髪をタオルで拭きながらリビングに歩いていき、ベッドに腰かけた。俊介について中に入ってきた佳乃は、机の近くの絨毯に座った。

「お風呂、邪魔してごめん」

「いいよ。どうしたの? わざわざ」

「二つ、教えておきたいことがある」

 佳乃はそう言うと、俊介を見上げた。

「一つ目。私の上司の村田と、紅の勝木が、手を組んだ」

 俊介はタオルを動かすのをやめ、佳乃を見返した。

「いつ?」

「ついこの間。最初は勝木も乗り気じゃなかったんだけど、何回かに分けて話し合った後、まとまったみたいだった。村田は今まで教えてた通り準備を整えてるし、これで近々動きがあると思う。ここを辞めるつもりなら今すぐにでも辞めないと……巻き込まれる」

「勝木か……」

 政府を倒す際にエペタムと共に尽力した第二勢力、紅のリーダーである勝木は、穏やかな表層の奥に何を秘めているのか分からない薄気味悪さを持っている、敵に回したくない人物の一人だ。

「それと二つ目。別の職員が受けた電話のメモを預かってきたの」

 岩崎が取る応対へ頭を巡らしかけた所で二つ目の情報が目に飛びこんできて、俊介は考えるのをやめた。

 それから、わざわざ足を運んでくれた佳乃に礼を言って帰し、すぐにあおいの部屋に向かった。

 扉をノックして反応を待つ。以前のやりとりの後、何度も仕事帰りに訪ねたが一度も扉を開けてくれた試しがなかったため、敢えて名乗りはしなかった。しばらくすると、扉が僅かばかり開かれた。目と目が合った所ですかさず隙間に腕と足とを挟みこみ、強引に扉を開き切る。部屋の中に体を捻じ込むと、あおいは寝間着姿で、肩にはカーディガンが引っ掛かっていた。袖を通さず、ただ羽織っているだけだ。ずり落ちないよう、右手で左肩の辺りを押さえている。あおいはただ黙って俊介の事を見ていたが、ふっと息を吐くと壁に寄り掛かった。

「何なの?」

 この前の頑なな態度とは打って変わって、あおいはうんざりしたような声音で言った。おそらくこれまで訪ねてきた時にも、部屋の中に居たのだろう。毎日続く俊介のしつこい訪問に辟易しているようにも感じられた。

「違うんだ、今度は……」

 先程、佳乃に貰ったメモには『茨城と埼玉の県境で冬島俊介の書類を所持した四人組を拘留中。当人の指示待ち』という走り書きに、電話番号が添えてあった。

「佳乃から渡された電話のメモ。読めば分かってもらえる」

 俊介がメモを手渡すと、あおいは初めから信用していない素振りで受け取り、文字を追った。そして読み終えた後、メモをぐしゃりと握り、床に放った。

「佳乃にまでこんなもの書かせて、何になるわけ?」

 あおいは怒りを漂わせ、言う。

「そんなに疑うなら」

 俊介は床に放られたメモを拾い、皺を伸ばした。

「そんなに疑うなら、自分でこの番号に電話してみる?」

「ふざけるのもいい加減にして!」

「ふざけてなんかない」

 あおいは声を荒げたが、自分からすれば、感情が表に出ている方が対応はしやすい。厄介なのはこの間のように感情を出さない状態だった。これだけでも、何度も訪ねた意味はあった。

「ふざけてるよ。それが、ふざけてる以外のなんだっていうの?」

 それが、の所でメモを顎で指し、吐き捨てるように言った。

「私は、拓真の事は忘れる。そう決めた。そう決めたんだから、適当なこと言って期待させないで」

「でも結局、忘れられてないじゃないか」

「やめて。もううんざりだよ、俊介……」

「やめるよ。その代わり、電話には立ち会ってもらうから」

 俊介は、あおいが沈んだ声になりかけた所で話を切り上げ、すぐ後ろにある扉を開いて、部屋の外へ出た。ここで駄目でも、明日また来るだけだ。振り返ると、あおいは観念したように壁から体を離した。寝間着姿のまま、靴を履く。


 外線用の電話が置いてある場所まで歩いていく途中、あおいと俊介の間に会話は無かった。電話の付近は無人で、黄緑色の電話が載っている台座の隣に、休憩用の青いプラスチックの長椅子がぽつりと佇んでいるだけだった。俊介は電話に取りつくと、職員用のIDカードを差し込み、メモに書いてあった電話番号を淡々と押した。

「はい。こちら新三国(しんみくに)支部です。ご用件は」

 この電話番号は元々用聞きの為に設置しているのだろう。余計な言葉は一切なく、ただ用件のみを聞かれ、俊介はどう答えたものか迷った。

「そちらに冬島俊介の国籍証明書類を持った四人組が拘留されていると窺ったのですが……」

「ああ、その件ですね。はい、確かに拘留しています。書類も無事です。失礼ですが、本人確認をさせていただいてもよろしいでしょうか。用件を知っているのなら心配はないでしょうが、念の為の措置です」

「構いません」

 俊介は、国籍証明書類に記されている事項についての質問をいくつか受けた。答えながら、プラスチックの長椅子に座っているあおいに、耳を近づけるよう手で促した。あおいは大人しく従った。会話の内容が聞こえるよう、軽く受話器を浮かせる。

「間違いなく本人ですね。受け渡しに必要な確認はすべて終わりました。書類は後日、甲府基地へ郵送します。四人組の処遇は我々が……」

「あ、いえ、郵送はしなくていいです。直接、取りに伺います」

「え? あ、はあ。そうしていただけると、我々としては助かりますが……。甲府から、わざわざ三国まで?」

「その四人組とは面識がありまして、少し話をしたいんです。それまで、手荒な真似は差し控えていただけますか」

「分かりました、では、平日の午前九時から午後六時までに新三国支部の受付へお越しください。その際、もう一度本人確認を致します」

「ありがとうございます。では」

 俊介はそこで、受話器を置いた。手の込んだことをする、くらいの嫌味は言われるかと思いあおいの横顔を盗み見ると、あおいはゆっくりと電話から離れ、長椅子に腰を下ろした。険を含んだ眼差しで何かを考えている。

「俊介」

「何?」

 考え込んでいる間、距離を開けて長椅子に座っていた俊介は、視線をあおいの方へ巡らせた。

「行こうか、新三国に」

 あおいは、床を見据えたまま言った。

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