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荒れ廃れたこの場所で  作者: SET
終章 その笑顔が
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その笑顔が(1)



 エペタムの叛乱は成功し、他の反政府集団や、政府内の叛乱分子たちもほぼ同時に決起した。

 執拗な要人へのテロ攻撃を受け弱体化し、内部を膿に喰い破られた政府は指揮系統もまともに機能せず、それぞれがそれぞれのやり方で各国に支援を要請したが、各国はエペタムが政府に武器を使わせる間も与えず関東の主要都市を人質とすることに成功したと知るや与する益は無いと視てこれを黙殺。中国などは領海侵犯の動きも見せたが、事前にエペタムと密通していたロシアとアメリカのけん制により事なきを得た。絶望的な包囲網の中、旧政府軍も意地を見せ、戦線は膠着。陥落した東京に代わり東北や近畿が激戦地となり、街は廃墟、市民をも巻き込んだ西日本でのゲリラ戦は泥沼化するように思われた。

 しかし、ゲリラ戦を展開するにあたり旧政府軍の手足となると目されていた各街の住人達は、反乱軍と争い現在の暮らしに固執することよりも、新政権への積極的な服従によって助かろうとした。

 そして四カ月後の冬、既に主要防衛線であった山口、秋田での支持基盤すら崩壊した旧政府軍は士気も低く、懐柔策を採ったエペタムなどの反政府連合に対してまともな抵抗を諦め、すぐさま降伏することとなった。この叛乱での死者は、二千人にも満たなかった。





***



 

 四カ月ぶりに、自分の足で歩いて旅館の外に出ることができた。ただ、外とは言っても、旅館の敷地内の中庭だった。拓真は軽くその場を踏み付け、両足の具合を確認する。多少痛みは残っているが、歩けないほどではない。

 季節は冬になっていた。吐く息は白い。水分を多く含んだ雪が舞っていて、中庭に敷き詰められた白い小石に触れれば、積もることなく消えていった。あおいは、俊介は、この寒さを肌に感じながら、どこを歩いているのだろう。

「拓真!」

 叱るような声を聞いて、小石から視線を上げる。

「また勝手に外に……」

 そこには、外廊下からの扉を開けた凛がいた。辺りはもう随分と暗い。仕事から戻ってきたところだろう。関東は早くに前線から外れ、平和が戻りつつあった。日本は滅びも、崩壊もしなかった。夢想家は勝手にくたばれと拓真が唾棄した考えを持っていた光信は、浮浪者の人権や生活環境を整備し、仕事を斡旋したりと様々な政策を実行に移してきていた。皮肉なことに、その恩恵に拓真も与ることになっていた。今もまだ旅館はまだ補助を受けているらしく、格安で住むことが許されている。まだ浮浪者の定住地取得までは認められていないが、街の入り口で国籍証明の提示を求められるだけで、徐々に滞在期限は無くなりつつあると聞く。

「違う。今回は本当に治ったんだ」

 凛は疑うように拓真を見上げた後、しゃがんで、歩き始める前にギプスを外した右脛を強く触ってきた。だが、前に触られた時ほどの激痛はなく、平気な顔でやり過ごせた。

 この四カ月の間、拓真は幾度となく自力で歩くことに挑戦し、失敗してきた。気持ちが急いたのには理由がある。俊介が残した国籍証明書類のほかに、脱退に失敗した場合のことを書き記したメモが置いてあったためだ。それは、彼と……あおいと、再び接触するための唯一の方法だと思えた。

 関東のどこかの県境を跨ぐこと、県境を跨ぐ際の身分確認には彼の国籍証明書類を使うこと、偽造証明の疑いで捕縛されそうになったら大人しく従うこと。メモにはその三つが記してあった。理由としては、偽造証明をする者がいたら捕縛し報告を上げるよう情報部署の人員に頼んでおき、そこで消息を掴めるかもしれないということだった。再脱走を警戒されて自由には動けないだろうから、自分から拓真たちがいるところには行けないということも二つ目の理由として添えてあった。

 拓真はすぐにでも言われた通りに手順をこなそうとしたが、岩崎に負わされた怪我が足を引っ張った。松葉杖を突こうにも両足と右腕が折れ不可能で、保険証がなく、入院し車椅子を借り受けたり購入したりする費用もないため、最初の手術以後は時折往診を頼む医師に従い、布団の上で治療に費やす日々が続いた。

「……やせ我慢してるんじゃないだろうな?」

「今日来た医者が、この間受けたレントゲンの結果を教えてくれた。両足とも完治、とまではいかねえけど、もう歩いても大丈夫だろうって」 

 黙って拓真の目を見据えていた凛は少し考えた後で、頷いた。

「……それなら二日後、出発しようか。ちょうど今回の仕事は今日で終わりだし、金も結構溜まったから、資金も問題ない」

「え? ……でも、俺は、金、なくて、それに……」

 拓真は、無意識に口籠った。浅井の三人には四カ月間、これ以上ないくらい生活を支えてもらっていた。何しろ、街に着いてからの一週間の稼ぎだけでは治療費の払いようがなく、怪我で身動きも取れない状態だった。自分だけで取り残されていたら旅館からも追い出され、餓死していただろう。しかし三人は、自分を見捨てずに治療費や滞在費、食費など様々な雑費を負担してくれた。いくら感謝をしても、し足りない。そして、ここで支援を受けてしまえば、三人に今よりも大きな負担を掛けることになる。金銭的な意味でも、社会的な意味でも。

「今更だな」

 旅館側の扉に手を掛けた彼女は、一言だけで拓真の躊躇を断った。

「私は借りがある。拓真と俊介と……それにあおいにも。少しくらい恩を着せてもいいんじゃないのか」

「けど、あの日のことだけで、何もそこまで……」

 拓真はまた言葉に詰まった。凛はそれを見て首を傾げる。

「なんだ、治るまではあんなに必死だったのに……治った途端、ごちゃごちゃ言い出すなんて。あおいと俊介と会いたい、素直にそう言えばいいだけの話だろう?」

 凛は柔らかに笑ってから、旅館の扉を開けた。

 拓真はもう、反論をしなかった。彼女の言う通りだ。自分は四カ月前も今も、他の何よりも優先して、二人と再会したい。支援してくれるというのだから、素直に厚意を受けよう。拓真は彼女の後姿を見つめ、負担して貰った分の金は何があっても返さなければならない、と改めて思った。


 部屋に戻ると、黒塗りのテーブルに肘をついた未由が、障子の方に身体を向けて寝そべっていた。

 彼女は部屋の扉を開けた音が聞こえたのか、身体をゆっくりと起こし、目を擦りながら視線を合わせてきた。

「足の方、どうでしたか」

「結構、いい具合」

「じゃあやっぱり、治ったんですね?」

「うん、たぶん」

 拓真は頬を軽く掻いてから、未由の近くに座った。そこには、中庭に出る前に広げたままだった漢字練習用のノートと、問題集が置いてある。無理をして余計に悪化させてしまった足よりも早く右腕が治ってからは、毎日日本語の書きを勉強した。会話や読みはあおいが教えてくれたが、自分で書くためには平仮名から始めなければならなかった。しかし、他にすることもなかったために、上達は早かった。今では漢字も小学四年生程度の問題ならば解けるようになっている。日本の学校は、小学校、中学校までが義務教育で、そこまでの漢字を書けることが最低限の教養として求められるそうだ。

「お姉ちゃんも、おかえり」

「ただいま。今日の体調はどうだった?」

「そんなに毎日聞かなくても大丈夫だよ。四カ月も休んでるんだから」

 未由は苦笑い交じりに答えた。彼女は初めに会ったころと比べて声量も大きくなり、意識を集中せずとも聞き取れる程になっていた。拓真は二人の会話を聞きながら、ノートと問題集を畳んで重ね、筆箱をその上に乗せて手元に引き寄せた。

「拓真の足が治ったらここを出ると言っていたが、気構えはできてるか?」

「いつ出るの?」

「明日は準備で、明後日だな。出る前にいろいろと買っておかないと」

「……そうだね。分かった」

 凛はその返事を聞いて頷いた後、着替えてくる、と言い襖を開けて隣の部屋に移った。


「……ごめんな。こんな、俺のわがままに付き合わせて」

 拓真が呟くように言うと、彼女はゆっくりと首を横に振った。

「私は拓真さんが必死にリハビリをする様子を見て協力しようって決めたんです。ただのわがままなら、付き合ったりしませんよ」

「……ありがとう」

 その言葉を聞くと、彼女は口元を綻ばせ微笑した。それから拓真の手元にある漢字ノートに手を掛け「今日はどのくらい書けるようになったんですか?」と訊きながらノートを開いた。

「んー……焼く、飛ぶ、芽、毒、漁、飯、陸、票、あと……」

「相変わらず、上達早いですね。字も上手い。……喋る方も、もうほとんど完璧ですし。どうしてそんなに早く覚えられるんだろう……」

 未由は拓真が指折り成果を披露している途中で話を切って、首を傾げた。

「書く方は知らねえけど、喋る方は、うちの両親が、俺が寝た後は日本語で話してたのも一つにあるかもな。住んでた部屋は狭かったから、布団に入りながらそれを流し聞きしてた記憶がある」

「睡眠学習ってやつですか。いいなあ……。楽して覚えすぎです。……あ、そうだ、今度、私が寝てる時に英語で何か話し掛けていてくださいよ。私も、楽して英語話せるようになりたいです」

「何か、って何だよ……。それに俺の英語はマレー系の訛りが混じってるから、覚えても役に立たねえよ」

「……ひらがなの書き方、教えてあげたのに」

 彼女は残念そうに言った。

「アルファベットとか基本的なものなら、教えられるけど。もう書けんだろ?」

「い、いえ……。あの、私、五年生くらいから、街に居られなくなって……英語の授業、受けてないんです」

「あ、なんだ、そうだったのか。……したら、書ける漢字も未由にもうすぐ追いつけるな。後で、アルファベットと漢字の練習、一緒にやるか?」

 何故だか肩身が狭そうに言った彼女に、拓真はそう答えた。

 彼女は驚いたように目を見開いてから、唇を軽く噛んだ。

「……無学だ、って笑わないんですね」

「ん? いや、俺も、似たようなもんだし」

「……でも、私は、拓真さんと違って……運動も、力仕事もできないし。そんな私が勉強すらできないって、可笑しくありませんか?」

 彼女はノートに目を落として、呟いた。拓真は溜息を吐いてから、未由の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。

「途中までしか学校に居られなかったのも事情があるんだろ? 可笑しくなんてない」

「本当……ですか」

 未由は俯き加減だった顔を上げ、訊く。

「本当」

 拓真が小さく笑みを浮かべて答えると、彼女も笑みを浮かべた。拓真はそれから、彼女の頭に乗せた手をゆっくりと退かした。

「……何でだろう。拓真さんにそう言ってもらえると、なんだか安心する……」

 やや照れた様子で彼女が言う。

 そこで部屋の扉が開く音がして、二人は話すのを止め、入り口に目を向けた。

「ただいま! 今日の飯なに? また買ってきたやつ? 飽きたな、いい加減。あ、やっぱ先に風呂入ってくっか、その前に今何時だ?」

 独り言にしては大きすぎる声量で捲し立てた彰は、肩に提げていた荷物を放り、早々と襖の前に立った。

「そこ、凛が着替え……」

 拓真が注意しようとしたときにはもう開けていたが、凛は既に着替え終えていて、部屋に戻ってくるところだった。

「今は七時半。夕飯はまた惣菜、風呂は夕飯の後にしろ」

 凛はそう言うと、彰が畳に放り投げた鞄を拾って端に寄せ、自分の鞄からポリパックに入ったひじき煮と串カツ、そして保存用のごはんパックを四食分取り出した。彰がうんざりした顔を見せたが、凛が軽く睨むとそそくさと席に着いた。

「……私だって、ちゃんとした台所さえあれば料理くらい作れるんだ」

 言い訳めいた調子で拓真に対して言い、割り箸を乗せたごはんパックを目の前に差し出した。

「へえ。料理、できるのか」

 拓真は礼を言ってから受け取った。

「馬鹿にするな。私だって女なんだから、そのくらいはできるぞ。なあ、未由」

「う……ん? あれは、出来るうちに入ら……」

「べ、別に俺は、食えるなら何だっていいけどな」

 拓真は凛が不機嫌になる前に、未由の言葉の上から声を被せた。仕事を終えたばかりの彼女は、少し怖い。

「そうだろう? 文句を言う方がおかしい」


 食事を終え、彰が全員分のゴミを纏めて、風呂の途中のゴミ箱へ捨てに行こうとしている時、拓真は思い出したように彰を呼び止めた。

 落ち着きのない彰は大事なことを話す機会がいまいち把握できないため、今のうちに話しておかなければならない。

「彰、あの、俺、今日で足が治って……」

「……凛はなんて言ってる?」

 拓真が言いかけると、予想に反してすぐに言葉が返ってきた。

 驚いて少し間が空いたが、自分の言わんとするところが分かっているらしい彰に向かって、手短に答えた。

「凛は、明日準備で、明後日出よう、って言ってくれてる」

「そうか……分かった。ならそれでいい。俺も協力する」

 普段と変わらぬ表情のまま、彰は快諾した。

「……そんなに簡単に決めていいのか?」

「見くびるなよ。受けた恩は何倍にしてでも返すのが礼儀ってもんだろ?」

 誇らし気に言った彼にどう返せばいいのか分からず、再び間が空いた。

「ゴミを抱えて言っても、説得力無いぞ」

 同じく風呂に行く途中だった凛が横から口を挟んで、部屋を出て行った。

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