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荒れ廃れたこの場所で  作者: SET
1章 偽悪
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荒れ果てた土地で(1)



 太陽が照り付ける草原があった。草原の中心にあるのは、朽ち果てた戦車。汚れた波打ち際が遠くに見える。 

 三瀬拓真(みせ たくま)は、日焼けによるものでない、浅黒い色をした腕を日除けに戦車の隣で寝ころんで、束の間の休息に浸っていた。

 

 国益を守る戦争が引き起こしたのは、皮肉なことに国家という役割の終焉だった。アジアを火種とした極東大戦という戦争が終結してから数十年後。新たな戦火が世界を覆い、あらゆる国は劫火と灰塵に包まれた。民衆は国に追従するのを止め、半独立生活を送り始めた。各国の主はそれを認めず軍隊による弾圧が行われ、拒否した民衆は殺されそのまま内戦に突入することも珍しくなかった。だが、かろうじて大戦を生き抜いた日本には、周辺国への牽制が手いっぱいで、民衆を従える軍事力は既に存在しなかった。国としてのまとまりは崩壊し、地方に権力が乱立した。

 それからさらに十余年。国土に見合う程に激減した人口はそれぞれに十分な土地と一時の平穏を与えたが、灰塵に帰し作物の育たない土地に住まざるを得なくなった人々は困窮し、移住を開始。当然、土地は無尽蔵でなく、既にその土地に満足している者もいる。移住者と現地人との間では抗争が始まった。人々は地域ごとに結束し、空襲を受けなかった都市部の人間は高度な経済状態を維持したまま、私兵部隊を作り、他からの移住を特に強く拒んだ。痩せ細った土地に住む人々はまともな武器もなく大規模な侵攻は不可能で、個々に都市への侵入を図ろうとした者は次々と殺された。商業が発達し人口が増えた大都市は食料の入手も必要になり、近隣の農業用地を吸収、さらに周辺地域への影響力を増していく。今ではこれが"国"と呼べるものなのかもしれない。人というのは、もう境なしでは生活できないようだ。


 日系二世の拓真は、シンガポールという国があった場所から船で日本に逃げてきた。現在の日本の言い方に直せばいわゆる国外移住者という奴で、身元を証明できるものを何も持たない、浮浪者だった。おまけに、話せるのは怪しい片言の日本語だけだった。だから、どの集団にも混じることはできなかったし、街に入る際も人目を盗んで入り込むしかなかった。無断で侵入したことが見つかって半殺しにされたこともある。

 それでも、今こうして生きている。なぜ、と問われれば答えは簡単だった。冬島姉弟と出会ったからだ。


「……そろそろ行けるか? あいつら、まだ追ってきてるかもしれねえし」

 拓真は腕を外して、太陽に目を合わせ言った。

 今ではすっかり片言言葉も抜け、自然な日本語を話せるようになっている。

「言われなくてもそのつもり」

 尖った声が戦車を挟んだ向こう側から返ってきた。

 声の主は冬島あおい(ふゆしま あおい)。足を怪我した彼女を気遣って提案した休憩は、そろそろ十分が経とうとしていた。

「機嫌わる」

「……私たちは撒いてたのに」

「悪かったって言ってるじゃないの」

 ふざけて言いながら立ち上がった拓真は、戦車の反対側に居るはずのあおいに視線を合わせようとした。

「今こっち見たら潰すから」

 衣擦れの音が聞こえて、慌てて体の動きを止めた。

「……何を潰されんの?」

「さあね」

 彼女が呟いたところで、草原が終わり砂地が見え始めるあたりから、拓真とあおいを呼ぶ声がした。

 拓真は立て掛けていた旧式の小銃を抱え直し、そちらへ歩き始める。彼はあおいの弟の冬島俊介(ふゆしま しゅんすけ)。十八の自分よりも一つ年下だ。姉のあおいの方は十九で一つ上。だが、堅苦しい言葉遣いなどは無く、三人は対等な関係だった。

「あ。拓真、待って」

 後ろから声を掛けられ振り向くと、小銃の弾倉が宙を舞っていた。顔にぶつかる寸前で手に取ると、彼女の少し誇らしげな声が戦車の反対側から聞こえた。

「拓真のと似たような武器だったから、さっきあいつらとやりあったときに盗っておいたの。弾、合う?」

 試しに今装着している弾倉を取り出してあおいの投げた弾倉を入れてみた。ぴたりとはまった。八歳から弟を引き連れ浮浪していたという彼女は、流石に鋭い洞察力だ。さらにそれを盗むあたりそつがない。

 あいつら、とは前に訪れた街の守備隊のことだ。大抵、街に入る際は利便性を考えグループの代表が日本国籍を有する証明が出来れば良いだけであるから、入るのは苦労しない。問題は出る時だ。街によって制約は異なるが、市民以外の滞在は基本的に五十時間以内。それまでに出発が確認されない場合は捜索され強制的に排除される。これもまた街によって異なるが、見つかり、抵抗すればすぐに囲まれ、様々な方法で殺害される。抵抗しなくても集団リンチを受け打ち所が悪くて死んでしまった者もいる。要するに兵士たちの退屈しのぎに使われて街の外へポイ、だ。もちろん遺体は放置されれば伝染病などの危険もあるため、埋葬はされる。ただ、他の遺体と同じ場所に埋める所が多く、"ゴミ溜め"と呼んでいた街もありはしたが。

 そして通常、街の影響範囲外へと逃げ(おお)せることが出来れば脱走は成功となる。

 街としては異分子を排除出来ればいい。追う利も何もありはしない。殺しは兵士のヒマつぶしだ。入場時の情報は残ったままで当然のように対策が為され、以後は一切の出入りが認められなくなる。

 影響範囲外から出た今も追われているのは、あおいが足を撃たれたとき、咄嗟に俊介が反撃して兵士を銃撃してしまったからだった。兵士には銃を向けただけで犯罪となる。その兵士はかすり傷で済んだというのに、部下を引き連れ未だ追う足を止めようとしなかった。自分たちの様な浮浪者は大抵数十名から数百、最大では数千の人員でまとまりグループを為して行動するため、兵士たちも迂闊には動けないが、拓真と冬島姉弟は違った。三人で行動していた。

 あおいや俊介と違って、拓真は戦闘の経験がほとんどない。小銃も、狙った標的にはなかなか当たってくれない。

 ただ、追手も三人。銃は牽制用の拓真と違い、敵は殺しも辞さないが、日雇いの収入が良い街では生活費を得るため所定の時間など無視して粘ってしまい、彼女らと行動を共にし始めた数ヶ月前から幾度か追われる経験もしたので、逃げる戦いには慣れてきていた。


「……足は?」

「あー……うん、平気」

「なんか煮え切らねえ返事」

「……心配されるとは思わなかったから」

 黒にワンポイントの入ったTシャツを着ながら戦車の脇から出てきた彼女は、目を合わせると、呟くように言った。黒いTシャツが完全に降り切る前の彼女の腹部には大きな裂傷の痕が走っていた。何度か見ているが、理由はまだ知らない。視線を下に向けると、ハーフパンツのずっと下、踝の辺りには先程できた傷口に包帯が巻かれていた。

「それは"ありがとう"も知らなかったころの話でしょうが……。語彙が増えりゃあ俺ほど気遣いのできる男もいないと思うけど?」

「ぶつぶつ言ってないでさっさとして」

 折りたたみのナイフを出したり仕舞ったりしながら、既に数歩先に居るあおいが振り返った。



「二人とも何のんびりしてんの。せっかく距離を空けたんだから、振り切らないとならないのに……」

 せわしなく周囲に視線を走らせる俊介は、疲れたように言った。

「振り切ったって無駄無駄。あいつら地の果てまで追ってくるって」

「なるべくなら殺しはしたくないって言ったの拓真だよ。そんな暗くなること言わないで。なんだか疲れてくる」

 細身な目を正面に据えたまま、隣を歩くあおいがだるそうに呟いた。怪我した左足は軽く引きずっている。その顔は汗で濡れていた。

 殺しの経験はまだない。冬島姉弟に話したら、凄い驚き方をされた。その境遇で、と。良く考えればそれが共に行動をとるようになったきっかけだったのかもしれない。

「大丈夫だって。次の街の影響下に入れば敵は退くんだろ?」

「拓真、それさっきと言ってること違う」

 俊介が言った。


 ……それにしても暑い。拓真は右手首のあたりで顔の汗を拭った。しかし手首も既に汗まみれだったので、意味がなかった。

 足元は砂漠とまではいかないにしろ、割とキメの細かい砂地だった。

 作物を育てようとした痕跡が所々に見られるが、諦めてしまったのだろうか。

「やってらんねえよな。自分らで灰にした土地を後の世代に押し付けるなんて」

「うん……でも、極東大戦の時はどうにか復興したらしいし、きっと大丈夫」

「……妙に達観してる割に、そういうとこは諦めてないよなぁ、あおいって」

「復興の希望を捨てたら、人間は今の環境に適応してしまう。適応したら、ただの鉄屑と同じ。この状態は、異常なの。拓真も覚えておいて。昔は、もっと、活気が溢れていた。どこの街に行き来するのも自由だったし、創作物も規制されずにどんどん流通していたし、今からは想像もつかないくらい豊かで……」

 普段淡々と話すあおいが熱っぽくなってきた。あおいはなぜか過去の日本に詳しい。

「姉ちゃんストップ。静かにして」

 拳銃を構えた俊介が諌め、背中に背負ったバックパックからグロックという名の拳銃を取り出し、彼女に投げ渡した。あおいはそれを受け取ると冷淡ともいえる表情を取り戻して、周囲を窺った。

 二人の目つきが変わったのを察した拓真はあおいの肩を掴んで引いた。

「殺しは駄目だからな。逃げればどうにかなる」

 あおいは手を振り払って、逆に拓真のTシャツの襟元をきつく掴んだが、数秒間睨んだ後で、大きくため息を吐いた。

「……いつも通り、甘いね。いつか死ぬよ?」

 彼女は苛立たしさを滲ませ囁くと、手を離し、前を向いて走り始めた。

「……あーあ。伸びちゃった」

 適当に呟いて襟元を触ってから、拓真も後に続いた。

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