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荒れ廃れたこの場所で  作者: SET
2章 別れを告げる銃声
14/34

別れを告げる銃声(4)



「なんっだこの街! こんな時化たトコ、いまどき関東にあったのかよ?」

 彰が街の入口に差し掛かり、街の家並みを見渡してから大きな声で言った。

 通行人が眉を顰めてこちらを睨んで来たので、拓真は軽く彰を小突いて黙らせた。

 今は稲敷の残骸を通り抜け、茨城と千葉の県境に向かう、とある街に差し掛かったところだった。時刻は大体午前九時程度。一晩野宿してから辿り着いた所だ。

 地図上ではただの道路となっていたところだが、一応は街の様相を呈している。

「おっかしいなあ……この辺、地図では道路だったはずなんだけど。人通りは少ないし、建物も少ないけど……街、だよね」

 あおいが小さな声で言った。

「うん……。ただ、見たところ警備も私兵も居ない様子だし……滞在期間とかはどうなるんだろう?」

 俊介が疑問を口にすると、既に近場の通行人を呼び止めた凛と未由が話を訊いている所だった。

「ねえ、勝手に行動しないでくれない? 浅井三兄弟」

「なんだその呼び方は。名前で呼んでくれ」

 話を中断してまであおいの言葉に反応した凛は、それから二言三言話し、通行人との会話を切り上げた。


 ここは、形成途中の街で、街の名前は未定だそうだ。良く意味が分からず訊き返すと、凛は通行人から聞けた話を説明してくれた。この辺りの土地を管轄する自治体から用地と管理権限を買収した現首長が、五年ほど前にここへ街を作り始めたのだそうだ。だからまだ人を集める時期で、滞在期間などは特に決められていないらしい。

「天国じゃねえか!」

「……自治体も国の破壊した土地を放置するばかりじゃ損害があまりにも大きいから、助成金を国から毟り取った後で経験ある人物を募って審査・登用、街の復興を任せていく。これが今のスタイルなんだけど……。街が作れるだけ広大な用地と管理権限ごと買収するなんて聞いたことがない」

 彰の言葉を無視した俊介が分かりやすく解説をしたところで、拓真は首を捻った。

「それだけのものを売却してもらえる信用か地位、それでいて資産がある人物が、どうしてこんな面倒な仕事を始めたりするんだ?」

「そこだよ。そこが一番の疑問点」

「んなこと若いうちから気にすんなよ。禿げるぞ」

「金持ちの老後の道楽にしては、街づくりは激務なはず。自治体の経過観察をやり過ごして、他の街との折衝、産業の振興、インフラの整備、治安維持、そして何より人集めを迅速にやらなきゃならない」

「インフラって……infrastructure?」

「……なあ、何で無視すんの? 酷くね? 俺、一応年上なんだけど」

「ああ、それそれ。徹底的な掃討じゃない場合は残っている場合があるけどね。それでも難しいと思うよ。だからそこまでして街を作るには、余程の理由がないと……。何かあるかもしれない。気を付けて行こう」

 俊介が話を切ると、今度は凛が首を捻った。

「どうしてそんなに詳しいんだ?」

「……まあ、いろいろとあったから」

 それだけ答え、俊介は歩き始めた。

「……俺って、そんなにうざったいかなあ。少しくらい反応してくれたって……」

 彰が小さく一人で呟くと、凛は彼の肩を優しく叩いて、それから俊介の後に続いた。


 本来なら、数多い浮浪者向けに、どの街にもすぐに見つかる程度には泊まれる施設があるものだが、この街はすぐに目に付くところにはなかった。住民に訊き込み二十分少々歩き続け、ようやく辿り着いたそこは、普通の民家のようにも見えた。しかしインターホンを押すと、和服姿のお婆さんが姿を現し、中に案内してくれた。余計な不安を与えぬよう小銃を背中に回しどうにか隠している拓真は、その後に続いた。

 ごく普通の民家を想像していたが内部は奥行きがある直線の廊下になっていて、その廊下をしばらく歩くことになった。廊下の壁は所々煤けているが、掃除は行き届いているようで、古めかしいが洗練された内装を損なってはいなかった。行き止まりにはまた扉があった。扉を開き外側に出ると、中庭のような場所が現れる。正面には再び玄関らしきものがあり、地面には白い小石が敷き詰められていて、その真ん中に、大きく形が良い平らな石が等間隔で四つ、置いてあった。

 四つの敷き石を踏みしめ歩いたお婆さんが、ここが入口になります、と正面にあった引き戸を開けてくれた。

「奥は随分広いんですね。普通の民家を想像していました。インターホンだったし……」

 靴を脱ぎ、玄関方向に爪先を向け揃えたあおいが、お婆さんに声を掛けた。

「そうなんです。泊まりにいらしたお客様は皆さん揃って仰るんですよ」

「あの廊下には何か意味があるんですか?」

「ここは昔は大きな旅館だったんですけれども、十年前の空爆で焼失してしまいましてね。玄関も本館も建て直しましたが、あの廊下だけ、どうにか消失を食い止めることができたのです。お若い方には、幾分か古くさく感じられたでしょう?」

「いいえ、素晴らしい内装でした」

 彼女が笑顔で応じると、お婆さんも笑顔になり、こちらへ、と受付へと歩いて行った。歩き方が慎ましやかで気品を感じられる。

 拓真も靴を脱ぎ、あおいの真似をして爪先を玄関に向けてから、受付へ向かった。

「ここ、料金はどうなっているんでしょうか?」

 受付に着くなり、凛が切り出した。

「先程申しあげましたとおり以前は旅館としてやっていたんですけれども、今は長期滞在の需要も増えてきており、街の復興に協力したいという気持ちもありまして、気取らずお安くして提供しております。料理などは付きませんが、一部屋一泊五百円で……」

「五っ五っ……五百円!?」

 しとやかな面を被っていたあおいが思わず、と言った形で声を上げた。

「え、ええ。一泊、五百円です。この街の首長様からご支援を頂いているので、この価格でご提供させていただいております」

「あ、も、申し訳ありません。あまりに驚いたもので」

 慌てて皮を被り直すが、お婆さんは可笑しそうに笑っていた。

「お部屋の方はどうなさいますか? 部屋は二人部屋と三人部屋、四人部屋があるのですが、六人をどうお分け致しましょうか?」

「あ、じゃあ四人部屋をひとつだけでお願いします。資金が潤沢とはいえないので、二つ借りる余裕はちょっと……。みんなも、それでいいよね?」

 俊介が念のため、といった様子で全員の顔を見渡した。

「俺は狭いの嫌でっ……」

 反対の言葉を発しかけた彰の足を、その隣に立っていたあおいが思い切り踏んだ。

 彰は言葉を仕舞い込み、それではご案内します、と受付を後にするお婆さんを見送った。 

「なんか俺、こんなのばっかり……」

 


 部屋は隣の部屋と襖だけで仕切られたようなところを想像していたが、実際はしっかりと壁で区切られていて、食事をとる場所と寝室が襖で分けられていた。

 どちらも畳敷きで、食事をとる場所には黒塗りのテーブルが中央に置かれていた。テレビの番組表、軽いお茶菓子、急須、ティー・バッグがその上に載っている。

「では、ごゆっくり。私は従業員の一人、菊政雪乃(きくまさ ゆきの)と申します。何かあれば受付にてお申し付けください」

「分かりました。ありがとうございます」

 拓真が一礼すると、彼女も深々と礼を返して、襖をゆっくりと閉めた。

「五百円って言うからどんなものかと思ったが……普通の旅館だな」

 窓があると思われる障子を凛が開くと、窓際のスペースにもゆとりがあり、真ん中に小ぶりで高さのある机を挟み、二つの椅子が向かい合っていた。

 彼女はそのまま、椅子に座った。

「良い眺めだ」

 窓から注ぐ陽光に、彼女は満足した様子で目を細めると手入れの行き届いた庭を見つめた。

「……でも怖いね、なんだか」

「素直に喜べよ。しっかしあと少し諦めないで進めばこんなところがあったのか……勝手にもう無理だって決めつけて同行頼んだりして、悪かったな」

 あおいの言葉に彰が返し、担いでいた荷物を部屋の隅に置き、テーブル近くに腰を下ろした。




***




 残金、一万二千五百円。街を出る際に映画を見て、三千円減った。いくら格安の料金とはいえ、一ヶ月滞在すればそれだけで資金が底をついてしまう。

「働くしかないね。あたしたち五人は当然として、未由って子はちゃんと働けるの? 力仕事ばっかりだよ、きっと」

 あおいが、頬杖をついて小銭を弄りながら、呟いた。凛のそばにくっついている未由は伏し目がちにあおいの様子を窺った。昨日、怒鳴られたのが効いているのかもしれない。

「……悪い。未由は、先天的に体が弱えんだよな。別に、体が弱いからといって甘やかしたからとかじゃなく、体質的に無理なんだ。筋肉が上手く発達してくれてない」

「分かった。それなら仕方ないよ。じゃあ、夕方から仕事を探し始めるから、それまで、自由時間ってことで」



 あおいと俊介が街を見てこようと誘ってきたが、なんだか疲れてしまっていたので断った。彰はテレビに体を向けつつもこくりこくりと船を漕いでていて、凛はテーブルに突っ伏して眠っていた。一人黙って荷物を整理していた拓真は、所在無げに座っている未由に気づくと、その横顔を見つめた。心なしか出会ったころよりも顔色が白くなっている。

「あ……と。未由、だっけ。顔すげぇ白いけど、大丈夫なのか?」

「……はい」

 消え入りそうな声で答えが返ってきた。

「な、なあ。本当に大丈夫かよ? 昨日の夜からほとんど口開いてないし……」

「……大丈夫です。ご迷惑はお掛けしません」

「いや、迷惑とかじゃなくてさあ……。横になってた方がいいって」

 立ち上がって収納スペースと思しき場所の襖まで歩き開くと、上の段と下の段にそれぞれ、布団が積み重ねられていた。四人部屋だが、布団の数はしっかり六人分あった。

 両手を広げ一番上にあった布団を掛け布団と枕ごと引っ張り出すと、そのまま持ち上げ、隣の寝室に運ぼうとした。

「そこの襖、開けてくれ」

「あ、はい!」

 慌てて立ち上がろうとすると、彼女は力が抜けたように膝を抜かし、畳に顔から突っ込んだ。しかし未由は、今度こそしっかり立ち上がり、襖を開けた。拓真はそのまま進み、布団と掛け布団と枕を下ろした。

「派手に転んだな……。ほら、顔。擦りむいて血ぃ出てる」

 きちんと布団を敷き、掛け布団と枕を載せた後で、拓真は鞄から消毒液とティッシュ、バンドエイドを取り出した。

「あ、あの、ちょっと擦りむいただけなので、大丈夫です。消毒とかは……」

「いいから一応。俺のいたところじゃ結構、怪我を甘く見て菌にやられる奴が多くて……。体弱いなら、気をつけないと」

 ティッシュに消毒液を染み込ませ、目の下の擦り傷にティッシュを押し付けた。

「痛っ……!」

「やっぱそこそこの傷じゃん……やせ我慢すんなよ」

「……別に、やせ我慢なんかしてな……ません」

「ほら、バンドエイド」

 手渡したが、彼女は手元がおぼつかなく、上手くバンドエイドの包装を開けることが出来なかった。拓真はバンドエイドを彼女の手から取って、包装を開け、そのまま彼女の頬に貼った。

 彼女は白い顔を少しばかり赤くして、バンドエイドを触った。

「……ありがとう」

 バンドエイドを貼った程度で照れた表情を浮かべられ、こちらまでこそばゆくなってしまい、拓真は立ち上がった。

「いや、まあ、いいって。しっかり寝ろよ」


 


「ありがとな。これからも気遣ってもらえると助かる」

 襖を閉めると同時に、小さな声で彰が礼を言った。

「起きたのか。眠いなら、ちゃんと寝た方がいいんじゃねえか?」

「久しぶりに屋根のある所で過ごせるし……どこで寝ても、外よりは気楽なもんだ」

 それはそうだな、と拓真は思った。気候や温度変化に睡眠を左右される外の暮らしは、できることならもう二度としたくない。

「……あおいって女、いるだろ。あいつって普段はどうなんだ? この間、かなり怖かったんだけど……」

「普通だよ。温和とは言えねーけど……良くあんなに怒らせられるな、って思って見てた、俺」

「……何でだろうな?」

「んー……。少し、調子乗ってた感じがした。あと、正論ばっかだったからか。自分たちは罪に手を染めないで人に頼って、って思いがあったのかもしれない」

 人を殺したことはなかったが、自分の場合は盗みをやっていたと話したことがある。しかし、凛や彰は、餓死しかけていてもまだ、自ら犯罪に手を染めようとはせず、拓真たち一行に助力を仰ごうとした。あおいが受け入れきれる「甘さ」の限界を突破してしまったのだろう。限界を突破した結果が怒りなのは当然として、最後に泣いたのは容易に推し量れることではないが、罪の大きさを対照的に意識させられ、悲しかったのだと思う。

「……そっか。ま、それはもう終わったことだしいいや。とにかくあの二人、怖いんだよ。纏ってる空気って言うかさ……」

「そのうち慣れる」

 それを聞いた彼は、そんなもんか、と呟く。そんなもんだろ、と返した。それからしばらく、拓真と彰は雑談した。

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