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荒れ廃れたこの場所で  作者: SET
2章 別れを告げる銃声
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別れを告げる銃声(1)



 油断して低空飛行し成形炸薬弾に装甲を貫かれた旧石器時代のヘリは、激しく蛇行しながら墜落した。

「依頼ナンバー78、始末した」

 建物らしきものが見当たらない砂地の真ん中で、黒い革手袋をした男は無線機にそう吹き込み、鞄にしまった。それからRPGー29を足下の銃殺体に握らせ指紋をたっぷり付け、地面に放る。

 あまりの呆気なさに溜息を吐いてから、男はバイクに跨った。




***




「南東に向って歩いてるのか」

 土浦を出て歩き始めてから二時間が経った。今はようやく旧稲敷郡というところへ辿り着き、休息をとっているところだ。日本でも有数の湖、霞ケ浦の南岸にあるこの辺りに砂地は既になく、比較的豊かな風景が広がっていた。道の両側には田んぼが広がり、時折穂肥(ほごえ)のための肥料まきをしている人々が目に付く。この辺りは「街」に吸収されていないようで、機械は台数が少なく、人を使っての作業が目立った。だが、いずれ土浦か隣接する稲敷市あたりに吸収されてしまうだろう。のんびりとした光景を見られるのはこれが最後かもしれない。俊介から聞いた話では、農業に携わる人々は搾取される側にあるらしい。

「うん。千葉は穀倉地帯が広がって豊かだって言うからね。放浪者にも寛容だと思うよ。やっぱり豊かな生活が出来ていると心に余裕ができるから。良くも悪くも、ね」

 悪くも、という部分を強調したように聞こえた。

「あれ? でもこの茨城って地域も結構西の方は穀倉地帯が広がってるって聞いたことあるけど」

「あの辺りは激戦地だ。領土の奪い合いの最前線。"県"って区分を跨いだ接線なんだよ。だからお互い独立した自治体って認識を持っていて、対抗意識が特に強い。大人しく通らせてはくれないはずだ。無抵抗主義でいくなら危ない」

「なら、これから千葉ってところに行く時も危ないんじゃないのか?」

「それは安心して。利根川周辺の都市たちには友好ムードが漂ってるらしいから」

 俊介の言葉に頷き、拓真は地図を閉じた。

「……そろそろ出発するか。なるべく野宿は避けたいし。次は稲敷市か?」

「そうなるね」

 雑草の生えた地面に置いていた大きなバッグを拾い上げ、拓真はあおいの方を見た。

「あおい! そろそろ行くから!」

 遠くで農作業をしている人と話し込んでいる彼女は、拓真の声に振り向くと、何やら断ってから立ち話を終えた。手にはメモ帳。道を訊くついでに情報収集をしていたのかもしれない。

「ごめん。農業の話聞いてたら少し遅くなっちゃった」

 走って戻ってきた彼女はメモ帳を鞄の中に押し込みつつ、申し訳なさそうに言った。

 俊介は先に歩き始めている。

「何にでも興味あんだな、あおいって」

「まあね。覚えていて役に立たないことなんてないから。拓真もあたしを見習いなよ?」

 少し褒めただけで急に偉そうになったので、拓真は無視して俊介の後を追った。

「待ってよ」

 慌てて荷物を担いだあおいが、拓真の隣にすぐに並んだ。

「ね、そいえばさ、今朝、教えてくれるって言ったよね。なんで拓真は日本に来たの?」

「ああ、その話か……」

 拓真はどう切り返そうかと少し悩んだが、簡潔にまとめることにした。

「俺は日本人の父親と、シンガポール国籍の母親の元に生まれたんだ。んで、いろいろあって、母親も父親も死んで、一人じゃどうしようもないから日本に渡ってきた」

「……何それ。適当すぎ。いろいろって部分が聞きたいのに」

 あおいが口を尖らせ言った。

「分かった分かった。今日、休む所に着いたらちゃんと話すよ。今は疲れてて話まとまんねえし」

「休憩したばっかりじゃない。もっと体鍛えないとやってけないよ」

「あおいがあんな無茶苦茶な突破するから気疲れしたんだよ!」

「あはは、拓真、あのくらいで固まっちゃうんだもん。かーわいい」

 からかう様に肩で拓真の左肩を押してきたため、そのまま右の方へ体を曲げた。

 右肩に担いでいた小銃の銃底が彼女の後頭部に直撃すると、彼女はよろめいた。

「いったーい! 俊介ぇ、拓真が小銃で殴りかかってきた」

 あおいが大げさに叫ぶが、俊介は振り向きもせずに溜息を一つ吐いた。



 先程の老婆に聞いていた道筋をしばらく歩き、そろそろ街だろうと思って周囲を見回したが、建物や、人々の行き交う姿は見当たらなかった。

「姉ちゃん、本当にちゃんと聞いたの? この道で合ってる?」

「うん……合ってるはず」

「あのおばさんが教え間違ったのかな……」

 俊介とあおいが立ち止まって、辺りを見回した。

 そのまま歩いていた拓真は、離れた場所に建物のようなものを見た気がして、鞄を地面に置いて双眼鏡を引っ張り出した。それから目を当て覗き込む。

「んー……あれ、建物、か?」

「どれ?」

 いつの間にか隣にいたあおいが、双眼鏡を引っ手繰って覗き込んだ。

「ホントだ。あれ、街だよきっと」

 嬉しそうに言った彼女は、拓真に双眼鏡を押し付けてから、建物が見えた方向に歩き出した。




***




 街の残骸に辿り着いたのは歩き始めて十分が経った頃だった。

 異変には途中で気付いていた。二人は駆け寄ったが、拓真はどうしても駆け寄る気にはなれなかった。この街の状態と、かつて自分が住み母親が殺された街とを重ねてしまい、拓真はなるべく地面を見据えてゆっくりと歩いた。

 そして、顔をあげた。

 折れて自動車を押しつぶした信号機。ビルの窓枠から外れ街路に散乱したガラス。墜落した輸送ヘリコプター。

 完全に崩壊し瓦礫の山となった街がそこにはあった。徹底的に破壊し尽くされている。

「拓真、なるべく近くに。何が起こるか分からない。気を引き締めて行こう」

 俊介が言った。頷き、拓真は担いでいた小銃を構え直す。三百六十度、どこを見ても瓦礫しかなかった。建物もあることにはあるが、鉄骨が剥き出しになっていて震度三程度でも倒壊してしまいそうだった。

「これだけやられていて、死体がどこにもないのが不気味ね。状況から見て随分前にこの状態になったみたいだけど……」

 言い掛けたところで、瓦礫が崩れたような音がした。あおいは話を中断し拳銃を向けたが、それはただ瓦礫が風で揺られただけだった、

「誰が? 何のために? 街同士の争いなら散々見てきた……でもこれはそんな生易しいもんじゃねえだろ。まるで街ごと消されたような……」

「街ごと消された……? そうか、この街は」

 前を歩いていた俊介に問い掛けると、彼は立ち止まり、左後方を警戒していたあおいと、目を合わせた。

「何だよ?」

 俊介にもう一度に問う目を向けた。

「姉ちゃんと僕が所属していた組織は、土浦を出る時に教えたよね。反政府集団の一つ、通称エペタム。でも反政府集団はエペタムだけじゃない。反政府集団は全国に点在していて、惰弱な地方分権を掲げる政府に反抗している。もちろん、武力に訴える集団ばかりじゃない。ただ、現在台頭しているのはそういった武力で地方の守備隊・警察組織を攻撃し、地方分権体制を揺るがす集団なんだ。……ここまでは大丈夫?」

「ああ、うん、多分」

「現在政府は、首都東京、それに福岡、呉などの直轄領に強国と渡り合えるだけの優れた戦闘集団を配備している。そしてそこから軍を派遣し、各地の反政府集団を弾圧していくんだ。弾圧は……手加減も容赦もない。空爆、砲撃、街道封鎖……ありとあらゆる手段を使って反政府組織を潰そうとする。反政府組織が陣取った街は、巻き込まれる形で被害を受けることもある」

「それじゃここも……」

「いや。さすがに政府も各地で暴れ放題するほど馬鹿じゃない。弾薬だってタダではないし、市民の心証に配慮して"なるべくは"街に損害を与えないようにするんだよ。もし誤爆で数人が死んでしまっても、この男は反政府集団の一員だった、で片付ける。周りも、それで納得することが多い。……しかしそれでも、反政府集団に、居場所を提供した街は別だ。この稲敷もそうだったんだろう。徹底的に破壊され、一人残らず撃滅される」

 彼は言い終えた後であおいを見た。

「これがこの国の現状ってわけ。反政府集団を弾圧するため人を殺し街を消し、そこから逃れた人々が放浪者になり、再び反政府集団を形成していく……」

 あおいが俊介の言葉を引き継ぎ、溜息交じりに呟いた。

「……日本が、そんな状況だったなんてな」

 そう絞り出すのが精いっぱいだった。

 自分を助け死んだ父親の死に際に、日本は安全で文化の発展した国だと聞いて、ここへ来た。しかし、俊介の口から出た言葉が本当なのだとしたら、とても発展した国とは言い難い状況だ。ここも、他国と何ら変わりのない内紛に揺れている国の一つ。拓真にはそう聞こえた。

「拓真、この国に期待して来たみたいだったから、今まで、なかなか言えなかったの。……ごめん。なんだか、隠しごとばっかりだよね」

「あ、いや、気にすんなって。説明されただけじゃ実感なかったと思うし……。それより、生存者を探そう。まだいるかもしれない」

 状況さえ分かれば、もう迷うことはない。母を喪い父を喪い、それでも生き延びてこられたのは、善意の第三者の助けも大きかった。

「……そうだね。そうしよう!」

 語尾を明るく弾ませた彼女は笑顔になり、早速街の探索を再開した。拓真もそれに続いた。



「生き残りなんて、居るわけないのに。姉ちゃんも、分かってるだろう……?」

 俊介は街の状況を見据え、一人呟いた。

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