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第3話 支配の片鱗

「ルーンルーンルーンルン♪」




「...」




「ふーんーふーんふーんふーん♪」




「...」




 ソファに座っている俺の横にベッタリとくっつき、10分置きに右から左、左から右、と位置を変えながらずっとこの調子である。


そして、腕にしがみつくたびに彼女のそこそこ豊満な胸が肘に当たっているのだ。




「ね!今日は晩御飯何にする?あっ、碧くんはハンバーグ好きだもんね!私が作ってあげるね!」




「...本当にここで一緒に住むの?」




「うん!そうだよ!もうあの家に碧くんの戸籍はないし、戻ったらむしろ不法侵入になっちゃうかも?」




 家の事情まできちんと把握されていた。




「...」




 まだ1年くらい先のことだと思っていた。


それなのに突然こんなことになって、まだ全然頭が働かない。




「俺の...親にも説明したの?」




「ん?うん!もちろん!喜んで送り出してくれたよ?今日からは私の家で住むことも了承してくれたし、何より婚姻届の証人のとこにもちゃんと名前書いてもらったしねー。だから戻ったら追い出されちゃうと思うよ?もちろん、碧くんの部屋にあったものは全部送ってもらうから安心して!」




「...そうなんだ」




 あの人たちなら確かに喜んでサインをするだろう。


家にいる害虫をわざわざ引き取ってもらえるのだから。


...それより...どうしたものか。


確かにこの家に住むということに関してはメリットしかないように思えるが...。


デメリットというより、リスクはある。




 それは彼女が俺に飽きてしまう可能性だ。万が一そうなれば俺は簡単に捨てられてしまうだろう。飽きられなくても汐崎さんが他の誰かを好きになった時点で全てが終わる。そのタイミングはこちらでは計り用もない。つまりはこれからしばらくは彼女に嫌われないように細心の注意を払いながら生活しないといけないということ。




 捨てられるにしろタイミングはせめてこちらが選びたいものだ。そのためにも俺から離れるための手段は持っておくに越したことはない。




 考えられる方法としては...そうだ。役所に行って勝手に結婚されていたことになっていたと言ったらどうだ?実際それは事実なわけだし、そんなの承認した窓口にも問題があるんだからそれくらいは認められるだろう。


それと...もう一つは俺が勝手に離婚届を持っていく方法だ。婚姻届を勝手に出せるなら離婚届だって勝手に出せるはずだ。


一応、それとなく探ってみるか。




「そ、そういえば...婚姻届って1人でも出せるんだね」




「うん!そうだよ!必要項目が埋まってれば受理してくれるよー。あっ、ちなみに婚姻届は一回受理しちゃうとそれがどんな理由で...仮に本人が了承してなくて出されたものだとしても、役所とかじゃ取り下げはできないんだよね。そのためには裁判所の手続きが必要なんだよ!知ってた?離婚届も同じだけど...私は既に離婚届不受理申出してるから私が役所に行かないと離婚もできないようになっているから」と、こちらの意図を見透かしたように返答をする。




 ...抜け目がない。少し抜けた喋り方をしてるから忘れそうになるがこの子は天才なのだ。


俺みたいな凡才の考えなど天才には見透かされているということか。




「...そっか」と、呟いてから時計を見て気づく。




「あっ、バイトの時間だ」というと「ダメだよ?」と言われる。




「え?ダメって...」




「行っちゃダメ」




「いやいや...それは...」




「そもそももうバイトなんてする必要ないでしょ?だって、あの家を出るための資金も、携帯代とかお昼代とかそういう生活費も、もう必要ないんだから」




「...必要ないって...」




「あの家を出ることができて、生活費は私が全額出すってこと。もちろん、学費とか諸々含めてね?だから、その代わりに碧くんは私とずっと一緒にいるの。ね?幸せでしょ?」




「...幸せ...」




「それじゃあこれからバイト先に『辞めまーす!』って、電話しよっか!」




「いや...でも...」




「ねぇ、碧くん」と、そのままソファに押し倒されて馬乗りになる汐崎さん。




「ちょっと...//」




「私だってすっごい我慢してたんだよ。小学生の頃からずっと好きで...18歳になったら結婚できるようになって、この日をすごく待ち望んでいたの。碧くんのことが好きだったから一緒にいたかったのも勿論あるけど、それよりあの家から出してあげたかった。解放してあげたかったの」




「...う、うん」




 そして、優しく頬を触りながら、「今だって碧くんと夫婦の営みがしたくてたまらないんだよ?」と、頬を真っ赤にしながらそんなことを言う。




「...えっと...それは...」




「分かってるよ。碧くんが私のことを好きじゃないこと。だから、一生懸命好きになってもらえるように頑張ってるの。私の気持ちをわかってもらいたいの。...もう...あんな辛そうな顔して欲しくないの」




 それは...それは...。


それは俺も同じだ。


あそこは暗くて辛くて牢獄だ。


もうあそこに戻らなくて良いなら...。




 その言葉を飲み込んで俺は首を縦に振ったのだった。

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