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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ドタバタ短編集

食品サンプル界の天才

作者: フーツラ

 どのような業界にも天才と呼ばれる者はいる。例えば畳業界や左官業界。職人の腕がものをいう界隈では、どんなにニッチでも神の寵愛を受けたとしか思えないような人物はいるのだ。


 織田優人は食品サンプル界の天才である。


 彼の作る食品サンプルは本物よりも料理の良さを伝えると言われ、店舗の入り口のショーケースは勿論、メニューの写真にまで使われる。


 我々が本物の料理だと思って見ている写真が、実は織田の作成した食品サンプルだということは多い。皆さんも経験したことがあるだろう。実際に来た料理よりメニューの写真の方が美味しそうに見えることを。そのような時は織田の仕業で間違いない。


 さて、そんな織田に私は取材を申し込んだ。「食品サンプル界の天才はどんな料理をつくるのか?」記事にさせて欲しいと。


 織田はサービス精神旺盛な人物らしく、私の申し出を快諾してくれた。「どうぞ我が家へいらして下さい」と。


 そして今日は取材当日である。都内の閑静な住宅街。天才の住処としては些か肩透かしな普通の一軒家に私は招かれた。


「本日はよろしくお願いします」

「どうぞこちらへ」


 白を基調にした清潔感のあるダイニングキッチンに通される。


「織田さんは普段から料理をなさるんですか?」

「ええ。勿論です。やはりどのように作られるのかを知らないと、よい食品サンプルは作れないですから」

「おっしゃる通りかもしれません。では、本日はどのような料理を?」

「私が何度となくサンプルを作ってきた、ミートスパゲッティを」


 なるほど。確かに洋食屋等でサンプルはよく見る。彼がどのようミートスパゲッティを作るのかは興味深いところだ。


 織田は深い寸胴に水を入れて火にかける。そして大さじの塩を加え蓋をした。麺を茹でる用だろう。


 続いてニンジンと玉葱をみじん切りにしていく。小気味のよい包丁の音が響き、あっという間に準備が整った。


 フライパンでオリーブオイルを熱し、その上に皮を剥いたにんにくをガーリッククラッシャーで落とす。食欲をそそる香が漂う。


 牛ミンチと玉葱がフライパンに投入され、ブラックペッパーが振り掛けられる。玉葱に火が通ったタイミングでニンジン。充分に炒めたところで、ホールトマトの缶詰がドン。


 コンソメに白ワイン、ウスターソースにケチャップが加えられグツグツと煮立ち始める。


「慣れてますねぇ」

「ええ。家で料理することが多いので」


 ふと周囲を見渡すと、幾つかある扉の向こうから女性が覗いていた。織田の妻だろう。取材の様子が気になるのか、熱心に見ている。


「さぁ、麺が茹で上がったら出来上がりです」


 織田は得意げに言った。


「盛り付けが気になりますね」

「ははは。下手なところは見せられないなぁ」


 白い丸皿に茹で上がったパスタがこんもり形よく盛られる。私は何枚も写真を撮った。そして、いよいよミートソース。


 よく煮詰まって汁気の飛んだソースが麺の上にかけられ、色の層を作る。そして粉チーズとパセリで彩りを整える。


 これぞミートスパゲッティ。誰もがイメージするビジュアルが高解像度で再現されていた。


「上手いもんでしょ?」


 そう言いながら、織田は自分用にもミートスパゲッティを盛り始める。


 ふと気になってもう一度周囲を見渡す。相変わらず扉の向こうから織田の妻がこちらを見ていた。少々気まずい。


「あの、奥さんもご一緒にどうでしょうか?」

「奥さん? 私は独り身ですけど?」


 おかしなことを言う。


「いや、あそこの女の人のことですけど……」

「あぁ、アレはサンプルですよ」

「サンプル? では本物は何処に?」


 ふふふと笑っただけで、織田は問いに答えることはなかった。

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