知恵と死蔵の迷宮 その6
「それじゃ。行くよ。」
休憩を終えた私達は入って来た扉とは向かい側の扉を開ける所だ。
扉を開けるのはトーマス、その後ろからクーちゃん、私、レーナという順に並んでいる。
トーマスの問いに私とクーちゃんは首を縦に振って返答をする。
トーマスは私達の返答を確認したあと、扉をゆっくりと開ける。
今度は軋む音は無く開いた。
扉を開けた先には前に訪れた公園ぐらい広い広場になっており、やはり壁には一面本棚になっており、広場を囲うように配置されている。
その中で一番目を引いたのは中央にある宙に浮いた閉じた本だ。
「なんだ。あれ?」
「分かりません。ですがここに目立つようにあるのですから何かあるのでしょう。とりあえず近づいてみましょう。」
レーナに促され、近づく事になった。
近づいてみると本をより詳細に観察出来るようになった。
輝く光に包まれていて本の装飾がわからなかったが肌色の本のカバー……いや、表紙が人の手になっており、中のページを両手で挟むようなデザインをしている。
この本の意匠を考えた人はセンスが悪い。
「これは!……どんな!……」
不意にレーナの驚きの声が耳に入ったのでそちらを見ると恍惚とした表情で迷いない動きで手を伸ばす。
なんだか嫌な予感がする!
私がレーナの腕に手を伸ばすが間に合わず彼女は本に手を触れてしまった。
「っ………………!」
突然本から強い光が発せられ、いきなり部屋の端の方へ突き飛ばされてしまう。
「いててっ!」
「一体何が……!」
「みんな!あれ!?」
クーちゃんの声にさっきまでいた中央へ視線を向ける。
本は開き、ページがめくれていく。
なんだ?何が……!?
そう疑問が浮かぶ前に本が浮かび上がりやがて本から黒い手が出てきた。
その異様な光景に声が出ずに見つめるしかできなかった。
「הודעת מערכת。」
突然、本から出て来た手が意味が分からない音が鳴った後、止まった。
何だ?
「נקבעו תנאים ספציפיים。」
さっきと違う音が鳴った後、腕が本を包むように渦巻出した。
事態が掴めないでいるとどんどん姿形変わっていく。
球体だったそれは細くだが、私よりも太く大きな円柱状になり、やがて円柱から八本の腕が対になるように伸び、人とは異なる姿へとなっていく。
「סגנון: הכל יכול」
パン!という音が辺りに響いた瞬間眩い閃光が辺りに広がり、思わず目を閉じてしまう。
「何……。今の?」
私は呟きながら目を開ける。
そして、
「!」
中央には化け物がいた。
その化け物は先ほどの円柱から八本の腕が生えており右手側の4本に下から杖2本(地面に着くものではない)レーナが使っている物に似た鎌、そして直剣を持ち、左手側の上から2本目の腕で右側と同じ鎌を持っている。
そして顔には先ほど、中央にあった本が開いた状態で顔に当たる部分にある。
「あれは−」
「恐らくそうなのでしょう。趣味が悪い。」
レーナが顔顰める。
「……どうやらあれがダンジョンのボスて奴だろうね。」
「なら、やる事は一つだね。」
皆がやる気な事を確認し、私も剣を握りしめる。
ここが山場だ。しっかりとしないと。
「行くよ!みんな!」
私は黒へ走り出した。
黒は下から2本目に持っている小振りな杖をこちらに向ける。
杖なら発砲の少し前に細いのが飛んで来るからそれが私に当たるなら瞬時に避ければ良い。
だが、何故か冷たいねっとりとした感覚がした。
……嫌な予感がする。
私はその場を飛び退いた。
その瞬間杖先が煌めき、私の真横を目にも止まらない速さで通り過ぎて行った。
『うぉ!何!』
「リーティエ!」
トーマスの叫び声と小さい杖が発砲した時の音が響く。
その瞬間一筋の光が私を通り過ぎる。
痛みは無い。
だが-
考えるより速くその場から飛び退き、金属音を無視して頭を両腕で庇い、地面に伏せる。
伏せた瞬間私の真横を何かが通り過ぎる。
恐らく今のはエーテルが通り過ぎたのだろう。
その証拠に庇った腕が熱に照らされたようにヒリヒリする。
「リーティエ!無事なら早く立て!」
離れた所からトーマスの声と断続的に響く杖の発砲音が響く。
トーマスの声に促されて、私は立ち上がる。
それにしてもなんて威力だ。
当たっていなくてもひりつく痛みがある。
直撃しただけで……考えるとゾッとする。
早く何とかしないと。
そう考えてると何かを飛ばした方の杖が私から逸れ、別の方へ向けていく。
あの方向は!
私は叫びながら黒へ走る。
「逃げて!狙っている。」
黒はトーマスとクーちゃんを狙っている。
まずい!2人とはここからじゃ遠すぎる!
助けるには腕を何とかしないと!
あまり使いたく無いけど!
「力を。集え。”デ、クレフト オム テ ドラゲン”」
私は魔術を行使する。
現状魔法を使うと思考が暴力に塗りつぶされるのでその代替案としてヒューゴから魔術の呪文を教わった。
問題なく使用出来るがどうにも魔法を使ったよりも強化が出来る範囲と力が弱いのが難点だ。
だが、今はそんな事を言ってられない。
私は距離を詰め、黒との距離が数歩となる位置まで詰めれた。
だが、あと数歩という位置で一番下の腕が地面を払うように薙ぎ払う動作をする。
その動作に私は腕に乗るように背中を付け、転がるように乗り越える。
何とか避けれた……と思った瞬間上から手の平が振り下ろされる。
回避!と思う間も無く振り下ろされた為手の平を受け止める羽目になる。
「ぐっ!」
体中の骨が軋み痛みが駆け抜ける。
まずいまずいまずい!
このままじゃ助けられない!
「囮、ご苦労様です。」
焦っているとそんな言葉が不思議と聞こえた。
不意に黒の頭部にある本から見覚えがある切っ先が生えて来た後にレーナが黒の背後から飛び立つ。
私に掛かる圧が和らぎその隙に転がり出る。
助かった。
そう思いながら黒の方を見るとレーナをその両手の鎌で切り払おうとするが手に残った鎌を前方に出し、受け止める。
甲高い金属音が鳴り響いた後に鎌を軸にしてレーナが回転して黒の方へと落ちていく。
「どうやらツルハシの使い方を知らないようですね。」
そう呟きもう一本の鎌を振り落とした。




