4
かれこれもう小一時間近くも、同じ体勢のまま思い悩んでいた。
「落ち着いて考えろ。……過去に戻れるチャンスは、三回だけなんだから」
この手鏡を女神から受け取った時にされた説明を、頭の中で思い返す。
『なるほど。じゃあ過去に戻れるのは三回までなんだな』
さすがに女神の不思議アイテムと言えども、回数無制限に過去に戻れるわけではないらしい。
手鏡を見つめながら心の中で強く念じてもいいし、いつに戻りたいのかを口に出してもいいらしい。
『ええ。それと、データは勝手にこちらに自動送信されますから、被験者様には何もしていただく必要はありません。ただ過去に戻ってくれさえすれば、それだけで』
自動送信とは、さすが女神の力。便利なもんだ。
『もし回数を残して、もう戻る必要がなくなったら?』
だってもし過去に戻ってリフィと婚約を解消せずに済んだら、もうやり直す必要なんかないんだし。
『必ずしも三回全部戻らなくてもかまいません。戻らないと決めたその行動も、データのひとつですからね』
ふむ、なるほど。
女神の目的は、手鏡を使って過去に戻った人間の心情や行動についてのデータを取ることらしい。人間の調査研究することで、今後の神器作成の参考にするんだそうだ。
『返却する時は?』
できたらいきなり部屋にまた現れるのは勘弁してもらいたい。
これでも一応、年頃なんだし。
『一定期間が過ぎると効力がなくなるので、どの道ただの鏡に戻ります。なので、放っておいていただければ結構ですよ』
『ふぅん……』
女神はそう言っていた。
となれば、あとは戻りたい時を決めて念じればいいだけだ。
もっともそれをどうにも決めかねて、先程からずっと思案し続けているのだが。
「戻るのはあの日のあの場所でいいけど、どうすれば過去が書き換わるんだろうな……。リフィとどんな出会い方をすれば、婚約解消を回避できるのか……」
あの日は学校が休みで、たまには皆で美味しいものでも食べに町に行こうと友人たちと町へ出かけたのだ。そして本屋の前の通りを過ぎた辺りで、偶然父親と買い物に訪れていたリフィが通りがかったんだった。
それだけでもすごい偶然だ。でもまさにその時していた話題が、あまりに偶然が過ぎた。
そう、俺にとっては本当にこれ以上なく、最悪な意味で。
『それで? メリル、お前の婚約者はどんな子だ? まだ一度も会わせてもらったことなかったよな』
友人のガーランにそう問われ、俺はうろたえた。
婚約者がいるという話はしていたが、友人同士でリフィについて話したことはそれまで一度もなかったから。
どう答えればいいのだろう。
リフィがどんな子かと聞かれても、頭の中があのかわいらしい微笑みでいっぱいになってしまい、もう好きだという感情しか浮かんでこない。
『えっと……どんなって、いい子だよ。大人しくていつもうつむいてるけど、か……か、かわ……』
『……か?』
言葉に詰まる俺に、ガーランが先をうながす。
『……いや。その、あんまりどこかに一緒に行ったこともないし、俺が学校に入ってからは会う機会もないしで手紙のやり取りしかしてないんだ。どんな子かなんて、そんな簡単に説明できないよ』
かわいいと言おうとして、やめた。
もしかわいいなんて言って興味を持たれたら、横からかっさらわれないとも限らない。
特にガーランは会話もうまいし、女性にも人気がある。もしリフィがこいつにころっといきでもしたら、絶望しかない。絶対にそんなのは嫌だ。
誰にもリフィを渡したくない。
リフィと婚約してからもう五年もたつけれど、いまだにリフィの顔をまともに見られない。好きすぎて、表情筋がコントロールできなくなってしまうのだ。
よって、とてもじゃないけど二人きりでどこかに出かけるなんてできない。せいぜいが互いの屋敷を行き来して、庭を二人で歩いたりするくらいで。
向き合ってカフェでお茶をするとか、着飾って劇を見に行くとかそんなこと考えただけで、鼻血を出して倒れる自信がある。
そんな無様な格好をさらすわけにはいかない。絶対に。
だから、これまでデートらしいデートに誘ったこともないし、せいぜいが手紙をやり取りするくらい。それだって、近況連絡みたいな日記レベルのつたないやりとりが精一杯だ。
もちろん不甲斐ないとは思うけれど、リフィから何か言われたことはないし、手紙だってちゃんと返事がくるし。
でもいくらなんで今の言い方じゃ、確かに婚約者に何の興味もないひどい奴みたいにも聞こえかねない。
そう思って、弁解しようとした時だった。
リードの奴が余計なことを言ったのはーー。