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 それからさらに時が経過して――。


 ミコノスの花が盛りを迎えた、雲ひとつなく晴れたある日。


「リフィ? 準備はできた? 花婿さんがお待ちかねよ」


 晴れやかな日差しが降り注ぐ部屋の中、リフィは純白のウエディングドレスを身にまとい振り返った。


「はい! 今行きます」


 そして、自室のドレッサーの引き出しの奥に手に持っていたものをそっと隠す。


「ここならきっとメリルの目にはつかないし、メリル以外の人が見てもただの小洒落た手鏡にしか見えないもの。大丈夫よね」


 リフィの口元に、小さな笑みが浮かぶ。


「まさか、メリルもあの女神に会っていたなんて。なんて不思議な偶然……」


 リフィは少し前にメリルが話してくれた、不思議な過去の話を思い返していた。




『信じないと思うけど、実は俺。過去に戻ったことがあるんだ』

『過去に……戻る?』


 何かの話の流れでなぜかそんな話になって、思わずドキリとした。

 だって、私もほんの数ヶ月前に同じようなことを体験していたから――。



 あれは、ある日の夜のこと。


 メリルとの婚約がなくなって毎晩泣いてばかりで、でもどうしたらいいのかも分からずに眠れずにいたら、窓辺に女神が現れた。

 きれいな長いひらひらとした長衣を着て、宙にふわふわと浮かんでいる女神が。


 その女神に、『過去に戻りたいのでしょう? ならこれをどうぞ』と過去に戻れる不思議な手鏡を渡されて。


 もちろん、私はその話に飛びついた。

 この手鏡を使って過去に戻れば、メリルとの婚約解消がなかったことにできるんじゃないかって思ったから。


 でも――。

 結局何も変わらなかった。途中で気がついたの。結局は今を変えないと仕方ないんだって。


 そういえば、メリルも同じようなことを言っていた。

 過去に戻って婚約解消をなかったことにしたかったけど、結局結果は変わらなかったんだって。だから直接私に会いに行って思いを告げようって、決心したんだって。


『過去に戻る必要なんてないんだ。だってもうこうして、ここにリフィがいるからさ。それだけでいいんだ。今と未来があれば、それでいいんだ。今が一番大事なんだからさ』って。


 もちろんメリルは過去にどうやって戻ったか、詳しくは教えてくれなかった。


 でもきっと、メリルも持っているはず。

 ちょっと変わった女神にもらった、あの手鏡を。




「秘密のひとつくらいもってお嫁に行ってもいいわよね。それにもうこれは、ただの手鏡なんだし」


 だから、この手鏡を私も持っていることはメリルには内緒。

 女神様にも、他の人には言っちゃだめって口止めされているしね。


 リフィはふふっと小さく笑い、引き出しをそっと閉めた。


 そして部屋を後にして、花婿の元へと歩き出したのだった。





 ◇◇◇◇



「おめでとうーっ! メリル! リフィちゃんっ」


 リードが手に持っていたかごからミコノスの花びらを手のひらいっぱいにつかむと、勢いよくメリルとリフィに向けて放った。


「ぶわっ! おい、リード! 顔に投げつけるのはやめてくれ。頼むから頭の上にふわっと優しく投げてくれよ」


 口の中に盛大に花びらが入り思わず声を上げると、リードが笑いながら頭をかく。


「あっ! ごめんごめん。こうか?」


 リードがもう一度手に花びらをつかむと、今度はふんわり花びらが辺り一面に舞った。


 ミコノス特有の優しい甘い香りが漂って、花びらがリフィの着ている純白のドレスの上にまるで飾りのようにふわりと乗った。


「いやぁ、一時はどうなることかと思ったけど本当にうまくいって良かったな。メリル、リフィちゃん。今日は本当に結婚おめでとう!」


 ガーランが、心から安堵した様子で祝福すれば。


「本当にリフィちゃん、めちゃくちゃきれいだ! メリルが言ってた通りだ。ミコノスの花が似合うんだね! すっごくかわいいよ」


 リードが満面の笑みを浮かべて、これでもかとミコノスの花びらでリフィのまわりを埋めていく。

 ちょっとやりすぎじゃないかと思うくらいに。


「二人とももし困ったことがあったら、下手にこじれる前にちゃんと言え。力になってやる」

「そうそう。俺たちは友だちなんだからさ。たまには俺たちともちゃんと会ってくれよ」


 眼鏡のつるを指先で直しながらそう言ったトリアスに同意するように、ジーニアがうんうんとうなずく。


 今日を無事に迎えることができたのは、この友人たちのおかげだ。こいつらたちが力になると言ってくれなかったら、きっとあのままくじけてまたうじうじと引きこもっていたに違いない。


 もちろん、あの女神が一番最初のきっかけを作ってくれたとは思ってるし、感謝もしてるけど。

 結局手鏡は、あんまり役には立たなかったからさ。


「ああ。本当に色々ありがとうな。お前たちの助けがなかったら、きっと今日を迎えられなかったかもしれないからな。本当に感謝してるよ。俺もお前たちが困ったときにはいつでも助けに行くから、呼んでくれよな」


 そう頭を下げれば、個性的だけど皆気のいい友人たちは照れくさそうに笑った。


「さ! 今日は君たちの門出だ。盛大に祝おうぜ!」

「賛成ーっ!」

「じゃあ俺手品やるっ!」

「絶対それスベるだろ……。止めとけ、リード」

「ええーっ? 自信あるのにぃ」



 家族や友人たちにあたたかく見守られ、今日からまた俺とリフィの新しい運命がはじまっていく。


 

 絶対に幸せにするぞ、という強い意気込みの裏に、ほんの少しの不安はあるけど。

 でも、決めたんだ。絶対にリフィと幸せに生涯を生きていくんだって。



 大変なことや上手くいかないことはこれからもたくさん起こるだろうけど、それに折れたりしない。

 だって、隣にはいつだってこうして大好きな人がいてくれるんだから――。



 俺は世界一かわいいリフィの手を、ぎゅっと握りしめた。

 見つめ合い、ふふっと笑い合う。


 生まれてはじめての一目惚れの相手が婚約者になって。

 元婚約者になって。


 なんとかかんとか、また婚約者に戻って。


 そしてこれからは――。


「これからどうぞ末永くよろしく。俺のかわいい奥様」


 そう微笑めば。


「ふふっ。こちらこそ、よろしくね。愛しい旦那様」


 婚約者から夫婦へと形を変えて、俺たちはまた新しい人生を進んでいく。

 二人手を取り合って、どんな時も離さずに。

 ずっと――。





 



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