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 リフィは、もじもじと手を落ち着きなく握り合わせながら。

 ためらいがちに口を開いた。


「……さっき、私が転びそうになった時助けてくれたでしょう? あの時、思い出したの。始めてメリルと会った時のこと」


 うん。俺もだよ、リフィ。

 心の中でそううなずけば。


「初めてメリルと会った時、最初は私と一緒にいるのがつまらないのかなって、機嫌が悪いのかなって思ってた。ずっと何も話さないし、そっぽ向いてるし。……でも、私がつまずいて転びそうになった時」


 顔を上げたリフィと、目が合った。


 その顔はさっきまでより、随分やわらかな印象に変わっていて。


「あの時と同じだなと思ったの。あの時もとっさに手を伸ばして私を支えてくれて、その後もずっと私が転ばないように手をつないで、ゆっくりゆっくり歩いてくれた」


 リフィの顔に、懐かしそうなふわりと微笑みが浮かんだ。


「あの時、この人となら大人になってもこうして手をつないで歩いていけるかもって、そう思ったの。いつか大人になって結婚して、年をとってもずっと」

「え……?」


 今度は俺が口をぽかんと開く番だった。


「なのに、婚約してからメリルは私といてもいつもつまらなそうで、不安だった。もしかして私に興味がないのかなって。親同士が決めた婚約だから仕方なく我慢しているのかなって……。だからあの時、メリルが私がどんな子かわからないって言った時思ったの。ああ、私にきっと興味がないんだなって……。それで私……」


 そんなはずない、と言いたかったけど、俺の態度はまさにそう取られても仕方のないものだった。反論の余地もない。


「ごめん……。本当に、ごめん。あの時はあいつらにリフィを取られたら嫌だなって思ったら、かわいいって言えなくて……。それにリフィの良さを一言でなんて絶対に言い表せないって思ったら、言葉が出てこなくて……」

「いいの。あれは私が勝手に思い込んで、勝手にショックを受けただけだから。メリルは悪くない。タイミングがちょっと……悪かっただけで」


 リフィはふと真剣な顔になって、こちらをじっと見つめた。


「あやまらなきゃいけないのは、私もなの。不安ならちゃんと聞けばよかった。私のことをどう思っているのかって。妹なんかじゃなくて、ちゃんと婚約者として大切に思ってくれているのかって……。でも嫌われていたらと思うと怖くて聞けなかった。だから、私も一緒。……ちゃんと向き合わなくてごめんなさい」

「リフィ……。それって……つまり……」


 もしかして、という思いで俺はリフィと見つめ合いながら。


 胸は、ドキドキと強くせわしなく鳴っていた。

 ちょっとの期待と、自分の願望が見せる白昼夢だったらどうしよう、と思いながら。


 ちょっとは期待していいんだろうか。

 リフィもずっと俺のことを思っていてくれたって、そうとってもいいんだろうか。


「手紙もプレゼントも、本当は嬉しかったの。だって、ちゃんと忘れずに欠かさずくれたでしょう? 手紙だってぶっきらぼうだったけど、メリルがどんな毎日を過ごしているのかとか今どんな勉強をしているのかとか、ちゃんと教えてくれたし」


 ぶっきらぼうで、ごめん。近況報告みたいな味気ない手紙でごめん。

 そんな手紙に毎回丁寧なかわいらしい字で返事をくれて、本当にありがとう。


 申し訳なさに体を縮こまらせる俺に、リフィが小さく笑った。


「私も好き。メリルのことが、好き。初めて会ったあの時に、好きになったの」


 世界中の時が、止まった気がした。


 信じられない気持ちで、ぽかんと口を開けたまま固まりながらリフィを見つめる。


 その笑顔は、ミコノスの花の下で微笑むあの時によく似ていて。


「え……それって。リフィ……」


 ようやく時が動き出したものの、今にも体ごと空に舞い上がってしまいそうな気分でふわふわとしている。嬉しいなんて言葉じゃ、とても言い表せない。


「リフィ……。俺……俺なんて言ったらいいのか。すごく……すごく嬉しくてもうなんか……」


 次の瞬間、鼻の奥がじん、と熱くなった。



 あ、まずい!


 そう思った時にはもう遅かった。


「メリルッ! 鼻から血がっ……!」


 リフィの叫ぶ声が聞こえた。


 俺は鼻をとっさに押さえながら。

 生温い液体が、鼻の下をぐんぐん濡らしていくのを感じていた。




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