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 それからしばらくして。

 各自が集めた情報を手に、一同は再びトリアスの屋敷に集まった。


「いやぁ、リフィちゃんって真面目なんだねぇ。友だちもなかなか口が固くて、苦労したよ。でもまぁ、リフィちゃんお気に入りのパティスリーの店員の子が協力してくれて、なんとか情報を手に入れたよ」


 真っ先に口を開いたのは、ガーランだった。


「リフィちゃん、来週末に開かれるハンナム子爵婦人のガーデンパーティに出席するらしいよ。例の青年と一緒にね」

「……ハンナム子爵婦人?」


 ハンナム子爵婦人と言えば、社交界において無類の園芸好きで知られる有名人である。


 定番であるバラや樹木にいたるまでその園芸にかける熱量は相当なものらしく、その膨大な知識と熱意に惚れ込んだ園芸ファンたちの間ではカリスマ的な存在だって聞いたことがある。


「リフィって、そこまで園芸好きだったかな……?」


 確かに花が好きではあるけれど、自分で育てるまでの熱量はなかった気がする。どちらかと言えば、甘いものにかける熱量のほうがよほど高かった気もするけど。


 そんなことを考えて首を傾げていると、リードが「へっへーんっ」と得意気に鼻を鳴らした。


「そのハンナム子爵婦人ってさ、実は俺の叔母の友人なんだ。で、俺の出番かなぁって思って……。じゃじゃーんっ! これを見よっ!」


 効果音とともに、リードがポケットから取り出したのは一通の招待状だった。


「お前……これ、ガーデンパーティの招待状じゃないか! しかもメリル、お前の名前入りの。どうしたんだ、これ!」


 ジーニアが驚きの声を上げた。


 確かにその招待状には俺の名が記されているし、間違いなく正式なものだ。これがあれば、堂々とリフィのいる会場に乗り込めるはずだ。


「どうしたんだ、これ?」


 いくら親類の友人とは言え、見も知らぬ人間をそう簡単に招き入れてくれるなんてなぜ、とリードに尋ねてみれば。


「実はさ、俺その叔母さんに小さい頃から結構かわいがってもらってるんだよね。で、友だちの人生の一大事なんだって言ったら、叔母さんが子爵婦人に口を聞いてくれてさ。あ、でも一応園芸に興味があるってことにしてあるから、調子は合わせてくれよな」

「あ、ああ。分かった。ありがとう。本当に……助かるよ」


 まさかこんなに早く会える機会をゲットできるとは。

 しかもこんな偶然ってあるのか。たまたま出席予定のパーティの主催者と友人が、間接的とは言え縁があるなんて。


 事がうまく運びすぎて少々不安だけど、ありがたい。


「やるじゃないか、リード。でかしたぞ」

「本当だよ。上出来だ。こんなにトントン拍子に運ぶなんて、いい風が吹いてるんじゃないか。メリル」


 皆に感心され、リードが得意気に胸を張った。


「あ、それと当日は俺も行くよ。お前の分の招待状がほしいって言ったら、交換条件として俺に手伝いをしろってさ。俺がついてるなら、お前も安心だろ? なっ? なっ?」


 リードのにこにこ顔とは裏腹に、一同の顔にさっと不安そうな色が浮かんだ。


「え? 何? 皆、どうしたの?」


 皆の顔色が変わったのをみて、リードが不思議そうに首を傾げた。


「え……お前が一緒かぁ……。うーん……」


 トリアスが眉間に皺を寄せてうなる。

 ガーラントジーニアも顔を見合わせ、複雑そうな表情を浮かべている。


 うん。その気持ち、分かる。

 心配だよな。何がってわけじゃないけど何かまた間の悪いことが起きそうで、なんとなく。


 その心の声が聞こえたのか、トリアスが釘をさした。


「……お前はあまりリフィ嬢には近づくなよ。できたらその顔を見せるな。あの時のことを思い出させてしまったら、上手くいくものも上手くいかなくなる」


 その言葉に、一同が深くうなずき同意した。


「えーーっ……。なんでだよぉ……」


 まさか接見禁止を言い渡されるとは思っていなかったであろうリードが、つまらなそうに口を尖らせる。


「まぁ、念には念を、だよ。リード。ここはメリルのためだと思って、お前は当日精一杯手伝いを頑張ってくれ!」

「そうそう! お前は縁の下の力持ちってことでさ」


 ジーニアとガーランにまで説得され、リードは渋々とうなずいた。


「じゃあとりあえず再会の舞台は整ったってことで、あとは……」


 ジーニアが、トリアスにちらりと視線を移した。


 そうだった。あの男のことだ。

 トリアスが色々と調べてみると言っていた。


 ごくりと息をのんで、トリアスを見つめる。


「……あの男の正体だが」


 全員の視線が、トリアスに集中した。





「やっぱりあの男は、家の商談先の関係者だったよ。といっても数回取引したことがある程度で、何度か顔を見かけた程度だが。で、あの男の正体だが、どうやらリフィの遠縁らしい」

「え? ……ということは、婚約者候補じゃない?」


 親戚ならば親しげなのもうなずけると希望に目を輝かせた俺だったけど、続くトリアスの言葉にその希望はすぐに消えた。


「いや、親戚とはいっても血のつながりはないし、結婚も可能な間柄だ。だから婚約者候補としてリフィ嬢の父親が呼び寄せているという可能性も、ゼロじゃない。ただ現時点では、婚約云々という話はあがっていないようだが」

「ということは……婚約するかどうかの顔合わせ中、ってこともありうるってことか。そっか……」


 じゃあやっぱりリフィがあの男と婚約するかもしれない可能性は、十分にあるってことだ。

 リフィがそのつもりで、あの男を好きになっているかもしれないって可能性も。


 そんなことを考えていたら、手に持っていた招待状をついぐしゃりと握りこんでいた。


 慌てて、ついてしまった皺を手で伸ばす。


「そう言えば、リフィちゃんの友だちが言ってたんだけどさ。君と婚約解消してしばらくは、リフィちゃんも屋敷に引きこもって外に出てこなかったみたいだよ。それが、その青年が現れてからは、少しずつ明るさを取り戻してきたみたいだって」

「リフィも引きこもりに?」


 言われてみれば、婚約がご破算になったなんて話は社交界においては格好のネタだ。


 噂の的になるのが嫌で、外に出れなかったのかもしれない。それをあの青年が励まして、外に連れ出してあげているんだとしたら――。


「となると、どっちの可能性も考えられるってことだな。婚約者候補かもしれないし、ただの気晴らし相手として父親が呼び寄せたとかさ」

「まぁ婚約の話が現在進行中じゃないって分かっただけ、良かったよ。少なくとも特定の相手が決まっていないなら、公衆の面前でも堂々と話ができるしさ」


 ジーニアの言うとおりだ。


 しかもガーデンパーティなら屋外だし、ほどよい人目がありつつも話が聞かれる心配も少ないし。


「それにそれだけ落ち込んでたってことは、リフィ嬢もお前との婚約が流れたのがショックだったってことだろ? それってつまりお前にちゃんと好意があるってことだろうし」


 トリアスの質問に、俺ははた、と固まった。


「そういえば、リフィからもそういうことを一度も聞いたことないな……。俺のこと、どう思ってたんだろう……」


 そのつぶやきに、皆が一斉に顔をこちらに向けた。


 しばしの沈黙の後、ガーランが苦笑交じりに口を開いた。


「やれやれ……。もしかして君たち、似た者同士なの? そりゃこじれるわけだ」


 なぜか他の面々からも、呆れたような言葉が続く。


「まったくだね。どちらも不器用で言葉が足りないとなると、そりゃあこじれるよね」

「となると、五年も婚約していながらお互いに両片思いしてるって可能性も……。不毛だな」


 一同の口から、深いため息が漏れた。


「不毛……。両片思い?」


 その意味するところが分からず、助けを求めるように皆を見渡せば。


「これは俺からの忠告。……明日世界が終わるんだと思って、心の中にある気持ちを全部話すといい。相手を喜ばせようとか、よく思われようとか一切考えずにさ。ただ自分の中にある嘘偽りのない気持ちを、全部相手にぶつけるんだ。きっとそれが、一番いい」


 ガーランの言葉に、一同が深くうなずいた。


「わかった……。そうするよ。ありがとう、ガーラン。皆」



 そうして俺は。


 ハンナム子爵婦人のガーデンパーティの席に乗り込むことになったのだった。





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