夏祭りは好きな人と
ガールズラブ(片想い)です。
「あつーい」
幼馴染の陽葵が扇風機の前に顔を寄せた。細くて薄茶の髪を靡かせて心地良さげな横顔に、私は少し見惚れた。
「私の部屋はエアコンが壊れてるって言ったでしょ。あとそこに座られると風がこないからどいて」
「千夏まで私に冷たいっ」
陽葵は唇をとがらせ、クルリと私に背中を向けた。
「またそれ」
拗ねた陽葵に何を言っても聞かないのは長い付き合いでわかっている。だから私は「飲み物がないね」と部屋を出た。
陽葵は夏休みの直前、恋人の高瀬に二股をかけられていたことが発覚し喧嘩中だ。別れない理由は、きっと自分に戻ってくるからと言うが。
――バカだなぁ。そこも可愛いけど。
陽葵はキツめの美人なので性格もきついと思われがちだ。確かにワガママではあるけれど、言葉で人を傷つけたりしないし、本当は寂しがり屋で天然なところもあり、私から見たら何が不満なのかと思う。
(まぁ、文乃も可愛いからね)
文乃は高瀬が二股をかけた相手。小動物系で性格もいい。
麦茶を用意して戻ると、中から話し声が聞こえた。陽葵が誰かと電話をしているようだ。
“明日の夏祭り”という言葉で、相手が高瀬かもしれないと思う。高瀬と行くのを楽しみにしていたから。
「もういい! じゃあね!」
陽葵が声を荒げた。通話を切ったようだ。
そっとドアを開けると陽葵は背を向けて小さくなっていた。
「高瀬と別れた」
「うん」
「夏祭りは文乃と行くんだって」
「そっか」
「帰る」
「うん」
♢♢
翌日、兄の翔吾が陽葵と夏祭りに行くと言った。
陽葵に頼まれたそうだ。高瀬に自分もあんたとは遊びだったと告げ、文乃に二股を暴露したいからと。
『そんなことやめなよ』
陽葵にメッセージを送ったが、返信がない。
家を訪ねても留守だった。
――何やってんの陽葵は。らしくないことして。
私は悲しくなった。
陽葵が余計苦しくなるに違いなかったから。
♢♢
夕方、浴衣姿の陽葵が現れた。けれど兄が見当たらない。
「お兄ちゃんがいない」
「うん。私がやっぱりやめるって言ったから」
「あ、そうなんだ……せっかく浴衣着たのにもったいないね」
「うん。だから千夏、一緒に行こ。夏祭りは好きな人と楽しみたいし」
と、彼女は向日葵のような笑顔を見せた。
「……着替えるから少し待ってて」
純粋に友情からでた言葉なのはわかってる。私は彼女への恋心を自覚しているけれど、一時の感情かもしれないとも思う。
だとしても。
私は今年の夏を、この胸の痛みを、ずっと覚えていたい。
【本編と関係のないあとがき】
今年のなろうラジオ大賞への参加はこの作品で終わりです(これ以上は話が浮かばなかったので)
読んでいただきありがとうございました。