夏の日の思い出
スムージーを飲み終えるとコンビニのゴミ箱へ分別して捨てた。
「魔王様、瞬間移動で帰りましょう」
自転車が無いので帰るのに4時間以上かかってしまいます。夕食に間に合いません。定時に帰れません。残業になります。
「予はサイクリングに来たのだぞよ」
「そうよ。デュラハン、走りなさい」
ザッツ☆ランニング!
鬼だ。魔王妃だ。全身金属製鎧だから……長距離走はすこぶる苦手なのだ。ガチャガチャ音がしてうるさいと自負もしている。
「じゃあ、二人乗りして帰ればいいじゃない」
「二人乗りは……道路交通法違反です」
ゆっくり~ゆっくり~くだっていく~も違反です。我々の青春は奪われたのです。
「じゃあ、合体して乗ったらいいじゃない」
合体――! 魔王様と私が、まさかの合体!
「照れるぞよ」
「照れないで! いや、照れるとか照れないとかの話ではないでしょう。合体なんてやったことないでしょ」
完全究極合体とかか!
「あるでしょ。『おい、硬いのが当たるぞ』って。キャッ」
どんな合体だ――魔王妃が想像しているのは~!
私は全身金属製鎧だから……どこもかしこも硬いのです。頭も硬いのです。
「ここは田舎ですから警察は見ていません。二人乗りしましょう」
魔警察ならともかく、人間の警察に文句言われる筋合いはありません。タイヤに空気はカッチカチになるくらい入っています。
「それは紳士の言葉じゃないぞよ」
「……」
腹立つわあ……たしかにその通りですとも。
魔王様はコンビニに行くほんの短い時間でも自転車に鍵をお掛けになり、さらにはワイヤー式の鍵までかけていた。
逆に魔王妃は鍵もかけずにそのままだったのに……高価だから逆に盗まれなかったのかもしれない。
防犯登録のシールが目立つところに貼ってあったからかもしれない~!
田舎だからと思って油断していた。一生の不覚。シクシク。一万円もした魔魔チャリが白昼堂々と盗まれるなんて。ピーエン。
「早く帰らないと夜になっちゃうわ。行くわよ」
魔王妃は立ちこぎして自転車を必死にこぎ始めた。仕方なく駆け足で魔王様と並走する。
気のせいだろうか、魔王妃の魔動自転車のペダルが凄く重そうだ。
「ひょっとして、充電が切れたのでしょうか」
充電の切れた魔動自転車は、普通の自転車よりペダルが重たくなる。
「いや、最初から電源が入ってないだけぞよ」
――最初から!
いや、教えてあげて! あなたの奥さんなんよ。性格は悪いけれど。
「いい運動になるぞよ」
「……さすが、魔王様にございます」
冷や汗が出てきました。大丈夫なのだろうか、この夫婦は。次話くらいのタイトルが大変なことにならなければよいのだが。
「ひょっとして、フリ?」
「めめめ、滅相もございません」
帰りは近道のトンネルを通らなかったから……魔王城に帰り着くのに10時間以上かかった……。
何度も足がつり……ようやく分かったことがある。
魔王様は引きこもりでいい。外に出れば出るほど問題が起こり、疲労困憊になる。
今まで通り、ステイホームのスペシャリストでいいのだ。「たまには羽を伸ばしたい~」が災いとなるお方なのだ。魔王妃も。
玉座の前で跪いているだけでも足がつった。水分不足なのかもしれない。足がまるでデクノ棒のようだ。もうじき日付が変わってしまうというのに、まだ部屋には帰れない。
魔王城は消灯時間をとっくに過ぎ、緑色の非常灯くらいしか点いていない。人が走っているデザインの非常灯は……魔王城にはそぐわない気もするが。
「引きこもっていても、誰にも迷惑を掛けなければよいのだ」
玉座で靴下を脱ぎ捨て裸足で語る。
たしかにその通りです。それに、本来であれば引きこもっていれば他人に迷惑を掛けようがない。
「ですが。世間の噂は怖いですからねえ。『○○さんちの○○くんはずっと引きこもっているそうよ』的な噂は近所にすぐ広まりますから」
そういった噂って、引きこもりに対する悪意としか感じずにはいられません。もしくは、引きこもりに対する強い嫉妬心の現れで、妬みです。
「そうなのだ。そこで在宅勤務の出番ぞよ」
「出番なの。在宅勤務の」
「引きこもりと言われるよりも在宅勤務と言われる方が格好良く聞こえるであろう」
「たしかに」
受験勉強やデイトレーダーでも十分に誤魔化せる。
夜にデイトレードをする人を『ナイトライダー』とは呼ばない。冷や汗が出る、古過ぎて。
「家にずっといても、誰かの役に立っていればよいのだ」
「……」
それが難しいから総称して「引きこもり」と言われてしまうのではないでしょうか。とは言わない。
「動画を見ているだけでも、『いいね』すれば立派に役立っておるのだ」
「本当ですか」
「いいね」押すだけで立派に役立っているのですか。
「その行動が、社会や皆との繋がりになるのだ」
「皆との繋がり……」
繋がっていることは、たしかに大切だ。どこの誰なのか、知らない人とでも……。
「予はいつも魔王城に引きこもっているが、ずっと考えておるのだ。魔族や人間界のバランス。戦いのない平和な世の中への導き方。さらには太陽フレアや気候変動の対策について、真剣に考えておるのだ」
「――!」
なんか、かっこよくて悔しいぞ――!
魔王様の思考に比べ、私の考えていることなど……足のむくみや首から上の生やし方や女子用鎧のコレクションなど……殆ど自分の私利私欲についてしか考えていなかったぞ――。
魔王様に比べたら、勇者だって所詮はモンスター狩りに熱中しているアウトドアトレージャーハンターだ。誰の役にも立っていない。人間を襲わないモンスターの討伐などは、ただの腕試しであり腕自慢なだけだ。
「そもそも人間は、領土を増やそうとしてモンスターや動物を討伐するからいけないのです。それどころか人間同士でも同じことをやってしまう生き物なのです」
そんな人間と魔族が共存する世界を目指すのは……果たして魔王様にもできるのでしょうか。
「できると信じて日々考え続けねばならぬ。考えを面倒くさがって止めた時点で平和とは瞬時に終わりを迎えるものぞよ」
「ゴクリ」
冷や汗が流れ落ちる。
長い話にではなく、長い平和が突如終わりを遂げるという魔王様のお言葉に対してだ。世間の役に立っている魔王様を倒すのは、時の流れに逆行している。まさに、ペンは剣よりも強し。魚肉ソーセージはカマボコよりも旨しだ――!
「ねえ魔王様、今日もお風呂、一緒にはいる?」
「やめい!」
まだいたのか魔王妃は。いま、凄くいいこところだったのだぞ! さらには、「も」ってなんだ、「も」ってえ~!
「うん! 入るう!」
ガクッっとなるぞ。なんだこのバカップルぶりは。いや、バカ夫婦ぶりは!
「あ、デュラハンも一緒に入る」
どういう神経をしているんだ。
「入らぬ」
私は全身金属製鎧のモンスターだから魔王妃にまったく興味はないのだが、わざと魔王様の前で言うことはないだろう。
――ま、まさか、私と魔王様の仲を悪くし、私を四天王の座から退けるのが狙いなのか。
「うふふ」
いや、今の笑いは、そうそうソレソレの笑いだぞ――。魔王妃と四天王の兼務で絶対の地位を築くつもりなのか――。
ナンバーツー不要論は、実際に成立するのか――。
そういえば、最近魔王様と一緒にお風呂に入る機会が減っている――私と魔王様がだ。大浴場にだぞ。つまり、このままでは駄目だ。魔王妃のペースに乗せられては危険だ。
汗臭いモンペ姿でかわい子ぶっても騙されないぞ――。元々は女神だったとか、今は人間になったとか、色々裏がありそうで気を緩められない。ましてや混浴など……実際にはありえない。R18に引っかかってしまう。
「冗談よ。本気にした?」
「しておりませぬ」
一瞬たりとも。
「なに、不埒ぞよ。デュラハン」
どっちだ。魔王妃の誘いを断るのが不埒なのか? どうでもいいが、私が最後に風呂掃除を兼ねて入らないといけないのだから、二人共さっさと入れと言いたい。
寝る時間がどんどん遅くなるから、とにかく早く入ってほしいのだ。
「今日は自転車こぎ過ぎてお尻が痛いから……無理かも~」
お願いだから、黙って。いや、黙らっしゃい!
「よい。予は寛大ぞよ」
……。魔王様は寛大でございます。いったいなんの話をしているのだ。
――魔王様、さっさとお風呂に入って……静かに寝てくださいっ。
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