風を切って走る爽やかなシーンはどこへ消えた
「これ、狭くて途中で引き返そうと思っても、自転車の向きすら変えられませんよ」
自転車のライトはある程度の速度を出さないと薄暗い。前がろくに見えない。何度も肩やペダルを狭い岩肌にぶつけていた。
倒れようと思っても倒れられないくらい狭い。よく魔王様はこれをトンネルだと言えたものだ。
「大丈夫ぞよ。信じて進むぞよ」
「真っ暗で景色とか、楽しむ余裕すらありませんよ」
「景色など、心の目で楽しむ物ぞよ」
欲しいぞ、そんな心の目が! 心のゆとりが!
蜘蛛の巣やコウモリが行く手を邪魔する。辛い……さっきまで楽しかったサイクリングが……なぜこんな過酷な試練に変わるのだろうか。
「苦労してこそ、目的地に辿り着いたときの達成感が大きくなるぞよ」
いい言葉に逆に腹が立つ。
「期待しますよ、その言葉を。ぜったいに忘れないで下さい魔王様」
もう、魔王妃は後ろから無言でついてきているだけだ。無言なのが逆に怖い。
電動アシスト自転車のライトが、滅茶苦茶眩しい……。
トンネルに入って、何時間経ったのだろうか。
「……」
「完全に行き止まりですよ。これは」
19キロは走っただろう。ハーハー息をしながら、前輪の前にはもう子供が通れる隙間すら開いていない。
真っ暗闇にそびえる岩盤――。
道は一本道だったから、途中で間違えようもなかった。
「おかしいなあ。前に通った時はちゃんと出口まで通れた筈なのに」
「前って、いつのことですか」
小さい頃とかっていうのは無しですよ。
「千二百年前ぞよ」
「……」
聞き直した方がよかったのだろうか……。千年以上も前だったなんて……。
「そりゃあ……地震とか地殻変動とかで崩れますよ」
入る前に確認しておくべきだった。ガクッ。
自転車をバックで十九キロも戻らなくてはならないのか?
魔王妃が先頭になるのだぞ。何考えているのか想像するだけで怖いぞ。表情すらうかがえない。
「魔王様、ここは瞬間移動で帰りましょう」
魔王妃の怒りを買う前に。
「なにを言う。目的地に到達すらせずに帰れるものか」
いや、今は無事に帰ることを考えましょう。魔王妃にブッ殺されるかもしれません。生き埋めより怖いです。
「もう! わたしは怒ってないわよ。誰にでも間違いはあるわ。魔王様のせいではありません」
ほっ。怒っていないようだ。さすがは魔王妃と言うべきだろうか。畳二畳よりも広い心の持ち主だ。
「帰ったら、デュラハンにこの責任を取ってもらいます」
「――ほら!」
一瞬、魔王妃の目が光ったように見えたのは気のせいだと信じたい。
「魔王様、では魔法を使いましょう」
無限の魔力はこういうピンチの時のためにあるのです。
「なにかよい魔法はありませんか」
このさい禁呪文でも何でも構いません。ドラ〇もんの秘密道具的な禁呪文でも結構です。スモール○ライトと翻訳○こんにゃくは駄目です。
「おお、その手があったか。では、トンネルの先を魔法で掘ってやろう」
「う、うん」
魔法で掘るのか。なんか心配だなあ。逆に崩れないかなあ……。
魔王様は魔力バリアーで守られているし、いざとなったら瞬間移動の魔法で逃げることもできる。
だが、私と魔王妃は魔法が使えない。魔王様の得体の知れない魔法でトンネルが崩れれば、――生き埋め決定だ。
なぜだろう。絶対に私だけ助けてくれない自信がある。
「岩をも砕く禁呪文、ンシマ・ドルーシ!」
「――!」
魔王様の手の前がガリガリと音を立てると、前方を塞いでいた岩が粉状に崩れて……数メートル先から明かりが差し込んできた!
「で、出口だ! ゲッホ、ゲッホ」
意外と外まですぐそこだったのか――! 久しぶりに見る外の光に目がくらみ、涙が出る。眩し~。
「思った通りぞよ」
「や、やったー!」
思わずガッツポーズをしてしまった。本当に嬉しい、嬉し過ぎるぞ!
「た、助かったわ! デュラハンが」
「――!」
いったい私はどんな目に合わされる予定だったのでしょうか。シクシク。よかった。
本当によかった。泣きそうになる。
読んでいただきありがとうございます!
ブクマ、お星様ポチっと、いいね、などよろしくお願いしま~す!