魔王様、ひょっとして引きこもり?
「なぜだ!」
玉座の間に魔王様の十八番、「なぜだ!」が響き渡る。
無駄に広い魔王城玉座の間。たった二人で話すだけなら、魔王様か私の部屋でもよさそうだと巷で噂されたこともある。
魔王様は玉座から立ち上がるようで立ち上がっていない……言わば中腰状態で肘掛けについた両手がプルプルしている。
「なぜだっていうか、やめて」
「やめてって、なんのことでございましょうか」
ひょっとして、引きこもりとご自身で認められるのでしょうか。もうお話が終ってしまうぞ。
「いや、この始まり方で何話も続けるのには限界があろう」
「……」
そっちでしたか。
「よいではありませんか」
限界はございません。コピペで行数が稼げまする。コアな読者は最初の二行でタイトルをすべて当てられるかもしれません。冷や汗が出る。コピペバレル。
「ところで魔王様って、ひょっとしなくても引きこもりですよねえ」
わざとニヤニヤしながら言ってみる。首から上は無いのだが。
「断じない!」
えっ、断じないって、どっち。断じてないってことだろうか。ややこしいぞ。
日本語難しいぞ。
魔王様はいつも魔王城四階にある玉座の間に引きこもり、外には極力出ようとしない。城から出たとしても近くの魔コンビニくらいまでだ。歩いて2分も掛からない。
……せめて、魔王城内の売店で物をお買い上げしてくださいと怒りたくなる。社内販売を活用すべきだと……。
「予がもし引きこもりに該当するとしても、それになんの問題があろう」
おや。
「開き直りでございますか。お見苦しい」
「……」
黙らないで。私がもの凄く悪者みたいに見えるではありませんか。
「もし魔王様が引きこもりなのであれば、勇者一行が攻めてきたときにこうなるのですよ。『引きこもりの魔王様が現れた! ……現れたというより魔王城に引きこもっているのを見つけだした!』」
「やべ、見つかった!」
魔王様が玉座の後ろに身を隠そうとする。やべ、とか言わないで。魔王様なのだから魔王らしくを心掛けてほしいぞ。
「『勇者は引きこもりの魔王を攻撃した。ベシッ! 引きこもりの魔王は99ポイントのダメージを受けた』」
「……」
「『さらに勇者は引きこもりの魔王を攻撃した。ベシッ! 引きこもりの魔王は99ポイントのダメージを受けた』」
「……」
「『さらに勇者は引きこもりの魔王を攻撃した。ベシッ! 引きこもりの魔王は99ポイントのダメージを受けた』」
「やーめーて! やめてあげて! 『引きこもりの』って頭に付いているだけで、攻撃する方が物凄く悪者みたいに見えるから~」
さらには魔王が弱そうな奴に見えるから~。
「でしょ、攻撃する側も罪悪感が拭いきれないでしょう」
つまり、防御力アップにつながるのかもしれない。我ら魔族にとって勇者は悪者なのです。
――勇者が悪者に見えた方が、我ら魔族は世論を味方にできるのです――。
「他にも、『妊娠中の魔王』とか、『車酔いした魔王』とかでも防御力アップにつながるかもしれません」
「妊娠中の魔王を勇者が攻撃するのって、画的にはかなりやばいぞよ」
お腹をかばいながら戦う魔王など存在するのだろうか。
「それでも勇者が剣を振りかぶって攻撃してくれば、それはもう勇者じゃありませんよね」
「子供に罪はありません~」VS「魔王の血は一滴たりともこの世に残しはしない~」です。どちらにしても残虐です。
剣と魔法の世界は残虐な世界なのです。
「車酔いした魔王を勇者が攻撃してくれば……鬼ぞよ」
「ゲロをかけられるかもしれませんね」
車酔いって……いいのだろうか。世界観的に。
「とにかく、魔王様はあまりにも城から出る機会が少ないので、引きこもりと言われても致し方なしでございます」
少しは外へ出て地方のモンスターと交流を深めてはどうでしょうか。魔王様の顔を知らないモンスターは五万といますよ。いや、四万九千かもしれませんが……。
「ほら……、えーと、予はあれだ。流行りのテレワーク中なのだ」
テレワーク中ですと。
「照れながら働くことでしょうか」
「てへ。ってえ、違うぞよ! 照れながら働くって……想像するだけで微笑ましいぞよ」
照れながら働く者の姿が簡単に想像できる魔王様が少し羨ましい。いや、羨ましくない。どうでもいい。魔王様のご想像など。
「要するに、予は在宅勤務中なのだ。よって、引きこもりではない」
魔王様が魔王城で在宅勤務ですと。
「それは実際に働いている人に反感を食らいますよ。魔王様は実際に働いておりませぬ。とは本人の前では言えない」
言わないのがせめてもの情けというものだろう。
「ごっそり言わないで!」
「あ、つい口が滑ってしまいました。申し訳ございません」
テヘペロでございます。でも、大半が真実でございます。私はいつだって正しい。紳士なる騎士なのでございます。
「グヌヌヌヌ。デュラハンよ」
「なんでしょう」
聞き苦しい言い訳でもされるのでしょうか。
「胸に刺さる言葉っていうのは、ほぼほぼ自分にも後ろめたい気持ちがあるから刺さるのだぞよ」
「……」
認めるな。仕事していないってことを……。
「予が玉座の間でいつもいつも暇を持て余して引きこもっているというのならデュラハンよ、卿も同じではないか!」
――いつも一緒に予と玉座の間にいるではないか――。
「――でた!」
うわあ、魔王様って私が玉座の間にいないときにどれだけの激務をこなしているのかを……ぜんぜん理解されていらっしゃらない――!
魔王様より二時間以上も早起きして魔王城内の掃除洗濯からはじまり、寝坊しているスライム達を起こし、酔いつぶれ階段で寝ているサッキュバスを部屋へと送り届けベロチューを必死に避け、魔王妃の扉を壊れんばかりに叩いて起こし、着替えを手伝い、食堂では朝食の味見と毒見とつまみ食いをして、さらには午前中の涼しい時間に魔王城周辺の草を白金の剣で5ミリに刈り、プリンターのインクが切れれば新しいインクと交換し、裏紙が詰まればゆっくり優しく取り除き、扉の動きが悪いところには潤滑スプレーを差し……、
――ようやく玉座の間へと来ているのです――。
――魔王様のお長くお意味のないお会話にお付き合いするのも、私にとっては業務です――。
さらに夜には風呂の掃除と汗だくの洗濯物にカビが生えないように水洗いして部屋干しし、夜更ししているスライムがいないか巡回し、魔王城の植木に蜂蜜を塗りカブトムシやクワガタが来ないかじっと待ち、日付が替わった頃にようやく自室に戻るのです。
はあ、はあ、はあ、はあ。それなのに深夜勤務手当など貰ったことはない。魔労基がいれば、即刻電話したいのです――。
「一般家庭ならともかく、ここ、城っスよ!」
魔王城っスよ! 博物館くらいの大きさを一人で掃除しているのですぞ! 親指を立てて床を指して見せる。
「ウトウト」
……。
「ウトウトと口で言わないでください」
殺意が芽生えるではございませぬか。どうせ狸寝入りでしょ。
そりゃあ、魔王様にしてみれば眠気をそそるような話でしょうともさ。フン。
「いや、よい」
よいってなんだ、よいって。跪いた姿勢からガクッと倒れそうになる。
「それよりも、魔王妃の着替えを手伝っているって、どういうこと?」
「……」
食い付くところはそこですか。むしろウトウトしながらでもちゃんと聞いてくれていて嬉しいのですが。
「どういうことって、魔王妃様が『一人でドレスを着替えられないからぁ……手伝え!』と言いがかりをつけてくるので仕方なく手伝って差し上げています」
だから上下揃いのジャージをお勧めしているのでございます。毎日、毎日。
「予の妻ぞよ。魔王妃付き侍女はいったいどうしたのか」
初耳だぞ。
「いませんよ、最初からそのような者は」
魔王妃付き侍女って、なんだ。流行りの王妃付き侍女のことか。
「だいたい侍女ですと。そのような予算、今の魔王軍にある訳ないでしょ」
そんな人手に余裕があるのなら庭師を雇ってほしいぞ! 一緒に草刈りを手伝ってほしいぞ。魔王城門のコケ磨きをさせてほしいぞ! 他の四天王はおろか、スライムも誰も手伝ってくれないのだぞ。シクシク。
さらには……あんなに性格の悪い魔王妃の侍女になりたがる物好き、いる訳ないだろとはさすがに言わない。
月に5万円貰っても誰もやらないだろう。私ならやりかねないが。
「あのお……予の妻ぞよ。一応」
ご自身で「一応」と言わないでほしい。魔王様の気持ちは分かるけれど。
「では魔王様がご自身で毎朝着替えの手伝いをされてはいかがでしょうか」
なんなら無限の魔力で着替えさせてはいかがでしょうか。ポンッとドレスに着替えられるのならどれほど楽な事でしょうか。
いちいち「向こうを向いておれ」だとか、「まだこっちを見るな」とか、「はい、見たあ~。デュラハンのエッチ」だとか、「魔王様に言いつけて極刑決定~」とか、ドストレートに「顔無し!」とか……面倒くさいことばかり言いよるんよ。泣きそうになる。
「うむ。デュラハンに任せる」
「……」
任せないで。やっぱり庭師よりも魔王妃侍女を雇ってほしい。ついでに魔王様にも私以外の誰かを付けてほしい。
いや、やっぱりここは譲れない。
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