旅立ちの始奏曲 ①
歌うことは、倍祈ること。──聖アウグスティヌス
神話は宇宙の歌、人間の意識にしみこんだ音楽である。──ジョーゼフ・キャンベル
いつからかは、わからない。けど、確かに自分はここにいる。
真っ白な景色が、果てしなく続いている。
ここは、どこなのだろう。どこを見渡しても、どこまでも続く変わらない何もない『白』だけが在る。
歩こう。そう思って、歩みを進めた。
──なにも、ないなあ。
しばらく歩いても、変わらない景色がさみしい。すこしだけ、やすもう。
ちょっとだけ、歌ってもいいかな。
そういえば、ここにはおひさまがないなあ。
おひさま、光って
──上から、あたたかな光が降り注いでくる。そうだ。いつも自分が知る、おひさまのあたたかさだ。
でも、なんでおひさまがあるの?ボクが歌ったから、出てきたのかな。
うーん、わからない。でも、歌ったら出てきたんだよね。だけど真っ白だから、おひさまがみえない。
……あおいおそらがみたいな。
おそらは、あおい
そう歌うと、天上は鮮やかなスカイブルーで彩られた。ちゃんと、さっき出てきたおひさまも見える。
そうだ。すこしのどがかわいた。なにかのみたいな。
みずは、ひろがっていく
ぽちゃん、と音がして。足元に広い水たまりができた。澄んだ水は青空の太陽の光を反射して、キラキラと光っている。
水面には、自分の姿が映っている。ふわふわと長く伸びた、おひさまのようなかみのけ。青空みたいな、スカイブルーの目。
うん、間違いなく自分だ。そう思いながら、手で水をすくって、口まではこんだ。
おいしい。つめたいお水は、カラカラになったのどを潤した。
なんか、歌いたくなっちゃったな。
緑は草原になって、白いお花が咲いている
──真っ白な景色が、緑の草原になっていく。ボクが大好きな、白いお花でいっぱいにしていこう。
歌うたびに、この世界の色が染まっていくのなら。楽しいから歌いたい。
高らかに、真っ白だった世界で。彼の綺麗なソプラノがこだまする。草原には木々の苗が芽を出し、そこから──
──大樹へとなり、赤い果実を実らせた。
果実には、どこからか飛んできた白い小鳥が集まっていく。
草原のしげみからは元気に跳ねる獣が見え、果実に向かって走っていった。
えへへ、たのしいな。
意味はなく、ただそこには歌いたい、という感情だけがそこにあった。
ララ、と歌えば歌うほど、世界は色づいていった。
──いとしごよ、ははのみむねでおねむりよ
どこからか、歌が流れている。誰か、ボクの他にいるのかな。
おとこのひとか、おんなのひとかわからない。けど、やさしくて、きれいなうた。
ふと、歌が聞こえる方を見あげると、少しだけ小高い丘が見える。その上には太陽に照らされ、キラキラと光る、大きな建物が見える。
いってみようかな。誰に出会えるだろう。
──あこよ、みどりごよ、ゆりかごのなかのきみ
小高い丘に向かって歩く度、綺麗なのに甘ったるい匂いが強くなってくる。これ、どこか……覚えのある匂いだ。
どこだったっけ。今は、思い出せない。
──ぃ、……ろ
少し自分とは違う声が聞こえた。ん、と耳を済ませたけど聞こえない。
──きろ、ね……って
その時だった。グラグラと、世界が揺れた。樹からはバサバサと白い鳥が飛び立って、獣たちはみんなどこかへ行ってしまった。
どうしよう。何が起きているんだろう。
わあっ!?
ドスン、と大きく地面が鳴り響き、バリバリと割れていく。
怖い。どうしよう!?
地面は割れて、足元は消えた。ギュッと目を瞑り、放り投げられた身体。
勢いをつけて落ちていく感覚に、身を震わせた。
『吾子よ。恐れるな』
手に、柔らかく、暖かな何かが触れる。
目を開けると、そこにいたのは。
白い翼と角を閃かせ、白銀の長髪を鬣のようにたなびかせる白の『異形の者』。
『私はお前を見守っている。吾子よ、何があっても恐れるな』
母のようで、父のような優しい微笑みを浮かべ、『彼』は自分の手を取った──
──起きろっ!!!この、ねぼすけっっ!!!!
その瞬間。全部の景色が、暗くなっていって、『ボクの世界は消えてなくなった』。