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アヤカシ探偵社。其の九

作者: JAM歌い@おかP

全国に河童伝説は多々ありますが京都にも存在します。今回はそんな京の河童達の話を書いてみました。

同時に登場する水虎は中国の民話にも登場する妖怪です。そんな二種の水棲妖怪を対峙させてみました。例によって三十分アニメ(漫画原作)を想像してご一読ください。

 京都市左京区、久多に志古渕神社なる古刹がある。京都市内にありながら普通車では行くのが困難なほどの秘境である。市バスもあるのだが最寄りのバス停からは徒歩二時間ほどかかる。またこの場所は河童の伝説でも有名なのである。今もその一族が棲んでいる。



 初夏のまだ肌寒いとある早朝、アヤカシ探偵社に小豆洗いがやって来た。

「お〜い、あんじーは居るか?」

 仲庭から離れに向かいながら呼びかける小豆洗い。

 障子戸を開けあんじーが現れる。

「早いな、小豆洗い。まだ朝飯も済ませておらぬぞ」

 小豆洗いはあんじーの嫌味を気にも止めず話を続ける。

「すまんがひとつ相談に乗ってくれ。家の近所に久多郎っちゅう河童がおってな」

 あんじーには思い当たる節があった。

「おお、久多郎なら存じておるぞ。この辺りの河童を仕切っておるあの久多郎じゃな」

「そうか、知り合いなら話が早い。奴は昔からの友人なんやが、今ちょっとした揉め事を抱えておってな」

 あんじーはまたか、とウンザリした。探偵社として起業したにもかかわらず来る依頼は金にならない妖怪同志のトラブル案件ばかりである。まあ妖怪に関する事件専門なので仕方ないのだが。

「して、その揉め事とやらは?」

 小豆洗いはあんじーが乗り気なので一安心した。

「久多の河童達は安曇川の魚介を獲って暮らしておるんやが…」

 あんじーはニヤッとほくそ笑みながら答えた。

「河童は胡瓜を主食にしておるのでは?」

 あんじーの冗談に流石の小豆洗いも切れた。

「阿保抜かせ!どこぞの世界に胡瓜だけ食って生きてる奴がおんねん!あいつ等にとっての胡瓜はデザートや。今風に言うとスィーツや。普段は魚や蟹食って生きとんねん!て、またあんじーの術中に嵌るとこやった。話が逸れてるわ。そんなんどうでもええねん、その河童達の縄張りを最近荒らしとる奴がおってな」

 小豆洗いは河内の出身なので怒ると巻き舌の大阪弁が出るのだ。

「水虎の事じゃろ?近江の湖岸で漁をしておったが最近不漁らしいからのう」

 小豆洗いはあんじーの情報収集力に驚いた。

「何処から聞いたんや?恐ろしい早耳やな」

 あんじーは当然、と答えた。

「SNSで拡散しておるわ。安曇川でそれらしき怪物が目撃されておる。以前は琵琶湖周辺だったからおそらく餌を求めて遡上したのじゃろ。まあ身形が河童とは全く違うから見間違える事はない」

 小豆洗いは口をあんぐり開けた。

「今時の情報網は凄いな。てか、そんな何処までチェックしとるんか?!あんじー」

「事件が無い時は暇じゃからずっとネットを漁っておるのじゃ。まあ妖怪に関するネタ中心じゃがな」

 小豆洗いは感心しながらも本題を切り出した。

「河岸でしょっちゅうカチ合うらしい。小柄な河童共に比べて水虎はデカいし腕っぷしも強い。小競り合いの末追い払われているそうな」

「漫画に出てきそうな悪餓鬼キャラじゃな」

 あんじーの例えはさも他人事のように聞き取れた。

 小豆洗いは誂われてる物言いに苛立ちながらも話を続けた。

「河童達はチームを組んで対抗しとるんやが、水虎も徒党を組んで向かってきよる。久多郎は戦争も辞さないと息を巻いておるんじゃ。水虎の方も応じる気でこのままだと合戦に成りかねん」

 あんじーはふぅむ、と腕を組んだ。

「で、儂に争いを諌めて欲しい、と」

「そうなんや、何とか丸く収める方法を考えてくれんか」

小豆洗いの真剣な表情にあんじーも心を動かされた。

「ふむ、先ずは現状を把握せんとな。久多に案内してもらおうか」

「おお!ほな、早よ行こか」

 あんじーは小豆洗いを制止した。

「気の早いヤツじゃな。先ずは腹ごしらえじゃ。そうじゃ、依頼を受けるかわりにお前が作ってくれぬか?」

「え?!直ぐにでも会わせたいんやが…」

 小豆洗いはもどかしそうな顔をしていたが結局あんじーの要望に答える事にした。アヤカシ探偵社の朝は全員で朝食を摂る事から始まる。とはいえ、食習慣の違う鎌鼬·ぬこ神·辻神は参加しない。元料理人の小豆洗いは渋々ながらも手早く調理し御膳に並べた。爽・箔は料理を観て怪訝な表情。

「何これ!美味しいの?」

 テーブルには平皿に野菜炒めが乗った中華麺が盛られている。爽は手掴みで一口頬張ってみた。

「うぇ!辛い!!」

 小豆洗いはニヤリと笑った。

「そうじゃろ。辛子そばと言う京中華の名物料理よ」

 あんじーは苦笑した。

「小豆洗い、朝から辛子そばはミスマッチじゃろう。じゃが儂は大好物じゃ。いただくぞ」

 あんじーは大皿を引き寄せると豪快に食べ始めた。

箔はその姿に感心し、見習ってフォークで口に掻き込んでみる。

「辛い!旨い!流石は中華の達人!」

 小豆洗いは料理なら何でも出来るが本職は中国の特級厨師である。あんじーの感想に箔もチャレンジしてみた。

「うん、確かに辛いけど旨みもあるよ」

 連られて爽も食べ始める。ものの30分程で大鍋に山盛りのソバは無くなってしまった。満腹になったあんじー等を小豆洗いは急かす様に仕度し始めた。

「ほな行くで!早うしいや」

 あんじーはぬこ神を呼び寄せ乗り込む。爽・箔・巳之助と鎌鼬は小豆洗いの運転するおんぼろハイエースで向かう事に。バス停からは歩かねばならないのであんじーは一足先に久多郎に会う事にしたのである。双方が出発し、あんじーを乗せたぬこ神は久多川に差し掛かった。下を見やると、正に河童達と水虎が向かいあって喚いている。

「ぬこ神、あやつ等の側に降りてくれ」

 ぬこ神は怪訝な顔で呟いた。

「今から揉め事に首を突っ込む気か?先に久多郎と会った方が良いんじゃねえか」

「いや、争っているのを見過ごす訳にはいかぬ。先ずは両者の言い分を尋ねてみたい」

 ぬこ神は納得の表情。

「あい判った。あんじーに任せる」

 ぬこ神は河原に降下した。その姿に河童も水虎も驚愕である。

「な、なんだテメエらは?!」

 あんじーは冷静に答える。

「儂はアヤカシ探偵社の代表あんじー。頼まれてお前達の争いを止めに来たんじゃ」

 あんじーの事をよく知る河童達はたじろいだが水虎の方は平然としている。そもあんじーの武勇伝を知らないので臆する訳が無い。が、ぬこ神の怪物然とした異様な容姿には若干驚異を感じているようだ。

「喧嘩はいかん。妖怪同志、話し合いで解決できぬか」

 河童達より先に水虎のリーダーらしき老輩が怒声を上げた。

「馬鹿かお前は!妖怪同志仲良く?こっちは死活問題抱えておるんだ、コイツを殺らしてでも生き残らにゃならぬ!弱肉強食が自然界の摂理と言うものだ」

 あんじーは驚いた。野蛮と考えていた水虎と思えない知性!老輩とは言え、流石支那(中国)の古参妖怪である。

「お主程の識者ならば獲物を分け合って共存する手もあろう」

 あんじーの話を一蹴する水虎。

「お前は現状を知らぬのか?コイツらが獲り漁るから俺等まで回らないのよ」

「何言ってやがる、手前らが勝手に川の上流まで乗り込んで来たんだろ!元々この辺りは我々の漁場だったんだ。荒らし回ってるのはそっちだろうが」

 河童の兄貴分らしき若者が反論する。あんじーは苦笑いしながら双方を諭した。

「いがみ合っていても仕様が無かろう。互いの生き残る道を相談しようではないか」

 老輩の水虎は切れかかった口調で吠えた。

「ごちゃごちゃぬかすな!よそ者が偉そうに、お前から先に殺ってしまうぞ‼」

 水虎だけでなく河童達もそうだそうだと囃し立てる。するとあんじーの目の色が変わった。冷酷な肉食獣の眼である。

「ほう・・・儂をどうにか出来ると?やれるものならやってみろ。ぬこ神!」

 あんじーの呼び掛けにぬこ神は獅子の如く咆哮した。周囲の空気が震撼する程響き渡る。ぬこ神は翼を大きく広げた。その長さは六メートルを超え、もう魔獣である。更に口腔を膨らませ火球を吐き出す。驚いた水虎と河童達は散りじりに逃げ出した。火球は河原を爆砕し轟音を上げる。見渡すと其処にはもう両者の姿は見られなかった。

「少々やり過ぎやたか、あんじー」

 ぬこ神のボヤキにあんじーが答えた。

「いや、今の位が丁度良い。双方に脅威を与えておかぬと、人の話を聞く手合いではなさそうじゃからな」

 ぬこ神も成程、と安堵した。あんじーはぬこ神に跨り、一路久太郎の本拠である志古淵神社へと向かった。



 志古淵神社では久太郎の元に京都中の河童達が集結していた。水虎との一戦に備え、各々が武器となる得物を携えている。久太郎の宣戦布告を今や遅しと待ち望んでいるのだ。上空からその様子を見ていたあんじーは境内の中心に降りるようぬこ神に指示した。言われた通り降下するぬこ神。河童達は騒然となった。あんじー等を遠巻きに取り囲む河童達。異様な緊張感が辺りに漂っている。

「儂の名はあんじー!久太郎殿にお目通り願いたい」

 あんじーの呼び掛けに本陣らしき垂れ幕から屈強な大柄の河童が現れた。水虎と比べても見劣りする事は無い程の体躯である。

「久しいな、あんじー。河原から戻ってきた手下達に報告は受けておるぞ」

「おお!久太郎。ほんに懐かしいのう。(鳥山)石燕殿に頼まれモデルになって以来か…室町の、まだ京の街が華やかなりし頃じゃったな。まあ今でも賑わいは然程変わらぬが」

「俺は嫌だったんだが統領の口利きだから仕方なく受けたんだ。騒々しい街中は苦手だ」

「それは他の連中も変わらぬて。我等は闇に潜む生き物じゃ、正体がバレればタダでは済まぬからのう」

 久太郎はいら立ちを隠せずに尋ねた。

「旧知を温めるために来たわけでは無かろう。止めても無駄だ、我等の意思は変わらぬ。何方かが生き残るまでの戦争だ」

 あんじーは平然としている。

「いや、別に止めようとやって来たのではない。久々の合戦じゃ、儂も胸躍るでの。で、勝敗を儂が見極めさせてもらおうかと」

 あんじーの言葉にぬこ神は小声で苦言を呈す。

「何を言ってるんだ、火に油を注ぐような事を…我々は仲裁に来たんだぞ」

 あんじーは気付かれぬようにぬこ神に耳打ちした。

「大丈夫じゃ、儂に考えがある」

「何をひそひそ話してるんだ。傍観するのは貴様らの勝手だ、好きにするがいい。だが邪魔はするなよ!」

 久太郎は一言怒鳴ると仲間を連れて合戦場である安曇川の河原に向かって行く。あんじーは遅れて到着する小豆洗い達と合流する為神社で待つ事にした。あんじーは目を閉じて不動で小豆洗い達を待つ。暫くすると息を切らせながら小豆洗い・爽・箔・巳之助が境内に到着した。

「久太郎はもう仲間を連れて合戦場の河原に向かっておる。急ぐぞ!」

 小豆洗いは悲壮な顔で呟いた。

「ええ?此処まで来るのも大変やったのにまだ歩くんか」

 あんじーは小豆洗いの愚痴を無視してぬこ神に跨り飛び立って行った。仕方なく歩き出すメンバー。道のりは険しい。



 河原に到着すると既に戦いは始まっていた。水虎は身体も大きく対等なら河童の敵ではない。が、河童達は数に物を言わせ三匹がチームを組んで立ち向かう。宛らスズメバチに挑む蜜蜂の攻撃である。怪力の水虎に掴まれ次々と宙に放り投げられる河童。三位一体のコンビネーションで倒れる水虎。戦いは一進一退の攻防で膠着状態になっていた。

「両者待たれよ!!」

 あんじーが怒声を放った。一瞬あんじーを凝視する河童と水虎。続いてぬこ神が物凄い咆哮を上げた。周りは凍りつく。

「このままでは両者共倒れになるまで決着がつかぬじゃろ?双方滅びてしまっては戦う意味が無い。そこでじゃ、どうじゃ古式に乗っ取って大将戦で勝敗を決めるのは。勝てば相手の言い分を聞き従うと言うのはどうじゃ」

 久太郎が大声で答えた。

「おう、願っても無い事!河童と水虎、どちらが強いかケリをつけようではないか」

 対する水虎。先程の老輩が一歩前に出た。

「此度は戦なのだ、試合でも力比べでもない。ましてや我等の命運を勝負事で決めようなどと…」

 久多郎は勝ち誇ったように罵倒した。

「白兵戦でなければまともに戦えぬのか!腰抜けどもめ。貴様らの様な弱小妖怪は志那に帰って虫でも食ってろ‼」

 久太郎の挑発に水虎達は猛反発。

「舐めるな河童風情が!我等の勇猛さを見せてくれる!」

「何をほざくか!俺らは最強の妖怪だ!」

 口々に雄叫びを上げる血気盛んな若者に収集が着かなくなる老輩。するとその中からひと際大柄な水虎が現れた。

「俺の名は史進。コイツらの頭だ。俺がお相手しよう」

「ほう。名を冠するとは、かなりの上級妖怪とお見受けする。で、儂の提案を受けると解釈して良いのじゃな」

 あんじーの問いに史進と名乗る水虎は答えた。

「無論だ。俺等にも志那妖怪のプライドがある。弱者呼ばわりされては黙ってはおられぬ。受けて立とうではないか」

 頭の発言に老輩の水虎は慌てた。

「史進様、相手の思う壺ですぞ!安易に計略に乗せられてしまっては!あの猫妖怪、かなりの食わせ者ですじゃ」

史進は右手で老輩を制した。

「案ずるな、要は俺が勝てば良いのだ。そも河童ごときに水虎が負ける訳がない」

「そうは申されましても…」

 狼狽する老輩に笑顔で答える史進。

「案ずるな、万事俺に任せておけ」

 あんじーは二人のやり取りを黙視していたが頃合いと見て声を掛けた。

「史進殿、宜しいかな。勝負を始めたいのじゃが」

 史進はあんじーに返答した。

「おう!何時でも構わんぞ!瞬殺してくれる」

 史進の売り言葉に怒る久太郎。

「戯言を。お前など片手で捻り潰してやる!」

 あんじーは二人のやり取りに痺れを切らした。

「いい加減にせい!勝負を始めるぞ!まず勝敗は日本古来の相撲で決めようと思うのだが如何か?」

 久多郎は歓喜の声を上げた。

「おお!相撲は得意中の得意!もう負ける気がせん」

 史進は一瞬戸惑ったが素直に賛同した。

「決着法が河童に都合の良い相撲と言うのは気に食わんが力技の勝負なら望むところ。俺も異論はない」

 あんじーは周囲に向かって宣言した。

「では只今より河童対水虎の覇権を掛けた代表戦を取り行う。尚、ぶっつけ本番ではたまたまもあるじゃろうから公平を期す為三本勝負とする。では、河童軍・水虎軍双方で土俵となる円陣を作れ」

 久多郎と史進は部下に向かって指示した。両軍は東・西軍に分れ大きな円で久多郎と史進を囲んだ。するとあんじーは二人の前に立ち呪文を唱えた。詠唱し終えると屈み込み右手で地面を叩く。轟音と共に地響きが起こり三人を中心に直径四メートル程の地盤が隆起した。

「史進殿、相撲のルールはご存じかな?殴る・蹴る・締め技・噛みつきは反則じゃ。投げ技攻撃のみじゃがハンデがあるので倒れたら負けではなくこの土俵から落とすか相手がギブアップする事で判定しよう。久多郎、異論はあるか」

 久多郎は満足そうに答えた。

「スタミナ勝負という訳じゃな。それで構わぬ」

 あんじーは二人の間に立ち口上を述べる。

「双方合意したので勝負の一本目を開始する。両者見合って!」

 久多郎と史進は互いに身構えた。

「八卦用意!」

 あんじーの掛け声で一瞬周りに緊張が走る。

「残った!」

 先ず久多郎が右手拳を地面に着ける。その様子を見て史進が同様に拳で地面を突く。瞬間久多郎が猛突進!

史進の巨体に体当たりする。が、史進は久多郎の身体をがっちり受け止めた。丸太の様な腕で久多郎を抱え込む。久太郎も史進の体躯を下四方で掴んだ。互いに一歩も譲らぬ力勝負。微動だにしない。相手を投げようと力むが地面に根を生やしたかの如く不動のままである。固唾を飲む観衆。久多郎は投げるのを諦め押し相撲に戦法を変えた。土俵から落とす作戦である。史進も察知して押し返してくる。互いの身体が見る見る紅潮し玉の汗が滴り落ちる。何秒経過しただろうか、静止したまま力相撲は続いた。均衡が破れたのは久多郎が徐々に疲れて史進に押され始めた時である。じりじりと後退する久多郎。その顔に焦りが見え始める。押し返そうとするが思うように力が入らない。地面に久多郎の足で轍の跡が着く。史進はここぞとばかりに加速を付けて押してくる。遂に久多郎は土俵際まで追い詰められた。落とされまいと必死で食いしばる久多郎。史進は勝利を確信した。後一歩で落とせる!勝ち誇ったその油断を久多郎は見逃さなかった。史進が押し切ろうと前に出た瞬間、落ちる際に右腕で史進の左脇を巻き込んだ。落ちる勢いで身体を捻り体を入れ替える。そのまま投げを打った。体落としである。先に落下して地面に叩きつけられたのは史進の方であった。

「勝者久多郎!」

 あんじーの声に河童軍から盛大な喝采が沸き起こった。沈黙する水虎軍。

「投げという技があったか。押し切ろうと考えた俺が浅はかだった。だがまだ二戦ある。次は油断せぬぞ」

 自身に言い聞かせる様に呟く史進。

「続いて二試合目を行いたいのじゃが如何かな、史進殿、久多郎。一休みされるか?」

 あんじーの提案を史進は断った。

「構わぬ。続けてくれ」

「絶好調さ!このまままの勢いで二本目もいただくぜ」

 久多郎の返事にあんじーは納得の表情で二戦目の開始を宣言した。

「双方承諾したので続けて第二戦を執り行う」

 あんじーの指示で史進と久多郎は土俵中央で対峙。

「両者見合って…八卦用意…」

 双方鋭い眼光で睨み合う。

「残った!!」

 あんじーの掛け声に飛び出すかと思いきや二人とも微動だにしない。相手の出方を伺っているのである。周りも固唾を呑んで見守っている。異様な緊張感が辺りに漂った。やがて三分が経ち、五分間を過ぎた頃、痺れを切らしたあんじーが喝を入れた。

「仕掛けぬなら両者失格と見なし漁業権は儂が管理統括させて頂くが宜しいか?!」

 ギョッとする二人。仕方なく手を出したのは史進であった。大きく両腕を広げ手の指を開く。その腕を前方に差し出した。力比べを挑む様である。久多郎も此処は引けぬとばかりに史進の手の指を握り手四つに組み合った。腕力に物を言わせこれでもかと力む史進と久多郎。二人の顔は見る見る紅潮し首から肩に汗が滴り落ちていく。腕は痙攣したかの様に小刻みに奮えている。両者一歩も引かぬ大接戦である。史進が躙り寄り前に出ようとすれば久多郎が踏ん張り押し返す。観衆も沈黙して勝敗の行方を見守っている。だが妖怪と言えど渾身のフィンガーロックが長時間続く筈がない。一瞬史進の指から力みが抜けたのを久多郎は見逃さなかった。両腕を逆手に返し、史進の腕を絞り上げた。そのまま右に身体を捻りうっちゃりを仕掛けた。だが史進はこの機を虎視眈々と待っていたのだ。久多郎の手を振り払うと左手で甲羅後端に指を掛け右手で上部の縁ぺらを掴むとえい!とばかりに持ち上げる。高く掲げ上げられた久多郎は最早死に体である。手足をバタバタさせるだけで何も出来無い。恐るべしは史進の怪力である。水虎に比べれば河童は確かに小柄だが久多郎は体重百六〇キロはある巨漢である。暫し静観していたあんじーだが頃合いと見て判定を下だした。

「この勝負、史進の勝ちとする!」

 今度は逆に水虎軍から大歓声が。河童達は意気消沈である。勝負は一対一、第三戦目で勝敗が決まる。あんじーは両者にインターバルを提案した。

「どうじゃな、お二方。ここで暫し休憩を挟れては?周りの観衆も試合の緊張感でやや疲れておる様子じゃ」

 史進はゼェゼェと息を吐きながら答えた。

「お主がそう言うなら従おう」

 史進の返答に久多郎も同調した。

「俺はまだまだイケるが皆の為には丁度良いのかも知れん。申し出、受け入れた」

 強気な発言をしながら内心はホっとする史進と久多郎。二人はそれぞれの仲間の元に戻って行った。

「久多郎様、お疲れ様ッス。これで一勝一敗すか。水虎もやりますね」

「ああ。さすがに大将ともなると尋常じゃない怪力だ。だが相撲は力技だけで勝てる格闘技ではない。次は俺の必殺技で必ず勝つ!!」

「頼んますぜ」

 河童達の労いの言葉に気を良くする久多郎。一方の水虎軍では老輩が心配そうな顔で史進に問いかけていた。浮かれる河童達とは対称的に二本目で勝っているにも関わらず暗い雰囲気である。

「大丈夫なのですか史進様。迂闊に猫妖怪の策略に乗って取返しのつかない事態になっているのでは」

「老師、心配には及ばぬ。化け猫如きの稚拙な策など通用せぬわい。最初にも申したが我の武勇で一蹴してくれる」

 史進は良くも悪くも曹操孟徳タイプの武人であった。頃合いと見計らったあんじーは二人に声を掛けた。

「宜しいかな、史進殿・久多郎。トリの第三戦を行いたいのじゃが」

「おう!休養は十分取らせて貰った。何時でも始めて良いぞ」

 史進の言に呼応する久多郎。

「さっさと決着を着けようぜ」

 あんじーは闘技場中央に立ち二人を呼び寄せた。三度対峙する史進と久多郎。

「それでは。両者宜しいかな?」

 あんじーの呼び掛けに二人はそれぞれ利き腕(久多郎は右利き史進は左利き)を地面に着け低い姿勢で身構えた。

「八卦用意!残った」

 もう片方の拳を地に突いた瞬間、勢いよく飛び出す史進と久多郎。前回・前々回とは打って変わってがっぷり四ツに組み合った。ガチの相撲をやろうと言うのである。久多郎の右四つに対し史進は左四つなので些か変形なのだが一切気にすることなく試合に集中する二人。互いに投げを打ちたいのだが足腰の強さが尋常ではない。さも地面に根を張っているのかと思われる程強固である。上体を揺さぶり何とか体勢を崩そうとする久多郎に史進も引いては押し返す。二人の全身は真っ赤にそまり滝の様な汗が地面に滴り落ちた。ならばと場外に押し出そうとするのだが史進も引かず逆に押し戻してくるので二人は中央の立ち位置のままである。膠着状態が暫く続いた。その実力はほぼ拮抗しているのである。周囲が迫真の勝負に盛り上がる中、対岸の草木がガサガサと揺れ出した。

 一瞬、バキバキと枝葉を薙ぎ払い漆黒の大百足が現れた。全長は五〇メートルはあろうかと思われる大怪獣である。一同騒然。皆散り散りに逃げ出した。大百足は集団目掛け川を渡り始めた。水虎も河童も男衆は逃げ足は速いが観戦に来ていた女河童達には幼い子連れもいる。段々と回りから取り残され孤立しだす。着岸した大百足は逃げ遅れた母子に狙いを定め襲いかかる。その時大百足に立ちはだかったのは史進であった。右拳で大百足の頭頂部を打ち抜く。その威力は絶大で大百足は軽い脳震盪を起こし後方に仰け反った。すぐさま久多郎も参戦する。あんじーはパンダ・ポシェットを開け中から金の錫杖と小槌を取り出した。

「史進殿、如意棒じゃ。貴殿なら使いこなせるじゃろ。久多郎には打ちでの小槌を。念じれば巨大化できる」

 あんじーは二人に向かって各アイテムを投げ与えた。

「本物か?ならば正に鬼に金棒じゃ」

 史進が如意棒を水平に構えると二倍の長さに伸びた。その様子を観ていた久多郎も小槌を振り降ろす。すると見る見る巨大化、久多郎の上背を遥かに超す巨大ハンマーに変形した。

「こいつは有り難い。流石に素手では分が悪いと思っていたところだ」

 久多郎の元に河童達が続々と集まる。各々手に得物を持っている。逃げた様に見えて実は武器を取りに行っていたのだ。元来河童は勇猛果敢な戦闘集団なのである。

「俺等も戦いますぜ!」

 史進は感心した。振り返り水虎達に激を飛ばす。

「河童共に遅れを取るな!水虎の武俠を示せ!!」

 水虎軍からおおお!と歓声が上がった。河童・水虎両軍は大百足に立ち向かって行った。河童軍は弓を手に持ち大百足目掛け矢を放った。無数の矢が放物線を描き大百足の甲殻に当たるが硬過ぎて弾き返されてしまう。一方、水虎達は槍を構えて大百足の腹目掛け突き刺す。甲殻ほど硬くない腹部は多少効果はあるようだ。おそらく針を刺すくらいには。

劣勢の両軍に意を決したあんじーは呪文を唱えた。爆音と共に黒煙を上げ七頭身の戦闘モードに変身するあんじー。手には例のデッキブラシを携えている。猫耳は大きくなり顔を覆い尽くす程大きな丸眼鏡は紫色に光り輝いていた。黒のエプロンドレス(メイド服調)はミニスカート丈になり胸元に巨大なリボンが威光を放っている。二本の尻尾がお尻から出ているが右側の其れは半分の長さしかない。ニーハイソックスは赤のボーダー柄、ゴツいローファーは甲の部分が市松模様である。

「ぬこ神!!」

 あんじーは空を舞うぬこ神を呼び寄せた。

「おう!」

 ぬこ神はあんじーの傍に降下。背中に跨ったあんじーは空高く飛び上がる。遠巻きに周回すると大百足はあんじー達目掛けて襲ってきた。寸での位置で躱すぬこ神。

「なるべくヤツを引き付けてくれ」

 ぬこ神は大百足の頭上を掠める様に飛行した。あんじーはデッキブラシの先端で大百足の頭蓋を力一杯叩いた。もんどり打って身体ごと地面に倒れる大百足。好機とばかりに襲いかかる河童・水虎軍。だが流石に

古の怪物である、身震い一つで弾き飛ばしてしまった。唖然とする史進と久多郎。己の非力さを痛感する河童・水虎達。あんじーは上空から皆に呼び掛けた。

「言い伝えによると百足は唾きに弱いらしい。我等妖怪の唾が効くかは疑問じゃが試す価値はある。皆の衆、各々武器の先に唾を吐きかけるのじゃ」

 河童や水虎達は槍や矢の先に唾を吐き着け、そのまま攻撃する。河童達は甲では矢が刺さらない為腹部に狙いを定めた。あんじーもぬこ神に指示して狙い易い体勢に大百足を誘導する。最初は平然としていた大百足だが徐々に動きが鈍くなってきていた。其処にようやくアヤカシ探偵社一行が到着。小豆洗いは目の当たりの光景に驚愕した。爽・箔・巳之助が声を揃えて叫んだ。

「あ!百足のおっちゃん」

 小豆洗いも続いて呟いた。

「何だこりゃ?!大百足じゃねえか!なんで河童達とやり合ってるんだ」

 そう、ご存知の通り大百足も妖怪組合に所属している一員なのである。頭領が土蜘蛛と共に可愛がっている子分なのだ。だが京に棲む河童達は他の妖怪との交流を嫌い、辺境の久多で独自のコミュニティを形成している為そんな事など知る由もない。ましてや外来の水虎に至っては妖怪組合の存在さえ知らない。いや、気にもしていないのである。

 苦痛で身悶える大百足は遂に川を渡り元来た方へそそくさと退散し始めた。その様子を呆然と眺めていた小豆洗いはぼそっと呟いた。

「何の茶番だ?大人しい大百足まで巻き込んで…」

 小豆洗いの憤慨を他所にあんじーは大声で皆に告知した。

「河童軍、水虎軍、良くやってくれた!貴殿らの働きで巨悪な怪物を退ける事が出来た。これも一重に両軍が一致団結して戦った功績じゃ」

 史進と久多郎は互いに顔を見合わせニヤリと笑った。小豆洗いは事の成り行きが理解できない。鎌鼬が肩を叩いた。

「なあに、何時ものあんじーの計略だろ。一芝居打って河童と水虎を仲直りさせたんだ」

 小豆洗いは憮然とした表情で言葉を返した。

「にしても頭領んとこの大百足まで引っ張り出しての大芝居…騙しとるんやないか」

 鎌鼬はニヤリと笑った。

「なあに、バレなきゃオッケーよ。事実、双方仲良く勝利を讃えあってるじゃねえか」

 地上に降り立ったあんじーは久多郎と史進に向かい語った。

「どうじゃ共に戦った感想は。おそらくどちらか片方だけでは退ける事は出来なかったじゃろう」

 史進が答えた。

「確かに我が軍勢だけでは怪物の餌食になっていただろう。しかし京にはあのような化物がまだいるのか?近江では見た時がないぞ」

 久多郎が得意気に言った。

「当たり前だ。京の都は魑魅魍魎・百鬼羅漢・物の怪が跋扈する魔都なのよ」(本当の話)

 話を聞いていた小豆洗いは心の中で呟いた。

「冗談じゃない、平安の頃の話か?現代じゃ妖怪達は組合傘下で平和に暮らしとるし、第一怪事件はアヤカシ探偵社が解決しているやないか」

 小豆洗い、あんじーと頭領に頼り過ぎである。

 史進は考え込んだ。

「この先漁をするにしてもあの様な怪物に度々襲われてはたまらん」

 あんじーは史進の思いを見透かしたかの様にある提案をした。

「どうじゃろう、儂に一つ良案がある。河童と水虎共同で漁をしてみてはどうじゃ?」

 史進は異を唱えた。

「出来有るならそうしたいところだが今現在でもとても二種族が賄える程の漁獲量はないぞ」

 久多郎も史進の意見には賛同。

「年々魚が減っておるのが現状なのだあんじー」

 あんじーは久多郎の訴えにさもありなんと頷いた。 

「そこでじゃ。滝野の知り合いに鮎や岩魚の養殖を生業としている好々爺がおってな。頼めばノウハウを伝授してくれるやも知れぬ」

 史進は目を輝かせた。

「おお!それは有り難い。天然物ではなく養殖であれば通年通して不漁に悩まされる事もない。是非お願いしたいものだ」

 久多郎も同意見である。

「我等水に棲む妖怪なれば容易い事だ。流石あんじー、考える事が違うな」

 あんじーは二人に釘を刺す。

「なれどそのためには河童・水虎両方の協力が必要じゃ。共同作業となれば互いの信頼関係が重要となる」

 史進が答えた。

「心配ご無用。相撲の一件で河童の実力は痛感した。もう馬鹿にはしない、むしろリスペクトさえしている。おそらく上手くやっていけるだろう」

 久多郎が続いて言った。

「怪物との戦いで双方団結して退治する事ができた。皆にも仲間意識はできている」

 あんじーはニヤリと笑った。

「なれば早速爺さんに頼んでみるとするか」

 史進と久多郎はあんじーの両肩を左右から叩いた。久多郎が一言。

「宜しく頼むぜ、社長」

 あんじーは叩かれた勢いでよろけながら苦言。もう既に変身は解け、三頭身の何時ものあんじーに戻っていたのである。

「儂はアヤカシ探偵社代表であって社長などではない!!」

 史進が笑いながら言葉を返した。

「代表取締役、だろう?それを社長と申すのだ」

 あんじーも反論する。

「アヤカシ探偵社は株式会社でも有限会社でもない、言わば個人事務所じゃ。社長と呼べるものではない」

 久多郎は更に大笑いした。

「そんな事どっちでもいいんじゃねえか?要は探偵社のリーダーなんだろ」

 あんじーはムキになった。

「いや、呼称は重要じゃわい」

 二人は大いに笑った。やり取りを見ていた周りの河童や水虎達も連られて大笑い。その声は安曇川に響き渡った。



 彼等のその後。あんじーの計らいでかの好々爺の指導の下川魚の養殖を始めた河童と水虎達。人間の爺さんなのだが古くからの頭領の親友で妖怪にも馴染み深い。手取り足取り丁寧に指導された。また河童も水虎も元来水棲妖怪なので魚の扱いはお手の物である。養殖事業は功を奏し賄えるどころか対外出荷できる程の一大産業にまで発展した。あんじーは余剰の鮎や桜鱒・山女魚・岩魚をネット通販で売り捌いた。大半は彼等に還元したがちゃっかりマージンも頂いていたのである。無論、妖怪組合にも何パーセントかは落としているのであった。


                    ―第九話・完―



 


 



 

 

 

河童伝説はアヤカシ探偵社を書き始めた頃から構想を練ってました。水木しげる師も良く取り上げておられ、河童の三平は実写版も含め好きな作品の一つです。久多郎は地名からすぐ思いつきましたが水虎の頭は悩んだ挙句水滸伝の好きな武人九紋龍史進から命名。演戯ではあまり活躍はしなかったのですが。短編では勿体ない気もしたのですがアニメ尺で書いておりますのでそれなりにお楽しみいただければ幸いです。

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