賢者
久しぶりに続き書いた
何年も着続けているような薄汚い服をまといながらも、その服の年期に見合わない幼い顔をした男性が図書館のエントランスへと入り、自身は賢者と呼ばれていると名乗った。
見た目から推測できる年齢は、10代後半から20代前半程くらいの顔つきで、私の教官より若いかもしれない。
ちなみに教官の年齢は32歳のはずだ。
1000年は生きているという賢者の見た目とは思えず、思わず目を細めてしまったが、図書館の奥で本を読むか書架の整理ばかりをしている私は、「普段からあまり人と会わないため、賢者様の年齢を推測できるほどの人付き合いの経験がない。」ということを思い出し、そういうこともあるかと思うことにした。
賢者様は歩く度に床に打ち付けカツンカツンと音を鳴らす木底の靴を履き、話を進めながらエントランスの中心付近をゆっくりと円を描くように歩き続ける。
「先代館長との約束を守りに来た。
私は未だに目的を果たせてはいないが、それでも多少は前に進めていると思っている。
さて、私と先代館長との約束だが、私が見聞きしたものを私の言葉で君たちに伝え、本として残すというものだ。
代わりにいくらかの禁書を読ませて貰ったが、とても有意義な内容であった。
その禁書の内容に見合う程度の話をさせて貰うつもりだ。」
禁書とは、一部の他の国の歴史書や、人に被害がでかねない危険な実験の記録、再現されると一大事に繋がりかねない犯罪の記録等、一般の書架に置いておくべきではない本だ。
禁書の書架の管理は代々の館長が行っており、禁書の書架のある場所は、館長のみが知っているらしい。
戦時に図書館が魔王の手勢に襲われた際に、図書館を攻めてきた魔王の目的も禁書であったと伝えられている。
その時、大抵の本は焼かれて燃え尽きたが、生き残った当時の館長が30年ほどかけて、記憶していた範囲の禁書を記録し直したそうだ。
「まず、ある程度勇者史として伝わっているそうだが、私のことを詳しく知らない方も居るだろうし、自己紹介から始めさせて貰う。
私の名前はコージ。
勇者と呼ばれたイクトの友で、賢者とも呼ばれている。
私は魔王を討伐するために、イクトのパーティで頭脳役を務めていた。
主な役割は金銭と装備の管理、そして、戦闘時の雑務と指揮だ。
私はイクトほど強くなく、他の皆、"治癒士"ルードや、"強弓"フィナ、"爆炎"カナヤのように戦闘時に役に立つようなことが得意ではなかったから自然と戦闘以外の役割を担うようになっていた。私は戦場において死なないこと以外の取り柄のない男だ。
ルード達3人が死に、コージが魔王と戦っている時ですら、私は彼等の戦いに割って入るようなことができなかったからな。」
勇者史において、賢者様の記述はかなり少なく、しかし、必ず勇者の隣に立ち続けていたとされています。
『剣を振れば山を断ち、槌を振るえば穴が空く、斧を振れば天が割れ、槍を振れば一軍が消える。』と評された勇者様の隣に立ち続けていた。というだけで、賢者様の凄さが良く分かります。
強すぎる力故に武器が壊れやすかった勇者様が絶えない戦いで戦い続けられたのも賢者様による適切な指示や武器の補充等のサポートがあったからなのでしょう。
勿論、治癒士様、強弓様、爆炎様の力もあってこそだとは思いますが、やはり、勇者様が戦い続けられたのは賢者様の力によるところが大きいのです。
「私は、魔王を倒した後、コージが亡くなるまで、共に旅を続けた。魔王の軍勢によって荒れた土地や、人の様子を見て回るためだ。私と勇者は、各地で復興の手助けを行い、この図書館を初めに訪れたのもその旅の一環だった。
焼け落ちた書架、中身だけ持ち去られた空の書架。それらを復活させる手だては無かったが、新しく書架を作る際の労働力にはなれたので、私とコージは暫く木材の運搬や、組み立て等の作業を行っていた。
その最中に、当時の私は聴いたことのある物語を幾つか図書館の書士見習い達に聞かせたりしていると、当時の館長に声をかけられた。
『賢者殿、もしよければ我々にあなた方の旅の様子をお聞かせ願えないか?』と、そうして私は定期的、といっても100年程の周期ではあるが、各地で見た風景等をこうして語りに来ているわけだ。
その対価として当時の禁書を読ませて頂くこととなったが、これで最後だ。
元より1000年という期間を定めた契約のため、以降、私が図書館に足を運ぶのは調べもののためだけとなるだろう。
いささか寂しく思うが、私にも時間がないのでな。」
エントランスに賢者様が歩く音と、声、そして、私達司書が筆を走らせる音だけが響く。
賢者様がお話してくださる経緯は知っていたが、それが今回で最後になるというのは初耳だった。
世界を旅する方の言葉は貴重である。そんな機会が最後になるのかと思うと、私は初めて賢者様のお話を聴いているはずなのに、寂しく感じて、薄らと涙がでてきた。
記録書に涙が落ちないように目元を袖で拭い、まだまだ続く賢者様の話す未知の国々に心を踊らせた。