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プロローグ 記録官見習いのリーニャ

『かくして魔王は倒された。

異世界より召喚されたる勇者達の死という爪痕を残して。』


つまらない本だった。

と、溜め息を吐きながら本を閉じる。新しい視点もなく、新しい表現もなく、それでいて分かりやすく整理されたわけでもない、ただ、勇者の伝説を文字に起こしただけ。

全部読み終わったあとにこんなことを言うのは自分でもどうかしていると思うが、これを読む私の時間を返して欲しい。

勇者の伝承に多い黒地に白で書かれたタイトルと、タイトル下の名前を恨みがましい目で見る。


『麗しの勇者史 魔を討ちしもの6 終章最終決戦魔王と勇者の死

エゴール・フライリッヒ』


エゴール・フライリッヒ、こいつの本は二度と読まない。と、心に決め、分厚い辞書のような60冊の外伝を含む勇者史を片付け始める。


勇者が魔王を倒した決戦の日から既に千年を越える時間が経っている。

千年。

それだけの時間かあれば、戦乱さえなければ大抵の国、町は復旧する。

ここ、図書館の国もそんな国々の内の1つだ。

黒い本の描かれた旗を掲げる私の国は、創世より神に本を持つことを赦されたただ1つの国だ。

他の国は口伝で情報を残すか、記録を用意して図書館の国で製本する、または、高額を支払い図書館の国から記録官を呼び寄せて簡易記録書に記載させる他ない。

辛うじて、本の形式を取らない紙であれば、記録を残せると聞くが、それもまとめようとすると本という扱いを受け、図書館の国以外であれば即座に消滅することとなる。


そんな本の内、6割が魔王との戦乱で消えるか、燃え尽きてしまった。

今年で齢15となる私は、未だにその戦乱の始末にかり出されていた。


私の仕事は、本を読み、その本の正当性、内容を評価し、司書様に報告をすることだ。

つまり、また、かのエゴール・フライリッヒの本を読めと言われたら読まなければならない立場にいるわけで、嫌になってしまう。

だが、私の閲読済みの本が並べられた棚を見ていると、それも仕方の無いことなのかもしれないと寛大な気持ちになれてしまう。


そんなことをエゴール・フライリッヒの本を書架に並べつつ考えていると背後から声がかかる。


「リーニャ!いつまでそこでそこでちんたらしている!明日は賢者様がいらっしゃるから早めに切り上げろと言っただろ!」


私の上司に当たるリーヴァ上級司書官は呆れたような表情をしつつ私に怒鳴りつける。


「あはははは…すいません。」


笑って誤魔化せないかと思ったが、そうはいかないことを経験から思いだし、素直に詫びをいれる。


「あ、でもですよ!教官から言われてた本!読み終わりました!読んでる最中に取ってたメモなんですけど…これやっぱりまとめた方がいいですよね?」


エゴール・フライリッヒの本を片付けた机のうえには図書館では珍しくない記録書。司書見習いでありつつ、記録官見習いでもある私の記録書がそこに置かれていた。

疑問点や良かった点、感想を章ごとにまとめたそれは、エゴール・フライリッヒの英雄史60巻分であり、1巻1巻が辞書のような分厚さであるそれが60。記録するべきものも、その分量に比例して大きくなっていた。


「ああ、読みきったのは良くやったと誉めてやる。それに良く分かっているじゃないか。私とて暇ではない。賢者どのがお帰りになられた後にまとめ方の説明等他の皆を集めて行うこととする。だからリーニャ。お前は早く皆に合流して出迎えの準備をしろ!」


「は、はい!」


私は書架への片付けも程々に、早足に図書館の国の中枢、エントランスと呼ばれる区画に足を進めた。


図書館の国では、ありとあらゆる壁が木材で作られた書架で構成されており、その本棚には、様々な本が区画ごとに分けられて並べられている。

私の担当する大区画「歴史」の小区画「勇者史」は、数百年を越える古い本こそ無いものの、勇者が召喚されて以来、様々な本が続々と追加されている。つまるところ、勇者と魔王の戦い以降に最も新しい本が追加されたのがこの勇者史区画だろう。(喪われた本の複製のようなものは除く)

勇者史エリアには他の区画より多くの人員が割り当てられている。


ここで最も下っ端である私は、すれ違う人達に一々立ち止まり挨拶をしながら、それでも急ぎ足で中心区画であるエントランスに向かう。


図書館の国のエントランスは、国王である館長が外客と応対する区画であり、平時には記録官が製本に訪れた人達から話を聞き、本にまとめるための情報を集める場でもある。


明日は賢者様が訪れる。

そのため、何日も前から司書の人達がエントランスの装飾や、本棚の本の内容の調整を行っていた。

賢者様に失礼のないように。賢者様が見てきたことを快く話していただくために。


賢者様がいらっしゃった際の私たち記録官の仕事は、賢者様が見てきたこと、感じたことを、可能な限り全て書として残すことだ。

なぜ、図書館の国中の記録官が賢者様のお言葉を記録に残すために動員されるのかというと、記録官の仕事というのはどうしても主観が入ってしまうからだ。

例えば、表情。

私から見たら微笑んでいるように見える顔が、他の人から見たら苦笑いに見えるのかもしれない。

例えば、口調。

感情の込められた発言は強調して残す必要があるかもしれない。その際に言葉に対して受けた印象等を細かに残す必要がある。つまり、個々人の感受性によって記録される内容がことなってしまうことになる。


「お待たせしました!」

エントランスには既に同期の記録官達や、先輩達が集まり、エントランスの見取り図を囲んで話し合いを始めていた。


「遅いぞリーニャ!この遅刻もしっかりと記録させて貰うからな!」

先輩の一人が冗談を言うように笑顔で私に言う。

遅刻に対して記録を残すというのは記録官ではよくあるジョークのようなものだ。

「そんなぁ。」

それに対して大袈裟にしょげたふりをするのも恒例だ。

「リーニャが遅いから既に聴講席決め始めてるぞ。早くこっち来い。」

囲いの内側に陣取っている同期の男子が笑顔で私をとなりに誘う。

30人もの人数で大きくもない見取り図を囲んでいるため、背の低い私はひょこひょこ先輩達の隙間を探すことになるかもと、わざわざ内側に誘ってくれたのだろう。

「し…失礼します。」

と申し訳なさそうに入り込ませて貰い、見取り図を見る。

エントランスは円の形をしていて、真ん中に広場ほどの空間があり、外側に十字方面にある出口を避けるように一段高い椅子が置かれている空間がある。

この真ん中の空間で賢者様がお話になり、外側の椅子のある空間に私達が座ることになる。

その座席決めが今の話題だったようだ。

既に私の名前は書かれている。

私達見習いは先輩達の仕事を見て学ぶことも求められているため、先輩の斜め後ろに配置されていた。


隣の男子が小声で話しかけてくる。

「俺たち見習いの席は先輩達が勝手に決めたんだ。席決めで決めるのは俺達の前に座る先輩方の席だ。希望があるなら早めに言った方が良いぜ。先輩方直ぐ話進めるからな。」

私はこくりと頷き、見取り図を再度見直す。

確かに一番外周の席だけが埋まっている。

私は記録官よりも司書志望であるため、あまり記録官の先輩達と交流がなく、はっきり言って殆どの先輩の名前も覚えられていない。

そんなわけで、私は主張するようなこともなく、淡々と話を進める先輩達の話を聴きながら、賢者様について考えていた。


賢者様は、少なくとも記録上では150年以上生きていて、魔王を倒した勇者様の活躍も直に見ていたのだと言う。

勇者のパーティについて記録が少ないためはっきりとは言えないが、賢者様は勇者パーティの記録官のようなことをしていたのではないかと私は妄想していた。

そして、賢者様に関する噂でもっとも驚きなのは、「賢者様は不老不死である」というものだ。


100年以上生きている賢者様の知恵が恐ろしくなった他国の人間が、十年ほど前、賢者様を毒殺しようと試みたことがあるらしい。

1滴で巨大な竜をも眠らせる毒薬を用いて行われた毒殺は、成功を納めた。その場にいた複数のものたちの証言で、賢者様の死亡が確認できていたという。

その殺人の操作のために賢者様の御遺体はその場に安置されていたのだが、1時間後には何事もなかったかのように賢者様が起き上がり、推理によって即座に犯人を特定したという。

それ以外の噂でも、「賢者様は何年経っても歳を取っているように見えない」、「賢者様は血で血を洗う争乱に巻き込まれて無傷で帰還した」等の、不老不死であることを証明するかのような噂が多数流れているのだ。


「おい、リーニャ!話聞いてるのか!」


賢者様のことを考えていた私に、先輩の一人、ルメナスさんが肩を叩きながら声をかけてきた。


「は、はい!聞いてませんでした!申し訳ございません!」


唐突な声かけに驚き、変な反応をしてしまったと思うのもつかの間。


「はぁ、リーニャ、お前の前は俺に決まった。打合せするから移動するぞ。」


ルメナス先輩は私を責めるでもなく諭すように話し、返事を待たずに移動を始めた。


既に妄想に耽っていた私の周りに人は居らず、慌ててルメナス先輩に着いて小走りで走ることになった。


それからは話がするすると進んだ。

私達見習いは明日の朝早めにエントランスに向かい、椅子の位置の調整、細かな埃の掃除などの作業を行い、賢者様がいらっしゃる昼の時間の直前まで賢者様がどの様な人か、先輩の作った賢者様にまつわる本をまとめたメモのようなものを読んで時間を潰すことになるらしい。


結局私は殆どしゃべることなく、会議が終わり、「英雄史」のエリアにある司書室の置くにある小部屋、つまり、私の部屋に戻ることとなった。


私の部屋は、司書の先輩でもあるリーヴァ教官の部屋である司書室の更に奥の小部屋であり、私一人が眠るには少しだけ広いベッドと、私の記録書が収まった小さな本棚があるだけだ。

私は本棚の端から一冊の記録書を取り出し、今日のことを記録する。

仕事を除く私の数少ない趣味が日記だ。

私自身を記録する記録書。

誰にも見せない私の記録。

明日のことを少しだけ想像して、日記の最後にメモをする。

『明日は賢者様のお話を聴くのが楽しみだ。

賢者様のお話を記録した私の記録書が、あのエゴール・フライリッヒの本より良いものになることを願う。』

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