シュルム村へ 2
移動しながら、ヴァレールは周囲を見回した。よそ者が珍しいこともあるのだろう。いくつもの視線を感じた。
(敵意のある視線は、ないな。かといって、歓迎ムードというものでもないが)
ブレマンの陶器と言えば、それなりに有名だ。トップクラスはブンセン産であるが、それ以外の産地の物でもブレマン製の質のよい陶器は、それなりの値段で取引されている。しかし、村には活気は感じられず、村人の数もブンセン村に比べると少ない印象だ。
家の並びはどこも似ていた。平屋と、その奥にも何かあるのだろうか。一軒一軒の敷地がかなり広くとられており、どこの家も母屋以外にも何棟かの別棟があるようだ。時折、煉瓦造りの小屋らしきものも目にした。
「ここよ」
到着した先のナタリエの家も、母屋の奥に更に敷地が広がっていた。案内された母屋は平屋づくりだ。その壁は、元は白かったのだろう。ところどころが、風雨に耐えた歴史を物語っている。瓦の屋根は赤茶色で彩られていた。
「これならリリアも迷うことはなさそうだな」
アルプレヒトが周囲を見回しながら言う。村の家々はそれぞれに、瓦の色が異なっており、目印になりやすい。分かれて過ごすことになったが、これなら簡単に行き来ができるだろう。
しかし、そんなアルプレヒトの感想に、他の団員は視線を逸らしただけだった。
「ただいま!」
ナタリエは扉を開け放ち、ずんずん奥へと進んでいく。部屋の先にはまた扉があり、その先は外につながっているようだ。首を傾げながらも後を追う団員たちだったが、家を突き抜けると、その先に広がる風景に目を見開いた。
家の裏手には、いくつかの小屋が並び、その更に奥には、なだらかな傾斜が黄土色の地肌を見せていた。斜面のすぐ手前には、煉瓦で作られた窯が顔を突き出している。
「父さん! お客さん! 泊めていいでしょ!」
単語のみで要件を伝えるという効率の良さを発揮させながら、ナタリエは小屋を次々に覗いて父親を捜し回っている。
「帰ってきたのか」
その中の一つから顔を出したのが、父親なのだろう。ナタリエと同じ色をしたオークルの瞳が鋭くよそ者を見据えた。
「どこの人たちだ?」
「『リドル・ラム』って大道芸人の人たちよ。宿がなくて困ってるっていうから、連れてきたの。村長のところで二人お世話してくれるっていうから、残りはうちで面倒見るわ」
家長の意見も聞かずに、流れをすべて決めるのはいつものことなのだろう。父親は娘の言葉に、軽くため息をついただけだった。
「部屋は空いているところ、好きに使ってもらって構わないわ。食事は私たちと一緒の物でいいわよね。普通の家庭料理で問題ないでしょ。味の好みはあると思うけど、贅沢できるわけじゃないから我慢してよね。できたら呼ぶから、母屋にきて。あと、馬車。あんな大きなの、どこに止めようかしら。ああ、うちの横でいいか。別に人通りも多くないし。馬の世話は――」
「それはこっちでする。あとで井戸の場所を教えてくれ」
ひたすら話し続けるナタリエは、ようやくヴァレールの言葉で一呼吸置いた。
団員たちは、窯や母屋の裏手に並ぶ小屋とは反対側にある長屋に案内される。中は五つ六つほどの寝台が並び、小さくはあるが、荷物も収納できる棚が備え付けられてた。
寝台を適当に選び、団員たちはそれぞれ腰を下ろした。
「こんないい場所を貸してくれるとは、本当にありがたい。ここは、住み込みの職人が使う場所か?」
「そうよ。数年前までね。安心して。定期的に掃除はしてるから」
今は職人は住み込んでいないらしい。だが、ナタリエの言う通り確かに人が使っていないにもかかわらず、淀んだ空気も埃っぽさも感じられなかった。
「もともとうちは窯元だったのよ。今じゃ、家族だけで作業全部をしてるけど。これでもそれなりに大きかったのよ」
裕福な暮らしはできないまでも、人を雇って一定の収益は上げていたという。“昔は”ということは、“今は”違うということだ。ヴァレールは扉の外に連なる小屋へと視線を向ける。あれらはすべて焼き物の作業場なのだろう。
「さて、せっかく寝泊りする場所も確保できましたし、荷をほどいて、私たちも少しゆっくりしましょう」
穏やかにほほ笑むフランチェスコに、ヴァレールも詰めていた息を吐いた。