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シュルム村へ

「幌馬車の中って、こんなになってるのね」

 物珍しそうに馬車の中で視線を巡らせるナタリエに、アルプレヒトも心の中で同意の頷きを返す。

 団員たちは祝宴で更にひと稼ぎした後、ナタリエを乗せて隣のシュルム村に向かっていた。

 彼女は、来る時は花嫁と嫁入り道具を載せた馬車に同乗してきたというが、それは日常生活で使う程度の大きさだったようだ。町や村で生活していると、これほど大きな幌馬車を目にすることは少ない。大きな商隊が時折この規模の馬車を数台引き連れていることもあるが、普通は荷台があるだけの簡易な作りの物が多い。目にすること自体が珍しいうえ、その中を見る機会はまず訪れない。アルプレヒトとて、『リドル・ラム』の一員となって、初めて中を知ることができた。

「衣装も道具も自分たちで作ってるのね」

「衣装はディアーヌがすべて担当していますね。道具は作ったり、市場で手に入れたり、いろいろです」

 主に衣装はディアーヌの手作り、道具はフランチェスコが仕入れや手入れをしている。特に奇術で使う小道具は、種類も数も多いのだ。

「あなた、裁縫なんてできるのね」

 向かいの椅子に腰かけるディアーヌを見ながら、ナタリエは意外そうな顔を向ける。その意味ありげな視線を軽く受け流し、ディアーヌは微笑むだけだ。そういった視線には慣れている。

 金色の髪と、新緑の瞳。張りのある胸とくびれた腰による優美な曲線。蠱惑的な唇とそこから紡がれる甘い声。これだけ揃えば、まず大概の人間はディアーヌを“そういう”目で見る。男女を問わず。ちまちま針仕事をする姿など、容易には想像できないのだ。

 一度でもフランチェスコとのやり取りを聞いてしまえば、おいそれ近づいてくる輩も、みだりに口を聞こうとする人間も格段に減るのだが。

「嫌いじゃないのよ、むしろそういう方が性に合ってるんだけどね」

「ウチの村でも細かい絵付けなんかは、女衆が請け負ってることが多いのよ。もしそういうのが好きなら、ぜひ見てって」

「絵付け? あなたの村でも何か作ってるの?」

「一応、陶器の工房があるのよ。村全体で作ってる。まあ、ブンセン村の方が有名だけどね」

 ナタリエの地元でも焼き物を主に製作しているそうだ。

 昔はこの一帯にいくつか陶器を焼いていた集落があった。近くの採掘場からとれる土を使って焼き物を作っていたという。

「でも、いつのころからかブンセン村の中で、大きくて派手な焼き物を作って貴族や聖輝教の連中に売り出す奴らが出てきてさ。あっという間に『陶器はブンセン』っていう

イメージがついちゃった」

 そのうち、質の良い土はブンセン村が買い占めるようになり、他の村では陶器作りに適した土を手に入れることが難しくなっていった。それによって、村を捨てる人々が出始め、廃村になった場所もあるという。

「陶器を作って、それを売って生活してたのに、肝心の陶器が作れないんじゃ生きていけないものね」

 瞳の奥に物悲しい光を湛えるナタリエは、しかし次の瞬間、勢いよく怒声を上げた。

「それをブンセン村の奴らは『仕方ない』なんていうのよ! 自分たちが土を独り占めしておいて! しかも、村人がいなくなった土地の窯を勝手に解体して、自分たちのところに移築して! 盗人同然よ!」

「しかし、住人のいなくなった村の資産は誰のものでもありませんからね。稀に教会が管理していることもありますが。領主の方から何も言われないのであれば、問題ないのでは?」

 フランチェスコの言葉に、ナタリエは鋭い眼光を送る。地の底に這うような目で睨みつけられ、フランチェスコは苦笑いを浮かべる。

「そんなの、ブンセンの奴らが貢物をして、自分たちに都合のいいように黙らせただけじゃない! 『ブンセン村に移住した人間もいるから、元の村の資源を利用するのは構わない』って領主様に言わせたのよ!」

 そうして、今はブンセン村とナタリエのいるシュルム村、この周囲にはその二つの集落を残すのみになったという。

 憤懣やるかたないといった様子のナタリエの声を背後に聞きながら、ヴァレールは嘆息した。領主が言ったのであれば、もうそれは決定事項。誰も覆せるわけがないのだ。

 御者台にはヴァレール、ビョルンとリリアが座っていた。幌の中にナタリエを乗せたことで、リリアが出てくることになった。馬車自体が大きく、それに合わせて御者台も広く作られているので、小柄のリリアが増えたところで、さほど狭苦しくはない。それは幌の中も一緒なのだが――。

 背後ではナタリエの怒りはまだ収まらないようで、ヒートアップした声が聞こえてくる。

「大体ね、領主様だって、ちゃんと私たちの生活のことなんか考えてないのよ! 自分が治めてる土地なのに、そこで領民がどう生活してるかとか、他の地域とどう関わってるのかなんて、まったく気にも留めてない! 税さえ納めてればそれでいいと思ってるのよ!」

「まあ、そんなもんでしょうね」

 フランは火に油を注ぐような相槌を打たないで欲しい。

「ロゼンタだけじゃないわよ! 隣のグリムデルだって、ついこの前、辺境伯が謀反を起こすなんて馬鹿なことして、町の食料を独り占めしてたんでしょ!? フェディールの兵隊がまだ駐留しているって聞くし、町の人たち、絶対迷惑してるわよ」

 すっと、馬車内の空気が変わる。しかし、ナタリエにはその微細な変化は感じ取れなかったようだ。

「継いだって言っても、うだつの上がらない次男って話だし、そんなんでやってけるのかしら? 結局、フェディールの領地に――」

「あんた、良くしゃべるな。疲れないのか?」

「は!?」

「おーい、嬢ちゃん、言われた通り、谷をぐるっと周ってきたぜ。方向はこっちで合ってんのかい?」

 ヴァレールが幌の中に言い放った言葉にナタリエが反応しかけるが、ビョルンの呑気な声に一触即発になりかけた雰囲気は壊される。ナタリエは幌の中から顔を出し、周囲を見回した。幌の一部には切込みが入っていて、そこを持ち上げると外が見渡せるのだ。

「間違ってないわ。そのまま、道沿いに進んでもらったら、あと少しでうちの村よ」

 太陽は傾き始め、まぶしい光はそのままに、徐々に朱が混じり始めていた。もうすでに行程の三分の二は進んできたらしく、それからいくらもしないうちに、ナタリエの案内通り、シュルムの村に到着した。

「ただいまー!」

 ナタリエは馬車が止まるなり飛び降り、駆け出していく。村長に、空き小屋の確認をしてくれるとのことだ。

「しっかし、これは――」

「あの娘があれだけブンセン村を目の敵にしてるのが、よーくわかるわね」

 ナタリエに続いて馬車から降りた団員たちは、目を見合わせた。

 蔦の這う屋根、くすんだ色合いの家並み。村を巡る柵はあったりなかったり。目につく場所に人がいないのは、ブンセンが祝宴を行っていたことと比べてしまっているだけだろうか。こちらは嫁を出した側だ。村自体は日常の時間が過ぎているのだろう。しかし、同じ“村”であるはずなのに、寂れた雰囲気が漂っている。

「団長さん! 空いている小屋がこの前、雨漏りしちゃったらしいのよ。まだ直してないから、使えないみたい」

 すぐに戻ってきたナタリエは、後ろに線の細い初老の男性を連れていた。

「ナタリエを送ってきてくださったそうで。イルマのことでも、祝宴を盛り上げてくださったと聞きました。何とお礼を申し上げたらよいか。お泊りの場所に困っていると伺いました。皆さん同じ場所というわけにはいきませんが、村の家に分かれてお泊りください」

「いや、いくら何でもそれは申し訳ない。夜露をしのげる場所を提供してもらえるだけでありがたいですよ」

「何にもない村ですが、どうぞご遠慮なく。村の子が一人、またいなくなってしまって、少し寂しい思いもしているんですよ」

 おめでたいことだからこんなことを言うのも変な話ですが、と村長と名乗る男性は弱弱しく笑みを浮かべた。

 “イルマ”というのが、先ほどブンセン村で見た花嫁の名だそうだ。ナタリエも言っていたが、村の娘たちはどんどん外に行ってしまい、村人の数は少しずつ減っているようだ。

「あたしがこっちまで引っ張ってきちゃったんだし、遠慮しなくていいわよ」

「まあ、いいんじゃない? 普通の寝床が用意してもらえるんだもの」

「有難いお申し出です。そして、私たちにとっては願ったり叶ったりです」

 ディアーヌとフランチェスコの二名が率先して、荷物を下ろしにかかっている。これは、もう決定事項のようだ。

「皆さん一緒の場所に、と言いたいところですが、部屋の都合もあるんで、申し訳ないが、二組に分かれてもらっても良いですかね。うちは妻と二人、年寄りしかおりませんで、二階の空き部屋は好きに使ってもらってよいですよ」

「もう一組はうちに来たらいいわよ。父さんにはあたしから話をするから。あたしも一緒だから、女の人たち――」

「リリアとディアーヌは、村長さんの家にお世話になれ。俺たちは、ナタリエ嬢の家に世話になる。よろしく頼むな」

 ビョルンの指示で二手に分かれ、リリアとディアーヌは各々の荷物を手に村長宅へと向かった。残った男性陣はビョルンを筆頭にナタリエの後ろについて、村の中を移動する。

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