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ヴァル、からまれる

 飛び入りの旅芸人に、村の人々は更に盛り上がった。

 軽快なビョルンのリュートに併せ、ヴァレールのレベックも周囲の気持ちを盛り上げた。祝いと新婚夫婦の幸せな未来への賛歌は村人たちとの大合唱に代わる。

 軽やかにリリアがステップを踏むと、手拍子足拍子が加わり、踊りの輪ができる。

 その横では、フランチェスコとディアーヌがあたり一面に花の雨を降らせ、子どもたちが花びらを捕まえようと飛び跳ねる。

「あんたらも一緒に飲んでってくれ!」

 村人たちは陽気に飲めや歌えの大騒ぎ。ひとしきり演奏を行った後、ビョルンやディアーヌは遠慮なく村人たちに混ざって杯をかわし、フランチェスコはなぜか賭け事を始めだした。

 ヴァレールは、演奏に使った楽器を一度馬車に仕舞いに戻った。こういう場所では誰彼見境がなくなっている。酔った拍子に商売道具を壊されては敵わない。

 広場に戻り、あたりを見回していると、ふと、視界の隅を灰色の髪が通り抜けた。

(人ごみに酔ったのか)

 リリアは大勢の人間が集まっている場所が苦手だ。ある程度の距離が保たれていればまだマシなのだが。よく興行中は平気な顔をしているものだと思う。だからこそなのか、一度糸が切れてしまうと立て直す時間が必要になる。

 介抱のためにその背を追おうとしたが、赤茶の髪の少年が一足先に彼女を介抱していた。アルプレヒトがリリアを端の民家の軒先で休ませているのを確認すると、ヴァレールは騒ぎを離れた。

(あれで結構面倒見もいいから、まあ大丈夫だろう)

 アルプレヒトはこの村に先に到着していたはずで、その段階で早速このお祭り騒ぎに巻き込まれたのだろう。『リドル・ラム』が飛び入り演奏をしている最中にも、酔っ払いの介抱をしていた。困っている人間はすぐに目につく性質なのだ。

 ヴァレールはすることもなくなり、手持無沙汰に周囲を見て回っていると、少し離れた屋台で酒をふるまっているのを見つける。

 普段は民家なのだろう。玄関の前に樽をいくつも積み上げている。そばには一緒に山盛りの果物も置かれているが、こちらは子どもたちが群がっていたと思われる残骸も残っていた。

 果物は希少だ。特にブレマンのこんな片田舎とあっては、なかなかこれだけの種類は集まりにくいだろう。リンの実に手を伸ばし、一口かじる。みずみずしい果汁があふれたことに内心驚いた。

(結婚式だから奮発したんだろうな)

 周囲では、何人かの老人たちが和気あいあいとテーブルを囲んでいた。端の方では一人の女が頬杖を付き、村の中心を見ながら杯を傾けている。年の頃は、花嫁と同じくらいだろうか。もしかするとリリアと同じくらいかもしれない。しかし、その表情はやや曇っている、ような印象を受けた。他の村人たちのようにはしゃいでいるわけでもない。酔って具合が悪いくなったというのとも違う様子だ。

 女の表情にヴァレールは引っ掛かりを覚える。視線を感じたのか、女が顔を上げた。

「なによ、あたしの顔になんか付いてる?」

 赤茶けた髪を結った女は、葡萄酒の入った杯を手にしているが、すでに酔っているのか、若干呂律が回っていない。

「こんなところで一人で飲んでいていいのか? 新郎新婦は村の中心で宴会中だし、今さっき旅芸人も――」

「ふん、なーにが“新郎新婦”よ」

(あまり関わらない方が良かったか)

 一瞬にして不機嫌になったその様子に、今回の祝宴の主役たちと何かあったのだろう、あったとすれば面倒な経緯が推定されるな、などとヴァレールは勝手に推測し、自分の迂闊さを呪った。人間関係のこんがらがった手合いに絡まれると、決まって面倒な事態に陥る。

「そうか、一人で飲んでいたようだし邪魔した――」

「まあまあ、お兄さんも飲んでいきなさいよ」

 腕をつかまれ、無理やり空いた椅子に座らされる。ヴァレールの分の酒も追加され、強制的に乾杯させられた。

「お兄さん、さっき演奏していた旅芸人の人でしょ。きれいな金髪ね。しかも緑の瞳ってことは、フェディール出身?」

「出身は確かにフェディールだが……。あんた、さすがに飲み過ぎじゃないか」

「飲まなきゃ、やってらんないわよ、こんな日」

「じゃあ、俺はそろそろ――」

「まだ、一口しか飲んでないでしょ! まあまあ、いいから付き合いなさいよ」

 ヴァレールは再度その場を離れようとするが、失敗する。見かけによらず、彼女の力はかなり強い。

「旅芸人ってことは、祝宴に呼ばれたの?」

「いや、たまたま出くわして、頼まれたんだ」

「あっそお。さっすが、金持ってる奴らは違うわねえ。ちゃーんと代金もらいなよ。多少吹っ掛けたところで、気前よく払ってくれるわよ」

 この場にフランがいなくてよかった、と思うヴァレールだ。こんなセリフを聞いたら目の色を輝かせて、盛大に興行料を吊り上げにかかるだろう。

 それにしても、とヴァレールは引っ掛かりを覚える。何やらとげのある台詞だ。新郎新婦といわくがあったとしても、村人たちまで目の敵にしなくてもよさそうなのだが。

「こんなめでたい日だ。そんなに、悪態をつかなくてもいいんじゃないか」

「“めでたい日”ねえ」

 ふん、と鼻で嗤うその表情は、曇った空のようだった。

「花嫁の子、きれいだったでしょ。あたしの幼馴染なの。夜も明ける前から支度を手伝って、一緒にこの村まで見送りに来たのよ。新郎がこの村の奴だったからね」

「では、あなたと彼女はこの村の出身ではないのか」

「そうよ。隣の村。でも、こっちの村に嫁ぐ子が多いわ。二年前にも、他の幼馴染みが嫁いでる」

 視線は村の中心、花嫁がいるだろう方に向いている。しかし、その瞳の中には別の風景が映っているようにも見えた。

「仲良かった子も今じゃ、二人の子ども産んで母親になってるわ。さっき、久しぶりに会ったのよ」

(色恋沙汰、が原因ではなさそうだな)

 下衆の勘繰りだったかと、ヴァレールは心の中で女に詫びる。

 ヴァレールの心を読んだわけでもないのだろうが、女はじろりと横目で睨んできた。

「何よ」

「いや、何でも」

「そりゃあ、年齢的にも早く嫁に行けって周りからは言われるけど、あたしは年齢とか周りの意見とか、そんなものに流されて結婚したくないのよ。……まあ、親には心配かけてるんでしょうけど」

 ヴァレールの心配とは、別方向の勘繰りをされていると思われたようだ。確かに、友人たちが次々結婚しているということは、彼女自身も結婚していておかしくない年齢ではあるのだろう。

「いやあ、こりゃあすごい盛り上がりだ」

 そう言って、近寄ってきたのはビョルンだった。手にしていた貨幣を入れる袋がずっしりと重そうだ。

「目出度いのはいいことだが、この分じゃ野営するしかなさそうだな」

 元々、宿屋などはないだろうと予想はしていた。それでもこの手の村には、空いた小屋などがいくつかある場合が多い。旅芸人という性質のため、野営も特に苦ではないが、少しでも夜露をしのぐため、そういった小屋は重宝するのだ。

 しかし、村全体でこの祝宴であれば、そういった小屋の空きもあまりあてにはできなかった。そもそも話をしようにも、村長がどこにいったかも全く見当のつかない状態だ。

「あんたたち、宿でも探してるの? うちの村に来る?」

「ヴァル、こちらのお嬢さんは?」

「花嫁の幼馴染だそうで、隣の村から付き添いも兼ねて来ていると」

「あたしは、ナタリエ。うちの村はここから、歩きで二刻くらいあるけど、それでも良ければ」

「俺はビョルンだ。大道芸人『リドル・ラム』の団長をしている。せっかくの話だ、ぜひ寄らせてくれ」

「『リドル・ラム』!? あの!? へえ、まさか会えるなんて」

 さすがに有名な集団だけあって名前くらいは聞いたことがあるらしい。オークルの色をしたナタリエの瞳が大きく見開かれた。

「挨拶もせずに済まなかった。おれはヴァレールだ」

「歩いて二刻か。馬車があるから、一緒に乗って道案内してくれ」

とりあえず、野営にならずに済みそうなことと、酔っぱらいとのやり取りを終わらせられたことに、ヴァレールはほっと息をついた。

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