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結婚式飛び入り!

「おだやかねえ」

 大きな幌馬車に揺られながら、ディアーヌは空を見上げる。背に流れる緩く波打つ金髪が、柔らかく風に揺らめく。

 澄み渡った青い空には、遠くに真っ白な雲がぽつりぽつりと浮かんでいる。グリムデル領とロゼンタ領をつなぐ街道では、時折旅人とすれ違うが、みんな一様に穏やかな様子だ。

 幌の中には旅の荷物が詰まっており、それ以外にテーブルや長椅子も置かれている。案外広いのだ。フランチェスコは小道具を広げ、手入れの真っ最中。リリアは外を眺めながらうとうとしている。大陸ではほとんど見かけない少女の灰色の髪も、穏やかな日差しを受けている。

 馬車を繰るビョルンも生あくびをかみ殺していた。急ぐ旅でもなければ、野盗が襲ってきそうな場所でもない。まあ、襲われたところで団長の彼が返り討ちにするのだろう。

 ビョルンの隣にいるヴァレールも穏やかな表情をしている。昔はこんな状況でも一人、緊張感をみなぎらせていたものだが、随分肩の力が抜けるようになったものだ。

「林の中、結構いろんな木の実があった! 少しだけど取ってきたぜ!」

 朗らかな声と共に、アルプレヒトが駆けてきた。白いシャツが青い空を背景に、くっきりとしたコントラストをつくる。

 馬車に並走していたかと思うと、腰に巻いた群青のストールを翻して幌の木枠に飛びつき、小さな袋を手渡して来る。ディアーヌが開けた袋の中には、少しどころかたっぷりの赤や紫色をした実が入っていた。

「レヒト、確かもう少し行った先に、大きな村があったはずなんだ。先に行って様子を見てもらえるか?」

「了解!」

 足取りも軽く、馬車を飛び降り駆け出していく後ろ姿を見ながら、ビョルンは感嘆の口笛を吹く。

「元気のいいこった」

「ですが、あまりにも落ち着きがないのでは」

 あれではいくら体力があっても持つまい。先々の見通しが出来ていないと、ヴァレールは苦虫をかみつぶしたような顔をしている。

「ま、どの程度動けれるか、様子を見ておく必要もあるからな。へたり込んでたら、後ろで休ませてやりゃいいだけだ」

 大道芸人集団『リドル・ラム』。芸を披露しながら各地を巡る彼らは、団長のビョルンを筆頭に、リリア、ヴァレール、ディアーヌにフランチェスコの計五名の構成だったのだが、最近そこに新しい団員が一人加わった。

 新しく団員になったアルプレヒトは、その出自からは考えられないほどに、基礎体力があった。

 つい先日まで逗留していたグリムデル領を代々治めるグリムデル辺境伯家の次男どの、いや、現在ではその当主だ。グリムデル領はフェディール王国との国境に位置し、そこを治めていたグリムデル辺境伯家は、代々ブレマン国軍の統括長をも務めた家柄だった。

 現在、グリムデル家は統括長の地位を返上。アルプレヒトは、訳あって『リドル・ラム』の一員として活動を共にしており、領地の施政に直接関わることは出来ていない。

 本人は一切才能がないと言っていたが、それは剣術に限ってのことだったようだ。実際、走らせてみれば足は速いし、体術も一通り以上に習得していた。

「これ、かなり枝葉が高い木になる果実ですよ。登ったんですね」

 普通、貴族の子弟はリスみたいに木の実を取ったりしないんですけどね、とフランチェスコ。すでに彼もアルプレヒトの差し入れを口にしている。先ほどまで船を漕いでいたリリアも、しっかり目を覚ましてお相伴にあずかっていた。ディアーヌも横から細く長い指を伸ばして一粒摘まむ。口の中で甘酸っぱさがはじけ、思わず口の端が上がる。

「本当に素直な子よね」

 周囲の林の様子を見て来いと言われれば即、出向いた。義務感や“イヤイヤ”という雰囲気はみじんも感じない。加えて、勝手に決められた呼び名も、全く拘りなく受け入れていた。

 彼が入団した際には、その呼び方をどうするか問題が持ち上がった。

 アルプレヒトでは長い。かといって、“アル”では、ヴァレールを呼ぶときの“ヴァル”と聞き間違える。そのため、名前の後ろをもじって“レヒト”で落ち着いた。強引かつ突然の決め方だったにも関わらず、『みんなが呼びやすければ何でもいい』とあっさり受け入れた。元々の性格が、人懐こかったこともあり、すんなりと団の中に馴染んでしまっている。

「団長、次の村に滞在するつもりなの?」

「どうするかな。今は何の予定もねえからなあ」

 『リドル・ラム』は興行依頼があればその地に赴くが、今は特に依頼も受けておらず、とりあえずの目的地であるブレマン国北西部に向けてゆっくり馬車を走らせているところだ。


 ジョングルール『リドル・ラム』。王侯貴族お抱えの詩人たちとは異なり、各地を旅しながら歌や踊りの芸を披露する大道芸人集団だ。数多いる大道芸人たちの中でも、その芸の繊細さ、完成度の高さで名を広く知られており、貴族や豪商からの依頼をいくつもこなしていた。だが、基本は流浪の身。依頼がなければ、立ち寄る地方で芸を披露し、路銀を稼ぐ生活だ。

 大きな村が見えてきた。アルプレヒトはまだ戻ってきていない。

「結構大きい村なのね」

 辺りを見回すリリアの目には、新鮮に景色が映る。

 町というほど大きくはないが、村にしては活気に満ちた雰囲気が漂っている。周囲の柵はきっちりと整えられ、その向こうに並ぶ家々もしっかりした作りだ。鮮やかな壁面が目に眩しい。

「この辺りは陶器の有名な産地ですよ。各国の貴族への贈答品としてもよく使われますし、シャマーニュにも好事家が多いんです」

「確か、この村って“ブンセン”よね? 『陶器と言えばブンセン』ってくらい有名なのよ」

「買いませんよ」

「まだ何も言ってないわよ」

 いつもの応酬を始めたフランチェスコとディアーヌによれば、ブレマン国のロゼンタ地方では、古くから陶芸が盛んであるという。中でも、ブンセン村の名前は一つのブランドとなっており、有名なのだそうだ。

「どっしりした作りで、大きいものが多いんです。観賞用に使われるような花瓶が特に有名かもしれませんね。それ以外にも晩餐の食器などにも、よく使用されるんです」

「色が鮮やかなのよね。大柄な花の文様なんて、結構映えるわよ。貴族好みだしね」

「陶器は買わねえぞ。かさばるし、割れるし、旅には向かん」

「日常使いよりも、芸術品としての趣向が強いですからね。我々には必要ありません」

 御者台からかかった男二人の声に、ディアーヌは鼻にしわを寄せる。雅よりも実を取る二人の発言には、フランですら苦笑いだ。

「じゃあ、この村でたくさんの陶器が焼かれてるのね」

 今いるこの場所が、世に有名な陶器の産地だからこそ、このような活気あふれる雰囲気なのかと、リリアは納得する。

 馬車を降り、村の大きな通りに足を踏み入れたリドル・ラム一行は、次の瞬間、視界を一面に覆う鮮やかさに圧倒された。

 溢れんばかりの色とりどりの花々、道沿いに所狭しと置かれた大甕を彩る紋様、大皿に盛られた料理は見た目の華やかさとともに、鼻をくすぐる匂いを放っている。

 酒を酌み交わす人々、花冠を作って駆け回る子供たち、響き渡る手拍子の音に笑い声――。

「よう! あんたたち、旅の人かい!? 今日はめでたい日だ! 一緒に祝っていってくれ!」

 陽気な声に団員たちは顔を見合わせた。広場の中心では、花嫁衣装に身を包んだ若い女性が嬉しそうに顔を赤らめていた。その隣にいるのは花婿だろう。友人たちに囲まれ、はやし立てられている。

「これは、なんとまあ、喜ばしい日に出会ったものですねえ」

 フランチェスコの目が光った。手にはいつの間にやら、いつもの算盤が握られている。すでに彼の頭の中では、興行料としていくら要求しようか、高速回転で計算がなされているに違いない。

「団長、行きますよ!」

 一目散に駆け出す先には、風体の良い老人の姿。

「あいつは、本当に抜け目ねえなあ。まあ、めでたいことだし、いいか」

 言いながらもすでに馬車の中から、リュートとレベックを出してきたビョルンは、広場に向かって、張りのある声で告げた。

「お集まりの皆様! この良き祝いの日に居合わせたのも何かのご縁! ともに祝福を致しましょう! 我ら、大道芸人『リドル・ラム』!!」

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