一人じゃないよ
縁側の木製の雨戸をガラガラと引き開けると、早春の陽ざしが差し込み、薄暗かった奥座敷が一気に明るくなった。
――あっという間だったわね。
ここ数日間。
私は家の掃除、引っ越しの荷物の片付けなどに追われていた。
広い縁側から遠くに海が見える。
小学校の分校の先生として赴任した夫に連れられ、この離島に渡ってきてから一週間が過ぎていた。
「健ちゃん! お外に出たらダメよー」
私は荷物の整理をしながら、縁側から庭をのぞき込んでいる健一に声をかけた。
庭は人が歩けるほどにしてはあったが、隅の方は庭木や草が伸び放題になっており、四歳の子供が一人で遊ぶには危険すぎると思われた。
それにしても広い庭である。
夫はこの家のことを、かつては旧家の屋敷だったと話していたが、これまで住んでいた所と比べると、何もかもにおいてスケールが桁ちがいに大きい。
――次の休みの日、一番に庭の草を刈ってもらわなきゃあ。
夫には庭の手入れをしてもらおうと思った。
海が見える小高い場所、そして古民家風なところがいいのだと主張して、ただただ大きいばかりで、使い勝手の悪い家を借りると決めたのは何といっても夫である。
縁側から吹き込む風に土の匂いがした。
「まーだだよー」
先ほどからずっと、奥の部屋から健一の声が聞こえていた。どうやら庭にも出ず、おとなしく家の中で遊んでくれているようだ。
時計を見ると三時をまわっていた。
私は片付けの手を止め、おやつの準備に取りかかった。健一の好きなビスケットと牛乳をそろえ、そして私の分のコーヒーをいれる。
「まーだだよー」
健一はあい変らずかくれんぼに夢中のようで、あっちの部屋こっちの部屋と、バタバタと走りまわる足音が聞こえていた。
「見つけたよー」
健一が嬉しそうに叫ぶ。
そんな健一の声を聞くと、夫の言うように広いこの家を借りて良かったのだと思えてくる。
「もーいーかい」
今度は鬼になっているようだ。前に住んでいた借家とちがって、ここは隠れるところがたくさんあって飽きることがないのだろう。
「健ちゃーん、おやつよー」
声をかけるとすぐに、
「ママー」
健一は奥の部屋から顔を出し、私の元へかけ寄ってきた。
「かくれんぼ、ずっとしてたみたいね」
「うん」
「でも、一人じゃつまんなくない?」
「一人じゃないよ」
「えっ?」
私はおもわず、それまで健一がいた奥の部屋の方を見やった。
「ねえ、健ちゃん、一人じゃないって?」
「おねえちゃんがいるの」
「おねえちゃん?」
「うん、お服が泥んこのおねえちゃん」