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その一枚

作者: 長良英明

 *

 いつの間にかすべて忘れていたみたいだった。

 あの頃のひたむきな情熱とか、面白かったこと、悲しい話や、不条理への怒り。

 大切だったからしまい込んだのか、いや、とにかく深い海の底のよう、深層心理や無意識下のどこかに追いやられたもの。

 ――思い出した。

 この一枚の絵を、もう一度見たから。


 *

 あれはたしか夏休みのこと。

 中学も二年目になった僕はその生活にも慣れ、サッカー部の午前練習が終わったとき、美術室に気まぐれで向かった。それは親友のタケトが付き合っている美術部のユイと帰りたい、という話で、特に美術に詳しくない僕は面白半分の興味本位で同行した。

 タケトがもうすぐ美術室というところで爽やかに言う。

「今はユイと親友のサヤカしかいないらしい」

「へー、あ、サヤカって、あの」

「そうだよ、眼鏡のくらーい感じのあの」

「まあ、いいやつそうじゃん」

「そう言うエイトがいいやつだな」

 話を切り上げて美術室の扉を開けると、そこには、朝焼けのグラウンドでサッカーしている、大きなキャンバスにおそらく僕らを描いた絵があった。

 タケトが小声で言った。

「うめぇな……」

「たしかにこれはすごい、誰が……」

 キャンバスに隠れていたユイとサヤカがこちらに出てきた。

 ユイは大人しそうな感じではあるが小顔の美人で、サヤカも眼鏡をかけてボサボサの髪をしているが可愛いと言えなくもない。

 ユイが答えた。

「すごいでしょーっ」

「すごいな、ユイってこんなに、」

「タケト違うんよ、これはサヤカが描いたんだよ、すごいよね!」

「あ、そうだね。サヤカさんもこんなにうまいんだ」

「えっと、ありがとうございます」

「僕もすごいと思う」

「あ!ありがとうっ!!」

 なんだよ敬語崩すのかよ。

 えへへ、とにっこり笑って、ユイが言う。

「サヤカはエイトのこと好きだからね、もうもどかしいから言っちゃった」

 多分、サヤカと僕は同時に、それ言っちゃうんだ!?と心の中でつっこんだんだろう。


 それからサヤカと付き合って、色々な思い出が。

 彼女が親の転勤で、高校になると同時に引っ越すまでは。


 *

 なぜ、僕は引き留められなかったのか、あるいは追いかけられなかったのか。

 それから僕の人生は面白いように転落したように思う。サッカーはやめた。


 ただ変わったことがあるとすれば。

 僕は絵画のことがとても好きになっていた。


 この東京。

 ブラック企業の派遣社員で食いつなぐ日々。


 ふらっと寄った美術展で、その絵に再び出会った。

 それは間違いなくあのときのあれで、ここは偶然にも、彼女の個展だった。


 本人には会えなかった。


 でも会えなくてよかったように思う。

 だって、これからも彼女のことを応援できることは変わらない。

 名前を検索すれば、個展を見に行けば、いつだって彼女を。


 僕もこれから、絵画を描いてみることにした。

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