第三話 【七星の騎士】
どう考えても俺の住んでた日本じゃない。
一瞬そのことを隠しておこうかとも思ったが、どう考えてもボロが出るしこの世界のことをよく知らないと話にならない。
というわけで、俺を召喚したらしいお爺さんに別世界から来た、ということを説明したわけなのだが。
「うーむ? 要するに遠くの国から来たということになるのかの? 魔法どころか加護すら見つかっていない国があるとは……。」
「いや、だから違うんですって。遠いとかそういうのじゃなくて……。」
これがまた、難航した。別世界という概念を理解してもらえないことと、この世界では未開の土地が広すぎること。
このせいで遠くにある知らない国、としか認識してくれないのだ。
とはいえ、こっちが何も知らないということは分かってもらえたのか幾ばくかの状況は教えてもらえた。
お爺さんの言うところによると、
・五十年に一度、【七星の騎士】と呼ばれる特別な力を持った7人の騎士が集められる。
・その方法は神の奇跡を利用した儀式による召喚らしい。
・召喚されるのは素質のある者らしく、召喚時に【加護】と呼ばれる不思議パワーが付与……というか強化されるらしい。
・【加護】というのは肉体を守ってくれる神からの恩恵で、この世界に住む者は誰でも持っている。
・他にも【加護】には特殊効果がうんぬんかんぬん、と言っていたが、俺の異世界ファンタジー脳によると加護による恩恵というのはステータスのようなもの、と考えてよさそう。ステータスオープンみたいに、数字で見ることはできないらしいが。
・そしてその【七星の騎士】の一人である【水の騎士】として選ばれたのが俺である。
・基本的にこの国の人間が選ばれるらしいが、別の国から選ばれることもある。……俺みたいに別の世界から召喚された、という前例はないらしい。
とまあ、まとめるとこんな感じなのだろうか。他にもこの世界のことについてとか、どうでもいい常識のすり合わせとか色々と話したせいで、すっかり夜になってしまった。
ちなみにご飯も出た。メニューはお粥に梅干し。どうやら和風ファンタジーな世界観らしい。
……そんなことをつい考えてしまうのは、お爺さんとの会話で『ゲーム』というものを意識してしまったせいか。
「モンスターを倒せば位階が上がって【加護】の効果も上がる、ですか?
なんですか、その、ゲームみたいな世界観は……。」
「ゲームと言えばゲーム、なのじゃろうな。所詮全ては神々の遊戯よ。神にとって分かりやすいよう整えられておるというだけじゃ。おんしも私も、神にとっては1つの駒。玩具の一つに過ぎんのよ。」
お爺さんは少し寂しそうに……諦めたようにそう言っていた。
今はこの部屋に一人だけ。お爺さんは話し終わると「明日は他の【七星】と会うことになる。」と言って出ていってしまった。
窓の外を見れば街には光が灯っている。電灯の代わりになる何かが、この世界にはあるらしい。
逃げ出そうと思えば、逃げ出せる。
ふと、そんな考えが頭をよぎる。
扉の前には人がいるが、窓なんて誰も警戒していない。一文無しでこの世界の常識もなくて、何より死にかけ。少なくともここにいれば衣食住の保証はされるような状態で、逃げ出す馬鹿なんている訳がないーーーそう思ってるのだろう。
いや、普通はそうだろ。お爺さんは優しかったし、ご飯は美味しかった。なにより死にかけてたところを助けてもらったという恩もある。
ここで何もかも放り投げて逃げ出すのは、馬鹿の所業と言うしかない。
そしてその馬鹿の所業を日本で実行したのがーーー俺だ。
ふらつく体を無理矢理動かして、窓枠に足をかける。あと一歩動かせば、また何もかもから逃げて、死ぬまで生きるだけの存在になる。
それでいいーーーそれが、いい。
そのはず、なのに……あと一歩が踏み出せない。
理由は分かってる。ここから逃げ出せば9割9分俺は死ぬ。日本とは違う。
日本なら、なんだかんだ死ぬことはないと、たかをくくっていた。倒れてる人がいたら助けてくれる人がいると、善性を信じられた。
だから踏み出せた。
ここは日本じゃない。治安がどんなものかは分からないが、少なくともモンスターなんて言葉が出てくるくらいだ。餓死していたことについて、大した追求も行われないような価値観だ。
こんな世界で一人なら、確実に死ねる。
それが分かってしまうから……踏み出せない。
結局、なんだかんだと言い繕ったところで俺が臆病者だという事実は変わらないのだ。
死にたいのならいくらでも方法はあった。飛び降り、首吊り、投身、溺死、刃物で腹を掻っ捌いてもいい。楽に死ねる方法なんていくらでもある。
でも、それを選べなかった。
死んでもいいと思ってるくせに、死を選べないのが俺なのだ。
生きる意味なんて何一つないのに、死んでもいいと思っているのに……死にたくないとは、どうしても感じてしまう。
なあ、おい。神様。
そんな存在が実際にいるっていうのなら。
俺はなんのために生きている?