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第六話

「はぁ……」


 まだ周囲に誰もいないことを確認した私は、今いる中庭でこっそりため息を吐いた。


 あの展覧会の日から数日。今の私には二つ悩みがあった。


 一つはラッセルに何かプレゼントしたいということ。なぜプレゼントかと言うと、この間もらったオルゴールのお礼だ。さすがに何もしていないのにプレゼントをもらうのは、気が引ける。お祝い事等でもらったものなら、また話は変わってくるけれど。


 でも一番の理由は、純粋に私がラッセルにお礼をしたいと思ったからだ。あのとき、久しぶりに胸が温かくなるのを感じた。思わず喜びの感情が表に出てしまいそうなほどに。お母様が亡くなって以来、初めてかもしれない。それほどまでに、ラッセルのしてくれたことは嬉しかった。


 だから、お返しにプレゼントしたいのだが、その「プレゼント」の中身が浮かばない。


 定番の刺繍入りハンカチは、とっくに誰かからもらっているだろうし、消費できるお菓子もどこのお店が美味しいのかわからない。


 ラッセルの事だからなんでも喜んではくれそうな気はするけれど、だからと言っていい加減なものをあげていいわけがない。そのため、ここ最近は放課後街に出てお店を見て回る日が続いていた。


 とはいえ、今ならそれは幸せな悩みなのだったとわかる。なぜならもう一つの悩みが、今私が中庭にいることに関わっているからだ。


 この中庭は滅多に人が来ないことで知られている。なぜ人が寄りにくいのかというと、ここには老人の霊が出るという噂があったり、単に日が入りにくくここに来るための道が複雑だったりするからだ。幽霊はともかく、確かにここに来るのに結構時間を使ったので、私としてはもう訪れたくない場所だ。

そんな場所になぜいるのか。それは「放課後中庭に来てほしい」という私宛の手紙が机の中に入っていたからである。差出人は不明。だいたいは予想がつくけれど。


「あら。本当に来てくれたのね」


 草を踏み鳴らす音と共にやってきた彼女たちを見て、やはり想像が当たってしまったことに私は再びため息を吐きたくなった。


 現れたのは、一人の令嬢を筆頭にした女の子たち――何時もラッセルのそばにいる子たちだった。


 つまりこの呼び出しは、十中八九ラッセル絡みである。


「ボイエット様、単刀直入に言いますわ。ラッセル様に近づかないでくださる?」


 一番前にいたリーダーらしき子――以前寝不足の時睨んできた子だ――が私を憎らし気に睨みつけて言った。他の子たちも彼女に同調するように頷く。


 私は面倒くさいと思いながらも、「理由を聞いてもよろしいでしょうか」と尋ねた。途端、リーダーの子の視線が一層鋭くなる。


「理由ですって? あなたの存在が目障りだからに決まっていますわ! 知っているのですよ。あなたが無理を言ってラッセル様を独占していることを。そのせいで、今までわたくしたちと一緒にいてくれたのに、最近は用事があると言ってすぐにいなくなってしまわれて……! お優しいラッセル様が断れないのをいいことに無理強いするなど、ラッセル様が許してもわたくしたちが許しませんわ!」


 取り巻きの子たちも「そうよ!」と口々に叫ぶ。


 確かに勉強会に関しては、私が頼んだことがきっかけだから、私が悪いとも言えなくもないかもしれない……のかしらね。とはいえ、結局は了承したのはラッセルなのだから、彼女たちに文句を言われる筋合いはないけれど。


「はっきりと申し上げますと、それはできません」

「断るのですか?」


 彼女たちの纏う空気が余計ピリピリしたものに変わる。私は変わらずポーカーフェイスを保ちつつ、話を続けた。


「ラッセル様が直接わたくしに『嫌だ』と言ったのならともかく、他人のあなた方に指図される謂れはありません。どうしてもと言うのなら、ラッセル様本人に頼んでもらえますか」

「なっ!」


 あっさりと私に断られ、リーダーの子の顔が怒りで真っ赤に染まった。


「ラッセル様が優しいからって、調子に乗って……! ラッセル様の気まぐれがなかったら相手にされなかったくせに! あなただけが特別だとは思わないでくださいませ!」


 リーダーの子はそれだけ言うと、一緒に来た女の子たちを連れて中庭を出ていった。あの様子だと、これからも絡まれるのは確定だろう。先の事を考えると、憂鬱になった。


 ラッセルに対する評価は以前と比べて好意的になったが、女性関係に関してはやはり最低だと思う。現に今の私が迷惑を被っているわけだし。


「……それにしても、『特別だとは思わないで』か」


 先ほどのリーダーの子が言い放った言葉が、今でも耳に残っている。


 別に、自分がラッセルの特別だなんて微塵も思っていない。けれど、妙にその言葉が印象的で、少しだけ胸が痛んだ気がした。


「……このままここにいても仕方がないわよね。気分転換にお店でも見に行きましょう」


 勉強も大事だが、ラッセルに贈るプレゼントもいい加減選びたい。さっそく私は街の方へと向かった。






 街に着くとすぐさま手当たり次第にお店に入る。


 雑貨屋や書店、服屋など、とにかくプレゼントになりそうな商品が置いてある店には一通り訪れた。けれど、結局ラッセルに合うものはどこにもなかった。


 さすがにこのままではまずいと、途方に暮れながら歩いていると、一軒のお店が視界に入ってきた。

 それは先日ラッセルが訪れていた、アンティークショップだった。あのオルゴールが売られていた場所。それだけで私には特別に思えて、気がつけば、お店の扉を開けていた。


 カランカランと扉についていたベルが鳴り、私は中へ足を踏み入れる。


 予想より、中は狭かった。というのも、そこら中に商品らしき骨董品が並べられており、店だというのに雑多な印象を受ける。奥には二階へと続く階段があり、試しにその階段を上ってみると、どうやら二階もお店らしい。どこの国のものかわからない甲冑や、誰が彫ったかわからない彫像などが置かれ、それらにもきちんと値札が付いていた。到底私の所持金では買えるわけもないし、欲しくもないので、私はすごすごと一階へと戻る。


 とりあえず、端から順に置いてある品を見定めていくことにした。けれども、壊さないようにそっと持ち上げて商品をじっくり見てみるが、やはり気になるものは見つからない。このお店もないのかと諦めかけると、不意にきらりと光る何かが目に入ってきた。


 思わず近づいて手に取ると、それはペリドットのピアスだった。小さいが、きらきらと輝く石は美しい。しかし、宝石店でもないのに、なぜこんなお店にピアスなんてものが置いているのだろうか?


「それは魔力が込められたピアス型の通信機だよ」


 突然後ろから聞こえてきた声に、びくりと肩が跳ねる。振り向くと、そこには小柄なおばあさんがいた。失礼だけれど、偏屈そうな空気を纏っている。しかし、その様子の彼女は、このお店の雰囲気にもあっていた。おそらく、彼女はこのお店の店主だろう。


 それよりもピアス型の通信機って……。確か、博物館でラッセルが気になっていた魔道具のような……。


「ここは魔道具も置いているのでしょうか」

「あぁ、そうだよ。というか、店のほとんどが魔道具さね」


 おばあさんの発言を聞いて、内心驚く。


「と言っても、ほとんどが昔のもので、今は実用的ではないものばかりだ。だから魔道具目的で店を訪れる人なんてあまりいないよ。今日はあんたが初めての客さ」

「……そうなのですか」


 魔道具と聞いて一瞬ワクワクした気持ちが、急速に萎んでいった。


「けど、ここにあるすべてが魔道具として使えないわけではないよ。あんたが今持っているピアスなんかは、魔力を込められさえすれば何度でも使えるし。ちゃんと使用者同士のやり取りなんかもできる。とはいえ、うちにあるピアスはそれ一つ。通信するための他のピアスはないから、通信機能はないも同然だがな」


 おばあちゃんはハハハ、と豪快に笑っているが、笑い事ではない。


「でも、普通のピアスとしては使えるから、ファッション用なら何も問題はないだろう。どうだ? 今なら安くしておくぞ」


 正直言って悩む。最初見たとき、ラッセルに似合いそうだとも思ったのだ。男性でもピアスを着けるというし、別に女性用と決まっているわけでもない。


 ただ、魔道具としては粗悪品のこのピアスを、人にあげてもいいものなのか……。いくらアクセサリーとして用いるとはいえ、それっていいのだろうかと言う葛藤もあった。


 しばらくの間悩んでいると、しびれを切らしたのか、おばあさんが「ちなみに」と口をはさんできた。


「それは魔道具としては役立たずかもしれんが、構造はそのまま変わらずしっかりしとるよ。だから魔道具の仕組みを理解したいのなら、ちょうどいいかもしれんね」


 魔道具の仕組み。確か、ラッセルはピアス型の通信機の構造にも興味を示していた。私も魔道具には興味あるし、最悪いらなければ私がもらえばいい。ならば、別に買っても損はないはず。


「包んでもらえますか」


 気がつくとそう口走っていた私に、おばあさんは「まいどあり」とにやりと笑った。






 綺麗にラッピングされたピアスを鞄に入れ、店を出る。結構時間を過ごしたと思ったが、まだ外は明るかった。これなら今日の残りは勉強にあてられそうだ。


 そんなふうに調子に乗っていたから、罰が当たったのだろうか。


 角を曲がって大通りに出ると、私がいる位置とは反対側にカフェがあるのが見えた。当然、行ったこともなければ人気メニューも知らない。いつもなら、気にもとめないお店だ。


 けれど、窓際の席に座るカップルを見たとき、私の心臓がドクンと跳ねた。


 一人は、この間助けた金髪の少女だった。美しい金髪と可愛らしい顔の少女だったから、よく覚えている。彼女は笑みを浮かべ、楽しそうに相手の話に耳を傾けていた。


 そして、彼女と一緒にいる男性はというと、こちらも楽しそうに少女に話をしている。亜麻色の髪に琥珀のような瞳、左目の下のほくろが印象的な美男子。そう、私は彼を知っていた。なぜなら、ついさっきまで彼のためのプレゼントを選んでいたのだから。


 ――なんてお似合いな二人だろう。


 ぎゅう、と胸が締め付けられ、気づいたらその場から走り出していた。


 あぁ、私、馬鹿だ。彼はいつも女の子と一緒にいて、こんなふうに二人でデートしていることなんて当たり前のようにあるはずなのに、いざその光景を目の当たりにすると傷つくなんて。


 彼の周りにいる女の子に言われた言葉を、再び思い出す。


『ラッセル様の気まぐれがなかったら相手にされなかったくせに! あなただけが特別だとは思わないでくださいませ!』


 自分が彼にとっての「特別」だとは、一切思っていない。


そもそも彼が気まぐれであの賭けにのらなければ、今ごろ私と彼はここまで関わらなかったし、嫌いなままだったのだ。どうやって特別だと思えるのだろうか。


 しかし、だからと言って、彼を取り囲む女の子たちと自分は同じだとも思ってはいなかった。でも、それも間違っていた。


 結局、彼の中での私は、他の女の子たちと変わらなかったのだ。私が彼に対してどんな感情を抱いて、どんなふうに接していたとしても。それは彼に大きな影響を与えるものではなかった。


 わかっていたはずなのに。自分が、彼にとってただ賭けのために近づいた女だということを。


 愚かな自分。そのことを理解したうえで、いつの間にか惹かれてしまっていたなんて。


 寮の自室に辿り着き、扉を閉める。そして、ずるずるとその場に座り込んだ。


「いまさら気づくなんて……本当、なんて馬鹿なのかしら……」


 私の呟きを拾う者は誰もいなかった。






 開いた窓から風が入り、淡いブルーのカーテンが揺らめいている。


 ベッドには若くて美しい女性が、上半身を起こして座っていた。その顔色は悪く、今にも儚くなってしまいそうな雰囲気を感じる。


 そのベッド脇では幼い女の子が、心配そうに女性を見つめていた。消え入りそうな女性の雰囲気を感じ取ってか、離れて行かないように彼女の手をぎゅっと握りしめている。女性の方も力は弱いが、そっと握り返していた。


 あぁ、寝ているのは、死んだお母様だわ。そして、ベッド脇にいるのは、幼い頃の私。このときはまだ思っていることを素直に出せていた。ということは、これはお母様と最後に話をした時の夢なのね。


 ぼんやりとそんなことを考えていると、お母様が「フィリス」と名前を呼んだ。


「なあに? お母様。私にできることなら何でも言って!」

「本当に?」


 お母様がくすくすと笑う。私はお母様の笑顔が大好きだった。けれど、やつれたその姿は痛々しい。


「うん! 私、お母様の頼みなら何でもするよ!」

「じゃあ、聞いてもらおうかしらね」

「いいよ!」


 幼い私が元気良く返事をすると、お母様は「ありがとう」と微笑んだ。


「まず、一つ目。勉強を頑張ること。まだ幼い弟やお父様を将来支えることができるようにするために……ね?」

「お勉強~? うーん……」


 勉強が苦手だった幼い私は、複雑そうな顔をした。いくら勉強とはいえ、先ほどお母様に「何でもする」と言った手前、断れないのだろう。そんな私を見て、お母様はふふっと笑った。


「今はつまらないかもしれないけれど、あなたはお父様の血を引く子だもの。きっとお父様みたいに勉強が楽しくなって、夢中になる時が来るはずだわ」

「そうかな? でも、頑張ってみるよ」


 とりあえず頷いてくれた幼い私に、お母様は話を続ける。


「次に、二つ目。思ったことをあまり表に出さないようにすること。あなたは顔に出やすいから、すぐに怒ったり泣いたりしちゃうでしょう? でも、そうすれば、悪い人に隙をつかれてしまうこともあるかもしれない」

「だから、思ったことを出さないようにするの? そんなこと、私にできるかなあ?」


 幼い私が不安そうに俯くと、お母様はもう少し力を込めて握り返す。


「あなたは私の娘でもあるのよ。できるに決まっているじゃない」


 そう言ったお母様の笑顔は、病気とは思えないほど力強いものだった。


「ありがとう、お母様」

「本当の事よ。じゃあ次は最後のお願いね」

「うん、なあに?」


 尋ねると、お母様が幼い私に向かって――。


「最後のお願いはね――」


 柔らかい光が視界に飛び込み、意識が浮上する。


 ベッドから起き上がると、そこは先ほどのお母様の寝室ではなく、寮の自室だった。


「やっぱり夢……よね」


 結局、お母様の最後のお願いとは何だったのだろうか。


 とても大事なことだった気がする。それも今の私に関係がありそうな。


「……なんて、それどころではないわよね……」


 お母様については気にはなる。けれど、今の私の悩みはラッセルについてだ。


 お母様のお願い通り、今の私は彼に会っても無表情でいられるのだろうか。この自分のぐちゃぐちゃになった感情を露わにしないなんてことが、できるのだろうか。


「いっそのこと告白でもしてみようかしら」


 彼らの賭けは何をもって勝ちとするのかは知らないけれど、私が告白すれば、ラッセルとしては明確な証拠ができて満足なはずだ。そうなれば、あっさりとこの茶番は終わる。その方が、ラッセルの一挙一動にさえも心を乱すこともなく、私の心は平和になるだろう。


 けれど、私に告白する勇気なんてあるのだろうか。ただ、フラれるだけならいい。でももし、友達に戻ることもできなかったら? 「賭けに勝ったのだから」と冷たく突き放されたら? 私にとってそんな状況になってしまうことが、何よりも恐ろしかった。


「……とりあえず今は会わないでおきましょう」


 気持ちの整理がつき、覚悟が決まるまで、私はラッセルに会わないようにしようと決めた。


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