第四話
「魔道具の展覧会、ですか」
「そう。今度の日曜から博物館で開かれるんだってさ。旧時代の魔道具はもちろん、アクセサリー型の魔道具もあるらしいから女性でも楽しめるみたいだし……どう? 今度の日曜日、一緒に行かない?」
ラッセルからの突然のお誘いに、私は心の中では瞳を輝かせながらも、それを表には出さずに考えるようにあごに手をやった。
あれから一か月が経った。
あれ以来、私とラッセルは何度か勉強会を開き、充実した時間を過ごしている。それぞれの分野に対する意見を交わし、刺激を受けるという日々。ラッセルはどう思っているのか知らないが、少なからず私は予想よりも彼との時間を楽しんでいた。
いつの間にかお互いの事も名前で呼び合うようになり、少しだけだが親しくなった気がする。「嫌い」だった感情が「ちょっと嫌い」に変化した程度で、私自身まだ彼を落とすという目的を諦めたわけではないけれど。そう、少し仲良くなったのはラッセルを落とすためだ。そこを履き違えてはいけない。
だから別に一緒に出掛けるのもおかしくはないわけで。
「その日なら空いているので構いません」
「それじゃあ、決まりだね。当日寮まで迎えに行くから、待っていてほしい」
「わかりました。お待ちしております」
展覧会に行くことが決まり、心の中で「やった」と呟く。
魔道具の展覧会は前々から気になっていて、暇があれば行きたいと思っていた。けれど、一人で行くには浮くし、もちろん一緒に行ってくれる友人などいなかった。第一、魔道具の展覧会に興味を示す女子はあまりいないだろうし。
だからラッセルの誘いは渡りに船だったのだ。もちろん、この誘いを利用して、彼を惚れさせるという計画も忘れてはいない。そのため入念に準備をしなければ。ふふふ。当日が待ち遠しいわ!
……なんて言っていたのが懐かしい。
後ろであーだこーだと悩むメイドの声を背に、私はこっそりとため息を吐いた。
あれから数日間、私は万全を期して約束の日を迎えるべく、恋愛小説を読みつつ準備をしていた。例えば、普段あまり使わないオイルやクリームで肌や髪の手入れをしたり、食事もなるべく野菜中心にして睡眠時間にも気を配ったりである。これも小説のヒロインが実行していたことだ。
おかげで少ない日数だったとはいえ、体調万全の状態で当日を迎えることができた。恋愛小説と侮っていたけれど、美容健康にも精通していたなんて。恐るべし、恋愛小説。
とはいえ、当然実行できない部分もあった。当日身に着ける服装やアクセサリーといった類のものである。行く予定の展覧会は学生割引があるらしく、最初から制服で行くつもりだったため服を考える必要はないし、制服に合うアクセサリー等もないため、何もつけないつもりでいた。
しかし、化粧だけは最低限必要だろうとメイドを呼び出すと、「休日なのに化粧をするなんて、フィリス様にしては珍しいですね」と言われ、ついうっかり口を滑らせてしまったのだ。
「今日は人と博物館に行く約束をしている」と。
そこからが大変だった。メイドは「デートですか!」と大騒ぎして、嬉々として私の支度の手伝いを始めた。
「服は学生割引のために制服で行くから気にしなくていい」と言うと、「何言っているんですか! 料金なんて相手が負担してくれるだろうし、そんなことを気にせずお洒落するべきですよ!」と恐ろしい目つきで睨まれた。このとき初めて彼女を怖いと思ったかもしれない。
そんなわけで、服やアクセサリーを物色するメイドに大人しく従うことになったのだ。
「うーん。やっぱりこちらの髪飾りの方がいいわね。派手ではないけれど意匠がこっているし、何よりフィリス様に合うわ」
ようやくメイドは納得したようで、私の髪を丁寧にとかし始めた。それを終えると、今度は慣れた手つきで髪を結っていく。そして、最後に選んだ髪飾りを慎重に着けると、「よし!」と満足そうに微笑んだ。私もつられて安堵の息を吐く。
「とりあえずこれで完成ですね。できれば服もフィリス様にとびきり似合うものを着せたかったんですけれど」
メイドがやや不満そうな顔をするのも無理はない。
なにせ私が持っている服などそんなに多くはなく、さらにどれもメイド曰く「地味すぎる服」ばかりだったからだ。
私自身、お洒落自体にそこまで興味はなく、色やデザインも華美なものを好まない。そのため、メイドの言う「デートらしい服」など持っていなかったのだ。
中でも唯一まともだったのが、以前母が着ていたドレスだった。確かにお古ではあるが、生地はしっかりしているし、流行に左右されないデザインのため、今の私が着てもそれほど違和感はない。落ち着いた緑色のドレスのため、私の好みとも合うし、このドレスを捨てずに残しておいてくれた母には感謝しかなかった。
「それではもう時間だし、行ってくるわね。ありがとう、ルネ」
「……フィリス様、私の名前ご存じだったんですね」
そう言って目を丸くするメイド――ルネに、私は「いつもお世話になっているのだから当然でしょう」と返す。けれど、彼女はどこか釈然としない様子のようで、「そうですか?」と不思議そうに呟いた。
「それよりももう出発のお時間でしたね。どうか気を付けて」
「えぇ。では行ってくるわ」
私はルネに見送られながら部屋を出ると、玄関まで向かった。
玄関近くの寮監室にいる寮母さんに外出する旨を伝え、寮の外に出る。もうすでにラッセルは来ていたようで、私の存在に気づくと、軽く左手を挙げた。私はなるべく急いで彼に近づく。
「やあ、フィリス嬢。今日は一段と綺麗だね。服も君によく似合っている」
「ありがとうございます。おそらくそれはいつもと違って制服ではないのと、メイドの手腕のおかげですわ。彼女に感謝しなければなりませんね」
ラッセルの誉め言葉に淡々と返した直後、私はハッと気づいた。
いつも通り流してしまったけれど、今のはラッセルを落とすために必要な「小説のヒロインの行動」を真似するいい機会だったのでは!?
頭の上に石が落ちてきたような衝撃を受ける。
そう。私はただ単に小説から美容健康の情報を得ていたわけではない。この日のために、小説のヒロインが作中で意図せずやっていた「男性が恋に落ちてしまうテクニック」を学び、それを実行しようと思っていたのだ。
そして、小説内には今のようにヒーローがヒロインの服装や髪を褒めるシーンがあった。運よく今の私と同じような状況、ヒロインとヒーローのデートシーンのことである。
その場面でヒーローに褒められたヒロインは、素直に「ありがとう。あなたのためにお洒落してきた甲斐があったわ」とお礼を言うのだ。もちろん、頬を染めながらの笑顔付きである。
けれど、そもそも制服で行く予定だった私は、そのシーンでのテクニックを使うことはないとすっかり忘れていた。他にも実践すべき行動はあったし、覚える必要はないだろうと。
まさかそれがこのような結果を招くとは……。自分の愚かさに歯噛みしそうだ。
とはいえ、まだまだチャンスはある。それにラッセルの方も「そうだね。協力してくれたメイドに感謝しないと」とニコニコしている。まだ挽回の余地はありそうだ。
「それじゃあそろそろ行こうか」
「えぇ。いくら近いとはいえ、歩いていくのには時間がかかります。そろそろ出たほうがいいでしょう」
「え? 歩くの?」
きょとんとしたラッセルの声に、私の頭にはてなマークが浮かぶ。
「徒歩で行くのではないのですか?」
「いや、俺はともかく、女の子は徒歩より馬車とかの方がいいのかと……。学園からも馬車を出すことができるし」
確かに、貴族の女性は疲れたり、汗をかいたりするのを嫌う印象だ。そのためラッセルの言う通り、徒歩より馬車を好む女性は多いのだろう。
けれど、私はどちらかと言うと歩いて景色をじっくりと眺める方が好きだ。馬車も別に悪くはないのだけれど、じっと座っているのは苦手のようで、自分の足で歩いた方が早いし楽しいと考えてしまう。学園に入学してからは勉学のため外出する機会は減ったが、それ以前はしょっちゅう外に出歩いていたのもあって、徒歩で行くことに抵抗はなかった。でも、ラッセルの反応を見る限り、普通の女性とは少しずれていたようだ。これでも一応貴族の女性なのだから、もう少し一般的な感覚を身に着けておくべきだったわ……。
表には感情を出さないようにしながらも、心の中でがっくりと肩を落とした。けれど、くよくよしていても仕方ない。ならば、「やっぱり馬車で行きましょう」と改めて提案するまでだ。そう思い、口を開こうとした時だった。
ラッセルはふっと笑うと、「まあでも、俺は徒歩でも全然問題ないからかまわないよ」と口にした。予想外の言葉に息を呑む。
「いいのですか?」
「うん。ただ女の子は馬車の方がいいっていう人が多いから、君の発言が意外だと思っただけ。俺自体は別に徒歩でも問題ないよ」
「そ、そうですか」
やはり意外だと思われていたことに、淑女として失格だったかもしれないと反省したが、今はとりあえず、博物館が最優先だ。
「では改めて行こうか」
ラッセルの言葉を合図に、私たちは博物館に向けて歩き始めた。
荘厳な印象を受ける白亜の建物。それが、この国で一番大きいとされる博物館、シュルグ国立博物館だ。
入り口には大きな柱が並び、屋根には有名な芸術家による女神と天使の姿が彫られている。見る人が見れば、神殿のような神聖さも感じるかもしれない。
けれど、何回か訪れたことのある私にとっては慣れたもので、むしろ親しみやすささえ感じていた。と言っても、それはあくまでも建物全体に対する感情で、ここに来るたびに得られる展示物を見たときのワクワク感は変わらないのだけれど。
中に入り、料金を支払おうとすると、ラッセルに止められ、あっさりと私の分も払ってしまった。さすがにしつこく食い下がるのも他の客に迷惑なので、そこは渋々甘えることにした。ルネの言う通りになってしまったわ。
そして、肝心の展覧会はと言うと。
「なるほど……。ここを押せば、込められていた魔力が盾全体に行き渡って全属性の魔法をはじき返す……という仕組みなのね」
展示されている魔道具の横にある説明を読みながら、私はふむふむと納得した。
魔道具の展覧会が行われているブースは、私の予想よりも人は多かった。アクセサリー型の魔道具も展示されているのもあってか、女性客の姿もちらほら見かける。とはいえ、魔道具はどちらかと言えば庶民が使う物。それに魔道具の仕組みなどに興味ないと言う人が大半なせいで、客観的に見ると訪れた客の人数はそんなにいない。じっくり見られるから、私には都合がいいけれど。
「へぇ。ピアス型の通信魔道具はこんな仕組みになっているんだ。興味深いね」
ラッセルはというと、隣でアクセサリー型の魔道具をじっくり見ていた。彼も女性客と同じくアクセサリーに興味があるようで、ケースに入っているピアスを見つめるその目は真面目だ。彼にしては珍しく真剣な様子に、私は引き寄せられるように彼を盗み見た。
こうして見ると、黙っていれば本当にラッセルはかっこいいのよね。まつ毛は長いし、鼻は高いし、肌も羨ましいくらい綺麗だ。
けれど、一緒に勉強するようになっても、彼の軽薄さは変わらない。私と一緒に居るとき以外は、女の子たちに囲まれているし、彼女たちに甘い言葉を囁くことも忘れない。相変わらずの女好きっぷりだ。
勤勉で見目もいいのに、そこだけが惜しいと思う。
「どうかした? フィリス嬢。じっと俺を見つめて。さては俺に惚れた?」
いつの間にかこちらを見ていたらしいラッセルに、見つめていたことを気づかれ、私は内心パニックでドキドキしつつも平然とした態度をとる。
「そんなわけないでしょう。確かに見ていたことは認めますが、それは真剣なあなたが珍しかっただけです」
「ははは、わかっているって。冗談だよ」
ラッセルに笑われたことでからかわれたことを悟ったが、すぐにしまった、と舌打ちしたくなった。なぜなら、今のラッセルの言葉に似たセリフを、恋愛小説で見ていたからだ。
確かそれは、先ほどの小説とは別の恋愛小説にあったシーンだ。ヒロインとヒーローが一緒に勉強していて、真剣に勉強をしているヒーローをヒロインが盗み見ていたのだ。……ちょうど先ほどの私とラッセルのように。
そこでヒーローは、ラッセルと同じようにヒロインが見ていることに気づき、彼と似たようなセリフを言う。それに対して、ヒロインはこう返すのだ。
「そんなわけないでしょ、馬鹿。……もうとっくの昔に惚れているんだから」と。
誰が聞いても恥ずかしいセリフのため、私がそれを言おうとしていたとしてもきちんと言えたかどうかはわからない。そもそも惚れていないのだから、すぐに嘘だとわかってしまうだろう。
けれど、せめてもう少し可愛げのある態度を見せればよかったとも思う。照れた表情を見せるとか、声ももう少し恥ずかしがる素振りを見せるとか。次からはもう少し意識してみる必要があるわね。
……ラッセルの表情が先ほどからどこか嬉しそうなのが、少しだけ気にはなるけれど。
「それじゃあ次行こうか。この辺りに展示されているのは……娯楽品みたいだね。最近のだと、十年ほど前の物が置かれているみたいだ」
ラッセルの言う通り、そこには様々な娯楽品がケースの中に並べられていた。絵が動く絵本や会話ができるぬいぐるみ、使用時に拡大する携帯型プラネタリウムなど、どれも興味深くて楽しめそうなものばかりだ。そんなふうに思う私みたいな客もいるのだろう。一部の魔道具は体験できるよう、ケースから出されて置かれている。
せっかくだから私も遊んでみようと、左端から順に魔道具を見ていく。全ての魔道具で遊べるわけではないのだから、ここは慎重にならなければならない。
そんなことを考えながら、やがて最後の右端まで見終えると、ふと、後ろの方に置かれていた魔道具に気づいた。影が薄くて遊ばれなかったのか、若干埃っぽく感じる。普通ならそんな物を手に取ろうなどと思わないのだけれど、いつの間にか私は吸い込まれるようにそれを手にしていた。そして、まじまじとそれを観察する。
それに気づいたラッセルが、私の手にある魔道具を少しだけ驚いた様子で見つめた。
「へぇ。フィリス嬢がとったのは『オルゴール』か。ちょっと意外」
「おかしいでしょうか」
「いいや、別に。ただ君は魔道具の仕組みに興味を示していたから……。もっと複雑そうな構造の魔道具を手にするのかと思っただけだよ」
私の性格を正確にとらえたような発言に、少しだけ恥ずかしい気持ちになったが、事実、いつもの私なら彼の言う通りの行動をしただけに否定できない。
「確かに、普段のわたくしならそうしたでしょうね。けれど、なんとなくこのオルゴールを見ると、昔の事を思い出してしまって」
「昔の事?」
ラッセルに聞かれ、私はこくんと頷く。
「えぇ。わたくしの母のことはご存じで?」
「……少しだけ。七年ほど前に病気で亡くなられたと。ボイエット伯爵は愛妻家で有名だったから」
当時の私の噂も知っているのだろう。ラッセルはバツが悪そうに視線をそらした。
「その様子だと、わたくしが『母親の葬式でも全く表情を変えず、泣きもしない娘』と言われていたことも知っているようですね」
私の言葉に、ラッセルは言いづらそうに答える。
「言いにくいけれど……そうだね」
「別にあなたが気にする必要はありません。事実ですから」
当時を思い出すと、周りから見れば本当に私は可愛げのない子供だったのだと思う。例え、それが自分で決めたことだとしても。
「その母が生前わたくしにくれたのが、オルゴールだったのです。もともとは母の物だったのですが、そのオルゴールの見た目と音色を気に入ったわたくしに譲ってくれました。気に入りすぎて、はしゃぎながら毎日持ち歩いていたところ、誤って落として壊してしまったのですけれど」
「……フィリス嬢って意外とお転婆な部分があるよね」
「行動派と言ってください」
すぐさま私は軽く咳払いをして、話を元に戻す。
「……そんなわけですから、自業自得とはいえ当然ショックでした。もちろん、お気に入りのオルゴールを壊してしまったことも悲しかったのですが、何より、譲ってくれた母に申し訳ないという気持ちの方が強かったのです」
今でも思い出せる。あのときの苦い感情を。お母様の気持ちを踏みにじってしまったという気持ちを。
「だから、すぐに謝りに行きました。『お母様がくれたオルゴールを壊してしまってごめんなさい』と。そしたら母はわたくしを抱きしめて、『あぁ、怪我がなくてよかった』と笑ったのです。続けて『オルゴールを気に入って、大切にしようとしてくれてありがとう』とも。怒られこそすれ、感謝されるとは思っていませんでしたから、当時とても驚いたのを覚えています」
あのとき抱きしめられたお母様の温もりも、お母様の優しげな声も、全部覚えている。
「……いい人だったんだね、母君は」
「えぇ。自慢の母でした」
こんなときでも私の表情筋は動かないままなのだろうか。いつもならば気にしないが、今ばかりはその事実が少し悲しかった。
「わたくしの思い出話など、あまり面白いものではなかったでしょう。長々と話してしまい申し訳ありません」
「いや、俺は知れて良かったよ。聞かせてくれてありがとう」
「そう言っていただけると気が楽になりますわ」
ラッセルはこう言ってくれているが、実際は好きでもない人間の思い出話などつまらないと思う。思わずべらべらと話してしまった自分が恥ずかしい。本当、今日はラッセルに情けないところを見られてばかりだ。私を落とす目的のあるラッセルにとって、そんなこと気にもならないのだろうけれど。
その後は街の方にあるラッセルの行きつけのカフェに行き、ケーキとお茶を楽しんだ。普段、お洒落な店なんて行かないので、存分に甘いお菓子を堪能してきた。今度は自分の分の代金を支払うことができたし、私にとっては幸せいっぱいでお店を後にすることができた。機会があったらまた来よう。