『病は気から』んなこたぁ知ってるのよ。
薬が使い方によっては毒に変わりうるように、気持ちも持ちようによって良い方にも悪い方にも転がる。
そんなことは当たり前で、けれど他人事となると「どうしてそんなに思い込むの?」と責める方に使われてしまう。
「『病は気から』と言うじゃない。大丈夫と思えば体が軽くなるのよ。そのあからさまに具合が悪いですって態度をまず直したら?」
そんな簡単に治るのならとっくに治しているわ。
私が鬱病(擬き)になった際、すべてが億劫に感じて何もできなくなった。
『私は今とてもやる気がない』と強く思い込んでいた。
仕事は行っていた。ただ、やる気が出ず全てが中途半端で、提出物もギリギリになってやっと取り組んだ。
友人との関わりを全て断ち切り連絡すら取らなかった。
溜まっていく会話に目を滑らせてため息ばかり吐いた。
夜は寝れず、朝は動けず。
吐き気と頭痛と腹痛と、思い込めば熱すら出そうなほど関節が痛む。
けれど仕事を休む連絡をするのが1番億劫でなんとか体を動かしていた。
趣味の小説作りも面倒で、買った漫画は積み上げたまま放置。
休日は寝て過ごしたいけれど不安で眠れず、携帯で動画を垂れ流して時間を潰した。
そんな屍のような生活ならまだマシだった。
けれど、
ふとしたことをきっかけに妹を叩いてしまった。
驚いた妹の顔に私もびっくりしていた。
初めて叩いてしまった。
衝動を殺せず、何も考えていなかった。
『このままじゃいけない』と思い、私は変わることを決心した。
まずは髪を染めた。
見た目を変えて気持ちを切り替えようと思ったのだ。
効果は抜群で気持ちがグッと軽くなったような気がした。
それから上司に半ば強制的に精神科を受けさせられ、抗うつ剤を飲むようになった。
はじめの1週間は特に効果が見られず、下痢は起こすし眠気はあるしと副作用に悩まされた。
けれど、徐々に寝付けるようになり薬の効果を実感するとふつふつとやる気が湧いてきた。
友人に連絡を返し、片っ端から遊ぶ約束をした。
薬を飲み始めたことを明かせば余計に気持ちが楽になった。
みんなが優しい言葉をかけてくれる。
見守ってくれているという安心感が心地よかった。
『私は今、薬のおかげで頑張れている』と思い込むことでどんどん明るくなっていった。
心の病気はわかりづらい。
私の中の意地悪な部分も『お前は思い込んでいるだけで全然鬱なんかじゃない。薬の効果なんてなくて、すべては気持ちの持ちようなんだ』と悪態付く。
けれど、『たしかにそうだ。私は今全然辛くなくて、ただ面倒くさがっているだけなんだ。私は大丈夫』と思い込んでみても全く効果はない。
逆に『大丈夫なはずなのになんでこんなに仕事が出来ないんだろう。しんどいんだろう。私がただ出来ない子なだけなのに』のマイナスな感情が働き余計に病んでしまう。
『病は気から』んなこたぁ知ってる。
けれど、簡単に気持ちを切り替えることなんてできないんだから、知らない人間が外からその言葉を投げないでほしい。
妹は私が薬を飲んでいることに対して一切触れない。
ただ、私が叩いた時のことは時折口にする。
ニヤニヤと笑いながら「私のこと叩いたもんね」と言う。
私はその度に「ごめんねぇ」と謝る。
「あ、今ので病んだ。薬増やさなきゃ」と冗談を重ねる。
それに妹はケラケラ笑うのだ。
ここ最近、成長した妹は悪態を覚えた。
悪態、悪口での殴り合いが私のブームである。
肌が白くてぽっちゃりの私を「ぶた」
色が黒くて髪の毛が濃い妹を「ごりら」
私が「出っ歯」で、妹が「あご」
私が「でぶ」で、妹が「尻でか」
私が「鬱病擬き」で、妹は「能天気」
私がゴリラの真似をすれば妹が「ねぇ、歯出すぎ。それ、凶器だから」と眉間にシワを寄せて言う。
そんな妹に私がすかさず「待って。今あご長すぎたよ?」と返す。
すると妹があごを抑えて「え、何のこと?え、わかんない」と目をキョロキョロさせて言う。
そこからはお互いに歯と顎を隠しながら悪態合戦だ。
「ねぇねぇ、仕事頑張りなよ?」は鬱病への攻撃。
普段言われたら心に刺さる言葉だけれど、病は気からとは言ったもので、漫才の一部だと思えば気楽に受け取れる。
そういえば昔、注射が嫌いすぎて思い込みで熱を出したことがあったなぁ。