『ドラゴンクエスト ユア・ストーリー』万歳。
結論から言うと、この作品を観ていないドラクエファンは損してる。
ドラクエ5とは何だろう。勇者が大魔王を倒す物語? 仲間のモンスターを強くする物語? 世界中で強い装備を集める物語? 外れてないが当たってもない。
少なくとも私にとってのドラクエ5は、私が子供の頃に体験した、父から子へ、子から孫へとつながっていく人間くさい物語であって、その中で揺れ動いた自分の心を大切にする作品なのだ。
航海の末に到着したビスタ。うっかり外に出て魔物に襲われた主人公。窮地を救ったパパス。サンタローズでのビアンカとの出会い、パパスの隠された行動、レヌール城でのお化け退治。春を呼び寄せた妖精の国。ラインハットに到着した一行。主人公とヘンリーの目の前で倒れたパパス…
ドラクエファンの心に残っているのはこのような表面的な物語の流れだろうか。いや違う。船内をあちこち調べまわって風呂場の親父に脅かされたこと、ビスタにたどり着いたときのあの疲労感、サンタローズで初めてダンジョンに入ったときのドキドキ、レヌール城での恐怖体験、妖精の国で流れる美しいワルツ、ラインハットへの道中で道を間違えたパパスのおかしさ、子供を人質に取られてやられてしまうパパスに感じた無念さ。
ファンのツボとはこういうところだ。プレイヤーの心が動いたその瞬間のことだ。ドラクエ5を遊んだ当時に感じたこと。悲しかったこと、嬉しかったこと、つまらなかったこと、夢中になったこと。ドラクエ5ファンにとって一番大切なのはそこなんだ。
今回の映像作品の成否は、それを追体験できるかにかかっていた。そして『ドラゴンクエスト ユア ストーリー』は大成功を収めた。いくつか例を挙げてみたい。
ヘンリーのパパスへの反発は、ひとたび命を助けられると憧憬と後悔の念に変わり、主人公に協力を誓う。だが『ドラゴンクエスト ユア ストーリー』はファンにさらなる感動をもたらす。
ビアンカかフローラか。数々のプレイヤーを悩ませたこの選択。美しい旋律が流れ、主人公は真夜中に外へ出る。そしてついに訪れる運命の決断。映画版で大胆に変わった一連の流れは原作ファンも唸らせる納得の展開だ。
「うん。どんなにツライことがあってもボクは負けないよ」。その後に起こる悲劇を知る大人の主人公に対して、健気にも強くあろうとする少年時代の主人公のセリフ。生前のパパスの姿。数多のファンが心を打たれた場面。『ドラゴンクエスト ユア ストーリー』はここでも魅せる。
どうかインターネット上の不当な評価にだまされないでほしい。この作品にあるのは、美しい映像と、よく練られた物語と、心のこもった声だ。この作品は本当にドラクエ5が好きな人のためにある。ダイの大冒険や、ドラクエ音楽のファンのためにある。たとえ結末が違ったとしても、1990年代のあの頃に感じたドラクエファンの心は嘘じゃない。大事なのはそこなんだ。
ぜひドラクエ5のファンに『ドラゴンクエスト ユア ストーリー』を観てほしい。終わらないドラゴンクエストはファンの心に永遠に生き続ける。