右脇腹から夏野菜
ある朝目覚めると、俺の右の脇腹から見たことのない野菜が生えていた。野菜は緑色の楕円形で、皮膚から直接房状に実っている。手で触ってみると弾力があり、指先でコツコツと叩くと低い音が返ってくる。数を数えてみると七つ。試しに一つを手に掴み、ぐっと引っ張ってみると、繋がっている右の脇腹に鋭い痛みが走った。
とりあえず四苦八苦しながら寝巻きを着替え、ベッドの縁に腰掛けてタバコで一服する。一体これはどういうことなんだろうか。思い当たる節など何もない。そもそも人間から野菜が生えてくることなんてありえるのか。しかし、そんな俺の思索を妨害するように、突然、家のチャイムが鳴り響いた。
こんな朝早くから一体誰だ。不審に思いながら玄関のドアを開けると、そこには農作業着を着た中年男性二人組が立っていた。
「兄ちゃん、すまんけどちょっと服を捲りあげてくれまっか」
俺は言われた通り服を捲り上げる。二人組の男はぐっと俺の脇腹に顔を近づけ、たわわに実った名前もわからない野菜をじっくりと観察し始めた。
「これは上物やで、哲司さん」
「ええ、ここまでのものはなかなかないですよ」
「じゃあ、兄ちゃん。早速やけど、ちょいと失礼するで」
何をするつもりかと俺が尋ねる間も無く、哲司と呼ばれた男が俺の腕を引っ張り、背後に回ってぐっと俺の身体を抑え込む。そして、もう一人の男が俺の脇から生えている野菜の一つを手でつかみ、それを思いっきり引きちぎった。
「ぎゃあああああ!!!」
「大丈夫や、兄ちゃん! すぐ終わらすからの!」
男は次々と脇腹から生えた野菜を引きちぎっていき、その度に俺の脇腹に強烈な痛みが走る。抵抗しようともがいても、屈強な男から羽交い締めにされてどうすることもできない。とうとう七つすべてが収穫されてようやく、哲司と呼ばれた男は俺を解放した。全身の力が抜けてしまっていた俺は、よろよろとその場に倒れ込む。
「上物が収穫できましたね、修二さん」
「ホンマですな、哲司さん。これはいい値段で売れまっせ。あ、そうそう忘れとったわ」
修二と呼ばれた片一方の男がポケットに手をツッコミ、中から取り出した何かを俺の目の前に放り投げた。男が放り投げたものが地面に落ち、チャリンという音がする。それから二人組は和気あいあいと談笑しながら俺の前から立ち去っていった。玄関に倒れたまま、男が俺に放り投げたものを手にとって確認すると、それは表面が黒く汚れた百円玉だった。
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それからというもの、一週間に一度のペースで俺の脇腹から野菜が生え、その度に修二と哲司の二人組がそれを収穫しにやってくるようになった。ある時は玄関から堂々と、ある時は出かけ先で突然。ガタイのいい哲司が俺の身体を押さえ込み、妙な関西弁を話す修二が俺の身体から野菜を引きちぎる。その後に残されるのはいつも、鈍い痛みと表面が汚れた百円玉だけだった。
ある日。二人から受け取った百円玉を貯金箱に入れながら、俺はふと自分から収穫された野菜がどう扱われているかが気になった。タバコ片手にネットで検索してみると、某通販サイトに俺から収穫された野菜が販売されているのを発見した。名前は『人間夏野菜』。生産者として哲司、修二の顔写真、さらにその下には俺の卒業アルバムの写真が勝手に貼られていた。価格は一房千円。誰がこんな野菜買うんだと思いながら下にスクロールしてみると、購入者と見られる人間のレビューが掲載されていた。
『タバコの匂いがするせいで、全然美味しくなかったです。もしかしてこの野菜の宿主は喫煙者なのでは? そうだとするならば、野菜の宿主としての自覚があまりにも欠けていると思います!!』
俺は右手に持ったままのタバコを見つめる。そして、少しだけ考えた後、まだまだ吸えるタバコを灰皿に押し付け、火を消した。
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「歯ぁ食いしばれ兄ちゃん!! ラスト一個や!!!」
「ぎゃああああ!!!!」
いつもどおり野菜を収穫され、百円玉を受け取った俺は、脇腹をさすりながら部屋に戻り、すぐさま通販サイトを開く。禁煙をはじめて一ヶ月。タバコの匂いに対するクレームはめっきりなくなり、肯定的なレビューが数多くを占めるようになっていた。しかし、ちょっとした達成感を覚えながらレビューを眺めていると、ある一つのレビューに目が止まった。
『なんだよこれ。この野菜の宿主ってブサイクな男じゃねえか! 男が宿主の人間夏野菜なんて糞! 騙されたわ!! 金返せ!!!』
そんな馬鹿な。しかし、さらに他のレビューを読み進めていくと、ちらほらとそのようなレビューが書かれていることに気がついた。どうすればいいんだ。脱力感に襲われたその時、ふとサイトの右端に埋め込まれた、性転換手術で有名な形成外科医院の広告に目がついた。俺は無意識のままマウスカーソルを動かし、その広告リンクの上で右クリックをした。
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「そら、二個いっぺんにいくで!!!!」
「いやあああああああ!!!!」
私は百円玉を握りしめたまま急いで部屋に戻り、パソコンを開く。性転換手術を受けてからというもの、サイトのレビューは高評価で埋め尽くされ、野菜の宿主である私は女神として崇めたてられるようになっていた。誰かが私を気持ち悪いオカマと批判すれば、私の信者たちがそいつを叩きのめす。twitterでは私の名前でハッシュタグが作られ、5chでは私専用のスレッドが立っていた。
百円玉を貯金箱に入れながら私は声を押し殺しながら笑った。私はネット上の、そして農業界のヒロインだ。著名な文化人が私について語り、有象無象の名もなきネットの民が私から収穫された人間野菜の味を称える。だけどまだまだ。ネット上で騒がれるだけで終わる私じゃない。そろそろ、ネットで話題の私についてテレビが取り上げる頃合いだ。そうすればきっと、私は現実世界でも有名人。目を閉じれば、まばゆいカメラのフラッシュに照らされる自分の姿が思い浮かぶ。私はほくそ笑みながらテレビのリモコンを手に取り、電源をつける。テレビではちょうど、さきほど届いたニュースを報じているところだった。
『今月二十日より、通販サイトで販売されていた人間野菜を食べた男女数十名が下痢や嘔吐などの症状を訴えていることが判明しました。現在世田谷警察署は、食品衛生法違反の疑いで、仲卸業者である南田修二容疑者と真田哲司容疑者に対する任意出頭命令を出しており、具体的な販売経路の調査を……』




