8-蛇足
夕闇の迫る世界。
山の中にはほかほかと湯気の立ち上る温泉。
エリエルはあまりの極楽っぷりについつい長湯をしてしまっていた。
「やはり露天風呂は格別じゃの。坊やもそう思わんか……ん、坊や?」
「……」
柔らかいクッションに包まれながら温泉に浸かっていた勇者は、ついに色々とのぼせあがってぐったりしていた。
「少し長く浸かりすぎたか。坊やが湯当たりしてしまったの」
勇者を温泉から引き上げ、軽く涼しい風を魔法で送る。
先にエリエルが着替えを終える。ほかほかと上気してやや朱に染まった肌を早めの夜気が撫でていく。
また勇者の元に戻ると、そこにはすっぽんぽんで横たわる勇者がいた。
☆☆☆★★
「ん……」
「おお。気が付いたか」
「あれ、師匠。ぼくは……温泉に入ってたんじゃ……」
「ちっとばかり長く浸かりすぎたようじゃ。湯当たりをおこしておったぞ」
「そっか……ん?」
顔を上げる勇者。
そこで気付く一つの恐ろしい事実。
「なあ師匠、ぼくいつの間に服をきたんだ? まったくおぼえがないんだけど……へんだよなぁ。あはは」
「ああ。坊やが倒れておる間に儂が着せたのじゃ。服は既に汗を洗い流しておるからキレイじゃぞ」
「はは…………………………え」
「下着もキチンとはかせておるから安心するがよい」
さながら慈母の如き笑顔でそうのたまうエリエル。
その血も涙もない現実に、起き上がった勇者は一歩、また一歩と後退る。
「む。どうしたのじゃ、坊や」
「し、師匠が……全部、着せたのか?」
「うむ。当然であろう」
何の疑問ももたず首肯する師匠。
そして、好意を寄せる女性に全裸を真正面から無防備に晒したあげく、下着を手ずから着替えさせられたという狂った世界に勇者はいやいやと首を振り、みるみる目に涙をためていく。
「……う」
「う?」
「――うわあああああああん!」
ついに勇者はガチ泣きしてエリエルの前から逃げ出した。
そして男の子の突然の不可解な逃走に、一人残されたエリエルはしきりに首をかしげていた。
「……何をそんなに動揺しておったのじゃ?」
大魔王はどこまでも大魔王だった。
その夜。
「うう……うっうっ。うううううう……」
宿で一人毛布を頭から被り、枕を涙で濡らしている男の子。
その幼い心に受けた傷は大きく、そして深い。
少年は、いつまでもキレイなままではいられないのだと思い知った夜だった。
そしてその後一日間。
セアの必死な呼びかけにも応えずに、ひたすらに陰鬱とした様子で「ぼくは最悪だ。死にたい」とひたすら部屋に引きこもる勇者の姿があったとか。