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ショタ勇者さま育成計画  作者: めそ
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18






 ――その後。




 E国勇者ノヴァは大魔王討伐の吉報を持ち帰り、全世界の人々を沸かせた。

 事実、すぐにモンスターらに慌しい動きが見られ、その活動が一斉になりを潜めた事がその事実の信憑性を後押しした。


 魔界から帰還した勇者ノヴァパーティは盛大な歓待を受けた。

 が、宴のさなかに勇者は手の甲の紋章を神器に返還し、宝玉を含むサークレットを置いてそのまま姿をくらませた。


 無論、世界中ひっくり返しての大捜索が行われた。

 残ったパーティメンバーらにも追求の手が伸びたが、残念ながら解決に繋がる情報は何ら得られなかった。


 手配書が各地にバラ巻かれ、賞金額は千年前の勇者を凌ぐ史上最高値。

 もはやお祭り騒ぎであった。

 まあ300年続いた大魔王を倒してのけた世界最強の人物、その影響力は大国をも凌ぐと言われていただけに当然といえば当然の事態であったわけだが。


 だが結局勇者は見つかる事無く、ただ時間だけが過ぎていった。


 そしてそうこうしている内に魔界が電光石火の勢いで再び纏められ、新たな魔王が誕生してしまった。


 内乱を鎮めて立った新魔王は、八魔将第一位であった金羊悪魔デルフォードその者。


 しかも各国が把握していたレベル68などではなく、80であるとの情報が稲妻のように駆け巡り、首脳陣は頭を抱えてうめき声を上げる事になった。


 折角最悪の大魔王が倒れ、しばらくは平穏が続くと思った矢先の事である。

 しかも隠れていた大魔王級ときた。

 人々の衝撃は如何ほどか。


 新魔王の報にも残った勇者ノヴァパーティメンバーは動かなかった。

 セアとフレアはE国で、エルスは聖拳老師の元で沈黙。

 スィールはまた腕試しの旅に出た。ただ、なんでも小さな兄妹二人を連れて、弟子として育てているらしい。

 オウジュはしばらくは妻の眠る地で過ごした後、またふらりといなくなった。きっと今日もどこかで人々に紛れて遊び歩いているのだろう。




 かくして世界はまた新たな局面を迎える事となる。




 ☆☆☆☆☆☆




 ――勇者ノヴァが失踪して11年が経った。




 なんとか復旧が済んだ魔王城の執務室。

 そこに魔王となったデルフォードはいた。


 魔王になったからと言って、正直やる事は前魔王時代と変わっていない

 八魔将時代も実質的な魔界の運営はデルフォードが執行しており、エリエルはまったく関わっていなかった。


 ただ変わった事も勿論ある。

 それはエリエルという圧倒的なカリスマがいなくなった事による、魔界の豪族らの手綱が緩くなった事だ。


 反乱即粛清。

 絶対の暴君。

 恐怖政治。

 それがエリエルの時代である。


 それでも強弱が大きな価値観となっている魔界では、そのエリエルの圧倒的戦闘能力に心酔する者ばかりだった。

 それゆえに、エリエルが魔王の座から降りた事は魔界に大きな衝撃をもたらした。

 放心する者、力なく地に伏せる者、切なく遠吠えする者。

 ある意味、皆のアイドルの引退後の光景だ。


 そして魔王がデルフォードに代わった事により、魔界各地での諍いや紛争がまた頻発するようになっていた。

 これはひとえにデルフォードの実力不足である。甘くみられているのだ。

 事実、デルフォードには魔界を完全に掌中に治めるには圧倒的に器も力もカリスマも足りていなかった。

 新生八魔将もデルフォードに完全に従っているのは半数しかいない。これも派閥や権力闘争の結果だ。

 というか、エリエルの時代が異常なだけで、これが本来いつもの姿とも言えるが。


 何はともあれ、デルフォードは今日も新生八魔将と共に頭を痛めながら魔界を治めていた。




「ふう……北方でまた勝手に暴れまわってる部族が現れましたか」


 エリエルを中心に一切のほつれが無かった時代を懐かしく思いながら、デルフォードはなんとか各地の軍を調整して空きを捻出する。


 そうこう仕事をしていると、唐突に窓を叩く音がした。

 警戒しながら索敵。窓にいたのは一匹の鳥の姿をした使い魔だった。

 特殊なルートを使い、厳重な結界と警備をすり抜けてやってきたその使い魔は彼のよく知るものだった。


「おや……義母(かあ)さんの使い魔ですか。(アンサズ)……メッセージ? 私が会いに行く事はあっても、もう魔界との接触を一切断っていたはずなのに。一体どうしたんですかね」


 使い魔を部屋に迎え入れると情報のルーン文字が発動し、記憶された映像と音声が再現される。

 そこには久しぶりに見るエリエルとノヴァの姿があった。


 丈夫で動きやすい服とふわりとしたロングスカートを身につけたエリエル。格好だけが違い、それ以外の外見は堕天使だけあって老いる様子もなく昔とまったく変わらない。落ち着きとは無縁な様子で、何より明るく元気なままだ。


 ノヴァはといえば、落ち着いた穏やかな雰囲気の壮年の男性になっていた。東の国の出身の特徴に一致して、未だ若々しく見える。上等の部屋着を身に纏い、いつでもどこでも清潔感溢れる装いを心がけ、規則正しい生活を送っている。

 また修行を今なお続けており、その肉体に衰えはまったく見られなかった。


 どうやら映像の場所は家の中らしい。デルフォードも時々訪れる、よく見知った部屋だ。

 正面の椅子に座るノヴァに、その背中から首に腕を回してエリエルが全身を預ける。そんな構図だ。

 ノヴァの広い背に柔らかく温かな体とその体重がそっとかけられ、ノヴァの肩にエリエルが頭を乗せて頬と頬がくっついている。

 ベッタベタである。

 そしてこれが日常の風景となっていた。

 なお、スキンシップを取るのはエリエルの方からが多いが、それをいつもノーガードで全面的にウェルカムなノヴァの方がよりベタ甘だった。


 正直マザコンの気があるデルフォードとしては面白くなく、ノヴァとの関係はよろしくなかった。

 顔を合わせればピリピリした冷戦じみた空気が漂う。

 強いていえば、仲が非常に悪い兄弟といったところか。血縁上の関係は義父と義理の息子だが。


 二人は東の聖拳老師の道場、その総本山が管理している人里離れた山奥に夫婦として隠れ住んでいた。

 時折、麓に下りて山で採れる貴重な物と物資を交換したり、道場と交流しつつのんびり幸せに暮らしている。


 たまに楽しそうな笑い声と共に斬りあいしており、舞台となる山地はもはや虫一匹寄り付かぬ静寂の魔境と化していた。

 キャッキャウフフと二人が戦った日は決まって地震が起こり、天が荒れ、緑は根こそぎ吹き飛ばされている。

 周囲にとってはもはや天災でしかない。

 危険すぎて寄り付く生き物がいなくなってしまった。


 元大魔王のオウジュや仙人の域に達しつつある聖拳老師もふらりとやって来ては、二人の戦いに嬉々として混ざっていく姿も見られるとか。


 そんな風に本人達にとっては静かに過ごしていたのだが、ここにきて使い魔を寄越してきた事にデルフォードは嫌な予感を覚えた。

 そう、昔いつもいつもエリエルに振り回され続けてきた事による経験則だ。それがビンビンに訴えてきている。


 これを見続けると災厄が降りかかるぞ、と。


”お。ちゃんと聞こえておるかー?”


 エリエルが手を振る。

 無論、手を振った本人は魔王城にはいない。これはあくまで記録された幻影だ。

 そんなわけで、話は一方的に進められる。


 まずは簡単なエリエル側の甘甘な近況に、デルフォードを気遣う義母(はは)としての言葉。

 それにちょっとだけ頬を緩めるデルフォード。

 なんだかんだ言って、彼は義母が好きなのだ。それは今でも変わらない。


”さて、ここから本題に入る。話しておかないといけない事が起きた”


 淡々とノヴァがデルフォードへと語る。デルフォードも小さく鼻を鳴らしてむっつり顔になる。

 その雰囲気はまさに犬猿の仲。それは理屈ではない。


”実はの、ノエルなのじゃが”

「ノエル?」


 デルフォードが小さく首をかしげる。


 ノエルというのはノヴァとエリエルの娘だ。そしてデルフォードにとって血の繋がらない妹に当たる。

 黒髪黒目の10歳で、小さな黒い翼を一対二枚持って生まれたエリエル似の可愛い娘だ。将来は母に似て美人になるだろうと周囲から言われている。


 時折顔を出すデルフォードは、まだ3歳にも満たない幼い妹のノエルがあどけなく笑いながら手を自分に伸ばしているのを見て決意した。

 決して彼女をエリエルのような奔放な性格に育ててなるものかと。

 主にデルフォード自身の心労のために。

 二人目のエリエルなど、デルフォードは過労死又は人的災害で事故死する未来しか浮かばなかった。


 お淑やかさな女性らしさというものとは。魅力ある女性とは。デルフォードは事あるごとにそれを小さな妹に滔々と吹き込んだ。

 傍から見ると熱弁していたと言っていい。とにかく必死だった。

 その甲斐あってか彼女は素直にデルフォードの言う事を聞き、一々頷いては素直に返事をしていた。

 そのあまりの可愛らしさに、デルフォードもついついフードの下を笑顔にして頭を撫でたり、高い高いをしてあげたりしていた。

 シスコンさんの誕生である。


 そして現在、計画通りに粛々と落ち着いた清楚な娘に育ちつつあってデルフォードは万々歳だった。

 なお、人はこれを洗脳と言います。

 汚い。さすが悪魔きたない。


 今ではデルフォードを「デルお兄様」と呼び、慕ってくれている心清らかな女の子だった。


「デルお兄様はお淑やかな女の子が好きなのですか?」

「ええ、もちろんです。義母さんの事は決して嫌いというわけではないのですが……あなたは、あなただけはそのまま優しく真っ直ぐ育ってください。本当にお願いします」


 ノエルの両肩に手を置き、真剣な顔と目でノエルに顔を近づけて見つめながらデルフォードはそう涙ながら訴えた。

 縋りつくようなその姿。300年を越える偉大な悪魔にして現魔王としてはあまりにも情けない姿だった。


 だが。


「はい」


 どんな凍える冬も、その笑顔の前には雪解けと共に春が訪れる。そう思わされる柔らかい幸せ一杯の笑顔をノエルが浮かべる。

 その姿に、思わずデルフォードがぎゅっと抱きしめてしまったのは仕方の無い事だろう。

 ノヴァは後ろで非常に渋い顔をしていたが。

 娘のノエルは「お父様が神剣を握っていたのはどうしてなんだろう」と不思議に思ったが心の内だけに留めていた。


 そんな蝶よ花よと大事にしている妹の話とは一体。

 デルフォードは自然と赤黒いローブの下で拳を握る。


”ノエルなのじゃが、この前村に下りて行ったら勇者に認定されての”

「………………は?」


 勇者。

 誰が?

 ノエルが?


「え、何ですか、それは」


 むろん、記録した映像と声だけを伝える使い魔はそんなデルフォードの様子などお構いなしに続ける。


”どうもウィンドドラゴンを魔法で吹っ飛ばしたその強さを見込まれての事らしい。まあそんなわけで、魔王討伐に出る事になったのじゃ”


 魔王。

 魔王とは誰だ?

 ああ、私じゃないですか。

 そうですか。魔王討伐ですか。

 私、やっつけられてしまうのですか。




「はああああああああああああああああああああ!?」




 目深に被ったフードが取り払われ、金髪を掻き毟りながら絶叫するデルフォード。

 もうわけが分からなかった。


 そうしている間に、映像からはドタドタとたくさんの走ってくる足音が遠くから聞こえてきた。


”やっほー! 兄ちゃん! ハゲてないかー?”

”ノエルねーちゃんがデル兄ちゃんの所まで行くっていうから、僕たちも一緒に行く事にしたんだよ”

”久しぶりね! そんなわけだから美味しいお菓子と紅茶用意しててよね。いつごろに行けるかよく分からないけど、あたしはタルトがいいなー”

”こんにちはー”

”こんにちはー”

”てーにーちゃ?”


 映像にはノヴァとエリエルの前に陣取ってどアップで映る六人の幼い子供達。それぞれが思うままに賑やかに喋ってくる。

 全員がノヴァとエリエルの子供だ。七人兄弟なのだ。

 頑張った!

 上から順に、長男、次男、次女、双子の三女四女、三男。末の三人に至ってはまだ幼児だ。

 なお、八人目もそろそろ近いとか近くないとか。


”まあそんなわけでの、ノエル達がそっちに行ったら相手してやってくれ。儂ら自慢の娘達じゃ。これから一旦修行(しこみ)の仕上げに入るが、油断すると痛い目を見るぞ”


 そう言うエリエルは楽しそうだった。


”魔王退治に行くぜ! そして褒美でセア姉ちゃんは俺の嫁!”

”まあ、にーちゃんとねーちゃんだけじゃあ心配だからね。僕がしっかり面倒見るから安心していいよ。今度は大手を振ってお城を探検していいんだよね。まだ止められて入った事ない部屋とかあるから楽しみだなぁ。あ、フレアねーちゃんとエルスねーちゃんは僕がもらうね”

”ねえねえ、この間おかーさんに新しい技を見せてもらったの。そっちいったら見せてあげるわね。あ、セレアねーさんたちにも教えてあげなくちゃ”

”いくのー”

”いくのー”

”いっしょ、いっしょー”


 子供達はほとんどピクニック気分だった。

 そもそも子供達はデルフォードに連れられて魔王城には何度も遊びに行っている。八魔将とも顔見知りだ。フリーパスだ。城のモンスターらにも可愛がられている。

 先代大魔王エリエルの影響力は今なお健在である。


 そんなわけで、子供達は魔王城を兄デルフォードの住んでるでっかい屋敷くらいにしか認識していない。

 ついでに、広いのでよく探検ごっこやかくれんぼなどをしている。


”あ、あの。デルお兄様……”


 後ろからおずおずと出てきたのは、当の渦中にいる勇者本人のノエル。

 サラサラとして艶やかな黒髪を背中まで伸ばし、どこか小動物的な雰囲気を漂わせている。


 その表情はどこか申し訳なさそうでいて、恐縮してデルフォードの反応を不安気に窺っているように見える。


 その姿にデルフォードは希望を覚えた。


「そうだ。ノエルはよく私に懐いてくれていた子だ。唯一の心のオアシス。きっとこの子だけは魔王退治なんて、そんなバカげた事に乗り気なはずがない……!」


 そんな一縷の望みを胸に顔を明るくしているデルフォードに、ノエルは躊躇うように口を開いた。

 それはいつものように大人しく、小さな声だった。


”お母様からお聞きしました。お父様とお母様が結ばれた話を。勇者だったお父様は魔王のお母様を倒し、お母様はそのプロポーズを受け取ったと”

「ん……?」


 なんでその話が今ここで出てくるのだろうか。

 デルフォードは分からなかった。


 顔を俯かせ、両手でスカートをぎゅっと握りる女の子ノエル。

 握った手を小さく震わせながらも、ノエルはデルフォードを真っ直ぐ見据え、搾り出すように大きな声を出す。


”デルお兄様……わ、わたくし、がんばりますから!”

「へ?」


 滅多に聞く事のない、ノエルの大きな美声。

 頬を真っ赤に染め、目を潤ませながら彼女は勇気を振り絞ってデルフォードへとそう訴えた。


 言い切ったノエルは耐えられなくなったように両手で顔を隠しながらパタパタとフェードアウトしていく。

 その耳は真っ赤だった。


 残ったのは囃し立てる残った子供達の声と、上機嫌に笑うエリエルと、憮然としたノヴァの顔。


 そしてデルフォードは真っ白な灰になっていた。






 ――歴史は繰り返す。






 ☆☆☆☆☆☆




 5年後。


 デルフォードの魔王時代は15年程度で幕を閉じた。


 頭を垂れ、肩を落とし、おどろおどろしい暗闇を背景に背負ったデルフォード。顔には縦線も入っている。

 その背中には『赤ん坊の頃から世話をしていた小さい妹に手を出した鬼畜ロリコン悪魔』などという見えない烙印がでかでかと押されていた。

 そんな彼の横で遠慮がちに、けれどしっかり腕を絡めて身を寄せながら、幸せそうにあどけなく微笑む少女ノエルの姿があったとか。






 はっぴーえんど!(但し一部除く)







最後まで読んでくださってありがとうございました。


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