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ショタ勇者さま育成計画  作者: めそ
45/51

16-4

書籍化で一番わりを食ったキャラに捧げました。


 エルラス国第三王女フレア。九歳の彼女は勇者ノヴァの一つ年上であり、高名な魔法使いの私塾では先に門下生となっていたため、後から入ってきたノヴァの先輩となる。

 そのフレアは魔法使いの先生から言われてノヴァの魔法の勉強の面倒を見るようになっていた。

「そこ、魔法陣のルーン文字の配置が間違っているわよ!」

「わ、分かったよ。今直すって」

 私塾にて間違いがあれば鋭く指摘する。

「いいかしら、魔法はただ使えればいいというものではないの。れっきとした学問であり、長い歴史を持つ文化なのよ。しっかり先人が残してきた知識と歴史を理解するのも必要なのよ。例えばこの魔法皇の著作『魔力基礎解析学』はこれまでずっと紛糾していた魔力の扱いに決着を着け、以後の魔法の発展と成長と運用に多大な貢献をしたんだから。ちょっと、ちゃんと真面目に読んでるの?」

「う、うん……文字はなんとか読める、読めるんだけど……意味がさっぱり分かんねえよ」

 時にはいつもの澄ましたお嬢様然とした表情ではなく、珍しく若干弾んだ声で教鞭を振るう。

「どうしたのよ?」

「いや、本棚の上のほうにある本が取れなくて……もうちょっとなんだけど、くそ」

「ああ、あなたじゃ仕方ないわねえ。わたくしが取ってあげる。はい」

「……ありがと」

 困っていればなんだかんだ言いながらも手を貸してくれる。

「もう、身だしなみにはもうちょっと気を配りなさいよ。ほらやってあげるからこっちに来なさい」

「え、いーよ、別に……いてっ、ちょ、こら耳を引っ張るな!」

「いいから来る! まったく、同門の恥はわたくしの恥にもなるんだから。ほら、そこに座って」

 嘆息しながらキチンと余計なお世話、もとい指導をする同門の先輩はこんな風にノヴァの良き先輩であろうとしていた。

 ……ちょっと方向性がズレているような気がしないでもないが。まあフレアも始めて年下の世話を焼くという事で若干手探りの距離感だった事は否めない。

 まあそんな二人の関係性は五年後になっても続いていた。

 成長期に入り、少年少女として子供の殻を脱ぎ捨て始めた彼女らは今、世界各地を巡っている最中だった。

「ノヴァ。あなたもしかして今まで宿から出ずにずっと部屋にいたの」

「ああ。ちょっと剣と鎧と盾の手入れをしてた。ここに着くまで結構酷使し続けてたから、一度よく見ておかなくちゃって思ってたんだよ。次の大きな街についたら鍛冶屋に頼もうと思ってるから、それまで大事にしなくちゃ」

「ふうん。まあそれはいいのだけれど……少し前からエルスを待たせてないかしら?」

「ん? あ、もうそんな時間か! ちょっと鎧と盾の手入れに没頭しすぎてた。この後組手の約束してたんだよ。教えてくれてありがとな」

「どういたしまして。ほら、さっさと行ってきなさい。さっきからそわそわしてて今か今かと表で待ちわびていたわよ」

「ああ、急いで行ってくる」

 エルラス国を旅立った時は三人だったノヴァ達は、今では五人パーティになっている。幼なじみ四人組であるノヴァ、セア、フレア、エルスに途中から加わったのはオウジュという褐色の肌の二十歳過ぎくらいに見える青年だ。

 頼りになる大人が加入しても彼と堂々と対等にやり取りをしており、ずっと年長者のお姉さんとしての立場を崩さない。気高く美しく誇り高くあろうとするフレアは毒づきながらも皆の面倒を見ながら、影ながら見守ってきていた。

 そんなある日、ノヴァパーティは大雨の中を川沿いに上流へと向かって移動していた。

 非戦闘員のオウジュは川下で荷物番として待機。残りの四人で川の上流の湖で洪水を引き起こして川を氾濫させている邪悪な魔法使いの実験を止めるのが目的だった。

「はぁ……もう! 雨が冷たくて嫌になるわね。いっそ雨雲全部吹き飛ばせるか挑戦してみようかしら」

「そんな事しようとしたら一気に魔力が尽きるし、相手にも気付かれるだろ。もうちょっとの我慢だって、フレア」

「分かってるわよ。セアは神官なのにしっかり体力はあるし、わたくしだけ足を引っ張るなんてできるものですか」

 パーティで一番体力のない魔法使いのフレアはそう言いながら沼地と化したぬかるみを一歩、また一歩と足に力を入れて歩みを進める。最近の体調の不良も合わさってその顔には疲労の色が濃いが、決して弱音を吐くものかと歯を食いしばっていた。一方の神官の少女セアと格闘家エルスは涼しい顔をしながらも、フレアを気遣いつつ進んでいる。

 そこで先頭を歩いていたノヴァが足を止め、眉をひそめた。

「ん……地鳴り?」

「微かに地面が揺れてます……これは、まさか」

「おい! 前! 思ったより早くきたぞ!」

「飛ぶわよ!」

 この雨天の中、必ずどこかで遭遇するだろうと予想していた川の氾濫。それが今、恐ろしい大声を上げながら現れた。

 エルスは隣のセアを抱えて跳び、ノヴァもまた素早く洪水の暴威から逃れるべく川辺から離れる。フレアも魔法で跳躍しようとして、しかしできなかった。

「え?」

 一瞬のホワイトアウト。気がつけばフレアは前のめりに倒れようとしていて、慌てて手に持った杖で体勢をたてなおす。

「しまっ――」

「フレア!」

「フレア様!」

 濁流が迫る。大木や大岩、熊やオーガなど一切合財を呑み込み、全てを押し流す毎秒数千トンの暴威が。

 一度バラバラになった集中を再び取り戻した時にはもう洪水は目の前まで迫ってきていた。フレアはそれでも並外れたスピードで魔法を唱える。風が渦巻き、フレアを空へ逃がそうとする。更にセアもまたエルスに抱えられたまま洪水を押し止めるべく神の障壁を作り出す。

「間に合え――!」

 必死に抗うフレアへと無慈悲な水の奔流が大口を開けて襲い掛かろうとしたその時、横からノヴァが飛び込んできた。

「こ、のおおおおお!」

「ノヴァ!?」

 ノヴァが洪水を払うように右手を振るうと、生み出された強大な風圧により洪水が爆散する。だがそれもわずかな間だけの足止めにしかならない。それでもノヴァには十分だった。

 フレアに手を伸ばす。

 フレアもまた咄嗟に手を差し出す。

 ノヴァはすかさず掴み取ったフレアの手を思いっきり引き、全身を引き寄せる。そしてそのまま片腕でフレアの華奢な体を抱きとめ、そのまま掻っ攫うように濁流から全速力で脱出した。

「ふぅ……ここまで来れば安全か。少し冷やりとしたな。大丈夫か、フレア」

「え、ええ……」

 間近で覗き込まれるノヴァの瞳。そのあまりにも近い距離に思わずフレアの声が上擦る。

 その背中に回されたノヴァの片腕は急加速でも振り落とさぬよう、強く力を込められている。それを緩められ、フレアの足が地面につく。そこでようやくフレアは自分が抱き上げられていた事に気がついた。

「立てるか? ……やっぱり顔色悪いぞ。セアにすぐ見てもらおう」

 その言葉にフレアは素直に頷く。そこにはいつもの年長として気丈に振舞う姿は見られなかった。ただ手を引っ張られた時の力強い感触、それがじんわりと熱を持ってフレアの手に残っていた。


 その数日後。魔法の実験で近隣の住民を悩ませていた指名手配中の魔法使いを捕縛し、ようやく一騒動が治まって一息ついた夜の事だった。

「フレア、もうちょっと自分を大事にしろよなー」

「はいはい。もう何度も聞いたわ。わたくしも反省してるのよ。ここまで体調管理に失敗したのは悪かったわよ」

「分かってねー……あーもー。恥ずかしいけどこの際だから言っておくけどな、俺、フレアの事結構頼りにしてるし、感謝してるんだからな。そりゃ口はちょっと悪いけど、偉い人たちと真正面からバカにされずに相手できるし、色々気付かなかった所とかテキパキフォローしてくれるし」

「ちょっと、あなたねえ。口が悪いは余計よ」

 ノヴァとフレアは二人だけで宿の部屋に居残って静養していた。テーブルの上には買ってきた果実水の入ったボトルとカップがある。

「ったく。弱音隠すのは上手いんだからなぁ。昔の土砂崩れの時といい、フレアは時々無茶しすぎなんだよ」

「今日は随分と痛い過去を突いてくるわね、あなた……」

 フレアが渋い表情で果実水を一杯あおる。そしてふと昔を思い出した。まだ十歳にもならなかった、エルラス国にいたころの自分達を。

 私塾で一緒に本を覗き込んでいたあの頃。

 魔法が下手で真っ直ぐ飛ばず、何度も叱りながら教えていたあの頃。

 ちょっと手を伸ばせば簡単に頭に届いたあの頃。

「……」

「ん、いきなり黙り込んでどうしたんだよ」

 ノヴァの怪訝そうな表情にも頓着せず、フレアはじっとノヴァを見上げる。

 やがてポツリと呟いた。

「いつの間にか背……追い越されてたわね」

「ん? ああ、そういやそうだな」

 それがどうかしたのか、と言わんばかりのノヴァの顔にフレアは無性に腹が立ち、杖でポカリと頭を叩く。そしてすぐさまそっぽを向いた。

「ノヴァのくせに生意気よ」

「いってぇ。いきなりなんだよそれー」

 どうして自分が殴られたのか分からずにムッとするノヴァ。そんな少年にフレアは決して顔を向けようとはしなかった。

 結局、ノヴァはその時のフレアの表情を知る事はなかった。



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