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ショタ勇者さま育成計画  作者: めそ
42/51

16-1






 E国勇者ノヴァが旅立ってじきに6年が経とうとしていた。




 太陽が中天を過ぎてしばらくした頃。

 やや継ぎはぎの目立つ二頭立ての幌馬車が薄暗い森の小さな一本道を進んでいた。

 移動のルーンの加護を刻まれた立派な車輪は悪路をものともせず、快適な乗り心地を約束している。

 綺麗な栗毛の一角馬達も力強い走りを見せてくれていた。


 今、馬車に乗り込んでいるメンバーは6名。


 御者台には褐色の肌の青年。名前をオウジュという。

 二十歳過ぎの見た目で、顔はエルフのように整っている。黙っていれば野性味溢れ、凄みのある怖い兄ちゃん。だが一度口を開けば軟派で陽気な遊び人だった。

 故郷にラブラブの妻を残しているそうで、左手の薬指にはいつもちょっと古めかしい指輪があった。

 なお年齢は教えてくれない。


 一見魔界の民のダークエルフによく間違われるが、耳は尖っていない。

 ノヴァ達がE国を旅立って始めて立ち寄った町で声をかけてきた旅人だった。

 なんでもセアの父や聖拳老師の友人だそうで、セアの父からノヴァ達の旅の助けになってくれと頼まれていたらしい。ノヴァ達がいきなり旅立ってしまったため、急いで追いかけてきたとの事。


 そしてエルスとも顔見知りだった。エルス曰く「いつも美味しいお土産をもってきてくれるにーちゃん」。ただし物心ついた時からまったく姿が変わっていないらしい。三十路はこえているはずだとの事だが真偽は定かではない。


 長年各地を旅していたようで、地理や風土、風習、各国の法律など様々な事に詳しい。まさしく名旅先案内人。

 パーティの中では非戦闘員であり、およそ旅をするために必要な雑務のあれこれを一手に引き受けてくれていた。


 続いて台車の一番前の入り口で不敵な顔で仁王立ちをし、前方を睨みながら腕を組んでいる人物について。そうやって全身で風を受けているのは黒髪をショートカットにした武道着姿。中性的な顔立ちだが、サラシが巻かれた胸には控えめながらも立派なふくらみがあり、女性である事を教えてくれる。

 名前はエルス。聖拳老師の秘蔵の弟子にして今や世界有数の格闘家。


 そう。エルスは立派な娘さんである。

 長旅を経て聖拳老師の道場まで迎えに行ったノヴァは、村娘の格好をして出てきた笑顔のエルスに「誰だ?」と言い放ち、「なんだよそれー! ひっでー! オレを何だと思ってたんだ!」と吠えるエルスにガクガク体を揺さぶられていた。

 セアも口を開けて驚いており、唯一勘付いていたフレアが宥めるまでエルスはちょっぴり不機嫌だったとか。


 台車の上で地図を広げて睨めっこしているのはゆるくウェーブした金髪ロングヘアの女性。気品溢れ、麗しいとの形容が最も当てはまる。立ち居振る舞いも一本芯が通っており、自信を持ち堂々としている。父に似て目つきが少しキツく、どこか冷めた雰囲気があるが、これで情に厚いのは仲間の皆が知っている事だ。

 魔法使いにしてE国第三王女のフレア。もうじき大魔導士の称号を贈られると密やかに囁かれている。


 精霊樹から削りだした上等の杖を片手に、強い魔力を帯びた布で織られた真紅のローブを着ている。その指や腕、首には様々な魔力を宿したアクセサリーがあった。

 仲間内でも冷静で、よく無鉄砲に突出するノヴァ達のフォローをなんだかんだ言ってしてくれている。


 台車の後ろの端には槍を胸に抱いて目を閉じている鎧姿の女性がいた。

 年のころは20代入ってすぐの辺りか。赤毛を乱暴に短く刈った、凛々しい女性だった。元々は流れの槍士で長槍と短槍を場面に合わせて使い分ける武芸者だ。傭兵や用心棒として雇われながら武者修行の旅をしていたところをノヴァパーティに加入したという経緯がある。

 名前はスィール。


 彼女はある日突然、各地で急激に名を上げてきているノヴァ達の前に現れ、手合わせを申し込んできた。

 ノヴァがわずか二合で彼女の槍を弾き飛ばすと、彼女は目を輝かせてパーティに加えてくれと土下座する勢いで頼み込んできた。そしてノヴァはそれをあっさり認めた。

 ノヴァに敗れたとはいえ腕前は悪くない。むしろ上等の部類だ。

 だがそれ以上にセアとフレアはなんとなくノヴァの胸中を察し、反対する事はなかった。


 彼女はかつてのノヴァとセアの師匠であるエリエルに似ていたのだ。

 顔つきなどではなく、性格や雰囲気が。

 明るく、剛毅で、不思議と憎めない所など。


 そして別の片隅では青年が少女のプラチナブロンドを丁寧に優しく櫛で梳き、慣れた様子で黒のリボンを結んでいく。

 少女はやや幼く見えるが、誰もが息を飲む美しさをたたえていた。それは静かな一枚の絵画のごとき美術性。そのブルーアイズに見つめられればきっと多くの者が良くも悪くも忘れる事はできないだろう。神秘的でありながら、その行動の随所に強い意志が覗かれる少女。


 そして青年は今はもう幼さがほとんど抜け、精悍さが強く前に出てきている。一端の戦士の顔つきに成長していた。

 細く引き締まった体躯は一見頼りなさげに見えるが、その内に秘められた力は尋常ではない。もし相応の戦士が相対すれば、まるで巨大且つ強大な肉食獣を前にしたような恐怖と重圧が全身に圧し掛かるであろう。

 数々の戦歴を重ね、実戦に裏打ちされた戦闘技術はもはや人間の中でも遥かに抜きん出ている。それこそ1,2位を争うほど。


 神官セアと勇者ノヴァ。


 ちなみにこれが終わったらセアが膝枕をして、ノヴァに筋肉の疲れがとれるよう癒しの奇跡を全身軽めにかける予定だ。

 その膝を貸し借りる行為に照れもぎこちなさもないという事が二人の距離の近さを伺わせる。ただしそれは決して男女のそれとは一線を画していたが。


 E国を初めて出た頃は10歳前後だったノヴァ達も、今や16歳前後。すっかり身長も伸び、青年らしく娘らしく成長したノヴァパーティの姿があった。


 旅に出る前の幼い頃から交友のあるノヴァ、セア、フレア、エルスの4人は年の近い幼なじみの親友として仲が非常に良かった。

 それは今も続いている。

 アダルト組のオウジュとスィールはそれにちょっかいかけながらも微笑ましく見守っていた。




 一行が今向かっている先は秘境。険しい道のりのその更に奥にある森の集落。

 なんでもここ最近、集落の聖地付近にモンスターが集まってきているそうだ。

 一帯の治安も悪くなり、森の外にある町では夜に外を出歩いていると空や地から突如現れたモンスターに人や家畜、食料が奪われるという事件も起こり始めている。


 聖地には特殊な力があり、また精霊が集まりやすい特別な土地だ。特定の時期でしか使えず、また人によってその効果は大きく揺れ幅がある。それでもその力は人間相手に限定されるものの無視できぬ影響力がある。

 本来ならモンスターにはあまり魅力的な土地ではないはずなのだが、国や集落側としてはこうして不穏な兆候があれば動かざるをえない。当の儀式が間近に迫っていれば尚更。


 ノヴァ達は領主からの依頼でその加勢として合流しようと、集落に向かっている途中だった。




「ん……?」

「どうしたの、オウジュのおっちゃん」

「エルっ子。おー。うん。ちょっと変な臭いがしてな。気をつけろー、森の様子がおかしいぞ」


 言葉とは裏腹にのんびりとした調子で警戒を促す御者のオウジュ。

 一角馬達の手綱を強く握りなおす。


 仁王立ちしていたエルスはそれを受けて意識を研ぎ澄まて広げ、周囲の気配を探る。


「…………んー。進行方向からやや右。遠くで何か争ってるかな」

「俺も感知した。間違いなさそうだ」


 ハスキーなエルスの言葉に被さるように、後ろから鋭い青年の声がした。

 台車の方からノヴァが顔を出す。その手には既に抜き身の剣を握っている。強い魔力を帯びた剣を。


「どーするよ、ノヴァやん、フレアちん」


 オウジュがそう問うた時、エルスとノヴァが広げていた索敵網に突然の乱入者があった。


「何かいる!」


 エルスが叫び終わる前に馬車から別の影が飛び出す。


「先行する」

「あっ、ちょ、こらノヴァ待ちなさい! 不用意に出ていくんじゃないわよ!」


 慌ててフレアが制止するもノヴァはあっという間に風と共に飛んでいった。

 更に続けて勢いよく馬車から飛び出す影が。


「私も行きます!」

「セアまで! もうっ、あなた達はいつもいつも!」

「オレも行ってくるっ!」

「……エルス。この突撃バカども」


 最後は呪詛すら篭っていそうだった。


「はははっ、まあ馬車は俺がいつもの通り見ておくから、お前らも行って来い。後から追いつくさ」

「そうさせてもらうわ……もうっ。行ってくるわね。あなたもそれなりに剣が使えるからって無理はしないようにね」

「ふふ。ではオウジュ殿、後は頼んだ」

「おーよ、まかせとけ。くれぐれも油断せず気ぃ引き締めていけよー」

(わたくし)じゃなくてあの三人に言って欲しいわね……」


 最後にフレアと女槍士スィールが馬車を出て慎重に周りを探りながら駆け出した。




 一方、駆けつけたノヴァ達が見たのはモンスター数匹に襲われる二人の兵だった。

 イタチ姿のモンスター。尾の毛は一本一本が非常に切れ味鋭い刃となっており、動きも疾風のように俊敏な凶悪なモンスターだ。通称カマイタチ。

 全身を切り傷だらけにし、鎧ごと真っ赤に染まった兵らを助けるべくノヴァとセア、遅れてエルスがカマイタチの前に飛び出して行く。


 新たな闖入者の3人。カマイタチらはすぐさま狙いを変える。が、何もできないままノヴァとエルスの手によって仕留められた。

 軽く剣を突き、或いは拳で虚空を打ち抜く。それだけでカマイタチらは皆的確に胴体を撃ち抜かれ、魔力結晶と共に森の地面へと転がった。

 一瞬の出来事だった。


 セアはすぐさま兵らの手当てにとりかかった。


「せ、聖地にモンスターの大群が山崩れのように押し寄せてきて……集落の戦士らと共に応戦したが、押される内に仲間達と散り散りになってしまい……」


 息を荒げながらも比較的軽症の兵の方から事情を聞きだす。彼は領主所属として集落に派兵されており、集落と領主との繋ぎの役目をしていた。

 そしてその彼の話ではどうやら厄介な事になっているようだ。


「はやく……逃げなさい。もうあれは、我らと集落の戦力でも手には負えない……」

「心配すんなって、そのためにオレらは来たんだから。なっ、ノヴァ」

「え……?」


 ノヴァという名前を聞いて、途端に兵は勢いよく顔を上げてノヴァの顔を凝視した。


「まさか、あの……本物!?」

「住民の避難はもう済んでいる、か。なら俺達は後続を待ってこのまま現場に向かおう。まずはリーダーに会わないと」

「はい。では、兵隊さんはもう歩けますね。けれど失った血まではすぐには戻せませんから無理はなさらないでください」

「よし、じゃあ辛いところ悪いけどオレらと一緒に戦場への道案内を頼むぜ」


 エルスが尋ねる。

 兵らは壊れたように何度も首を縦に振っていた。


 想像以上にすぎる大物の登場に兵は心の中で歓喜した。


 もし噂通りのパーティなら――これ以上望むべくもない強力な加勢だ。


 まだ十五歳の成人を迎えたばかりの、数ある勇者パーティの中でもとてつもなく若いパーティ。それこそ駆け出し勇者と大差ない程度の年齢。


 それでありながら中核メンバー4人の実力は既に世界トップクラスだ。


 そう。例えばかつて武闘大会で出会った勇者エパポスと勇者ヘリアデス。

 エパポスは十代後半でレベル15。ヘリアデスは二十歳を過ぎたあたりでレベル24。世界的に見て、勇者の年齢に対するレベルとしては概ね妥当と言える範囲だっただろう。


 その上で勇者ノヴァパーティのアベレージレベルは40。

 今や世界各国が擁する勇者達の中でも1,2位を争うパーティ。


 勇者の中で最も若手と言われる年齢でありながら、既にその強さ、その活躍は世界に余す事無く轟いている。

 民衆はその姿に紛れもない『勇者』を見ていた。


 わずか齢十歳で竜殺しを成し遂げた生きる伝説。

 皆が憧れる夢物語をそのままに体現したかのような存在。


 今、世界で最も注目され、数々の功績を打ち立て続けている勇者がここにいた。







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