15-4 昔話
これは遠い遠い昔の話。
まだエリエルが魔王の座に至る前。
堕天して間もない頃の昔話。
「ねえ、これ君がやったの?」
「誰だ……?」
「私はエリエル。ついこの間堕天して魔界にきたばかりなの」
そこは終わった地だった。
見渡す限り炎と破壊に彩られた魔界の一つの集落。
死体と血と異臭に満ちた死地。
その中心に金髪赤目の少年悪魔が一人ぼうっと立っていた。
そしてフラリと現れたのは、巨大な漆黒の翼をもつ堕天使の女性。
エリエルと名乗った彼女は興味深々に少年を眺めている。
「失せろ。今俺はすごく機嫌が悪い」
「ふうん?」
「ちっ」
一向に去る様子を見せないエリエルに苛だった少年がエリエルに手を向ける。
途端、少年の影が震える。そして爆発的に影が広がり、無数の黒い触手をエリエルの足元へと伸ばして行く。
同時に精気を奪う風を起こし、竜巻へと変化させる。
それは大きな竜巻だった。この辺りの家屋を根こそぎ天へと持ち上げるほどの。
だがエリエルは一歩も動く事なくそれらを全て破った。
手を伸ばしてきた影の触手はエリエルの足に触れる直前、根こそぎ地面から引っぺがされるように吹き飛ばされ、消えた。
竜巻は払うように手を振るったエリエルの前に現れた同じく大きな吹雪の竜巻に呑み込まれ、完全に打ち消されてしまった。
それを少年は驚愕に大きく目を見開きながら見ていた。
今みせた対処の動きだけでエリエルの力が自分とは別次元である事を悟らされた。
そしてそれが理解できた少年もまた、まさしく輝く才を秘めた悪魔だった。
「お前……強いな」
「そうなのかしら。分からないわ。けど、強い者と戦うのは大好きよ」
少年がしばし思案する。
そして駆け引きもなく頭を下げた。
「なあ、俺にもっと戦う力をくれ。お前の魔法を教えてくれ。その代わりに魔界の事を色々と教えてやれるぜ。それに俺の力を好きに使っても構わない。これでも俺の力は役に立つぜ」
少年は強かった。
齢幼くして既に部族内でも1,2位を争う天才的な力を秘めていた。
だがそれでもなお、力が足りなかった。
皆殺しにされた一族の奪われた秘宝を取り戻すために。
そのためにはもっと力が必要だった。
だから、目の前の堕天使の女性の下につく事も耐え忍ぶ事にした。
この女性から戦う術を教われば、必ずや目的までの近道になるであろうから。
「いいわよ。でも私からは一つだけ条件があるわ」
「なんだ」
少年が思わず身構える。果たしてどんな無茶な条件が出てくるのか。
だがどんな無理難題でもこなして自分の価値を刻み付けてやる。そう意気込む。
だがエリエルの口から出てきたのは意外なものだった。
「簡単よ。私からのお願い。君が大きくなってもっともっと強くなったら私と本気で戦いましょう。そう、命を賭けて」
「そんな事でいいのか?」
「ええ」
「ふーん……いいよ、後悔するなよ」
「うふふ。後悔なんてとんでもないわ。あなたは強くなる。約束よ、絶対のね」
そう弾む声で言ってエリエルは本当に嬉しそうに、楽しそうに笑う。
少年はそんな変わった堕天使を鼻で笑った。
「ねえ、あなたの名前を教えて」
「……デルフォードだ」
「そう。これからよろしくね、デルフォード」
「あまりなれなれしくするな、好きじゃない」
「えー。いいじゃないの、ほら。ねっ」
「こら、引っ付くなって、このアバズレー!」
「ふふ」
こうしてエリエルはデルフォードを初めての弟子として鍛えながら強者を求め歩き魔界全土の蹂躙を始める。デルフォードはそんなエリエルの側に常に付き従い、やがてエリエルの下に集う魔界の民らの取りまとめに奔走する事になった。
その間、エリエルはデルフォードにまるで母親のように接し、デルフォードもまた最初は反発していたが、時を経るにつれて諦めと共にそれを受け入れるようになる。
やがてデルフォードは無事賊らを血祭りにあげ、秘宝を取り戻した。
そしてエリエルが魔王を打ち破って300年。
デルフォードは決してエリエルを傷つける事はなかった。
例え敬愛するエリエルが自分を殺しにかかっても、彼は抵抗する事はないだろう。
それがデルフォードという金羊悪魔。
絶対の忠誠を誓う大魔王第一の側近。
戦いに狂った堕天使を母として愛し、そのために彼女に狂わされた悲しい悪魔だった。




