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ショタ勇者さま育成計画  作者: めそ
4/51

4






 いつもの魔王城。


「ふふふ。よくぞ来た勇者達よ……」

「その扉の奥に大魔王がいるのか!」

「貴様達がそれを知ってどうするというのだ。ここで死ぬ貴様達がな!」

「く、これが魔王軍八魔将第一の悪魔デルフォードの発する圧力……!」

「怖気づいたか、今帰るのであれば見逃してやってもいいぞ」


 余裕たっぷりにあざ嘲う側近。

 しかしその胸の内は真逆の言葉を垂れ流していた。


「い、言えない。今大魔王様は城を留守にしているなんて言えない!」


 心の中でそう頭を抱える側近。

 側近の背中にある扉の奥は空の玉座があるのみ。

 なのに勇者達は大魔王がいると信じて決死の覚悟で向かってくる。

 内心、もう泣きそうだった。


「なんとしてでも玉座に続く扉を開けられるわけにはいかない。 ここで勇者達を倒さなければ……! 素直に帰ってくれればそれが一番なのだが、そううまくいくわけないよなぁ」


 そんなことはおくびにもださず、不敵な笑みを浮かべ続ける側近。

 それに底知れぬ不気味さを感じ取り、緊張に身を縛られる勇者パーティ。


 大魔王の置いていった羽を切れば、現状を即座に離れた大魔王の元へ知らせることができるが、元より主に泣きつくような真似をするつもりはさらさらなかった。

 第一、魔王軍は大魔王の盾であり剣だ。もっとぶっちゃけて言えばほとんどファンクラブだ。

 たとえ当人がその存在意義を否定していても、自ら進んで敵の前に大魔王を晒せるわけがない。


「さあ、かかってくるがよい! 大魔王様の第一の僕であるこのデルフォードが直々に相手をしてくれるわ!」


 側近の負けられない戦いが今、始まる――!


「こっちこそ、前座に用はないっ!! 我等の狙いはただ一人、大魔王のみ! いくぞ皆!」

「吼えるな、若造が! こっちの事情も考えろ、このやろー!」

「なんのことだよ!?」

「うるさい! ただの八つ当たりだよ、悪いか!」

「ええい、皆悪魔の言うことに耳を傾けるな、きっとかく乱だ!」


 ちゅどーん。

 ばきどかぐしゃべき。

 どっかーん。


 側近のストレスは今日もうなぎのぼりだった。



 ☆☆☆☆☆



 そんな魔王城の事はつゆ知らず。


「すまんが儂は剣士での。魔法を使えることは使えるが、少々偏っているのじゃ。坊やの魔法はやはり人間の魔法使いに教えてもらうのが一番じゃろう。以前儂が教えたあやつは少々失敗してしまったからのぅ」


 というわけで、午前にいつもの基礎体力メニューを終わらせて、午後は王都にいる一人の初老にさしかかった魔法使いに魔法を教わることとなった。謝礼は大魔王エリエルが払っている。

 その時エリエルの姿を間近で見た魔法使いの鼻がだらしなく伸びているのに気付いた勇者は、何故か自分でも分からず少し不機嫌になっていた。

 特に謝礼を渡すときに手が一瞬触れ合った時が一番むかついていた。


 まあそれはともかく、魔法の授業だ。

 魔法使いの部屋で勇者は初心者用の魔導書片手に魔法の仕組みを教わっていた。


「えー、魔法の歴史について~うんたらかんたら」


「えー、魔法とは極めれば日食や隕石落とし(メテオ)をも可能にするが、これは数百年に一人の天才しか~うんぬんかんぬん」


「えー、魔法を使うには精霊との契約~かくかくしかじか」


「えー、精霊には3つの階級に分かれ、契約した精霊によって~かくかくしかじか」


「えー、まず精霊を見えるようになることから始まり~かくかくしかじか」


「えー、呪文とイメージは密接に関わっており~かくかくしかじか」


 魔法の基礎講座が続く。

 午前の基礎トレーニングでへとへとでも勇者はなんとか理解しようと頑張っていた。

 眠気に負けそうになれば、師匠の顔を思い出して踏ん張る。

 この国で唯一、自分に手を差し伸べてくれた女性を思い浮かべて歯を食いしばる。


 チリンチリン。

「おや、来客ですか。どなたですかな」

「先生、突然の来訪失礼します。以前お借りした本を……あら、あなた勇者? なぜここにいるのよ」


 ドアベルが鳴り、突然魔法使いの家に見知らぬ幼い女の子が入ってきた。

 年頃は勇者と同じくらいか、少し上あたりだろう。勇者より少し背が高い。

 白い肌に輝く金髪がふわふわと腰元のあたりまで揺れている。目は鋭く睨みつけるようで、自信に溢れている。胸を常に前に張っていることからすごく偉そうだ。


 高そうな金細工の髪飾りに、惜しげもなく上等の絹を使って仕立てた白のブラウスには金糸の刺繍が光る。黒のチューリップスカートもボタンは象牙製だ。

 身だしなみも綺麗に整っているからどこかの上流階級の子女に違いない。


 そんな女の子は勇者を知っているようだが、勇者の方には見覚えがない。

 かつていた孤児院を思い浮かべるが、当然空振りだった。


「おまえ、だれだよ」

「……そう。わたくしのことは覚えていないのね。まあ、しかたないわね。わたくしは後ろにひかえていただけでしたし」

「どこかで会ったっけ?」


 貴族然とした女の子を前に考える。

 孤児院以外となると、心当たりは一つしかなかった。


「もしかしてお城での勇者指名のぎしきにいたのか?」

「ええ、そうよ。万年レベル1のよそ者の勇者、ノヴァさま」

「む」


 見下すような視線にあからさまな挑発。

 険悪な空気が漂う。

 そこへのんびりとした声が割って入った。


「フレア様、貸し出した魔法書をもうお読みになりましたか」

「ええ。ありがとうございました」

「もう二日ばかりかかると思っておりましたが、いやはや相変わらず優秀でいらっしゃる」


 ひとまずこの家の主である魔法使いの先生が間に入ることで緊張は解かれた。

 フレアと呼ばれた女の子は脇にかかえていた本を魔法使いに丁寧に差し出した。


「ノヴァ君。こちらは我がE国第3王女のフレア様でいらっしゃいます」

「フレアよ」

「ああ、そういえば確かにあの時、王様の後ろに王子様王女様達がずらっとならんでたな」

「思い出してくれたかしら」

「あいにく、もの覚えは悪くてな」

「ふん。で、なんでこんなところにあなたなんかがいるの」

「いえいえ。先日この子に魔法を教えて欲しいと、この子の師匠という方が尋ねてきましてね。今日からこうして教えているのですよ。

 つまり彼はフレア様の後輩になりますか」

「師匠……? この国でもトップクラスの頭脳にこうぎ代を払えるほどの人が勇者の師匠?」

「そうだよ。何か悪いのかよ」

「ふん。ずっとわが国にどろをぬりつけているやつがこうはいね」

「なんだと……」

「こらこら。ここでのケンカはお止めなさい」

「ふん」

「ふん」


 子供達がお互いそっぽを向く。


「ちょうどいい。では折角なのでお二人とも火の魔法訓練をご一緒しますか。フレア様、お時間はおありでしょうか」

「……かまわないわ」

「ありがとうございます。ではこちらへ」


 勇者とフレアは押し出されるように魔法使いの家の裏庭に回る。

 広い裏庭はよく魔法の実験をしているのか、焦げたり何かの残骸が転がったりしていた。


「よし、ではまずはノヴァ君からやってみましょうか。精霊との契約も済みましたし準備は大丈夫ですね。

 ノヴァ君。先ほど講義で教えた通りにイメージを頭に浮かべながら呪文を唱えなさい」

「――炎よ!」


 勇者の手からチロチロと種火程度の火が浮かんでいた。


「ふふん。まあレベル1の勇者にはお似合いの魔法ね」

「くっ」

「次はわたくしね。あなたにはもったいないくらいだけど、しっかり見ておきなさい」


 フレアが前に出る。

 慣れた様子でスムーズに呪文を唱え終わる。


(カノ) (ウルズ) ――炎よ!」


 フレアの手の平からは松明よりはるかに強く大きな炎が生まれ、真っ直ぐ飛んで離れた的の板を燃やした。


「ふふん。どうかしら。これがわたくしの実力よ」

「……くそ」

「まあノヴァ君も精進を続ければ必ずや今の魔法を使えるようになりますよ。初日であせらないことです」

「ふっ、レベル1のままでどこまで使い物になるか、先は見えてますけどね」


 フレアの嘲笑にも拳を固く握ってじっと耐える勇者。


「しかし、なんだ。ノヴァ君はやけに氷や風といった精霊に好かれておるようだね。今も君のそばにはその精霊が飛び回っているんだが、これは珍しいことだよ。君のお師匠さんも同じ精霊に懐かれていたようだからその影響かねえ。

 そしてもう一つ……これはなんだろう。初めてみる精霊がいるね。うーむ、一瞬光るだけでよく分からないな」

「そうなんだ?」


 首をかしげる勇者。

 フレアと勇者の魔法使い見習いにはまだ精霊はよく見えない。


「うん。もしかしたらレアな精霊かもしれないね。少なくともこの国の文献に載っていた精霊で該当するのはいないと断言できる」

「ふんっ! そんなのたいしたことありませんわ!」


 喜びに冷や水をかけられ、また勇者はムッとなった。


「なんだよ、お前さっきからずっとぼくにつっかかってきて。

 ぼくが今までずっとどんな風にすごしてきたか知らないくせに! ぼくだって好きでレベル1でいたわけじゃないんだよ!

 どうせお前もぼくなんて死ねばいいって思ってるんだろう。お前ら王家の人間なんて大っきらいだ!」

「な、なによ……」


 わずかに涙目になって詰め寄る勇者に、フレアがたじろぐ。

 だが、フレアもやられっぱなしでは済ませない。

 気を取り直して勇者の胸に指を突きつけて言った。


「たしかにもともと8才のこどもを勇者に指名するなどめったにありません。それこそ千年前の伝説にある極光の勇者くらいでしょう。そもそもモンスターとまともに戦えすらしないのは目に見えてますわ。その上、国からのえんじょもほとんどない。

 けれど、あなただってそれを承知の上で勇者になったのでしょう」

「う……」


 迫力に押され、勇者の勢いが目に見えて弱まる。


「はい。そこまでですよ」

「先生……」

「国には国の事情があり、ノヴァ君にはノヴァ君の事情があったことは私も知っています。

 ですがあえてここは、1つとはいえ年上のお姉さんが年下の子を泣かすのは感心しませんと言っておきましょう」

「うう……」

「フレア様。お淑やかなお姫様のなさる振る舞いとはほど遠いですよ。ほら、お姉さんなんですから優しくしてあげませんと。

 ノヴァ君も、男の子がそう簡単に泣くんじゃありませんよ。いつかは男の子は女の子を守れるようにならないといけませんから。ね」


 二人の頭を優しく撫でる魔法使い。


「たしかに、最初につっかかっていったのはわたくしですわね……非をみとめましょう」


 神妙な顔をして勇者に歩み寄る。

 勇者は警戒するように身構えた。

 それを気にせずにフレアは綺麗な鳥の刺繍が入ったハンカチを取り出した。


「ほら、これで顔をおふきなさい」


 ハンカチを手ずから勇者に渡す。

 鳥は第3王女の紋章だ。自分自身とも言い換えれる。それを自分以外の者に渡す、もしくは使わせる事は身近な心を許した証だ。

 これがフレアの謝罪の形だった。

 やや不精不精ながらも勇者が受け取る。


「……わたくしだって、別に無駄に死んでほしいと思っているわけではありませんわ」

「はっ、どーだか」

「むか」

「ノヴァ君」

「うっ、はい……ごめんなさい」

「よし。相手に悪いことをしたら素直に謝ること。大人になれば難しくなるので、今の内にしっかり覚えておいてくださいね。子供は素直が一番ですよ」


 勇者とフレアが同時に互いをチラリと盗み見る。


「ふん」

「ふん」

「おやおや……和解の道は遠そうですねえ。まあ同じ生徒同士、そのうち仲良くなってくれるでしょう。

 おお。そうだ。これからはフレア様がノヴァ君の先輩として少しだけ面倒を見てもらいましょうか。うん。それがいいですね」

「お待ちなさい。なんですの、それは!」

「ええー!」


 魔法使いは一人気にせずうんうん頷いている。。


「抗議は受け付けません。今後、お二人にはできるだけ一緒に学んでもらいましょうか。フレア様、ノヴァ君に分からない事があれば教えてあげてくださいね。お返事は?」

「……はい。しょうちしましたわ」

「ノヴァ君も」

「…………わかったよ」

「よろしい」


「まあ、せんだつがみちびくのも年長者のつとめ。仕方ありませんわね。こうなったいじょうは少し優しくしてあげてるのもいいかしらね」


 一人心の中で色々と整理しているフレア。

 そこでドアベルが鳴った。

 魔法使いが入り口に向かうと、そこには赤髪の美女剣士がいた。


「おお。これはこれはエリエルさん。ノヴァ君、お師匠さんがお迎えに来ましたよ」

「師匠が?」


 勇者は途端にそわそわとし、喜びを隠そうとしてできていない表情になる。

 そして胸を前に、不自然にゆっくりと入り口に向かう。


「おう。今日の魔法の授業は終わったか。退屈ではなかったか?」

「へん。トレーニングにくらべたららくしょうだぜ!」

「ほほう。それは今から結果が楽しみじゃな」


 魔法使いがそんな二人を見てくすくす笑っていた。

 そして後ろのフレアは。


「な、なによあの女……あんなキレイな女性がいるなんて。モンスターが化けてるんじゃないの?」


 惜しい。堕天使です。


「それに、なによあいつ。わたくしの時とはまるきり別人じゃないの」


 初めて見る勇者の浮かれた様子に、フレアの胸に小さなイライラが積もる。


「……あーあ。変に気にかけようとして本当に無駄でしたわ」

「なに言ってんだ?」


 つかつかつか。


「ふん!」

「いってえ! てめえ、足わざと踏んでいっただろう!」

「なんのことかしら」


 前途多難そうな先輩と後輩だった。



 ☆☆☆☆☆



 魔法の講座の次は、初めての実戦だった。

 北の草原へ二人で向かう。

 草原にはエリエルの氷柱の結界に捕らわれているモンスターがいた。

 以前勇者が袋叩きにあって逃げ出したツノ付きウサギだ。


「人間とモンスターでは戦い方の勝手が異なるからの。よく注意することじゃ」


 勇者が短剣を抜いて身構える。

 そして氷柱が解け、モンスターが飛び出してきた。


「うわっ!」


 何度も痛めつけられた記憶から、咄嗟に転げながら身をかわす。

 そして一拍ほど間を置いて、ピョーンと勇者のいなくなった場所を通り過ぎるツノ付きウサギ。


「あれ? なんか前より遅い……?」


 今度は落ち着いて迎え撃つ。


「こい!」


 再び鋭いツノを勇者に向けて飛び掛ってきた。

 しっかり両足でふんばって、短剣をツノに当てるようにして払う。

 モンスターは軽い手ごたえと共に高く空を舞った。


「……おお。い、いけるかも!」


 目を輝かせ、やや興奮した面持ちで更に追撃する。

 ウサギはすぐに立ち上がり、凶暴な目で威嚇するように前歯を鳴らした。


 ウサギをよく見ながら剣を振るう。

 それは横飛びによけられ、ウサギは右手からツノを勇者の体に突きたてようと突進してきた。

 だが勇者の目はウサギを追い続け、離れない。


 短剣は長剣と比べて剣を振る速度と小回りの良さが優れている。

 一度空振りし、振り下ろされたままの短剣が急角度で跳ね上がり、ウサギを即座に迎え撃つ。

 ウサギは驚くも、既に動きは止められない。

 短剣はカウンターとなって、ウサギを斬り払った。


 地に倒れ伏してもはや動かないウサギ。

 モンスターを倒すと、その死体から魔力の結晶が現れる。大きさはレベルに比例する。

 結晶は色々なエネルギー源として使え、街で盛んに取引されている消耗品だ。

 これを売れば今までのバイト生活とはおさらばできる。これからは普通に1日3食宿付きで暮らせるのだ。


 最小クラスの結晶を拾い上げ、手のひらのそれを見つめていると勇者の胸にジワジワと歓喜が湧き上がってきた。


「や、やった。倒したぞ。ぼくが倒したんだ!」


 短剣を強く握り締め、ガッツポーズをとる。

 何度も、何度も。


「よくやったな、坊や」


 涼やかな声に振り向くと重々しく頷いているエリエルがいた。

 その腹に躊躇なく飛び込んでいく勇者。

 胸ではなく腹なのは身長の関係だ。

 硬い革鎧にもかまわず、思い切り抱きつく。


「師匠……ありがとうございます」


 これも目の前の女剣士が鍛えてくれたおかげだ。

 正直、ゲロ吐きつつ酸欠に苦しみながら続けられた基礎体力メニューを投げ出して逃げようと思った時もあった。

 しかし、踏みとどまって耐えた結果が今、報われた……!


「よしよし。では次は5匹同時じゃ」

「え」


 にっこりと太陽のような笑顔でエリエル。

 エリエルの指が天を指し、そこから新たな氷柱が5つ降ってくる。

 大地にぶつかると同時に氷柱が砕け、ツノ付きウサギが5匹一斉に飛び出してきた。


「わあああああああ!?」


 エリエルの手が勇者の首ねっこをつかみ、ポイっとひっぺがす。

 勇者はあっという間に囲まれ、次々と全方向から飛び掛られた。


「ほれ、1匹だけ相手しておった時とは違って常に視界を広くもたんとすぐやられるぞ」

「ちくしょう、これもやってやればいいんだろ!」


 勇者が吼えた。

 もうやけくそだった。


 幸い、基礎能力は全て勇者の方が上だったこともあり、決着は早めについた。

 全身をかじられたり、ツノで切り裂かれたりとかなり攻撃を受けてしまったが、なんとか1匹ずつ倒していき、最後の1匹まで倒しきった。

 草原にウサギの死体と魔力結晶が5つ転がる。


「よっしゃあ! やった、やったぜ師匠! これでいいんだろ!」

「では準備運動は終わりじゃ。本番いくぞ」

「へ」


 更に今までとは違う、全長2メートルほどもある大きな氷柱が天から降ってきた。

 そして砕ける氷柱。

 その中に入っていたのは――


「レベル28悪魔の石像(ガーゴイル)じゃ」


 翼ある悪魔の姿をした石像が勇者に狙いを定める。


「ギイイイイイイ!」

「うおおおおおおお!?」

「これからは高レベルモンスター1体と弱めのモンスター複数との実戦を積んでいこうぞ。

 1対1と1対多。無論遠距離攻撃手段を含む相手も合わせてじゃ。他にも森や山、沼地、そして夜間など色々と組み合わせていくからの。

 ……おーい。聞いておるのか?」

「ああああああああああああああ!!」


 聞いてなかった。


 勇者は滑空してくるガーゴイルから必死に逃げ回っている。

 ここ最近のトレーニングで足だけは鍛えていた成果がここで早くも開花していた。


 大体にしてレベル1勇者が100回死んでも倒せないくらいに力が隔絶している。

 勝ち目など0だ。

 今まさに勇者の冒険は終わろうとしていた。


「あー。心配せんでもええ」

「どこがだよっ!」


 怒鳴り散らした勇者の背にガーゴイルの鋭いカギ爪が伸びる。

 大岩も豆腐のように切り裂く爪が振り下ろされ、勇者は5つに裂かれ――


「ギ?」


 裂かれることなく、金剛石を引っ掻いたような感触だけが残った。


「今の坊やには儂が守備力増強魔法をかけておる。そやつ程度の攻撃では傷一つ負わんよ」

「おおお……ほ、本当だ」


 苛立たしげにガーゴイルがなんども勇者に爪を振り下ろす。

 しかし結果は全てノーダメージ。

 業を煮やしたガーゴイルはグーで勇者を殴った。すると衝撃は殺せないのか、派手に空高く舞い上がった。


「まあそんなわけで、どれだけ時間がかかっても構わん。ガーゴイルを倒すのじゃ。目標は敵の攻撃を見切り、一撃も受ける事無くノーミスで倒せるまで。それまでこの訓練をメニューに入れておくぞ」


 ようやくやる気になった勇者がガーゴイルと向かい合う。

 いくら死ぬことがないとはいえ、レベル30近くの敵の迫力は本物だ。

 その吼え声や鋭い爪、恐ろしい形相を見るだけでも足が震え上がる。

 それでも、勇者は一歩も引くまいと虚勢だろうがなんだろうが、前を睨んで立ち向かう。


「まあ今日は既に一撃食らっておるので、早いところ倒してしまうがよい。なに、1ダメージでも何度も繰り返し与えればいつかは倒せるものじゃ。その剣がダメになったら儂が次の剣を渡すから安心してよいぞ。

 あとガーゴイルの次はゴーレムやグリフォン、キマイラ、マンティコアとレベル30前後のモンスターが待っておるからの」


 血も涙もない師匠に勇者の心はザクザク削り取られていった。


 そして草原に今日も勇者の罵声と師匠の笑い声が流れ、風にさらわれていく。



 ☆☆☆★★



 その夜。


 師匠はまたどこかにふらりと旅立ち、勇者は一人王都に帰る。

 勇者は初めて自分のお金で馬小屋でなくキチンとした宿に泊まった。


「……へへ」


 粗末とはいえ、ベッドの上で毛布に包まるその顔はとても満足げに笑っていた。




 ――ゆうしゃのレベルが2にあがった。







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