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ショタ勇者さま育成計画  作者: めそ
36/51

14-11






 それからの戦いは一気に傾いた。


 勇者エパポスと騎士パエトーンが牽制し、ノヴァが隙を見て守りのなくなった弱点に鋭く強烈な斬撃を放つ。その度にレッドドラゴンの竜鱗が割れ、或いは肉が裂け血が零れる。

 弱点を守ろうとレッドドラゴンも小さく炎のブレスを放射状に焼き払ったり、四足で巨体を動かしたりして3人を引き剥がそうとするが、どうしても完全に振り切ることができない。


 接近戦中心の3人がいない隙間を縫うように矢や魔法の援護が飛ぶ。刃の雨が収まれば再び交代で勇者らが弱点を狙って迫ってくる。

 レッドドラゴンの炎を防ぐ障壁は3つの山型の陣形を形作り、なんとか少しでも炎を散らそうとする。時には魔法使いも地魔法や水魔法で炎を防ごうと加勢していた。


 次第にレッドドラゴンが弱りつつある手応えを三人は掴む。

 上がった士気は更なる猛攻となる。

 今や流れは完全にノヴァ達にきていた。


「くそ、オレも……!」


 それを一人、戦場の片隅で唇を噛みながら見ている幼い格闘家のエルス。

 決勝にノヴァに徹底的にやられたダメージも少しずつ回復してきてはいるものの、まだ満足に動けるほどではない。


「動け……動けよ、オレの体……!」


 エパポスが、パエトーンが羨ましかった。

 二人がノヴァの隣に並んだ時、自分もそこにいたかった。


 闘志は全身に満ちているが、まだ体がそれについてこない。体を動かすたびにあちこちが鈍痛に苛まれる。通常の行動ならまだ問題ないが、戦闘行動は厳しいと言わざるを得ない。

 エルスはただ行き場の無い感情に身を震わせる。


 エルスは思う。

 昔、勇者がモンスターの討伐に失敗して返り討ちにされ、そのままモンスターがエルスの生まれ故郷を滅ぼしにやってきた時の事を。

 話自体はこの世界ではそう珍しくない話だった。

 それでも暮らしを滅茶苦茶にされた当事者の身では到底受け入れる事なんてできなかった。

 だからモンスターを、そして弱い勇者をエルスは憎んだ。

 憎んで憎んで、自身が力をつける度にそれは名前ばかり勇ましいだけの弱者への嫌悪となった。


 弱いやつが悪い。

 強くなければ何もできない。


 だけど。

 エルスの目の前の光景はその足元を打ち崩していった。


 とてつもなく恐ろしい巨大なモンスター、相対した者にとっては死の化身とも言えるレッドドラゴンを相手に挑む勇者達。

 最初はいつ爪や牙にやられて無残に惨めに死んでもおかしくなかった。むしろそちらの方が現実味があった。


 それでもノヴァ達は傷ついた体を癒し、その度に痛みをこらえ、心を奮い立たせて立ち向かっていった。

 自分の血で濡れた剣と盾を手に、尾に打ち据えられ、時には炎に巻かれながらも。


 エルスは思う。

 もしかしたら、返り討ちにあったかつての勇者らもまたこんな風に懸命に戦って、村の人たちを守ろうと命を削りながら全力を尽くしていたんじゃないのか。

 自分が知らないだけで、勇者達は皆立ち向かう事すら愚かしいと思うような怪物を相手にこうして命を賭して戦って、戦って、そして勝利を掴み……そして或いは。


「オレは……!」


 エルスは思う。

 なら。

 その勇者の戦いを今までずっと、ただ唾棄していただけの自分は何なのか。


 懸命に戦うノヴァ達の姿を前にしても自分は嘲っていたというのか。


 そして、今こうして前に立つことすらできず見てるだけの自分の姿は一体何者なのか!


「オレだって戦いたい! こんな所で見てるだけなんてイヤなのに……!」


 いつの間にかエルスは目元が熱くなっているのを感じていた。慌てて乱暴に目元を拭い、前を向く。

 その時、エルスの体を淡い光が包んだ。


「そう。なら望みどおりにしてあげるわ」


 自分の身を癒す光にエルスは慌てて横を、声のかかってきた方を見た。

 そこには今にも倒れそうな蒼白な顔で杖に体を預けているドレス姿の幼い少女、フレアがいた。


「もうほとんど魔法も撃てなくなった上にろくに動けなくなったから、甚だ不本意だけれど邪魔にならないよう下がってきたのよ。残りわずかな魔力だけど、あなたに使ってあげるわ。癒しの魔法よ。セアの癒しの奇跡ほどいいものじゃないけれど……」

「あ、ありがとう!」


 エルスは素直に感謝の言葉がでてきた事に自分の事ながら驚く。

 けれどすぐにその目はコロシアムの舞台を向く。

 その先には未だ戦っている皆がいた。


「あら、あなた……もしかして……?」


 ふと、エルスの間近で回復魔法をかけていたフレアが何かに気付いたのか怪訝そうに眉をひそめる。

 だがそれに構わず、エルスは回復魔法が消えた途端に短い感謝の言葉を置いて地を蹴って走り出した。


「まだ体は万全じゃない。けど、戦える!」


 レッドドラゴンの威容には本能的に恐怖心を覚える。だがエルスはそれを振り切って駆け行く。

 逸る心と小さな不安を抱え、死線へと飛び込んでいった。




 戦場で炎と刃、鉄球が踊る。


「こっちだデカブツ!」

「胸の前の腕をどけてもらおうか!」


 エパポスとパエトーンは一撃一撃を全力で放つ。そうでもしなければレッドドラゴンの気を引くことすらできない。二人とレッドドラゴンとの差はどこまでも広く深い溝として横たわっている。


「やべっ、鉄球捕まえられた。うわ、こいつ鎖切るつもりか!」


 エパポスの窮地に、途端レッドドラゴンの顔面に殺到する魔法の雨。ノヴァもまたわざとレッドドラゴンの視界に入って胸を狙い、囮となる。

 そしてレッドドラゴンの鉄球を踏みつける力が緩んだその隙にパエトーンが力の限り前脚を下から上に斬り上げる。鉄球は無事爪の下から逃れられた。


「サンキュー!」

「気をつけろよな!」


 ノヴァの悪態が飛ぶが、言葉ほど気にしている様子ではなかった。

 当のノヴァはといえばかろうじて迫る大きな牙の脅威を盾で凌ぎ、そのまま地面へと弾き飛ばされていた。盾を持つ腕があまりの衝撃で痺れる。

 その着地点を狙い、レッドドラゴンの目が光る。尾がノヴァの着地の瞬間の隙を狙って打ち払おうと力を込める。

 だがそれはできなかった。


 尻尾に違和感を覚え、レッドドラゴンが振り向くと一つの小さな道着姿の影があった。

 小さな影は体全体を使って尾を掴み、かろうじてその動きを止めていた。

 エルスだ。


「お前……」


 意外なものを見たようにノヴァが思わず呟く。

 その表情を見たエルスが気まずそうについ目を伏せた。


 大会前、そして決勝での二人の軋轢。それを忘れるにはまだ時間が早すぎた。

 エルスの逡巡は、それでもわずかだった。


「オレも……オレも戦う! いい、かな……」

「……分かった。頼む。くれぐれも気を抜くなよ、すぐ死ぬぞ」

「あ、ああ!」


 尻すぼみになり、不安そうな表情を一変させて笑顔になる。

 同時にレッドドラゴンが尾に更なる力を込めてエルスごと持ち上げて叩きつけようとするも、それを敏感に察知したエルスはすぐさま尾を離した。

 エルスの目の前を尾が風を鋭く切って通り過ぎる。エルスのショートカットの髪が勢いよくめくりあがる。その太くて硬い尾があの速度で叩きつけられれば、エルスの骨は折れ、内臓にもひどいダメージがいく事は想像に難くない。


 間近で見たその脅威にエルスは生唾を飲み込む。

 それでもエルスは腰を引く事無く、巨大なレッドドラゴンを睨む。


「絶対に負けるか! お前はここで倒してやる!」


 そのエルスの頼もしい宣言に、ノヴァは思わず小さく笑っていた。




 ☆☆☆☆☆☆




 レッドドラゴンは事ここに至り、自分が追い詰められていく事を認めざるを得なかった。

 有象無象の塵あくた共。それに今、まさに命を脅かされている。


 自慢の竜鱗を砕かれ、屈辱に濡れた血潮が流れ出す。

 胸を刺す小さな毒が苛立ちを更に加速させる。


 もはや気が狂いそうだった。


 レッドドラゴンは吼える。

 人間を、世界を、己を、全てを呪いながら。


 レッドドラゴンは小さな敵を見据え、その憤怒を赤い瞳に宿してこの場の全員に無言のまま伝える。

 いいだろう。

 認めよう、人間どもよ。

 そなた等は一つ一つが種火ではあるが、集えば大火となると。


 ならば己もまた、この身全てを大炎と化して全てを呑み込んでやろうぞ。


 そしてレッドドラゴンは――




「なんだ……?」


 ノヴァの呟きが唐突に静かになったコロシアムの中に消える。


 エルスも加わり4人で猛攻を続け少しずつダメージを積み重ねていた中、つい先ほどレッドドラゴンがまた魔の咆哮を轟かせた。

 しかしそれは今までのものとは少々気配が違うように思えたのだ。

 見ればセアやエルス、エパポス、パエトーンらもわずかに戸惑ったり、怪訝な表情を見せていた。


 ノヴァが不気味な空気を感じ取り、不安げに剣を揺らす。

 レッドドラゴンが急に大人しくなっていた。


 既にノヴァも失血量が増えて、少し気を緩めるだけで頭が真っ白になりそうだった。その上あちこちの完全に癒えきっていない炎の痕がひどく熱をもってきている。

 いつの間にか頭から流れてきていた血を慌てて目に入らないように拭った。

 更には、本来なら一撃死と隣り合った戦いは精神をひどく削る。幼い少年の身の上ではなおさらだ。けれどノヴァはそれをまったく表に見せなかった。


 大きく消耗してきている今、傍から見ればこれ以上ないチャンスだ。

 だが、不用意に突撃するのは躊躇われた。


 後方から魔法や残り少なくなってきた矢だけが飛んでいる。

 しかしそれもレッドドラゴンは意に介する様子はない。


 セアはこの隙に息を整え、エルスやエパポス、パエトーンも下がって後方にいる神官から癒しの光をかけてもらっていた。

 脇に下がったフレアも少しは持ち直したようだ。


 そしてノヴァは気付いた。

 火の精霊が次々とレッドドラゴンへと集っているのを。

 それは次第に膨れ上がり、レッドドラゴンの周りの空気を大きく揺らがせている。


「なんかヤバイぞ……」


 ノヴァの心臓が緊張で高まる。

 今更ながら相打ち覚悟で全力で飛び込めばよかったのだろうかと後悔するが、既に時遅し。


 レッドドラゴンの首が動き、他の人間には目もくれず一点に向く。

 ただノヴァだけを捉える。

 その瞳からは今までのような怒りも苛立ちも尊大さもなかった。


 ただ純粋な殺意だけがあった。


「こいつ!」


 ノヴァの背が急激に粟立つ。




 そして赤い閃光がコロシアム中を貫く。

 収まった後、そこには一つの渦巻く巨大な火球が現れ、その中心にレッドドラゴンがいた。







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