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ショタ勇者さま育成計画  作者: めそ
35/51

14-10






 コロシアムの外は大恐慌だった。


 突如コロシアムがいくつもの黒い氷柱に囲まれ、その異常事態に王都に詰めていた兵や神官、魔法使いらが部隊ごとに続々と駆けつけてくる。

 コロシアムが結界により隔絶され、中に大勢の王侯貴族らと民衆、そして恐ろしい咆哮を上げるモンスターが一緒に閉じ込められた。駆けつけた最高責任者の将軍や宮廷魔法団長らがその事態の重さに髪を掻き毟り、地面を力の限り蹴り付ける。


 彼らは飛び去った八魔将タマモがまた戻ってこないか警戒しつつ、すぐさま結界の解除を指示する。

 だがまったく歯が立たなかった。王都のエリート中のエリート、国家最高戦力の総力を以ってしても、結界はまるでビクともしなかった。


 一体どれほどの力が結界に秘められているというのか。間近で見た宮廷魔法使いの長ですらその想像すらできないあまりの強大さにただただ戦慄していた。


 そんな中、突如光が生まれ、球体状に膨らんでいく。ちょうど密集していた兵達は光に弾かれ、倒れる。

 やがて光が消えた後には一人の初老の男性が立っていた。

 光は大地の上位精霊たる8脚軍馬スレイプニールによるものだった。その力で転移してきたのだ。


 彼は黒地に金縁の威厳溢れるローブを身につけ、ルーン文字がびっしり刻まれた老木の杖を片手に持っていた。

 ローブには世界でも数少ない黄金のフクロウの紋章が刺繍されている。その紋章が意味するのは、大魔導士の称号。世界で認められた偉大な老魔法使い。

 そして、フレアとノヴァに魔法を教えている魔法使いの先生だった。


 そのレベルは47。

 世界有数の魔法使い。いかなる国家にも属さない英知の魔法使い。


 その姿を認め、宮廷魔法団長は苦渋の表情で協力を要請する。それを先生は二つ返事で頷いた。そして早速結界を確認すべく結界の魔法陣へと近づく。

 謎の黒い氷柱にまさかという思いを抱きながら、己の知識と照らし合わせながら解析を始める。

 そして。


「……こ、れは」


 目に鋭い険が宿る。思わず杖を握る手に力が入った。

 先生は魔法陣がなんなのかを確信、背筋を大きく震わせる。


「本物の呪黒氷。それも結界ですか……まさかこの目で、よりによってこのような形で伝説の魔法を目の当たりにするとは」


 それは結界の中でも別格扱いとされるものの一つだ。

 人間で扱える者などいない最上位である呪黒氷の魔法。その上、それを使った結界は文献の伝説でしか語られることはなかった。


 コロシアムを囲む黒い氷柱の魔力はどうしようもないほどに強力にすぎた。いや、強力などという言葉すら生温い。


「悪夢ですね」


 大海の水を干上がらせろ、そんな無理難題と目の前の結界攻略は果たしてどちらがより遂行の可能性があるのだろうか。

 ついそんな考えが先生の頭をよぎる。


 先ほどから大神殿からもセアの父ラダメスが何度も神の奇跡を祈り、結界への攻撃を続けている。

 だがレベル46のラダメスをしても結界が打ち崩される気配はない。


 状況はどこまでも絶望的だ。

 だがそれでもやるしかない。

 今この場には先生以上の魔法使いはいないのだから。


 黄金のフクロウの意味。大魔導士の称号にかけられる期待と崇敬。

 そんな先生が真っ先に抵抗を諦めるわけにはいかない。

 力を持つ者としての責任と立場の重圧をその老骨一身に背負い、強く強く噛み締める。


 先生は覚悟と共に自身が長年連れ添った愛杖を手に、上位精霊への呼びかけを始めた。




 ☆☆☆☆☆☆




 頭を振ったレッドドラゴンの角が、ヒット&アウェイで離脱しようとしていた空中のノヴァの左太ももを大きく切り裂く。


 肉が裂け、血がこぼれる。

 着地した瞬間、衝撃の負荷で勢いよく血が溢れ出す。その痛みに声にならない声を上げ、顔を歪める。

 汗がどっと噴出し、心臓が途端にうるさくなる。


 だがすぐにノヴァの体が力強い光に包まれ、新たな肉体の損傷は少しずつ塞がれていく。

 見れば離れた所にこちらを向いてわずかに息を荒げているセアがいた。


 セミロングのプラチナブロンドを汗で額やうなじに張り付かせ、レッドドラゴンの次々に繰り出してくる攻撃に必死に食らいつきながらノヴァのカバーを続けている。

 そんな幼い少女にかかる大きな負担を思い、ノヴァは申し訳ない気持ちと不甲斐ない己に憤る感情を覚える。


 完全に癒えきるまで左足を庇いながらも再びレッドドラゴンへと立ち向かう。

 いくつもの傷を負いながらも間断なく攻め立てるノヴァの姿は戦神もかくやの勢いだった。

 激痛を耐え、心に炎をくべ続け、血を失い冷える体をおしてなお、剣と盾を持つ腕が緩むことはない。


 確かにノヴァ達はレッドドラゴンに少なくない数の攻撃を与え続けている。

 しかしレッドドラゴンとてただやられているばかりではない。むしろ趨勢はレッドドラゴンが優勢だ。

 ノヴァ達は未だ突破口を見出せていなかった。とにかく剣を振り、無駄であろうが関係なくレッドドラゴンのあちこちに叩きつけていた。

 その姿はきっと悪あがきのように見えただろう。


 太く力強いレッドドラゴンの前脚が一閃する。それはレンガ造りの民家を容易く切り裂き、そのまま粉砕するだけの威力がある。

 ノヴァの姿を捉えそこねて空を切ったその後には突風が生まれ、地表を強撃した。土砂が扇状に吹き飛ばされる。


 その口の奥から熱気が押し寄せ、巨大な炎の塊が渦を巻いて高速で吐き出される。

 上空のノヴァに向けて放たれたそれは、氷海にも大穴を穿つ。だがそれはノヴァの影だけを貫き、その先のコロシアムを包む呪氷結界の前に消える。


 巨体に似合わぬ俊敏な動きで滑るように突進しようとする。その進行先の狙いは後方のフレアだった。スピードの乗った巨体によるぶちかましはフレアを容赦なくミンチにし、そのまま観客席をも大きく破壊するだろう。

 それは絶対にさせまいと、すかさず察知したノヴァがレッドドラゴンの重心が移るタイミングを見極め軸足を全身全霊をかけて刈る。レッドドラゴンはその自重により大きく大地を揺らしながら転倒した。




 どこか一手間違えただけで、或いは偶然のイタズラが起こるだけでノヴァの命は至極簡単に吹き消されるであろう。そんな攻防。


 それを承知でなお、ノヴァは戦う。

 断崖絶壁を背にノヴァは前へ前へと向き続ける。


 そして奇しくも、こういった格上との戦いはノヴァにとって慣れたものだった。

 更には今、ノヴァの側には非常に心強い仲間が二人もいる。全幅の信頼がおける仲間が。

 萎縮する事も怯える事もなかった。


 だからノヴァは目を閉じず、戦場を把握し続ける。気を張り詰め、レッドドラゴンの動向を注視し続ける。

 セアとフレアの立ち位置や挙動を見逃さず、瞬間瞬間で己がすべき最良の行動を何度も判断していく。

 一撃一撃交わす度に、意識はどこまでもクリアに、集中力は果ての無い深みへと入っていく。


 負けられない戦い。

 背には震えながら怯え、泣きそうになっている己より小さな子供がいる。その子と約束したのだ。なんとかしてやる、と。

 そう。勇者として。勇者の名にかけて。

 それが誰にも認められていない、名前だけの勇者だったとしても。

 どんな形であれ、どんな思惑があろうと、今は自分こそが勇者なのだから。


 だから自分達の手であの子を笑顔にしてみせる。


 そうしてノヴァはまた風を操り、地を蹴り、剣と盾を握り締める。

 ノヴァは血を流し、肉を裂かれ、骨を折られながらも、何度も挑みかかる。


 『勇者』を夢見て、そうあらんとする幼い少年は一心不乱に駆けていた。




 最初に『それ』に気付いたのは勇者エパポスだった。


「……まさか」


 次にE国エース騎士パエトーンも遅まきながら何かに気付いたかのように目を揺らす。


「あの子は……そういう事、なのか?」


 その視線の先には恐怖の根源たる強大な敵に立ち向かうE国勇者ノヴァがいる。


 ノヴァはこれまで常にレッドドラゴンに肉迫し続けていた。

 一度くらい距離を取って息を整えてもいいはずなのに、それすらしない。張り付くようにレッドドラゴンから離れようとしない。

 何故か。


 それは常に注意を引きつけるため。

 ひいてはコロシアムの人間全てを庇うためだった。


 レッドドラゴンが観客へ意識を向けようとした途端にノヴァがその横っ面に強打を叩き込む。そして意識をまた強制的に戻させる。

 ノヴァらを無視する事はレッドドラゴンをしても些か危険だと認めていた。認めざるをえなかった。

 ノヴァがレッドドラゴンの隙をつくればフレアがすかさず強力な魔法の一撃をそこに放ってくる。中級魔法の氷槍はレッドドラゴンの鱗をも貫き、肉体に食い込むほどだ。

 ゆえに、レッドドラゴンは嫌が応でもノヴァらと相対する。


 何故そうも身を削るように戦うのか。

 一歩たりと引く事無く恐ろしい死線にその身を晒し続けるのか。


 その答え。

 そのノヴァの行動の意味。

 剣をひたすら振り続けるその姿の先にある意志。


 ただ戦いを見ている者は気付かない。凄まじい激闘とその目には映るであろう。

 エパポスが真っ先に気付いたのは、彼もまた同じ勇者であるからか。

 パエトーンもまた勇者としての道に踏み込もうとしていたがために。

 仲間の神官の癒しによってようやく意識だけは取り戻した勇者ヘリアデス。彼女もノヴァの背からその苛烈とも言える意志を察してあまりあった。


 誰からもろくに見向きもされなかった幼い少年ノヴァ。

 ずっと捨て置かれていた幼い少年はそれでもその背に人々を庇い、立ち続ける。


 その姿は勇者として歩む三人には眩しく見えた。




 そして。




 レッドドラゴンが尾でノヴァを打ち払う。ノヴァは即座に空中で体勢を整え、足から着地するもその勢いは殺しきれなかった。

 地を削りながら剣を地面に突き立て、勢いを殺そうとする。


 ノヴァとレッドドラゴンに空隙ができた。


 急いで再びレッドドラゴンへ突撃すべくノヴァが足に力を入れると、そこにはこれまでにない勢いで火の精霊を集めるレッドドラゴンがいた。


「な、何を――!」


 レッドドラゴンは大量の魔力を代償に火球をいくつか己の目の前の空中に浮かべる。

 そしてそれを炎のブレスと共に一斉に撃ち出した。


「いけない!」

「させないわよ!」


 これまでで最大の大攻勢を前に慌ててセアがなりふり構わず障壁をいくつも展開する。フレアもまた魔法で水流を放つ。

 顔に苦悶の表情を浮かべ、それでも必死に炎のブレスと火球を防ぐセア。フレアも正確なコントロールで全力の水流を火球にぶつけ、水蒸気爆発を起こしながらも消し飛ばす。


 炎の一発一発はやや質が落ちていた。

 とはいえ全てを防ぐには手数が足りなかった。最後の二つがまとまってフリーのまま誰も居ない虚空へと突き進もうとする。その進む先には大勢の観客らがいて、互いに抱き合って必死に助けを祈っていた。


 そこへ一つの小さな影が飛んで割って入る。

 それはノヴァだった。ノヴァは全力で闘気と風を纏い、その身を盾として炎の前に投げ出す。


「勇者さま!」

「ノヴァ!」


 セアとフレアが驚愕と共に叫ぶ。

 観客席からも鋭く短い悲鳴が上がった。


 ノヴァの剣が炎を薙ごうとする。が、小さな切り口だけを作っただけにとどまった。

 炎らが絶好の獲物に飛びつき、喰らい付く。


 炎が大きく燃え盛った。


 炎が消えて、転げ落ちながらノヴァが現れる。その全身は焼けてボロボロだった。革鎧もあちこち燃え尽きていた。それでもなんとか盾と風で顔面だけは死守した結果、炎が肺を焼く事はなかった。

 だが火傷の面積はひどく広範囲に及んだ。

 ポタリ、と焼け爛れた皮膚が大地に垂れる。


「う……あ……」

「勇者さま、今癒します!」


 急いで駆け寄ったセアが直接手をかざし、今までより一際強い癒しの光がノヴァを包む。


 当のレッドドラゴンは息を荒げながら不思議そうに首をかしげた。

 あの火球を二発もくらえば間違いなく消し炭になるはずだったのだ。それだけの威力を込めた。炎のブレスを放つ度に体を侵す毒が胸に小さく痛みを走らせ、そのせいでパワーダウンしていてもだ。

 それなのにまだ形をとどめている。それが不可解でならなかった。


 セアの光を受けながらノヴァは苦悶の声を上げながら上体を起こそうとする。

 その胸元には黒い羽根を閉じ込めた水晶のペンダントが揺れていた。


「この、よくもやったわねっ!」


 その間、フレアが地魔法で数十個の手の平大のブルースピネルの鉱石を生み出し、青の弾幕を作る。レッドドラゴンに着弾した瞬間、衝撃と共にその中に秘められた魔力が開放される。凍気と氷雪の爆発があちこちで花開いた。

 動きの鈍ったレッドドラゴンがその衝撃に押され、後退る。

 フレアは急速に脱力していく体を押してなお、続けて魔法を発現させ続ける。もう魔力がかなり限界に近づいていたが、それでも構わなかった。


 一方、一連のノヴァの行動を見届けた観客らは動揺していた。


 まさか。

 もしかして。

 けれど。

 どうして。


 ノヴァの様子、その戦いぶりからここに至って観客らもようやく気付き始める。

 ただレッドドラゴンを倒すだけであれば、ああして身を挺して火球へと身を投げる事はない。

 けれどノヴァはそうしなかった。


 観客らはノヴァを恐れていた。

 虐げられていた者が力を身につけて目の前に現れるなら、すぐに思い浮かぶ言葉は何らかの復讐だろう。

 だからノヴァが武闘大会で優勝した時、特に大人の観客らは喜べるはずもなかった。


 だが今目の前の光景はその想像と相反するものだ。

 それに大きく戸惑う。

 糾弾してくる様子などまったく見せず、ただひたすらに真摯なその面持ち。


 観客は何故と問いかけたかった。

 けれどすぐにその答えは既に示されている事を思い出す。


”――王様はここの皆を逃がしてください”


 結局は、そういう事なのだろう。


 この国が幼い少年に何をしたのか。

 それを当の本人が知らないわけでも、ましてや忘れたわけでもないだろう。


 その上でなお、幼い少年は戦っているのだ。

 竜の咆哮に打ち竦められてろくに動けない皆の先頭に立って。

 その小さな背、その小さな双肩にこの場全員の命を背負って。


「ゆ、勇者のお兄ちゃん、がんばって! 負けないで!」


 一人の子供の叫びがコロシアムに響き渡る。

 その声に応えるように、震える手で剣と盾を持ち直しノヴァが立ち上がる。

 そして一度だけ剣をかかげ、その声に応える。


 そして癒えたばかりの体でまた何十度目か分からない突撃を繰り返す。

 だがその勢いは今までより力強い。子供の応援を受けたノヴァはその分だけ力を取り戻し、直前の炎のダメージがなかったかのようにより速く疾駆する。

 剣に風とわずかばかりの闘気の気流による渦が巻きつく。


「まか――せろっ!」


 その真っ直ぐ雄雄しい声はコロシアム中の人の心を貫いた。




 ノヴァを近づけまいとレッドドラゴンの抵抗が激しくなる。

 その暴れぶりは先ほどの大攻勢でも仕留めきれなかった焦りもあるのか。一層荒ぶるレッドドラゴンはまさに手のつけようがなかった。


 ノヴァも悔しさに歯噛みしながら、レッドドラゴンの牙を、爪を、尾を、炎を掻い潜り続ける。

 攻め手に移る切欠が見出せない。

 このままではセアもフレアも余力が無駄に削られ、やがては詰みになるであろう状況。


「……どうする。一か八かにでるか?」


 苦渋の決断。

 天秤が揺れ始めた時にレッドドラゴンの前脚が跳ね上げられる。ノヴァは盾を動かしながらその動きをトレースし、見極めようとしたその時だった。


 視界の端から現れた大きな鉄球がその前脚を勢いよく殴りつけた。


「え?」


 レッドドラゴンの前脚の軌道がズラされる。鉄球に押し流された爪は空振りに終わり、その隙を逃さずノヴァが渾身の一撃をレッドドラゴンの胸に叩き込む。

 レッドドラゴンが初めてその表情を苦痛に歪ませた。ノヴァの瞳が一瞬鋭く引き絞られる。


 ノヴァを叩き潰そうともう一つの前脚が唸りを上げて迫るも、その前にノヴァは離脱した。

 その離脱した先で一人の青年が並ぶ。

 鉄球についた鎖が引き戻され、片手で鉄球を小さなボールのように遊ばせる。


「よう、俺も混ぜてもらうぜ。P国勇者エパポスだ。よろしくな、ちびっこ勇者」


 自前のモーニングスターを片手に獰猛に笑うエパポス。


(それがし)もどうかその戦列に加えさせて頂きたい」


 若き騎士パエトーンもまたいつの間にかコロシアムに降り立ち、鋼の剣を抜いてノヴァの横に並ぶ。


 ノヴァはそんな突然の二人に珍しく年相応の戸惑った顔を見せていた。

 それにエパポスは苦笑しながらも、息を思い切り吸って叫んだ。


「おめぇらああああ! いつまでヘタってやがる! いい加減気合入れろやぁ!!

 いつまでもこんな子供達だけに戦わせて情けねーとは思わねーのかっ!」


 その一喝に勇者エパポスの仲間達が飛び上がる。

 そしてこれまでどこか呆けていた戦える者達がようやくぎこちないながらも動き始めた。


「あ、ありがとう……」

「ばーか。そりゃこっちのセリフだっての。ったく、それにここらで名誉挽回しねーと俺ら年上の立つ瀬がねーんだよ。そっちの兄さんもそうだろ」

「……ノヴァ様の力と勇気にこの上ない敬服を。この剣の名誉と誇りに賭けてこのパエトーン、ノヴァ様の力になります」


 慣れない扱いにノヴァが思わず「う、あー」と唸る。

 そんな三人に構わずレッドドラゴンから炎のブレスが放たれる。

 だがそれは障壁に阻まれた。


 それはセアの障壁だけではない。

 エパポスやヘリアデスの仲間の神官、及び王族席にいる神官らもまた微力ながらも加勢していた。その分、セアの負担が少しだけ軽くなる。


 ノヴァ達の頭上をいくつかの影の群れが一斉に飛ぶ。

 観客席から放たれた矢と子供の背丈ほどもある地魔法の岩弾だ。それがレッドドラゴンへと降り注ぐ。観客席には弓を構えた騎士や兵、そして数人でまとまった魔法使いがいた。

 大したダメージにはならないものの、レッドドラゴンは煩わし気に頭を振って降りかかる小雨を払う。


 今ここに至り、全員が一丸となって援護を始める。

 自分達の勇者と共に戦わんと。


「さあて、怖い怖いドラゴン退治だ。まったく、とんでもない大物だぜ」

「逃げ場はない。やるしかない。それに、これ以上子供達だけに血を流させるのは御免こうむりたい」


 レッドドラゴンの前に立つだけでそのプレッシャーがエパポスとパエトーンの二人に襲い掛かる。その心臓を握りつぶすような重圧だけで二人は手に汗を浮かべ、緊張に喉を鳴らす。

 この圧倒的存在を前に一歩も引かずに戦い続けていたノヴァ達の勇気には二人共内心で感服するばかりだった。


「爪の後にくる牙か尾に気をつけろよな。爪だけ見てるとすぐやられるぞ。爪すらかわせないなら無理すんなよな」

「おおよ。了解だ。せいぜい足ひっぱらないようにするさ」

「――いきます」


 前を向いたままのノヴァからぶっきらぼうな忠告が飛ぶ。ただその耳がちょっと赤かったのはご愛嬌か。

 それにエパポスが男臭い笑みで頷き、パエトーンがまず最初に飛び出した。

 その突撃を視認し、矢と岩弾の援護が止む。味方に誤射するわけにはいかない。


 パエトーンの鋼の剣が陽に煌く。

 新たに増えた小蝿をレッドドラゴン容赦なく踏み潰そうとする。


「そらよっ!」


 そこへ少し遅れて遠心力のたっぷり乗ったエパポスのトゲ付き鉄球が風を乱暴に裂いてその前脚を打つ。


「ちっ、やっぱ重ぇな!」


 今までのエパポスの相手ならこれだけで潰れるか、派手に吹き飛ばされている。

 だがレッドドラゴン相手にはわずかに前脚を逸らせるのが精一杯だった。


 パエトーンがその隙に懐に潜り込みながら、その腹に斬り付ける。

 だが鋼の剣は虚しい音を響かせるだけだった。

 竜鱗に小さな引っ掻き傷のようなものを付けただけ。


「鋼の剣でもダメとは……!」


 その勢いのまま即時離脱する。もしそのまま留まっていればすぐにペシャンコなり食われるなりで終わりだ。ノヴァのように懐に留まり続けるだけの力量はパエトーンにもエパポスにもない。

 そもそもがノヴァほど機敏に動けないのだ。あっという間にレッドドラゴンに捕まる未来しかない。

 実の所敏捷性はパエトーンとノヴァの間にそれほど大差があるわけではない。しかしノヴァの動きは別格だ。同じ爪の振り下ろしへの回避でも、ノヴァは間に合ってもパエトーンは間に合わない。


 レッドドラゴンがパエトーンらに気を取られた一瞬の隙に、影からノヴァが潜り込む。そして鉄の剣でその胸に斬りかかった。

 それは今まで無意味に斬りつけていたのとは違う、しっかりとした狙いを持つ目だった。


 竜鱗に弾かれる音がする。

 今までと変わりない結果。観客らがそう思っていると、レッドドラゴンが短く吼えた。

 それは苦痛に歪んだ声だった。


「やっぱりここだ!」


 ノヴァが会心の叫びを上げる。


「胸を狙え! そこが弱点だ!」


 パエトーンとエパポスがようやく腑に落ちたよう頷いた。


「なるほど、今までずっとレッドドラゴンのあちこちを斬りつけていたのは弱点を探ってたのか」

「これで突破口が見えたか」


 俄然、武器を持つ手に力が入る。

 ようやく見えた光明に顔が明るくなる。


 そしてそのままノヴァが一気に攻勢に出た。

 次々と剣が閃く。その度にレッドドラゴンは苦悶の表情でその巨体を仰け反らせながら一歩ずつ後退っていく。


 多少の傷は構わず、ノヴァは肉迫し続けて弱点の部分へと剣を雨のように降らせる。一撃、また一撃と叩き込む度にどんどん剣の勢いと鋭さが増して行く。まるで限界を知らないように。


 竜鱗が鈍い悲鳴を上げ続ける。


 レッドドラゴンの抵抗を置き去りにし、ノヴァは果敢に攻め立てる。

 息を切らせ、血を流しながらも、それでもノヴァは剣がまるで羽のように軽く感じていた。

 意識がどこまでも広がり、力が体の奥底からあふれ出てくる。

 無心のまま剣に導かれるように腕を動かし続ける。


 そんなノヴァの様子はエパポスもパエトーンも目を瞠るほど。

 もはやその怒涛の剣は二人をしても入り込む事に二の足を踏ませるものだった。




 ――そして。




 空を駆けて研ぎ澄まされた一閃がレッドドラゴンへと吸い込まれる。

 すると今までとは明らかに違う、一際大きく綺麗な音がした。

 レッドドラゴンが天へと頭を持ち上げ、今までの中で最も高い悲鳴が上がる。


「おいおいおいおい……いくらなんでも冗談だろう……」

「………………馬鹿、な」


 あいた口が塞がらないとはまさにこの事か。

 エパポスは顔を引きつらせ、パエトーンは己が鋼の剣を思わず手から滑り落とした。


 観客も、王侯貴族らも、神官らも、兵や騎士らも見た。

 エルスが滅多打ちにされた体をおして片膝立ちになりながら、その拳に興奮のまま力を込める。

 フレアが魔力をほぼ失って蒼白な表情のまま、小さく小気味よさそうな笑みを浮かべる。

 セアが胸に手を当てて感嘆の吐息をつく。

 師匠たるエリエルが嬉しそうに一つ頷く。その美しい顔には血と闘争を好む野獣の笑みがあった。


 レッドドラゴンの足元。そこに何かの欠片が零れ落ちて行く。


 そう。

 ついにそれは耐え切れず。




 胸を覆う竜鱗がノヴァの剣によって割れ砕け散る。




 ありふれた鉄の剣がノヴァの手の中で輝いていた。







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