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ショタ勇者さま育成計画  作者: めそ
34/51

14-9






 壁際からレッドドラゴンまでの距離は遠い。しかしノヴァにとっては十歩足らずで詰められる距離だ。

 コロシアムを疾風のように駆けながらノヴァは短く魔法を唱えた。身が少し軽くなり、渦巻く風がノヴァを包む。

 更にセアからも身体能力向上及び保護の奇跡がパーティにかけられる。

 すると次の一歩では姿を見失わんばかりの急加速となる。


 接近までのわずかな間、レッドドラゴンの腹が小さく膨らむ。それがブレスの前兆だとノヴァは気付いた。

 素早く後方のセアに障壁のハンドサインを送り、それを見逃さなかったセアはすぐに障壁を展開する。


 炎のブレスが凄まじい勢いで真正面からノヴァへと迫る。

 紅蓮の火炎放射は人一人を焼き尽くすには十分足りうる。だがそれもセアの力の前には通じない。

 目の前で炎が障壁に跳ね返される中、ノヴァは右へと回り込むように進路を変更する。


 レッドドラゴンからは自らの炎がノヴァの姿を覆い隠していたはず。しかし彼の目は一瞬で横へと飛び出す小さな影をはっきり捉えていた。

 急速に迫ってくる小さな敵に対し、前脚を持ち上げて爪を振りかざす。そしてなぎ払った

 それは巨体から想像される鈍重さとは無縁のスピードだった。

 しかしどこかぎこちない一撃は精彩を欠き、ノヴァの脅威足りえない。ほんの少し前まではどこにもおかしな点はなかったのにとノヴァは怪訝そうに眉をわずかにひそめた。


 小回りでわずかに分のあるノヴァは岩を紙のように切り裂き、風をも引き裂く高速の爪を掻い潜る。ノヴァのすぐ斜め上をレッドドラゴンの爪が通り過ぎた。

 余波で風がハンマーのようにノヴァの側頭部を打つが、それを耐えてなおも踏み込む。


 大人の3倍はあろうかというレッドドラゴンへ肉迫した時、ノヴァはレッドドラゴンと真正面から視線が合った。


「マズイ!」


 ノヴァの動きはレッドドラゴンに見切られていた。

 単体の能力としてはほぼあらゆる点においてレッドドラゴンに軍配が上がる。レベル36の壁はあまりにも高い。それをまざまざと思い知らされる。

 レッドドラゴンの(あぎと)が開き、長い首が恐ろしい勢いで上から伸びてくる。鋭い牙の並んだ口がノヴァを喰らおうと迫り来た。

 ぽっかり空いた赤い入り口。奥は吸い込まれるような暗い穴が待っている。


 完全回避は間に合わない。


 ノヴァはそう悟り、すぐさまタイミングを合わせてカウンターを狙う。その鼻っ面に一撃を入れて、その隙に一旦態勢を整える腹積もりだ。

 一つ間違えばレッドドラゴンの牙に全身をズタズタに噛み千切られるだろう。

 針の先よりも意識を細く尖らせ、ノヴァは瞬時に集中の海へと沈み込む。


 だがそれは水泡と化した。


 ノヴァの斜め後ろから太い聖なる鎖が3条伸び、レッドドラゴンの首へと巻きついた。

 セアの援護だ。

 鎖はレッドドラゴンの勢いを殺し、小さく逸らす。だがノヴァにはそれで十分だった。レッドドラゴンの口は虚空を喰らい、伸びきった無防備な首が晒される。

 そしてノヴァは一転その隙を見逃さず、飛び上がり、剣に全身の力と勢いを乗せて振るう。


 斬岩の一撃が放たれる。

 鉄の剣の耐久ギリギリまで力の込められた鋭い一撃が。

 悪魔の石像(ガーゴイル)をも切り裂く剛刃が。

 レッドドラゴンの首へと直撃した。


 だが、剣は大きな甲高い音を立ててその刃を通す事はなかった。


「なんて硬さ……これが竜鱗」


 ノヴァが思わず息を飲み、目を瞠る。剣を持つ手がその反動に痺れ、震えていた。

 レッドドラゴンは鈍器で殴られたような衝撃を受けて態勢を泳がせる。巨体が揺らいでその大きな足が大地を擦るも、すぐに踏みとどまる。

 それだけだった。

 クリーンヒットした強力な一撃はレッドドラゴンにとって少し強く殴られた程度でしかなかった。


 だがそれでもそれを見た観客はどよめきを上げた。

 あのレッドドラゴンを相手に、攻撃を掻い潜りながら一撃を与える事が如何に凄まじい事か。それは限られた本物の英雄の資質と言っても良い。


 期待が、希望の芽が生まれる。


 一方のレッドドラゴンは首を持ち上げ、聖なる鎖を引き千切る。そして不遜にも己に歯向かった敵を睨んだ。

 その時、死角から青黒色の金槌の形状をした巨大戦槌(ウォーハンマー)が迫る。それは風を突き破り、恐ろしい唸り声を上げながら高速でレッドドラゴンを打ち砕こうとする。

 フレアの渾身の魔法がレッドドラゴンを狙う。


「ノヴァ、口を閉じて一度すぐ離れなさい!」


 フレアの警告に、地に降り立ったノヴァはすぐさまバックステップで距離を取る。


 地精が生み出しし鉱物、青虎眼石(ホークスアイ)は硬度7。それを前にしては鋼鉄とて悲鳴を上げる。そしてそれをフレアは中級魔法の規模で放つ。

 ホークスアイは炎に弱いという弱点はあるが、その硬さもさる事ながらある特性があった。

 それが毒性だ。


 大質量の物体が凄まじい勢いで迫り来るのを感知し、レッドドラゴンは振り向くことなく即座に長い尾で打ち払う。

 鞭のようにしなった強靭な尾が鋭い切り裂く音を立ててホークスアイの戦槌へと叩きこまれる。それと同時に戦槌は自ら粉微塵となり、無数の微小な繊維状の針となってレッドドラゴンへと殺到する。赤い竜鱗が悲鳴を上げ、削られる。運よく最初から鱗の剥がれていた場所に突き刺さった物のいくつかは表皮を小さく穿ち、体内へと侵食し毒と化す。


 ホークスアイの欠片が陽の光を反射してキラキラと輝く。

 レッドドラゴンのその様はまるで体中に光の粉をまぶしたかのようだった。


 だがそれも長くは保たない。

 レッドドラゴンが怒りと共に火精を体中に纏い、炎に包まれる。ホークスアイの微小な刃はそれにより全て焼き払われた。体内に侵入した小さな刃もわずかな毒を残して全て消えた。


 再びレッドドラゴンが咆哮を上げる。そこには憤怒と苛立ちがこめられていた。

 コロシアムで舞台を遠巻きに見守っていた全員が再び膝を、そして心を折られる。だが勇敢に立ち向かう3人の子供達にはもはや魔竜の咆哮は通じない。

 それがレッドドラゴンの気にひどく障った。


 いつだってレッドドラゴンは強者だった。

 人間など少しばかり強い者が時折いるが、咆哮一つも上げれば地に蹲る。そんな取るに足らないひ弱な存在。

 自分は常に踏み潰す立場。捕食者。蹂躙者。

 そのはずだった。


 それなのに、今小蝿のようにまとわりつく3人は違った。

 傲慢にも地上最強種たる竜を前に真っ向から睨みつけ目を逸らさず、恐れずに斬りこんでくる。


 何とも頼りない剣を激しく振り回してあちこち素早く飛び回る黒い小さき者。

 どんな生き物をも焼き尽くしてきた自慢の炎のブレスを跳ね返す白い小さき者。

 後方から散発的に隙あらば強力な魔法を着実に叩き込んでくる金色の小さき者。


 ――ふざけるな!


 レッドドラゴンはふつふつとこみ上げてくる、この不条理に対する怒りを炎に換えて吐き出す。

 最初に青黒色の戦追を尾で打ち払ってからというもの、ブレスを吐き出す度に胸や腹がチクリと痛む。更にはわずかに息切れもしていた。

 だがそれを怒りで無理矢理塗りつぶす。

 確かに不調ではあるが、それは些細なものだ。そしてそれ以上に一刻も早くこの目障りな小さき3人を爪で引き裂き、牙で噛み砕きたかった。


 人間が竜に抗うなど。

 レッドドラゴンたる誇りにかけて許してはいけない。


 故に、レッドドラゴンは3人だけを執拗に狙う。

 特に目の前の一番目障りな黒い者を。


 そしてそれはノヴァにとって願ったり叶ったりの展開だった。




 甲高い音がコロシアムを震わせる。

 それは鉄の剣が竜鱗に弾かれる音だ。

 何度も、何度も。繰り返し剣を振るっては跳ね返される。


 観客は最初こそそのノヴァの雄姿に希望を見出したが、次第にしぼんでいく。

 まったくレッドドラゴンにダメージを与えられているように見えないのだ。全体的に見ても押されている中、例え剣が当たってもレッドドラゴンは多少よろめく程度で平然としている。

 その姿は嫌が応にも無駄な抵抗だと宣告されているように思えてしまう。


 だがそれでもノヴァは未だ心折れず、その黒い瞳はレッドドラゴンを捉え続けている。そして剣を振るう。

 その目は決して諦めていない。


 絶えず足を動かし続けて地上を、或いは空を風を繰り縦横無尽に駆けずり回る。

 あまりにも激しい運動量。だが依然動きに鈍りは見られない。精彩を欠く事無く全力を維持、コントロールしたままレッドドラゴンの前から張り付いて離れない。

 地味な点ゆえ一般人の観客は気付かないが、空恐ろしいまでのスタミナ量だった。


 しかし何よりも上級騎士以上の者達の目を引いたのはその剣捌き、戦い方だ。

 やや未熟ながらも幼い少年には確かな剣術の型があった。


 例えば八相発破。それは突きからの正面3連斬撃。3連斬撃は半身からの斬撃で始まり、そのまま剣を回転させながらまた斬りつけ、最後は上段からの振り下ろし。

 それを一呼吸でやってのけていた。

 型はまだまだ荒削りだが、それは確かに一つの剣技だった。


 基本の体勢、基本の構え、足運び、そして剣の扱い。それら一つ一つを修め、繋ぎ、束ね、一つの華麗な斬撃として昇華する。

 そこにはただ力任せに剣を振るうのではなく、鍛え上げた肉体と技を以って戦う一人の剣士がいた。


 そこまではいい。そこは上級騎士らも純粋に賞賛、評価できた。

 だがもう一つは違う。

 目の前で繰り広げられる幼い少年の戦いぶり。その中に一際異彩を放つものがあった。

 それは戦い方、その動きだった。


 幼い少年の戦闘術は余りにも不思議にすぎた。いや、いっそ奇妙の一言に尽きる。

 人の理に合わぬその動き。宙で逆立ちをしながら剣を叩き込み、そのまま反動で小さく身を畳みながらクルリと一回転して猫のように柔らかく着地を決める。


 軽やかに滞空し、或いは風の加速を背に受けて矢のように飛んですれ違いざまに斬りかける。

 レッドドラゴンの地に叩きつけられた前脚を蹴って顔面へと昇り上がる。驚愕のバランス感覚で宙を泳ぐ。


 そう。強いていえば、かつての空の騎士クリームヒルトの戦い方に近い。彼女は翼ある幻獣ペガサスの力を両脚に宿して鳥のように華麗に、風のように自由に、時には隕石のように凶悪に空を滑空し、翔けた。

 だが彼女の動きは大きな流線型であり、あくまで空を主戦場としていた。

 天駆ける空の騎兵。それが彼女だった。


 その点、目の前の少年は違う。

 常時天空に居た彼女が鳥とすれば、彼は蝶か蜂か妖精(フェアリー)か。


 地上でもなく、天空でもない。その両方を舞台に幼い少年は剣と共に舞い踊る。

 変幻自在に駆け回り、細やかな動きで敵をかき乱していた。


 人間はあくまで陸上の生き物だ。

 その戦闘術は地上での運用を前提としたものが主流であり、大多数だ。


 もし地に足を着けず、空中で剣を振れと言われたところでまともな斬撃にならず、その威力も大幅に下がる。それならば地上で剣を振るった方が至極理に適うし、人として最高のパフォーマンスを発揮する。

 それが千年以上続く人類の戦史が出した結論だ。


 滞空したままの剣術など非合理にすぎる。仮に使う者がいるとしても、それは二刀流のように特殊な才能を持つ一代限りだけだ。普及は厳しいだろう。

 だから一部の特殊な人間を除いて空中を舞台とした剣術など使う者はほとんどおらず、更に発展も継承もしなかった。


 いい例がかつて存在したワールウィンド軍。空を飛ぶ魔物の多い国がそれに対抗しようと、軍単位で空中戦を可能とする騎士と兵を育てようとした。だが長年をかけて訓練したその軍は、同数以下のモンスターに挑むも大敗し、そのまま消えていった。

 以後、一般兵は空中の敵には魔法や飛び道具などで応戦する事が主流となる。


 人は地上で戦う者。

 それが鉄則。


 だが幼い少年は違う。

 空中で剣を振るい、それでいて十分に威力を発揮する剣技を奮っていた。


 身を捻りながら姿勢をコントロールし、寄る辺もなく頼りない中空にも関わらずその剣は冴え渡る。


 空中戦のノウハウを持つ者など極めて限られる。そしてE国にはその使い手はいない。

 たった二年ほどで規格外の成長を遂げ、一国の頂点にすら立てるほどの力を身につけた。これだけで既に目を疑い、乾いた笑いを浮かべるしかできないというのに。

 その上、一体どこでどうやってこのような技術を見につけたのか。

 謎は深まるばかりだ。


 ある騎士がふと思った。

 もしかしたら、あれは人の剣ではないのかもしれない。


 もっと別の何か……人間でない、ずっとかけ離れた存在が使う剣なのではないかと。


 果たしてそれは神か悪魔か。それともそれ以外のものなのか。

 そこまでは騎士も分からなかった。




 舞台場外のエルスがぽつりと呟く。


 「……風天の勇者(ヴァーユ・ヴィール)


 食い入るようにエルスは3人の戦いを見つめ続ける。

 その魅入られつつある目には畏敬の色があった。


 そして同じように見つめる者がコロシアムに少しずつ増えつつあった。







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