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ショタ勇者さま育成計画  作者: めそ
33/51

14-8






 レッドドラゴンは一度低く唸り、己が不機嫌である事を知らしめるかのように天に向けて咆哮を轟かせる。

 その咆哮はコロシアムの空気を震わせ、観客全てを圧し貫いた。


 怒号が止み、呆然とへたり込み、或いは倒れこむ人々。

 意思を挫く力が込められた咆哮に人々は動けなくなった。


 そんな人間らを空中から見下ろしながら、タマモは扇を口元に当てて微笑う。


「うふふ。この程度で戦意喪失するなんて、なんて可愛いのでしょう。プチプチと摘み潰したくなりますね」


 その時だった。

 ようやくコロシアムを丸ごと覆うように敷かれた魔法陣に備え付けの中型魔力結晶から力が流れ込み、その機能を発揮する。


 破邪の力がコロシアムに満ちて行く。

 それに従い、タマモの露になっている肌にチリチリと微かに灼けるような痒みが襲う。


「あらあら。私の大事な毛皮に悪い結界ですね」


 レベル10以下のモンスターならばものの数分としない内に全身の皮が焼け爛れるであろう中、タマモは防ぐ様子すら見せずに泰然としていた。


 見ればレッドドラゴンも気にした様子はない。

 ただやや不快そうに鼻に皺を寄せている。


 そもそもが結界の想定していたモンスターのレベルは30以下で、結界が十全にその力を有効とするレベルは20程度。

 彼女らの襲撃は完全に想定外だった。

 そもそもが、E国所属の魔法使いの扱える結界はこれが限界なのだ。


 だが、備えは結界一つだけではない。

 続けて王都外周にある対空魔法陣が一斉発動する。その数16門。

 魔法陣から炎弾が飛び出す。それは放物線を描いてコロシアム上空のタマモへと狙いを定めていた。


 重要人物が一箇所に多数集まるこの3日間はいつもより警戒レベルを限界まで上げている。王都防衛機構の全てが常時すぐにでも発動可能なよう予備の魔力結晶を蔵から開放し、予備を含めた魔法使いらを動員していた。


 タマモは空を高速で泳いで迫る炎弾を横目に、気だるそうに城門ほどある青白い狐火を一つ、自身の前に生み出す。

 10発が見当外れの場所へ、残り6発が全方位からタマモ目掛けて走る。

 そして着弾の直前、爆発。

 合わせて外れた10発もまた虚空で爆発した。


 真下の観客らにも爆発の振動が伝わり、捨てられていたゴミや旗が勢いよく空中へと飛び上がる。

 爆発の余波の火の粉はコロシアムに降り注ぐ前に霧消した。


 爆発に伴う黒煙が風に流されていく。

 そこにはゆらゆらと不気味に燃える狐火を盾代わりにして着弾前と変わらないタマモがいた。狐耳の先っぽの黒い毛一つ傷ついた様子はなかった。


「この程度なら幽界の狐火を使う必要もありませんでしたか」


 それを見た人々がうめき声や悲嘆の声を上げる。

 あんなにも呆気なく、ダメージ一つ与えられない事に格の違いを思い知らされる。


 しかし、更に第二陣。間をおかずに再び外周の魔法陣が次々と発動する。その数64門。

 王都外周に設置された全魔法陣が次々と火を吹いた。

 第一陣は照準のための試射にすぎない。

 即ち第二陣が本命だ。全弾命中コースの炎弾が尾を引いてタマモへと伸びていく。


「しつこい殿方には少々お仕置きが必要ですね」


 コロシアムの結界の中でありながら、狐火を中心とした異界化結界を創り上げていたタマモ。彼女はそれを解いて炎弾の迎撃にでる。

 種火ほどの小さな狐火がいくつもタマモの周りに現れる。ただしそれは青白い色ではなく、紅蓮に燃えていた。


 種火はそれぞれ四方へ飛び散り、炎弾が接近すると同時にその魔力を解放。

 空中に64の火柱が立ち、炎弾の爆発をも飲み込んで消えた。


「まったくもう、次から次へと……」


 今度は真下のレッドドラゴンが口を開く。開いた口蓋からは鋭い牙の列が並ぶ。

 そして怒りの炎を吐いた。

 頭上のタマモに向けて。


「ああ、もう今度は……」


 正直脅威は大したことないとはいえ、さすがにブレスの直撃は見逃せない。優雅な所作で手の扇を開いたまま円を描くように扇ぐ。

 すると炎の帯が扇に導かれるように進路を曲げ、逆に吐き出した元のレッドドラゴンへと襲い掛かる。


 倍の速度で返ってきた炎のブレスに、レッドドラゴンは動くこともできずそのまま呑みこまれる。

 だが元々炎に耐性のあるレッドドラゴン。自らの炎に焼かれる事もなく、消えた炎の後にはその変わらぬ健在を示すように咆哮を上げる。


 これにはコロシアムにいる人間全員が驚いた。

 味方のはずの、というか魔王軍の頂点八体の内の一体のタマモに攻撃したのだ。

 仲間割れか、と皆が混乱するのも無理はなかった。


 そもそもがこのレッドドラゴンは地上の野良モンスターであり、魔王軍とは関係ない。また魔界の者でない限り魔王の事も知らない。

 そのため最強種の誇りを持つレッドドラゴンはタマモ、及び自らの角を折った上で捕らえた赤髪の女堕天使を敵だと認識していた。


 レッドドラゴンの相手が終わったと思ったタマモの耳がピンと天に向けて立つ。

 次の瞬間、タマモの遥か頭上で異変が起きた。


 人々が見上げれば、空に光の蓋ができていた。

 円盤状の光はやがて中心へと流れ込み始め、甲高い音をかき鳴らし始める。


「これは……!」


 タマモの瞳が今までにないほど鋭く引き絞られる。

 城門ほどはある青白い狐火を再び、今度は6つ生み出す。それらで自身を囲うように強力な結界を張った。


 八面体の結界が張られると同時に、光が一本の巨大な柱となってタマモに降り注ぐ。

 それを狐火の結界が受け止めた。


「――きゃんっ」


 上方の狐火が強風に吹かれたように激しく揺れる。

 その予想通りの重い手応えにタマモはここで初めて気合を入れなおし、ちょっとばかり本気で押し返す。


 光の名は『第三ラッパ・ワームウッド』


 それは神の奇跡でも上級に位置する御業だった。


 奇跡の力の大元を辿った先には大神殿がある。そこでセアの父が魔法陣の上で神の奇跡を発現させていた。

 E国の知らざれる守護者。先代大神官ラダメス。世界でも上位の力を誇りながらも、大罪人の烙印を押されて大神殿の奥で幽閉されている男性。

 今彼がいる場所は至聖所。大神殿の最奥。最も神聖な場所。

 そこで大神殿の切り札である聖人の骨を両手に持ち、初手から自身が持ちうる最強の手札を迷う事無く出していた。


 本来なら彼に声がかかるのは最後も最後、それこそ王都に危機が迫っている時だ。切り札と言える。

 つまり、王都に突如現れたモンスターの気配はラダメスを即断で引っ張り出すに値する脅威を大神殿に与えていたといえる。


 ラダメスの全身全霊の一撃は今なおもタマモを圧し続けている。

 だがやがて光の柱は徐々に細くなり、消えた。


「さすが……中堅国家に落ちたとはいえ、元大国。王都に敷かれた防衛機構は中々に強力ですね。上級の魔法陣なんて大国にしか扱えないというのに」


 ふう、と一息ついてタマモは賞賛するように言った。その表情にはまだ余裕の色が窺える。

 そして更に遠く、別々の二箇所から大きな奇跡の力が、そしていくつもの小まとまりの魔力が集いつつあるのを感知した。


 大神殿からは神官団を総動員した上級奇跡『天使の怒り』の発動の気配。

 また城の王宮からは緊急召集された魔法使いらが一丸となって発動しようとしている中級魔法『ウォーター・ハンマー』。


「さすがに私だけで国一つ全て相手するとなると少々面倒ですね。まあもう用件は済ませましたし、別に一国を滅ぼせと勅命を受けたわけでもありませんし、これで失礼しますか。それではごきげんよう、皆様方。うふふ」


 そう微笑んだ後、わざわざ向きを変えて観客席に恭しく一礼し、タマモはそのまま流星の如くE国から飛び去った。

 最後の置き土産とばかりに赤い狐火をばら撒いて。


 途端に地上で上がる火の手は32。王都外周上にあった半分の魔法陣がたったそれだけで正確無比に潰された。

 タマモの後を発動した『天使の怒り』といくつもの『ウォーター・ハンマー』が追いかけたが、終にその背を捉える事はなかった。


 後に残されたのは意志を砕かれた人々と、コロシアムに立つレッドドラゴン。


 エルスはおろか、E国エース騎士のパエトーンも、勇者エパポスも、神童フレアも、誰もかもがただただ圧倒され蹲っている中、動く小さな影が二つあった。


 そこへ、消え去ったタマモの代わりというようにレッドドラゴンが再び口を開く。

 そこから炎の塊が生み出され、勢いよく吐き出される。

 狙いは偶然か故意か、E国国王らのいる王族の席。


 それに慌てたのはコロシアムに詰めていた神官ら。

 王族の側に控えていた神官数人が腰砕けになって震えながらも、国王、王妃、王子王女らを守るべく障壁を創り出す。

 しかしレッドドラゴンの炎のブレスの前に神官の障壁は溶けるように次々と破られていく。


 そして炎は全ての障害を排し、王族の席にいる全員を消し炭にすべくなおも突き進もうとするその時。


(ザイン)


 コロシアムの片隅から幼い子供の声がした。


 そして新たに現れる神の障壁。

 誰のものとも知れぬそれは国王らとレッドドラゴンの間に出現し、炎を遮ろうとする。

 熟練の神官らの障壁をまとめてぶち抜いた炎はその障壁をも食い破ろうとし、だが初めてそこで阻まれた。


「おお……!」


 神官らが思わず安堵と驚愕のため息を漏らす。

 そしてそのまま声の主を探す。するとそれは一目で分かった。


 その視線の先。そこには座り込む観客らの中でもただ一人、竜の咆哮の呪縛を完全に打ち払って動く小さな少女がいた。

 数人がかりでも止められなかった炎のブレスを食い止めた、法衣姿の娘。

 そのあまりにも幼い姿に神官らは二度驚いた。


 ――レベル20、神官見習いセア。


 同じく平然な顔で相変わらず席に座ったままのエリエルに背を押され、観客席の最前列へと出てきていた。その腕に大事そうに剣と盾を抱えて。

 炎の威力に脂汗をわずかに浮かべながらも彼女は毅然と立ち、レッドドラゴンを敵としてその青い瞳で射抜いていた。


 そのセアの姿に神官らを始め、観客も王侯貴族も兵も皆が魂を奪われたかのように目を離せない。

 恐ろしい竜を前に一歩も引かぬといわんばかりのその堂々たる立ち姿。

 強力な竜の炎のブレスをも防いだその奇跡の力。

 その清廉かつ楚々としたその表情。


 一部の神殿関係者を除いて、その少女が一体どこの誰なのかは分からない。

 しかしそれでも人々の表情に小さな希望の火が灯る。

 それは一種、崇拝にも似た情動だった。


 そんな周りの視線に構わず、続けてセアは祈る。


(テト) (メム) (シン)


 光が伸びる。水のように、蛇のように。

 蛇行しながら進む光はレッドドラゴンの振り下ろされる爪を掻い潜ろうとするも迎撃される。

 引き裂かれる直前。


Th(タウ)!」


 光が爆発した。

 膨れ上がった聖なる力が至近距離からレッドドラゴンを撃つ。


 広いコロシアム中を照らす眩い光の収まった後、そこには多少なりとも竜鱗の上から衝撃を与えられ、より怒りに目を燃やすレッドドラゴンがいた。


「勇者様!」


 その隙にセアはコロシアムの舞台と観客席を隔てる壁の上に軽やかに飛び乗り、下のノヴァに向けて大声で呼びかける。

 竜の咆哮を受けながらもそれを耐え抜いたもう一人の少年へ。


「これを!」


 セアが腕の中に抱えていた鉄の剣と盾をノヴァへと投げ渡す。


「ありがとう、セア!」


 それをノヴァは片手でそれぞれつかみ取り、そのまま鞘から剣を引き抜いた。

 その手に馴染んだ刀身が白日の元に露になる。


 人々は三度驚く。

 今まさに希望を見たばかりの少女がノヴァの仲間だという事に。


 かつては沈む船に乗る愚は冒さないとばかりに、誰もノヴァの仲間になろうとする者はいなかった。

 故にずっとノヴァは一人だった。一人だったはずなのだ。

 それが、今や――


 セアが観客席から舞台へと下りる。そしてノヴァの隣へと並んだ。

 まるでそれが当然であるように。


 大会で衆人環視の中、ノヴァが如何なく振るったその絶大な力は人々の記憶に新しい。

 そしてその上、同じく強力な力を見せた神官らしき謎の少女と共にいる。


 王都の民が知らない間に一体何があったというのか。

 何がどうすれば、この光景に繋がるというのか。

 観衆はただただ動けないまま呆然とするしかなかった。


 そこへ突然絹を引き裂くような悲鳴がした。


「ダメ! セア、逃げて!」


 その聞き覚えの無い声の主へとセアは顔を向けた。


「王妃様?」

「早く、早く逃げなさいセア! お願いだから逃げて!」


 王妃アイーダのその声はいっそ悲痛とも言ってもよかった。

 だがセアはきょとんと首を傾げる。

 セアの方は勿論王妃アイーダを知っていたが、それはあくまで遠巻きに眺めた一方的なもののはずだった。セアは直接王妃と顔を合わせた事は無い。ただの神官見習いを王妃が知っているはずがなかった。


 そんなセアに、何故か王妃は必死に叫んでいた。

 竜の咆哮で心折られていてなお、王妃は夢中で懇願する。


 短い時間の間だけ、セアと王妃アイーダの視線が絡まる。

 この国では珍しい、同じプラチナブロンドをした二人が。同じブルーアイズが。


 だがセアは自分は大丈夫です、と安心させるようににっこりと微笑み、ペコリと頭を下げる。

 どうしてかは知らないけれど、偉い王妃様がただの見習い神官の自分を心配してくれた事に不思議に思いながら。


 それに王妃はもはや泣きそうになりながら、隣の国王へと縋り付く。


「陛下、お願い。あの子を、あの子を……!」


 その様はもはや乱心といっていいほどだった。

 たおやかな微笑みを崩さず、いつも静かに佇んでいた王妃の突然の狂態に周りも驚く。

 フレアもまた驚いていた。

 穏やかでおっとりとした美しい母が、こんな姿を見せるのは娘のフレアをして初めてだった。


「……王妃を後ろに下がらせよ」

「そんな、陛下! セア、ダメよ、セア!」


 国王はその懇願を苦虫を噛み潰したような表情で切り捨てた。

 忌々しそうに舌打ちをし、脇に控えている近衛騎士達に王妃を安全な場所に連れ出すよう指示する。


 騎士らは王命を果たすべく、動きの鈍い体に鞭打ってなんとか王妃を連れ出して行く。

 王妃は王族席から下がる最後まで、セアを呼び続けていた。


 そして小さな嵐が過ぎ去った後、フレアは一人歯噛みしていた。

 セアが、ノヴァがあそこに立っているのに、同じパーティ仲間のはずの自分は無様に席から立つことすらできない。

 その事がフレアの魂に火をつける。


「そんなの……絶対に、許せるわけないでしょう」


 歯を食いしばり、その白い指先で近くに置いていた杖を力の限り握り締める。

 力の入らない足腰を全力で叱咤する。


「あれだけ何も知ろうとせずにノヴァを下に見ていた(わたくし)が……」


 悲鳴を上げ続ける心に次々と火をくべる。

 正真正銘の怪物たるレッドドラゴンを前に震え怯える瞼を上げる。


「こんな態を、私だけ晒すなんて――そんなの絶対に許されるわけがない!」


 苛烈な炎の意志を以って、フレアは少しずつ体を持ち上げる。

 砕けた意志を必死でかき集め、無理矢理にでも継ぎ合わせる。


 そしてフレアは立ち上がった。

 一度立ち上がってしまえば自分を押さえつけていたものはもうどこにもなく、清々しい気分の上に体はこれ以上ないというくらいに軽い。

 もはや咆哮の呪縛は無い。


 杖を片手にドレス姿のまま、フレアが王族席からひらりと身を乗り出し、舞台へと飛び降りる。

 その凶行に周りは止めるヒマも無かった。


 ――レベル16、魔法使いフレア。


 舞台袖に風魔法でふわりと降り立ったフレアは、遠くで様子を窺っているらしいレッドドラゴンから目を離さず、慎重にノヴァ達二人の元へと飛ぶ。


 E国第三王女までもがノヴァの元へと集う。

 その様子にもはや観客らは言葉もない。


 三人の子供が舞台に立つ。

 今、ここにノヴァのパーティが揃った。


「フレア」

「……」


 いきなり飛び降りてきたフレアにノヴァは少々目を丸くしながらも、その仲間の名前を呼ぶ。

 だがノヴァの呼びかけにフレアは応えず、返事の代わりというように無言のまま杖でノヴァの頭を軽く叩いた。


「うわっ、いきなり何すんだよ!」

「うるさい! いいからあなたは黙って一発殴られてなさい!

 まったく強いなら強いと早く知りたかったわよ……これじゃ私一人で何とかしようと突っ走ってあちこち奔走してたのがバカみたいじゃない」

「何の話だよ?」

「いいの、忘れなさい!」


 おろおろとノヴァとフレアを見比べるセア。

 唇を尖らせて不満そうにするノヴァ。

 腕を組んでツンと顔を背けるフレア。

 これがいつもの三人だった。


 文句を言ってやりたかったがそんな場合ではないとすぐにノヴァは気持ちを切り替え、目の先にいるレッドドラゴンを見る。

 紛う事なき強敵だった。


 ふと、ノヴァの視線がコロシアムの中を移り行く。


 初めに辛い仕打ちをしてきた国王、大臣など国の重鎮ら。

 正直、恨んでいないかと言えば嘘になる。

 次にコロシアムで不安と恐怖に震えている国民達。

 毎日冷たい視線を浴び、勇者のくせに不甲斐ないと殴られた事だってあった。


 辛かった。

 泣きたかった。

 この国に流れ着いてからの日々はそれらに尽きた。


 ――けれど。


 そうして最後に見たのは、すぐ後ろの観客席で泣いている自分よりわずかに幼い子供の姿。

 死と恐怖を目の前に震えている子供。


 手の中の剣を握り締める。そして剣を一度大きく空に振るった。

 力の限り。

 目の前の見えない何かを断ち切るように。


 そしてノヴァは自分のやるべき事を改めて胸に刻む。


 誰よりも『勇者』であらんために。

 妹ダルクが夢みた、望んだ勇者になるために。

 皆の『勇者』になるために。


 そこでノヴァはエリエルと目が合った。

 師匠はただ剣の鞘を持ち上げてレッドドラゴンへと向ける。

 そして頷いた。存分にやるがよい、と。


 ノヴァはそれだけで力が際限なく湧いてくるような高揚を覚える。

 背中を温かい手で押されたように、ひどく心強かった。

 それを側で見ていたセアは小さく笑う。それはほんの少しだけの寂しそうな笑い方だった。


 ノヴァのよく通る大きな声がコロシアム中へと届く。


「王様」


 呼びかけられた当の本人は思わず小さく身じろぎをした。

 自分らが今舞台にいる勇者にこれまでしてきた事は当然理解している。全て承知の上だ。だがもし問われれば、今でもその当時の判断は決して正解ではないが間違ってもいなかったと国王は言うだろう。


 使い捨ての一時凌ぎのためだけの勇者。名前だけの勇者。困窮した国を立て直す間だけの、何の期待も支援もしなかった勇者。

 当然憎んでいるだろう。恨んでいるだろう。


 そんな小さな子供に呼びかけられて、身構えぬ者はいない。それほどよほど図太いか鈍感かよく分かっていない者でない限り。

 どんな恨みつらみ、罵倒、嘲笑、怒りの言葉が出てくるのか。

 国王は身を固くして続きを待つ。


 だがそれでも。


「これからあのドラゴンを倒します。いいですね」


 国王に向けられたのはそんな予想を裏切る穏やかな声。

 一切の私情を交えずに淡々と紡がれる言葉。

 そこからはどんな負の感情も見出せなかった。

 それに、国王は知らず気圧された。


「う、うむ……」

「ありがとうございます。王様はここの皆を逃がしてください」


 そして再びノヴァはレッドドラゴンへと向き合う。

 その時になってようやく竜の咆哮の呪縛が解けてきたのか、観衆が少しずつ動き出す。そしてポツリポツリと席を立ち、次第に鉄砲水のように外へと繋がる階段へと殺到していく。


 だが、それは許されない。


 何者かの意志により、コロシアムを囲んでいた魔法陣の下から別の魔法陣が発動したのはその時だった。


 破邪の力を満たす結界が塗り替えられる。

 新たな結界は破邪の結界を嘲笑うかのように、星の瞬きほどの時間で破壊する。

 そして現れたのは黒い氷柱。

 コロシアムの高さを追い越してなおも伸びる、巨大な黒いクリスタルのような呪黒氷の柱がいくつも聳え立っていく。


 やがてコロシアムは柱に完全に囲まれ、外と断絶された。

 出る事も入る事も叶わぬ牢獄。

 外から上級魔法を含むいくつもの魔法がレッドドラゴンを討とうと飛んでくるが、その全てが呪氷結界に阻まれた。

 さもあらん。このような最上位の結界を創り出せる者は王宮魔法使いが知る中ではたった一体しかいない。

 八魔将第一位デルフォード。彼しか。


 魔王軍最悪最強の存在までもが一枚噛んでいる事に高位の魔法使いらは地獄の底へと叩き落された心地となった。

 無論、誤解であるが。結界を創った当の本人は今なお観客席にいるのだし。


 始めは喚き当たり散らしていた人々も、それが一切無意味だと理解した途端に膝から崩れ落ちていく。


 逃げられない。

 もうダメだ。


 レッドドラゴンのいる檻に閉じ込められた人々は抵抗する意欲すら失くしていた。

 ここで喰われるのだと、神の慈悲に縋り祈るしかできない。


 そんなうめき声とも諦観の声ともつかぬ暗いうねりがコロシアムを包む中。

 すぐ近くの観客席で怯えている子供にノヴァが声をかける。


「心配すんな、すぐ兄ちゃん達がなんとかしてやるからな」


 そう、なんでもない事のように言う。

 子供はそれにちょっとばかり驚きつつも、おずおずと声を出す。


「ほ、ほんと……?」

「ああ。僕は勇者だからな! まかせとけって。それにこっちのセアもフレアもすっげえ頼りになるんだぜ」


 子供の声は震えきって、ほとんど言葉にもなっていない。

 けれどノヴァは安心させるように笑いかけ、手を振った。


「た、助けて……お願い」

「おう! だからそんな顔するなよ。そこでしっかり見てろよな」


 ノヴァは子供の期待に応えるように剣をかざした。


「さてと。セア、ブレスはどのくらい防げそうかな」

「ごめんなさい。私の全力で一発しか……連続でくると無理です」

「そっか。分かった。くれぐれも観客席に行かないよう注意してくれ。僕より優先してくれよな」

「……はい」

「あとセアはフレアと一緒に戦うのは初めてだろ。フレアの魔法はすっごく強いから範囲に気をつけて」

「はい」

「フレアはでかいのを頼む」

「任せなさい」

「期待してるからな。僕はアレの相手を直接する」


 空気を読んだのか、はたまたは目まぐるしい状況の変化に警戒を強めていたのか、レッドドラゴンはただ様子を窺っていた。

 だがやがて状況が落ち着き、少々気に障っていた破邪の結界も無くなった事でようやく行動を開始する。


 レッドドラゴンが一歩を踏み出す。

 それは炎の蹂躙の幕開けだ。


「さあ、行くぞ!」

「はいっ!」

「ええ」


 相対するノヴァ達もまた動き始める。

 三人の子供達は巨大な竜に向けて駆け出した。




 E国勇者ノヴァパーティの苛烈な初陣が始まる。

 大勢の観客、自国他国の王侯貴族らの視線の元、ノヴァは力強く吼えて勇猛果敢に斬りかかっていった。




 そして、それをすぐ後ろから見ている者がいた。

 どこか心ここにあらずという風に、その三人の背を見る者が。


 エルスはただレッドドラゴンへと向かって行くノヴァ達を蚊帳の外から見送る事しかできなかった。







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