14-5
収穫祭2日目。目玉の武闘大会本戦が始まる。
二日目は64人をベスト8まで決めるための試合が行われる。
戦いの会場は2つ。それぞれやや離れた場所にある、普段は訓練用としても使う2つのコロシアムでAブロックとBブロックの勝ち残り式トーナメントを行う。
各ブロックで1日で28戦行われる。そして翌日の3日目に残る8人でAブロックとBブロックの頂点を決めて、その頂点同士で戦う事になる。
別会場で2者を選出するのは、決勝まで直接両者を会わせないためだった。
武器は運営から刃を潰した物を与えられる。選手に共通の武器を支給する事で武器の優劣をできるだけ無くし、主に技術を競うためだそうだ。
防具もまた、いくつかの種類毎に用意される。ハーフアーマーやチェインメイル、ブレスプレート、レザーメイル、スケイルメイルといった重装備や軽装備など様々だ。中には魔法使い用の身軽なローブもある。
ルールは時間制限無しの、どちらか一方の降参宣言又は気絶など戦闘続行不能状態になるまで。
本戦1日目は試合を連続で消化していくが、本戦2日目のベスト8以降になると試合が終わる度に選手には神官の癒しとしばしの休憩が与えられる事になる。
審判は3名の上級騎士が務め、時には勝敗の判定を行う。明らかに片方が致命傷を与えたであろう一撃を寸止めした場合ならともかく、ほぼ同時に互いが致命打を寸止めした場合の判定は彼ら上級騎士が下す事になっていた。
判断基準の一例として、頭と胴では頭を狙われた方がより致命的という具合だ。
だが審判を置いてなお、時折死亡者が出るという過激な大会だった。
今大会で一番の注目株はやはりエルスだった。
かの聖拳老師の秘蔵の弟子、そのデビュー戦が行われるとして物見高い王侯貴族が大勢遠くから足を運んでいる事からもその注目度が窺える。あわよくば何とか接触を計って己の懐に取り込みたいと考えている者も少なくない。
エルス以外にも名を上げてきている者や諸侯の推薦で鳴り物入りとして出てきた者も数名いる。
今大会は例年無い熱気が渦巻いていた。
そんな中、いよいよ選手のブロック分け及びトーナメント表の位置を決めるためのくじ引きが行われる。
くじ引きが進むにつれ次第にどよめきが会場を包んでいく。
エルスやE国エースのパエトーン、P国勇者エパポスを始めとした大会の目玉は全てAブロックに。
それ以外のとりわけ目立たない銘無しの一般参加者は全てBブロックに振り分けられる事になった。
そして、E国勇者ノヴァもまたBブロックの中にひっそりと埋もれていた。
Bブロックでノヴァの名前を見た人々は誰だろうかと一様に首を傾げ、或いは何でこいつが出てるのかと眉をひそめていた。
「うっわー。こりゃ断然Aブロック集中だろ」
「だな。Bブロックなんて見る物なんてねーな」
「Aブロックの席とれるかなぁ。立ち見になりそう」
「Aブロックの会場に行こうぜ」
「賭けもBブロックは人気ないだろうな。Aブロックはこりゃ、大荒れだろ。楽しくなってきたな、おい!」
ぞろぞろと人の波が片方のコロシアムへと流れて行く。無論Aブロックが行われる方だ。
それでもBブロックのコロシアムにわずかながらも人が入るが、それは番狂わせを期待する大穴目当ての人や、Aブロックに出場している選手の身内で決勝で戦うかもしれない相手を偵察するための人が主だった。
こうして、本戦は大荒れの様相を見せながら開始のラッパが吹き鳴らされた。
☆☆☆☆☆☆
試合は着々と進んで行く。
下馬評通りにエルスは大会の台風の目となって大いに歓声を集め、観客を沸かせていた。
「始め!」
緊張の面持ちで一本のナイフを構える壮年の男性。彼は予選を潜り抜けてきた一般参加者だ。
対するは道着姿の小さな子供、エルス。短い黒髪の下から覗く鳶色の瞳は不敵に笑っていた。愉快で愉快で仕方が無い、そんな上機嫌具合だった。
意を決して男性が飛び出す。
地を駆ける獣のような俊敏な動きだった。
そしてそのままエルスとの距離を詰め、警戒しながらも躍りかかる。
エルスは油断せず、その相手の動きを見切ってみせた。
エルスの小さな手が動き、まるで柔らかい羽を掴むようにナイフを持つ手を絡め取る。それはあまりにも素早く、正確だった。
次の瞬間にはナイフは男性の手から離れ落ち、エルスの掌底が男性の胸を打つ。
吹き飛び、仰向けに倒れる男性。
鎧の上から貫かされた衝撃は肋骨を折っていた。
血の泡を吹く男性を見て、審判はエルスの勝利を宣言する。
エルスは満足そうに小さく口の端に笑みを浮かべ、一礼し、場を去る。
男性の元にすぐさま、端に控えていた治療要員の神官が駆けつけて癒しの光を与える。それからタンカで運ばれていった。
それを見ていた観客はまた盛大な拍手を惜しみなくエルスに贈った。
「いやー、やっぱすげえなあの子」
「今の相手、予選で調べたところレベル11だったんだろ。圧倒的じゃないか!」
「将来が楽しみだな!」
その観客の話を横で聞いていたヘリアデスとその仲間達もまた、エルスの強さに舌を巻いていた。
「本当にすごいわねぇ、あの子。あの年であそこまでやるなんて……あたしでも手こずりそう」
レベル24の勇者ヘリアデスをしてそう言わしめるエルスの強さは本物だった。
片や、ガランとしたほぼ観客のいないBブロックのコロシアムはといえば。
革鎧を装備した軽装の大男と、こちらも小さな男の子が向かい合っていた。
やや浅黒い肌をした大男は一般参加者として予選を潜り抜けてきた実力者。
そして無論、男の子はE国勇者ノヴァだ。
「始め!」
つまらなそうに一度嘆息して、大男は大きく湾曲した刀、三日月刀を振り上げる。
とっとと終わらせよう。そんな言葉が顔にありありと書いてあった。
一方のノヴァはといえば、盾を横にぶら下げ、剣も鞘から抜かずに自然体のまま動かない。
観客にとっては名前だけの勇者がどういう抵抗を見せるか、それだけしか見所の無い試合だと思っていた。
そして大男はノヴァへと勢いよく突進し、シミターの間合いに入ったところで潰された刃を振り下ろす。
接近する二つの影。
シミターは勇者の真横に叩きつけられた。
「なんだ、わざと外して遊んでるのか?」
あくびを噛み殺しながら、観客の顔に疑問符が浮かぶ。観客からは下手糞な武器の扱いにしか見えなかった。
大男は動かない。シミターを振り下ろしたまま、俯いている。
ノヴァも動かない。ただ静かに大男を見上げている。
そして事態がようやく動き出した。
大男がシミターから手を放し、崩れ落ちていく。見れば、ノヴァが突き出した剣の鞘が鳩尾に突き刺さっていた。
「うわ、なんだありゃ。自爆かよ」
「え? なに、もしかして自分から剣に突っ込んでいったの? バカ?」
「つ、つまんねえぇ……だめだ、こっちレベル低すぎだろ。やっぱAブロックに行こうぜ」
審判が予想外の結果に虚を突かれながらもノヴァの勝利を宣言する。
それと同時に元々少ない観客が席を立ち、コロシアムから出て行く。
入れ替わるようにまた数人がコロシアムに入ってくるが、やはり数試合もせずに席を立つ。
白ける空気の中、ノヴァは一言も言葉を発さず一礼し、勝利の高揚も見せぬまま場から下がる。
こうして静かにひっそりと盛り上がる事もなくBブロックの試合は進んで行く。
☆☆☆☆☆☆
Aブロックがエルスやエパポス、パエトーンらの活躍で話題をさらう中、Bブロックでは観客の予想に反してノヴァが淡々と勝ち進んでいた。
「おい、Bブロックがなんか妙なことになってるぞ」
「それよりAブロックだろ! やっぱすげーぜ! 今年は面白いものが見れるぞ!」
「いや、いいから聞けよ。ちょっと見てきたんだけど、うちの国の勇者が勝ちあがってきてるんだよ。詳しくは知らないけどさ」
「はぁ? なんだ、やっぱりBブロックは見るものがなさそうじゃないか。あんなやつが勝ち上がるなんて、どんだけ雑魚ぞろいだったんだよ」
「やっぱAブロックにすげえ連中が固まったせいなんだろーな」
「もうブロック頂点対決の決勝いらなくね?」
「だなぁ。Aブロックだけでいいよ」
そしていよいよベスト8進出を決める試合。
コロシアムの中央ではレベル18のエルスとレベル15の若き青年勇者エパポスが向かい合っていた。
これがAブロック最後の試合だった。
既に他3名は進出済みだ。その中にはパエトーンもいる。
このまま進めば翌日、エルスとパエトーンは準決勝で当たるだろう。Aブロックの大一番になるだろうと早くも貴族を始めとした観衆は噂していた。
審判が唾を飲み込み、試合開始を宣言する。
エパポスが筋肉を隆起させ、丸いトゲ付き鉄球と鉄の柄を鎖で結んだ凶悪なモーニングスターを振り回し始めた。そのままじりじりと距離を詰め、遠心力をたっぷりと乗せたスイカほどもある大きな鉄球を撃ち出す。
鉄球は弧を描きながら横薙ぎにエルスへと迫る。まるで稲妻の如し。大重量とは思えないほどの速度だった。
エルスはそれを身を沈めて潜り抜け、そのまま駆け出す。鉄球が恐ろしい唸り声を上げながら通り過ぎていく。
エパポスは鉄球を素早く引き戻し、今度は頭上から振り落とした。
だがそれすらもエルスは目を向ける事無く、エパポスの操り手と空気の流れで鉄球を予測して横へと身をずらす。
一瞬遅れて鉄球が地面を強襲する。振動が地面をわずかに揺らすが、エルスはバランスを保ったまま手甲に包まれた右の拳を突き出す。体全体を使って全てをその一突きに集約した、疾風の如き拳速だった。
吸い込まれるように腹へと向かった拳はしかし、エパポスの持つ柄に阻まれた。
わずかに眉を跳ね上げ、エルスのその目に驚嘆の色が浮かぶ。
続けてエパポスはよく修練された棒術でもってエルスを打ち払った。柄で風を切る音を耳にしたエルスは、ここでエパポスを強敵と認めた。
鎖と鉄球が付いているため一般的な棒術とは違うが、見事な腕だった。
再び間合いが離れ、仕切りなおしとなる。
それから闘いは大いに観客の手に汗を握らせた。
凶悪な鉄球が残像を残しながら網の目のように縦横無尽に振り回され、それを暴風圏内でとどまりながら捌き続けているエルス。
身をかわし、時には手甲で打ち払う。
振り回される鉄球は多少狙いを外したとしても大岩すら容易に砕き、大木の幹をぶち抜くだろう。
それを片腕で逸らし続けているエルスもまた、一般人の常識を超えている。
もはや二人の技は観客らの想像を超えていた。
鉄球がエルスを掠める度に観客から小さな悲鳴が起こり、或いは興奮に身を乗り出す。
エルスの拳がエパポスを打つ度に、鎧は鈍い大きな悲鳴をあげる。
傍目からは一進一退にも見える闘いは、だがエパポスの心に焦燥を生み、エルスは己の手応えを優勢として感じ取っていた。
そしてそれはエルスの油断か慢心だったのか。ついにトゲ付き鉄球がエルスを真芯で捕える。
鉄球の勢いに押されたまま、共に後方へ流される子供の姿に観客が思わず悲鳴を上げた。
しかし、異変はそこで起きる。
鉄球が止まった。
エルスは二本の足で立っている。
よく見ればエルスは鉄球を両手で掴み、受け止めていた。鉄球の影から不敵に大きく弧を描くエルスの口元が覗く。
鉄球を当てられたのではない。捕まえたのだ。
「よし」
エルスの会心の呟き。
エパポスが呆然と口を開き、慌てて鎖を引いて鉄球を戻そうとするがうんともすんとも言わない。
むしろ、逆にエルスがタイミングを計って鉄球を全力で引き、上手く力の流れと重心をコントロールしてエパポスを前のめりにさせた。
体勢の崩れたその瞬間をエルスは逃さず、鉄球を持ち主に返そうとばかりにぶん投げた。そして同時に全力で地を蹴った。
鉄球とエルス。
エパポスはモーニングスターを捨てて迎え撃つも、不十分な体勢では格上のスペックを誇るエルスには太刀打ちできず。
「……俺の負けだ」
「兄ちゃんも強かったけど、オレには敵わないな」
激しく息を切らせて肩で息をしながらも、イタズラが成功したかのような人好きのする笑みでエルスは言った。
ここに勝敗が決した。
地面に引き倒されたエパポスの顔面すれすれに、馬乗りになったエルスの拳が止まっていた。
エパポスは遥か年下の子供に組み伏せられ、やけっぱちになったかのように両手両足をコロシアムに投げ出す。体中に熱い汗が流れ、心臓が激しい鼓動を刻んでいた。
「あー、くそっ。お前がもっと早くに生まれてたならなぁ……もっと楽しかっただろうに」
「それって褒めてくれてるんだよな?」
「……まあいっか。俺もまた鍛え直しだな。俺を倒したんだ、お前は絶対優勝しろよ」
「もちろん!」
観客は熱戦を繰り広げた両者を共に称え、万雷の拍手を贈った。
エルスとエパポスもそれに応えるように拳を突き上げ、或いは手を振った。
エルスがベスト8進出を決めた時。
一方のBブロックのコロシアム。
「そ、そこまで!」
困惑を滲ませ、わずかにどもりながらも審判が勝利を告げた。
大鎌を取り落とし、崩れ落ちる屈強な大人の戦士。
それを何ら感慨も無く見つめる幼い男の子。
それは1回戦から続く同じ光景の焼き直しだった。
E国勇者ノヴァもまた、ろくに観客もいない中で黙々とベスト8へと駒を進めていた。
武闘大会二日目が幕を閉じた。
こうして、舞台は整えられて行く。
主役が揃おうとしていた。
☆☆☆★★★
その日の深夜。
「……ん?」
「どうした?」
「いや、今何か人影が見えたような……」
闘技場周辺を巡回していた警備兵がかがり火を片手に首を捻る。
灯りに照らされるのはコロシアムを守護する魔法陣だけ。
「猫か何かだったのかな」
再び巡回に戻る警備兵。
彼らは気付かなかった。魔法陣の下に、別の新たな魔法陣が巧妙に隠されている事に。
そしてそれは翌朝点検に訪れた宮廷魔法使いもまた気付く事はなかった。




